第45話 「夢幻郷を治める神」
さとりを抱えたルーミアは高機動形態の《魄翼》を使って、夢幻郷の統治者の居城である八雲神社へと向かっていた。
通常、幻想郷から夢幻郷に行くためには《妖怪の森》と呼ばれる危険地帯を通っていくという手段しかない。
妖怪に襲われても妖精たちが高確率で助けてくれるので、危険度は低くなっているが、危険なのには変わりない。
しかし、空路を利用するとその危険性は格段に小さくなる。
「やっぱり空から行くと楽チンだね~。雨が降ってなかったら、もっと快適なんだけどねぇ。」
そんなことをぼやきながら、ルーミアは八雲神社を目指す。既に、《妖怪の森》を越え、夢幻郷の敷地内に入っている。
「ここが・・・夢幻郷。」
ルーミアにお姫さま抱っこされながら、さとりは眼下の大地に広がる夢幻郷の光景を視界に納めた。
夜ということもあって、家の中からは淡い光が漏れ出ており、水の妖精たちが楽しそうにはしゃいでいる。
「見えたよ。夢幻郷を統治する者が住まう場所、八雲神社が。」
ルーミアの視線の先には湖の畔に聳えるコの字型の神社――八雲神社。
幻想郷にある博麗神社よりも広大な面積を占めるその神社は本殿と居住区画に分かれており、万が一の避難場所にも使えるようになっている。
「降りるよ!!」
ルーミアはさとりに負担を掛けないようにゆっくりと八雲神社の境内に降り立った。
「シアン!!」
ルーミアが大声で治癒術師の名前を呼ぶと、いきなり目の前に動きやすく改良された法衣を纏った一人の妖精が現れた。
夢幻郷の妖精の代表であり、八雲神社で人妖を隔てなく治療しているシアンディームだ。
そして、シアンディームが現れると同時に降りしきる雨が三人を避けるように降り注ぐ。
「こんな時間に何処に行っていたんですか? ゆかり様が心配してましたよ。」
「ごめんごめん。それよりも、この子の治療をお願いできないかな?」
シアンディームはルーミアが腕に抱き抱えているさとりに視線を移す。
そして、特に事情を聴くこともせずに首を縦に振った。
「分かりました。取り敢えず、中に入りましょう。」
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「かなり痛いけど、我慢してね。」
シアンディームはさとりの体に突き刺さった槍に手を掛ける。
普通の人なら命を落としても可笑しくないくらいの時間が経過しているが、妖怪であるさとりはまだ平気だった。
「くぅ!!」
ゆっくりと引き抜かれる槍。
全身を駆け巡る痛みにさとりは小さく呻く。
大雑把に抜いてしまうとさとりの内臓を傷付けたり、破片が残ったりしてしまうのでシアンディームは慎重に慎重に槍を動かす。
「ぅぅっ!!」
槍が動かされると止まっていた出血が再開され、さとりの衣服を紅く紅く染め上げていく。
それに伴って痛みも強くなっているのか、さとりの呻き声も大きくなる。
そして、矛先の半分が顔を出した所でシアンディームは籠める力を強くした。
「一気に引き抜くよ!!」
「っっ~~!?」
途中まで慎重に引き抜かれようとしていた槍が一気に引き抜かれ、さとりは言葉にならない悲鳴をあげた。
傷口から鉄砲水のように鮮血が噴き出すが、シアンディームの能力がすぐにその傷口を塞ぐ。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「ご苦労様。ちょっと体が怠いかもしれないけど、傷の方はすぐに治ります。」
「私よりも妹を、こいしを助けてください!!」
さとりはシアンディームの手を掴み、必死に懇願する。
そんなさとりを安心させるように微笑み掛けるシアンディーム。
「大丈夫です。貴女の妹さんは我らが長が治療に当たってくれていますから。」
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場所は変わって、八雲神社本殿。
