第41話「ぶつかり合う二人のスキマ妖怪」
~幻想郷 霧の湖~
幻想郷の人里から少し離れた場所に位置する霧の湖。
その湖上で二人の大妖怪が互いににらみ合っていた。
周りに被害を出さないように展開された結界の中は二人のスキマ妖怪の妖力と殺気で満たされている。
刹那、二人のスキマ妖怪は互いに従者を呼び出した。
「藍!!」 「葵!!」
紫が展開したスキマからは九本の尻尾を生やした狐の女性が、ゆかりが展開したスキマからは葵が飛び出して来た。
そして、狐の女性の姿を見た葵は意外そうな表情を浮かべた。
「あらあら。どこかで見たことがある顔だと思ったら、泣き虫藍じゃない。」
「・・・・・・久しぶりですね、姉さん」
藍と呼ばれた九尾の妖狐は露骨に嫌そうな表情を浮かべながら挨拶を交わす。
確かによく見てみれば、顔立ちや髪の色が似通っている。
しかし、姉妹仲はそれほど良くないようだ。
「葵、貴女はあのお供の狐を抑えて。」
「はいは~い。でも、倒しちゃってもいいんでしょ? 精神が崩壊するくらいに」
「別にいいわよ。」
ゆかりの了承を受け取った葵はサドスティックな笑みを浮かべて藍に向かっていった。
二人だけになった紫とゆかりは互いににらみ合い、静止する。
まるで嵐の前の静けさと言わんばかりの静寂。
しかし、その静寂が崩れるのは一瞬だった。
「はぁっ!!」
静寂を壊したのは未だに“烈火之纏”を発動させたままのゆかり。
焔月を大きく振り抜くが、それは紫の衣服の端を切り裂くだけだった。
「剣閃に炎を圧縮させた斬撃。事前に見てないと危なかったわね。」
「愛しい幻想郷が崩壊の危機に面していたのに、高みの見物とは良いご身分ね。」
「あら、もちろん最終的には私が介入するつもりだったわ。」
閉じた日傘を振るうと、無数の妖力弾が無数に生成される。
それらは一斉にゆかりに殺到する。
「そんなもの!!」
向かってくる無数の弾丸をヒラリヒラリと避けながら紫に近づいていく。
元々剣術――どちらかと言うと、剣舞――を嗜んでいたので、ゆかりの反射神経は高い。
そう簡単に弾が当たるわけがない。
「鳳凰翔破!!」
焔月に圧縮された炎が解放され、火の鳥を形作る。
放たれた紅蓮の鳥は弾幕を焼き払いながら紫に向かって飛翔する。
「小賢しい!!」
紫のすぐ手前にスキマが開き、紅蓮の鳥はスキマ空間に飲み込まれた。
しかし、スキマを開くために足を止めた僅かな時間でゆかりは焔月を振り上げていた。
容赦なく焔月が紫を切り裂くが、そこにあったのは人型の紙だけ。
「それは偽者よ。」
「っ!?」
いつの間にか紫はゆかりの背後に回りこんでいた。
そして、ゆかりを取り囲む色とりどりな無数の妖力弾が出現する。
逃げ場がない上にスキマを開く時間もないので、ゆかりは強硬手段をとった。
「紅蓮烈火陣!!」
ゆかりの体から紅蓮の炎が放たれて、取り囲んでいた妖力弾を燃やしていく。
しかし、ゆかりを不意打ちから守ってくれていた《烈火之纏》が強制的に解除された。
《紅蓮烈火陣》は纏っている炎を一気に解放する神術であり、《烈火之纏》を使っている時しか使えない。
「これで邪魔な炎はもう使えない。」
「それがどうしたというの?」
まるで勝利を確信しているような紫に対して、ゆかりは不敵な笑みを浮かべる。
ずっと鞘の中で燻っていた蒼月を抜刀し、いつもの八雲式剣舞の構えを作る。
「術が解除されただけで、私が弱くなった訳でも貴女が強くなったでもない。」
「その減らず口、いつまで叩けるかしらね。」
「さあ、ねっ!!」
ゆかりは虚空を蹴り、紫に肉薄する。
バチバチと放電する蒼月を真っ直ぐ振り下ろすが、それは虚空を切り裂くだけだった。
虚空に浮かぶ見慣れた空間の裂け目。
紫がスキマを用いた瞬間移動を行ったことに気付くのに大した時間は掛からなかった。
ゆかりは反射的に焔月で周囲を切り払った。
「掠っただけか・・・・・・」
焔月の刃先には少しだけ真っ赤な鮮血が付着していた。
しかしながら紫の姿は何処にもない。恐らくスキマ空間に潜っているのだろう。
「自分で使ってる分には便利な能力だけど、他人に使われると面倒なことこの上ないね。」
《でも、どうしますか? 向こうがずっと潜ってると、こっちからも手が出せません。》
「大丈夫だよ。アイツは私を完全に敵視してるからいずれは姿を現す。
それに・・・・・・スキマ空間に干渉できるのはアイツだけじゃない!!」
ゆかりは右手を真横に振り払う。
すると、曇天に覆われた空の下に無数の光の剣が出現する。
さらに、“境界を操る程度の能力”でスキマ空間に潜んでいる紫を強制的に引っ張り出す。
「なっ!?」
「神術、絢爛剣舞劇!!」
突然スキマ空間から引っ張り出されて驚いている紫に光の剣が飛来する。
再びスキマ空間に逃亡しようとする紫の手を虚空から飛び出したゆかりの腕が掴んだ。
動けなくなった紫を光の剣が容赦なく切り刻む。
「くっ・・・うっ・・・・・・」
