東方転生伝 ~もう1人のスキマ妖怪~   作:玄武の使者

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第36話 「亡霊の少女」

「亡霊の少女」

 

 

 

 

 

―――許さない・・・・・・―――

 

 

新月の夜。

道端に置かれた岩から怨みが篭った声が響く。

それは一本の枯れ木の下に置かれた何の変哲もない岩だ。

 

 

―――私から“あの子”を奪ったアイツを・・・・・・!!―――

 

 

ふと、枯れ木の枝に目を向けると1人の少女がそこに腰掛けていた。

しかし、少女の体は半透明で陽炎のように今すぐにでも消えてしまいそうだ。

 

 

―――絶対に、殺してやる!!―――

 

 

その少女は憎しみを宿した瞳で空を見つめていた。

 

 

 

◆    ◆    ◆    ◆    ◆

 

 

~八雲神社 応接の間~

 

八雲ゆかりSIDE

 

 

夢幻郷の丘に佇む唯一の神社。

そこは八雲ゆかりと祭神とする神社であるが、その傍らで何でも屋を営んでいる。

基本的には危険な妖怪の退治と薬品売りの二つの依頼が来ることが多い。

そして、今日は何とも奇妙な依頼が届いた。

 

 

「奇妙な声、ですか?」

 

 

「はい。夜になると何処からともなく殺してやる、殺してやるという声が聞こえてくるんです。」

 

 

「聞き間違い、ということは?」

 

 

「それが一日ぐらいならそう思ったのですが・・・・・・。

 その声は毎日聞こえるものですから怖くて怖くて」

 

 

ゆかりを頼ってきた男性はその声に怯えていた。

呪詛のような声が毎日聞こえてくれば、ノイローゼになるのも仕方がない。

 

 

「分かりました。こちらで調べてみましょう。

 できれば、その声が何処から聞こえてくるのか教えてもらえませんか?」

 

 

「正確な場所はわかりません。おそらく森の中からだと思うのですが・・・・・・」

 

 

森の中、か。夢幻郷と幻想郷を隔てるあの森は結構広い。

虱潰しに探すとなると、これは思ったよりも時間が掛かりそうだね。

 

 

「報酬の件は追って連絡します。」

 

 

「お願いします。」

 

 

そう言って、依頼にやってきた男性は八雲神社をあとにした。

当然ながら何でも屋も一種の商売なので供物とは別に報酬を要求する。

依頼内容によって報酬はまちまちだが、それほど大きい負担になることはない。

 

 

「さて、今回は巫女も連れて行こうかな? そろそろ実戦経験を積ませないといけないし。」

 

 

ゆかりは今回の依頼に同行させるメンバーを考える。

5代目夢幻郷の巫女、水雲 ゆりはある程度八雲式符術を会得したが、いかせん実戦経験が少ない。

この機会に実戦を積まそうと考えたゆかりは恐らく境内に居るであろうゆりに連絡を入れる。

 

 

『ゆり、聞こえる?』

 

 

『あっ、ゆかり様。どうかしたんですか?』

 

 

通話用の御札を通じて、ゆりの声が御札から聞こえてくる。

 

 

『ちょっと依頼が入ってね。今回はゆりにも同行してもらうから、準備しておいてね?』

 

 

『分かりました。』

 

 

御札に流し込んでいた力を止め、それを御札のポシェットに仕舞う。

その刹那、霊禍が応接の間の前を通った。

 

 

「霊禍、ちょっと良いかな?」

 

 

「何?」

 

 

「人里からの依頼で森に行くことになったの。

 霊禍も付いてきてくれない?」

 

 

「分かった。少し準備してくるから、境内で待ってて」

 

 

そう言って霊禍は自分の部屋に戻っていった。

 

 

「さて、私も準備しないとね」

 

 

 

・・・

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

~夢幻郷 南の森~

 

 

準備を終えたゆかり、霊禍、ゆりはスキマを潜って件の森に足を運んだ。

依頼者の話は夜になるとこの森から不気味な声が聞こえ来るらしいが、現在は夕方。

当然ながら森からそんな声は聞こえてこない。

森の全容は長年住んでいるシアンディームすらも把握していない。

そんな森から不気味な声の発信源を探さないといけないのだ。

 

 

「ゆかり様、どうやって元凶を探すのですか?」

 

 

「それはもちろん誰かに聞くしかないでしょ。」

 

 

餅は餅屋に。森のことは森のことを一番知ってる人に聞かないとね。

そして、夢幻郷でこの森に一番詳しいのは此処に住んでる住人。

つまりは、夢幻郷の構成員である妖精たち。

 

 

「妖精たち、ちょっと聞きたいことがあるの。集まってもらえる?」

 

 

ゆかりは透き通るような声でこの森を住処にしている妖精たちを召集する。

刹那、三人しか居なかった筈の森に大勢の妖精たちが姿を現した。

 

 

「最近、この森から不気味な声が聞こえてるのは知ってる?」

 

 

ゆかりの問いかけに集まった妖精たちは揃って頷く。

彼女たちは森に住んでいるので、知っていて当然だろう。

 