本来、巫女と祭神しか入ることを許されない神聖な場所に彼女たちは居た。
親譲りの艶のある黒髪と白い肌。
整った顔立ちの齢20前後の女性、七代目夢幻郷の巫女、水雲 シオン。
夢幻郷や幻想郷では珍しい西洋風の衣服に身を包んだ銀髪の少女、古明地 こいし。
そして、夢幻郷の管理者であり、夢幻郷を流れる龍脈を操ることができる八雲神社の祭神。名を八雲 ゆかり。
「うん。容態も随分安定してきたね。」
「ゆかり様も思い切ったことをしますね。」
ゆかりに仕える七代目の巫女、水雲 シオンは主の破天荒な行動に苦笑いを隠せなかった。
「仕方ないでしょ? 薬を処方してる余裕なんてなかったんだから。」
この子、古明地 こいしが私の元に運び込まれた時にはすでに危険な状態だった。
高熱に呼吸困難。さらには全身が痙攣していた。恐らく何かしらの毒物を食べちゃったみたいだけど、兎に角時間がなかった。
だから、私は夢幻郷の巫女が代々受け継いでいる能力でこいしを治療した。
「まあ、この本殿には私たち以外には誰も居ないから大丈夫だとは思いますが・・・」
そう言って、シオンは“夢幻郷の巫女”に就任した時に渡された封印具を身に付ける。
「さて、姉の方も処置が済んでる頃合いね。」
「そうですね。ちょっと見てきます。」
後処理をゆかりに任せ、シオンは神社の居住区画の方へ戻っていった。
「それにしても、運が良かったね。あの時、私が貴女を見つけてなかったら治療も間に合わなかったわね。」
ゆかりは静かに眠るこいしの髪を撫でる。
彼女がこいしを見つけられたのは偶然だった。
奉鬼との酒盛りの帰り道にゆかりは灯りが漏れでる一軒家を見付けた。妖怪の山の中にある集落から離れた場所にひっそりと佇むその家がゆかりには何となく気になった。
結果、さとりが夢幻郷にたどり着くよりも早くこいしはゆかりに保護され、一命を取り止めたのだ。
「あの症状は間違いなく有毒植物による物。高熱、呼吸困難、痙攣を起こさせる植物は・・・・・・」
ゆかりはスキマを開いて、植物大図鑑を取り出した。
「チョウセンアサガオ。これなら、妖怪の山でも少し生えているわね。」
問題はこいしが毒を摂取する羽目になったのが故意なのか、無意識なのか。
誰かに毒を盛られたのならば、あの姉妹はしばらく夢幻郷で預かった方が良さそうね。
パタンッと図鑑を閉じ、再びスキマに収納する。
「まったく・・・あんまり他所の土地に首を突っ込みたくはないんだけど。」
本殿に一人残ったゆかりは静かにため息を吐いた。
余計な詮索をすれば、天狗らの上官である大天狗に目を着けられることになるだろう。
それは平穏を望むゆかりにとってはあまり喜ばしくない事態だ。
「まあ、本人に聞くのが一番手っ取り早いわね。」
『ゆかり様、聞こえますか?』
八雲神社に住む者は必ず持っている思念通話用の御札からシオンの声が聞こえてくる。
ゆかりはその御札を額にあると、頭の中で言葉を紡いだ。
『聞こえてるよ。』
『姉の方の治療が終わったみたいです。本殿まで案内しましょうか?』
『いや、良い。私もそっちに行くよ。』
ゆかりはこいしを背中に背負うと、八雲神社の居住区画へと繋がるスキマを開いた。
念のために本殿の扉に内側からカギを掛けた後、スキマを潜った。
最近ストックが減っていく一方で困ってます。
スランプに突入しているせいで続くを書く気力が起きないのが原因です。
気まぐれにまったく関係のない小説を書いたりして何とかスランプ脱却を図っている状態。
さて、ここで補足事項です。
◆夢幻郷の巫女について
夢幻郷の巫女は基本的に世襲制です。
人里に本拠地を構える水雲家の中で一番適正が高い者が巫女に抜擢されます。
この時優先されるのは、個人的な能力ではなく人格です。
次代の巫女が見つかるとそれまでの巫女は人里に戻ります。
この時、“空想を現実に変える程度の能力”も継承されますが、中には妖怪化して人里に戻る巫女も居ます。初代巫女のしいなが一番最初。