全身を切り刻まれながら紫は折り畳まれた日傘の先端を僅かに開いているスキマに向ける。
刹那、先端に集束させた妖力を解放し、特大の妖力弾をスキマに向かって放った。
当然ながらゆかりの手が飛び出ているスキマはゆかりのすぐ近くに繋がっている。
予想外の反撃にゆかりは何も出来ず、被弾してしまった。
「まさか反撃を貰うことになるなんてね。」
直撃を受けたゆかりはそれなりにダメージを負っていた。
衣服は所々破けてしまい、少し火傷を負った皮膚が露出している。
「それはこっちの台詞よ。傷を負わされたのは何年ぶりかしら。」
互いに相手をにらみ合う二人のスキマ妖怪。
一時の膠着の後、ゆかりは紫に向かって鋭い突きを放った。
しかし、紫はそれを紙一重で避けると頑丈が日傘をゆかりの脳天めがけて振り下ろした。
「その程度!!」
ゆかりは背後を見ることなく、直感だけでその日傘を焔月で受け止めた。
さらに、雷を纏った蒼月をスキマ空間の中に放り投げて、《八雲式剣舞 冥雷鈴》を放った。
スキマを飛び出した蒼月は紫の体を貫くかと思われたが・・・・・・
「甘い。」
紫はヒラッと身を翻すと、蒼月を避けた。
蒼月は慣性の法則に従って地表に向かって落下していく。
「八雲式剣舞 九の舞、天嵐!!」
体を回転すると同時に焔月を横になぎ払う。
初撃から流れるような連撃が紫をじわじわ追い詰めていく。
ゆかりと違い、自分の能力にほとんど頼りきっていた紫はゆかりほど反射神経が高くない。
その証拠に少し焔月が掠り、手傷を負っていく。
「これで!!」
最後の一撃を繰り出したとき、紫はニヤリと笑った。
その刹那。紫に止めを刺そうとしたゆかりは金縛りにあったかのように動けなくなった。
「準備に手間取ったけど、これで形勢逆転ね。」
「結界・・・の類ではなさそうね。」
「ええ。準備に時間は掛かったけど、私とっておきの妖術よ。
さて、これで終わりにさせてもらうわ。」
紫の手に妖力が集まっていく。
それは光り輝く大槍を形作り、その矛先を結界に捕らわれたゆかりに向けられる。
スキマを開くことができるが、動けないので逃げることはできない。
まさに絶対絶命のピンチ。
そして、妖力の槍がゆかりを貫こうと紫の手を離れる寸前。
外部との繋がりを切断していた結界が音を立てて崩壊した。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼
ゆかりと紫が戦闘している場所から少し離れた場所で藍と葵も熾烈な戦いを繰り広げていた。
「「朧火!!」」
ゆらゆらと揺れる茜色の焔が相手に向かって放たれる。
互いの攻撃を的確に避けながら接近していく。
「この!!」
「させん!!」
葵が能力を発動させる直前に藍は葵の背後に回りこむ。
葵の能力“感覚を操る程度の能力”は自分と自分の視界に存在する者しか能力の対象にできない。
そのことを知っている藍はなるべく葵の視界に入らないように立ち回っている。
一度でも能力を掛けることができれば、決着が着くのだが、それをさせてくれない。
「能力に頼りっきりなのは相変わらずみたいですね!!」
「うっ!!」
背後に回り込んだ藍が力一杯葵を蹴り飛ばす。
まるで葵の手の内を全て読んでいるかのように立ち回る藍に葵は苦戦していた。
「玉神楽・百花繚乱!!」
藍は無数の妖力玉を葵に向かって放つ。
妖力玉は複雑な軌道を描きながら葵を追いかける。
「いつまでも・・・・・・私が成長してないと思うな!!」
葵が取り出したのは、何の変哲もない鉄扇だ。
八雲神社の裏手にある霊峰から採れる不思議な金属で作られた武器だ。
葵はその鉄扇で当たりそうな妖力玉だけを破壊し、静かに藍を視界に入れる。
しかし、その刹那。葵の視界を埋め尽くすくらい大量の妖力玉が襲い掛かった。
「えっ!? ちょっ!?」
いつの間にか展開されていた絨毯弾幕に動揺を隠せない葵。
しかし、逃げる暇もなく葵は藍の絨毯弾幕に飲み込まれた。
「さて、紫様の援護に行かないと・・・・・・」
葵を倒したと確信した藍がゆかりと戦っている主に合流しようと背を向けた時。
ゆかりを逃がさないために展開されている結界がビリビリと震えた。
結界の内側から働く力に結界の耐久力が限界を迎えているのだ。
「あんまり、私のことを嘗めない方が良いよ?」
紫が張った非常に頑丈な結界を震えさせている張本人は葵だった。
絨毯弾幕に飲み込まれた彼女はダメージを負いながらも結界を破壊する準備を行っていた。
4本の尻尾の先端に妖力と霊力を集束させて、さらにそれらを1つの凝縮する。
本来、霊力と妖力は反発するが、葵はその2つの力を合成する方法を編み出した。
その特殊な技術を使える葵だけが使える秘術がある。
「秘技、崩・天・玉!!!」
放たれた葵最強の秘術《崩天玉》は藍の横を通り過ぎて結界にヒットする。
すると、結界はピシっ!! ピシッ!!という音を立てた後、崩れ落ちた。
藍が使ったのは設置式のトラップです。
葵の視界に藍の姿が入った瞬間、発動するようにしていただけ。