東方転生伝 ~もう1人のスキマ妖怪~   作:玄武の使者

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第44話 「救いの手」

第44話 「救いの手」

 

 

 

 

 

 

 

 

原因不明の病に倒れた妹のこいしを助けるために雨の中を駆け抜けていくさとり。

季節は初秋。紅葉が少しずつ色づき始める季節だが、降りしきる雨はとても冷たい。

霧の湖を越え、辿り着いた人里。

人里の門は固く閉ざされて物見櫓に登った強面の兵士たちが槍や弓を装備して周囲に目を光らせている。

この門を突破しない限り、夢幻郷へ辿り着くこともできない。しかし、読心能力以外に大した力を持たないさとりには人里を強行突破することなど不可能に近い。

 

 

「此処まで来たのに・・・!!」

 

 

さとりはギリッと悔しそうな表情を浮かべた。

こうしている間にもこいしの容態がどんどん悪くなっているかもしれない、というネガティブな考えがさとりに焦りを募らせていく。

 

 

「何とかあの門を突破しないと・・・」

 

 

さとりは樹の影から人里の門を守る警備兵たちの様子を伺う。

警備の人数は五人。屈曲な肉体を持つ男性が四人と紅一点の華奢な女性が一人という構成だ。

全員が弓や槍など投擲に向いた武器を装備しているが、連射できるような武器を装備している警備兵は見受けられない。

 

 

「あの人数なら、人里の上空を抜けれる筈!!」

 

 

さとりは意を決して、人里を空路から通り抜ける道を選択した。そして、少しだけ樹の影から顔を出した刹那。

 

 

「え・・・?」

 

 

ヒュンッ!!と風を切る音と同時に何かがさとりの頬を掠めた。

その物体は鋭利な短刀だった。飛んできた方向を見ると、警備兵唯一の女性が投擲した直後の構えをとっていた。

おそらく、その短刀をさとりに向かって投擲したのも彼女だろう。

 

 

「っ!!」

 

 

さとりは戦慄した。

現在、日は完全に沈み、雨が降っているので視界は非常に悪い。そんな状況にも関わらずほとんど正確に敵を狙えるような投擲術を持つ手練れが居る。

空を飛んで里の上空を通り抜けようとしても撃ち落とされるのが関の山。

 

 

(怖い・・・。)

 

 

常人離れした投擲術を持つ女性にさとりは恐怖を覚えた。

しかし、苦しそうに悶えている妹の姿を思い出して、さとりは恐怖を振り切る。

 

 

(怖い、けど・・・こいしが居なくなる方がもっと怖い!!)

 

 

さとりは湿った地面を蹴り、勢いよく飛び上がった。

水を吸った衣服は随分重くなっているが、そんなことを気にしている余裕はさとりにはなかった。

 

 

 

ヒュンッ!!

 

 

 

風を切る音と同時にあの短刀が飛来する。生憎と自分の読心能力が働く範囲よりも遠くに居るので、相手がどの部位を狙っているのかは分からない。

 

 

(っ!!)

 

 

短刀はさとりの右足を掠めた。

細い傷口に雨水が入り、鋭い痛みがさとりに襲い掛かる。

 

 

「あと・・・少し!!」

 

 

反対側に設置された門のかがり火が視界に映る。

上空を飛翔するさとりに気が付いたのか、警備兵たちが一斉に弓矢を構える。しかし、水気を吸ってしまった矢はうまく飛ばなかった。

さとりは加速すると一気に里の上空を駆け抜けた。

 

 

「はあ・・・はあ・・・」

 

 

里の上空を駆け抜けるのにかなりの妖力を失ったさとりは人里を越えるなり、地面に膝を着いた。

さらに、容赦なく降りしきる冷たい雨がさとりの体力を着実に奪い去っていた。

 

 

「後は・・・森を抜ければ!!」

 

 

夢幻郷に向かおうと力を振り絞って立ち上がるさとり。

しかし、そんな彼女の背を無情に投擲された一本の槍が貫いた。

 

 

「あっ・・・・・・」

 

 

全身から力が抜け落ち、さとりは力なく地面に倒れ付した。

 

 

(こんなところで・・・・・・)

 

 

さとりは必死に立ち上がろうとするが、全身に力が入らない。

雨と一緒に傷口から真っ赤な血が流れる。妖怪を退治した警備兵たちは沸き上がり、ハイタッチを交わす。

 

 

(痛い・・・。力が、入らない。)

 

 

何とか意識を繋ぎ止めるさとり。

しかし、彼女に留めを刺そうと弓矢や刀剣を携えた警備兵たちが飛び出してきた。

刹那。夜よりも暗い闇が突然溢れ出し、さとりも飛び出してきた警備兵も包み込んだ。

 

 

「一体何が・・・・・・」

 

 

突然黒くなった視界に戸惑うさとり。

それに巻き込まれた警備兵も狼狽え、パニック状態に陥っていた。幸か不幸か、さとりの命は繋がった。

 

 

――こっち。――

 

 

「え?」

 

 

何も見えない闇の中で誰かがさとりの手を掴み、傷付いた彼女に影響がないように優しく誘導していく。

そして、闇の中から抜け出した時、さとりが見たのは長い金髪を揺らす女性だった。

長い金髪は血のように赤いリボンを結われて、馬の尻尾のようにゆらゆらと揺らめいている。

 

 

「幻想郷の人里に妖怪は近付かない方が良いよ。最近、ピリピリしてるから。」

 

 

「あ、貴女は・・・?」

 

 

「私はルーミア。夢幻郷に住まう宵闇の妖怪、ルーミア=ディアーチェ。」

 

 

そう言って、立派な女性に成長したルーミア=ディアーチェはさとりに微笑みかけた。

ルーミアの闇に呑み込まれた警備兵たちは相変わらず何も見えない闇の中で狼狽し、右往左往している。

 

 

『さて、取り敢えず怪我の手当てしないとね。』

 

 

ルーミアの心の声がさとりの脳内に響く。

彼女がさとりが嫌われ者で有名な覚り妖怪であることに気づいているのかは分からない。

だが、彼女は間違いなくさとりを助けようとしていた。

 

 

『結構、深くまで刺さってるか・・・・・・。

 治療するような道具が手元にないこの場で引っこ抜くのは止めた方がいいか。』

 

 

どうするのが最善かを思案するルーミア。

当然ながらその思考はさとりにダダ漏れである。

 

 

『まあ、悪意ある妖怪じゃあなさそうだし、大丈夫か。』

 

 

自分の中で勝手に結論付けると、ルーミアはさとりの体を下から抱え上げた。

いわゆる、御姫様抱っこ状態である。

なるべく傷口を抉らないように気をつけながらルーミアは背中に闇色の翼を展開する。

さらに、その翼の一片が刀のように鋭い刃物になって槍の柄を切り落とした。

傷口を抉らないようにするための処置である。

 

 

「ちょっと飛ぶから、しっかりつかまっててね!!」

 

 

「は、はい!!」

 

 

さとりはルーミアの衣服を強く掴む。

闇色の翼―――ルーミアの固有妖術〈魄翼〉を羽ばたかせて、ルーミアは飛翔した。

人里の警備兵たちが闇から解放された時にはルーミアの姿もさとりの姿もなく、彼らは悔し涙を呑んだそうだ。




たまに思うけど、幻想郷の地理ってどうなっているんだろうか?
この時代にまだ慧音先生はまだ幻想郷に居ません。ですが、この章の終盤で登場するのは確定済み。

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