第47話「姉妹の今後」
~八雲神社 客室~
無駄に広い八雲神社に設けられる複数の客室の一室。
縁側からは神舞神事の開催場所でもある湖を一望することができる木製の部屋。
その部屋で安らかな寝息を立てて眠る二人の人影があった。
八雲神社で保護される形になった覚り妖怪の古明地姉妹である。
「んんぅ・・・・・・」
もぞもぞと布団の中身が動き、こいしが体を起こした。
まだ意識が完全に覚醒していないのか、目が垂れている。
「・・・・・・・あれ?」
こいしは周りの光景に小首を傾げた。
「此処、何処だろう・・・・・・?」
布団から出たこいしは無意識の内に縁側の方に足を運んだ。
神舞神事の開催場所にもなっている湖にはすでに先客が居た。
「せぁっ!!」
湖の畔の居たのは当代の夢幻郷の巫女、水雲シオンだ。
彼女は全身に霊力を纏い、無心に拳や足を振るう。
霊力を纏った四肢がシオンの掛け声と共に振るわれ、空気を切り裂く。
そして、一連の動作を終えた後、シオンは振り返ることなく言葉を発する。
「あんまり見てても楽しくないわよ?」
「う~ん・・・どっちかと言うと話す機会を伺ってたって言う方が正しいかな?」
「そうか。それで、何から聞きたいんだ?」
「此処は一体何処なの? 幻想郷じゃあなさそうだけど」
「此処は幻想郷の隣にある夢幻郷。
貴女は夢幻郷の長が治療のために此処まで連れてきたのよ。」
シオンは全身に纏っていた霊力を引っ込めると、こいしの隣に座った。
「その様子だと体調は回復したみたいね。」
「うん。ちょっと頭がボーっとするけど。」
こいしの様子を見て、シオンは内心ほっとした。
危篤状態で運び込まれたこいしを治療したのは、他でもないシオンだ。
夢幻郷の巫女に代々伝わる秘奥の能力、“空想を現実に変える程度の能力”による治療。
それを行ったのはシオンであるが、その能力は他人に行使した試しが一度もない。
だから、シオンはこいしの容体を心配していたのだ。
「それよりもさっきのは一体何してたの?」
こいしはシオンに好奇の眼差しを向ける。
こいしの興味はシオンがさっきまで行っていた鍛錬の方に向かっていた。
「あれは徒手空拳の鍛錬の一環よ。
放出した霊力を全身を覆うように展開したり、集中させたりするのよ。」
シオンが右手に霊力を集中させると、右手全体を霊力の膜が覆う。
霊力で体を保護することでダメージを軽減することを目的とした技術だ。
元々はゆかりが使っていた技術だったが、霊力でも同じことができると判明して以来、歴代の夢幻郷の巫女は全員習得している。
隙を作れない時などはこの技術を活かして徒手空拳で戦うのがこちら側の巫女のスタイルである。
「この技術がちゃんと扱えてようやく一人前の巫女として認められるようになってるの。
歴代の巫女の中には“霊力砲”なんて術を編み出したのも居るわ。」
「へぇ~。それって、私にも同じことができる?」
「ん~・・・多分できる筈よ。元々この技術を編み出したのは妖怪だし。
ただ、霊力と妖力じゃあ性質が変わるからまったく同じとはいかないだろうけど。」
「妖力を放出して、両手に集束・・・・・・」
シオンの言葉をこいしは最後まで聞いていなかった。
両目を閉じて妖力に意識を集中させるこいし。
(まあ、一朝一夕にできる訳がないわ。
私がこの技術を会得するまでにかなりの時間が掛ったし・・・・・)
「できた~♪」
「・・・・・・・・え゛?」
嬉しそうなこいしと対照的に、シオンは目が点になった。
シオンの時とは違い、こいしのは炎のように揺らめいているが、きちんと妖力が両手を覆っていた。
妖力や霊力を局所に集束するのも十分な高等テクニックだ。
それを100年も生きていない少女は見事に見ただけで成し遂げた。
(こんな短時間でこの技術の片りんでも扱えるなんて・・・・・・恐ろしい才能ね。)
シオンはこいしの潜在的な才能に戦慄した。
そのことをあまり考えないようにして、シオンはこいしにあることを尋ねた。
「そういえば、貴女。鴉天狗から何か貰わなかった?」
「貰ったよ~? よく知ってるね。」
「一体、何を貰ったの?」
「鴉さんは元気が出る薬って言ってたよ? 変な味だったけど。」
(ということは、この子に毒薬を渡したのは山の鴉天狗で間違いなさそうね。)
シオンは自分の心の中でそう結論付けた。
もちろん物的証拠など何処にもないのだが・・・・・・・。
そして、その二人の会話に聞き耳を立てている人物が居ることにどちらも気づかなかった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
~八雲神社 ゆかりの居室~
「やっぱり鴉天狗の仕業だったのね。」
八雲神社居住区画の東館。
祭神である八雲ゆかりに朝早くから面会しにきた妖怪が居た。
数日前から八雲神社に居候している古明地姉妹の姉、さとりである。
今日は西欧風の衣装を着ておらず、貸し出された藍色の和装を身に纏っている。
「大天狗が最近奉鬼に反抗的なのも理由の一つかな?」
「そういえば、ゆかりさんは鬼の頭領が親しい関係でしたね。」
「まあね。こう見えても最初は敵同士だったんだけど。」
ゆかりは奉鬼と出会った頃のことを思い出した。
「さとり。貴女はこれからどうするの?
もはや妖怪の山は敵の本拠地と言っても過言じゃないよ。
戻れば今度は武力を以てあなた達を殺しに可能性が高い。」
「・・・・・・迷惑かと思いますが、しばらく此処に置いてもらえないでしょうか?」
「別にかまわないよ。この夢幻郷に手を出さない限りは。
私には夢幻郷の土着神として夢幻郷を守る役目があるからね。」
さとりに念を押すゆかり。
しかし、威圧していない所を見ると彼女のことを信用しているようだ。
「それからもう1つ。差し出がましいお願いだとは思いますが、此処に居る間私に妖術を教えて貰えないでしょうか?」
「妖術を?」
さとりは頷いた。
「私には他の妖怪に比べて、読心能力以外に戦う方法はありません。
ですが、それでは足りないような気がするんです。」
「・・・・・・・・・」
今回の一件でさとりにも思うところがあったのだろう。
真っ直ぐな瞳でゆかりを見つめるさとり。
「分かったわ。何処までできるか分からないけど、可能な限りのことは教えてあげる。」
「本当ですか!?」
「一度した約束は破らないのが私の主義なの。
さて、貴女の妹さんもちゃんと目が覚めたことだし、朝餉にしましょうか。」
「はい。」
こうして、古明地姉妹はしばらくの間夢幻郷の八雲神社で厄介になることになった。
さとりとこいしの強化フラグが成立しました。
と言っても、古明地姉妹が戦闘することは“この作品”ではありません。
あと、前作に出てきたExチルノも“この作品”では登場しません。
というより、吸血鬼異変で完結なので。