第38話 「前代未聞の危機の始まり」
~八雲神社 本殿~
月一で開催される神舞神事から数日。
本殿に篭ったゆかりはお得意のスキマ空間を用いた転移術を行使する。
スキマから吐き出されたのは、京の都に出向いていた葵と清姫だ。
葵はいつもどおり天真爛漫な表情を浮かべているが、清姫は悲しそうな表情を浮かべていた。
「お帰り。その様子だと目的を達成することはできなかったみたいね。」
「ううん。式神は取り返せたけど、その直後にこの子を庇って・・・・・・」
「そう・・・・・・」
葵が言うには、奪われた式神は無事に取り返すことができた。
しかし、苦し紛れに相手が放った呪術から主を守るために自分自身を盾にしたらしい。
元々酷使された体に止めを刺されて、式神は消滅してしまった。
「それは残念だったわね。貴女はこれからどうするの?」
「・・・・・・分かりません。
式神を取り返すという目的を失った私には、もう何も残っていませんから」
「それなら、何か目的が見つかるまで夢幻郷(ここ)に居なさい。
別に強制はしないけど、拠点がないよりはマシでしょ?」
ゆかりは未だに最愛の式神を失った悲しみから抜け出せない清姫に微笑み掛けた。
彼女の善意から来る申し出を清姫は素直に受け入れた。
「さて、これから私はしばらくの間本殿に篭らないといけないの。
その間、夢幻郷の守りは薄くなるから・・・任せたよ、葵」
「分かった~」
葵は特に追究することなく、清姫を連れて八雲神社の本殿から出て行った。
1人本殿に残ったゆかりはスキマから予め作っておいた御札を取り出すと、本殿の四方に貼り付ける。
「・・・・・・・・」
そして、ゆかりは本殿のちょうど中央に座り、瞳を閉じた。
彼女が行おうとしているのは、正気とは思えないような奇想天外な事象。
その内容は八百万の神々の中でも高い知名度を誇る天照大御神と契約を結ぶということだ。
「まあ、契約できるかなんて分からないけどね」
ゆかりは苦笑いを浮かべた後、精神統一に入った。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
三日後。
八雲神社の本殿に篭ったゆかりは飲まず食わずの状態で契約を結ぼうとしていた。
その間は誰も本殿の中に入ることは許されず、ゆりたちが交代で守っていた。
夢幻郷の守りが低下している時を狙って、夢幻郷に侵入してくる妖怪も多いので大忙しだ。
そんな時、奉鬼の案内役である射命丸 栞が八雲神社を訪れた。
「すいません。ゆかり様はいらっしゃらないですか?」
「残念だけど、ゆかりは取り組み中だよ。」
「そうですか・・・・・・困りましたね。」
「何かあったの?」
「はい。実は最近、幻想郷の人間が何人も失踪しているんです。」
「ん? 単に妖怪に食われたとかじゃないの?」
人が妖怪に食われるのは大して珍しいことではない。
夢幻郷ではそのような事例は少ないが、南の森――妖怪の森とも言う――から侵入してきた妖怪に食われることもある。
まあ、夢幻郷の場合は人間と妖精が共生しているので滅多に起こらないが。
「それなら何も困るようなことじゃないですよ。
いや、人間が完全に居なくなるのはかなり問題がありますが・・・」
「?」
栞の言葉の意味を理解できず、首をかしげるルーミア。
「奇妙な話ですが、居なくなったのは全員子供。
さらに言えば、その子供は魂が抜けたみたいに森に向かったそうです。」
「森?」
「はい、人食いの妖怪がたくさん出没する森です。
当然ながら子供が立ち入りような場所ではありません。」
確かに、いくら子供でもわざわざ危険だと分かってる場所に近づく筈がない。
それに栞の言う子供たちの状態が気になる。
考えられるのは洗脳系統の能力だけど、そんな奴が居るなら私も黙っては居られないね。
「栞、その森に案内して貰えない? それが妖怪の仕業なら夢幻郷にその牙が剥いてくるかもしれないからね。」
「分かりました。」
「じゃあ、ちょっと待ってて。少し準備をしてくるから。」
「はい。」
栞を境内に待たせたまま、ルーミアは居住スペースの方に戻っていった。
~幻想郷 とある森~
準備を終えたルーミアは栞の案内で子供たちが失踪した森にやってきた。
背中には強度の高い彼女の愛剣――ストームブリンガーを背負っている。
しかも、いつでも不意打ちに対応できるように魄翼が常に展開されている。
森の中は鬱葱としており、どこからでも不意打ちを仕掛けれそうな状態だ。
「・・・・・・そう簡単には見つからないか。」
森に入って数十分。
栞と二手に分かれて捜索することになったルーミアは手がかり一つ見つけられていなかった。
足跡もそれなりに日が経ってしまっているので影も形もない。
「まあ、何か手がかりになるような物を残してるなら、ゆかりの手を借りるような事態にならないか。」
ルーミアは独り言を呟きながら捜索を続行する。
鬱葱とした森では空から見下ろしても木の葉が邪魔をして上手く見つけることができない。
だからこそ、こうやって足を使って探すしか方法がないのだ。
「それにしても、これだけ歩いてるのに妖怪が襲ってこないのは妙だね。」
その時だった。
噂はすれば影。その言葉を体現するかのように近くの茂みが揺れた。
ルーミアは警戒レベルを最大まで引き上げ、ストームブリンガーの柄に手を掛けた。
刹那、不可視の刃がルーミアの胴体を切り裂いた。
「っ!?」
傷口からポタ、ポタと真っ赤な血が滴り落ちる。
攻撃が放たれた方向を見据えながら、手に闇を集めて放った。
すると、茂みからそれほど大きくない鼬の妖怪が飛び出してきた。
「さっきの攻撃はお前だったんだね。
不可視の刃。面倒な物を持ってるじゃない。」
「・・・・・・」
「?」
鼬の妖怪と相対するルーミアはその妖怪の様子に違和感を覚えた。
しかし、違和感の正体が明らかになる前に鼬の妖怪が攻撃を仕掛けてきた。
ルーミアはとっさにストームブリンガーを抜き放ち、盾にする。
すると、金属と金属をぶつけたような音が森の中に響いた。
「魄翼、展開!!」
予め展開されていた《魄翼》が巨大な手に変わり、鼬の妖怪を捕らえようとする。
しかし、目標が小さい上にすばしっこいために中々捕まえることができない。
「それなら・・・・・!!」
ストームブリンガーに闇を纏わせるルーミア。
長めに設計されたその柄を逆手に持ち帰る。
そして、ちょうど鼬の妖怪が宙に舞い上がった瞬間、攻撃を繰り出した。
「無月・五月雨!!」
長剣を真っ直ぐ振り下ろすと、刀身に纏っていた闇のオーラが無数の刃となって飛び出した。
飛び出した闇の刃は弾幕となって鼬の妖怪に襲い掛かった。
対する鼬の妖怪も不可視の刃を発生させて応戦する。
「無月・天昇!!」
《魄翼》を翼の形に変えて一気に距離を狭めるルーミア。
そして、ストームブリンガーを下段から切り上げた。
漆黒の長剣は真っ直ぐ鼬の妖怪の体を切り裂いた。
「ふぅ。」
鼬の妖怪によって付けられた傷口はすでに塞がっていた。
妖怪の死体は消滅してしまったが、地面に陰陽師が使う呪符が落ちていた。
「これは・・・ゆかりが使ってる御札と違う。」
ということは、この近くに陰陽師が潜んでる?
そうなると、面倒なことになる!!
陰陽師が潜んでいると判断したルーミアの行動は早かった。
《魄翼》を高速移動形態に変えると、ルーミアは鼬の妖怪が出てきた方向に向かって飛翔した。
入り組むように立つ木々を避けつつ、森の中を進んでいくと彼女の眼に驚きの光景が飛び込んできた。
「これは・・・・・・」
口に猿轡を噛まされ、さらに両手足を丈夫な縄で縛られた子供たちが地面に転がされていた。
子供の数は男と女合わせて10人。ちょうど幻想郷の人里から居なくなった数と一致する。
さらに地面には何かの文様が描かれている。
「ちっ・・・・・・感づかれたか。」
「貴女が今回の騒動の主犯で間違いない?」
ストームブリンガーの切っ先を向けながら陣の中心に居る男性に問いかける。
すると、白い陰陽師の衣装を纏った男性はあごに手を当てて考え込む。
「ふむ。子供が居なくなったという騒動なら私が犯人になるな。」
「そう。大人しく子供を返す気はない?」
「ふっ・・・愚問だな。」
「だよね。」
ルーミアは目の前の男性を敵と見なし、排除しようとした。
しかし、ルーミアはその陰陽師がニヤリと唇を歪めていることに気づかなかった。
「掛かったな!!」
「っ!!」
刹那、もの凄い脱力感がルーミアに襲い掛かった。
「対妖怪用に用意しておいた結界だ。
これでまともに動けない上に妖術も使えないだろ?」
ニヤニヤと笑みを浮かべる陰陽師だが、その効果は確かだ。
現に、ルーミア固有妖術である《魄翼》が強制的に解除されている。
「だが、お前の相手をするのは私じゃない。」
そう言うと、男性陰陽師は何やらぶつぶつと呪文を唱えだした。
それに連動するように地面に描かれた文様が輝き始めて、子供たちがうめき声を上げる。
そして、子供たちの瞳から生気が失せて行く。
「さあ、慄け!!」
カッ!!と眩い閃光が森の中を埋め尽くした。
そして、閃光が収まった森の中に巨大すぎる生き物が現れた。
山一個と同じくらいのサイズで、八つの首を持つ大蛇。
神話に登場する蛇、八俣大蛇が幻想郷に現れた。