 

「その不気味な声の元凶を探しに来たの。誰か知らないかしら?」

 

 

「はいは~い!!私知ってるよ!!」

 

 

集まった妖精たちの中でぴょんぴょんと飛び跳ねて、存在を主張している妖精が居た。

燃えるような紅い髪と半透明の翅を持つ小柄で活発そうな妖精だ。

その妖精はゆかりの前に瞬間移動すると、ゆかりから見て東の方角(右の方角)を指差した。

 

 

「この先によく分からない石が置いてあるの。多分、それが原因だと思うよ?」

 

 

「情報ありがとう。皆、戻ってもいいよ。」

 

 

ゆかりがそう言うと、妖精たちは一斉に姿を消した。

おそらくゆかりの目には見えない自分たちの住居に戻ったのだろう。

 

 

「さて、いきなり有益な情報が得られたね。」

 

 

「さすが妖精ですね。」

 

 

「そうだね。さぁ、二人ともさっさと原因を突き止めに行くよ。」

 

 

三人は妖精が指し示した方角に真っ直ぐ進んでいった。

日が沈んでしまうと森に居る妖怪の活動が活発になり、襲い掛かってくる。

ゆかりと霊禍の二人が揃っているのなら、よほどのことがない限り妖怪に負けることはない。

しかし、妖怪の相手に時間を取られてしまうと徹夜で探す羽目になってしまう。

 

 

「急に霧が出てきたね。」

 

 

「そうですね。それに・・・少し不気味です。」

 

 

森の奥に入り込んでいくと当然霧が濃くなってきた。

まだ夕方だと言うのに生い茂った木々が光を遮り、不気味さを醸し出している。

三人は離れて見失わないように注意しながら白い霧の中を進んでいく。

やがて周囲がほとんど見えなくなり、ゆかりたちは一本の樹の前にたどり着いた。

 

 

「これがさっきの妖精が言ってた樹かな?」

 

 

「多分そうだと思う。」

 

 

白い霧のせいで周囲がまったく見えないが、ゆかりたちの目の前には一本の大木が威風堂々と立っていた。

その根元には倒れた細長い一つの石が転がっていた。

 

 

「この石が原因で間違いなさそうですね」

 

 

「あら、ゆりも分かるようになったの?」

 

 

「これでも巫女になって5年目です。この石に何かが憑り付いてることぐらい分かります。」

 

 

ゆりは腰に両手を添えて、それほどある訳でない胸を張る。

その時、ゆかりが悪戯っ子のような笑みを浮かべたことをゆりは気づかなかった。

 

 

「じゃあ、近づいてくる妖怪全員倒してね♪」

 

 

「へ?」

 

 

刹那、ゆかりの背後にスキマ空間へと入り口を開いて霊禍と一緒に潜ってしまった。

そして聞こえてくる獣の足音はすでに近くまで迫っていた。

ゆりはゴクリと息を飲み込み、御幣と御札を構える。

 

 

「キシャアァァァァァァ!!!!!」

 

 

霧の奥から現れたのは、巨大なムカデだった。

紅く輝く瞳がゆりを射抜き、強靭は両あごがカチカチと音を鳴らしている。

本当にムカデを巨大化させただけの妖怪は気持ちが悪い。

 

 

「八雲式符術、焔舞!!」

 

 

手に持った御札に霊力を通し、巨大なムカデに向かって投げつける。

御札は火球となり、ムカデの周囲をくるくると旋回する。

 

 

「五の舞、火龍天昇!!」

 

 

刹那、火球が一斉に集まり龍となり、ムカデを飲み込む。

しかし、周囲の霧に含まれる水分のせいで威力が落ちたのか、炎から出てきたムカデが外殻が焼け焦げているだけだった。

 

 

「うーん・・・この状況じゃああんまり威力は出ないか。」

 

 

「キシャアァァァァァァ!!!!!」

 

 

ムカデのいくつもある足の一本が鋭利な鎌に豹変する。

そして、その鎌をゆりに向かって振り下ろす。

 

 

「ほいっ、と。」

 

 

地面を蹴り、鎌を避けるゆり。

そして、上腕部に装着している御札用のポシェットから新しい御札を取り出す。

それを周囲の木々に投げつける。

 

 

「こっちはゆかり様に仕える夢幻郷の巫女。アンタなんかに負ける訳にはいかないのよ!!」

 

 

ゆりは御幣を振り下ろした。

すると、木々に張り付いた御札が描き、八雲式符術が発動する。

その陣の真ん中にはちょうどムカデの妖怪。

 

 

「八雲式符術奥義、風陣封縛殺!!」

 

 

陣の中で数多の風の刃が発生し、ムカデ妖怪の体を切り刻んでいく。

その密度は少しずつ高くなっていき、最後にはムカデ妖怪を細切れになって消滅した。

 

 

「ふぅ・・・」

 

 

「ご苦労様」

 

 

タイミングを見計らってゆかりと霊禍はスキマ空間から出てきた。

 

 

「いきなりで吃驚しましたよ」

 

 

「いずれは1人で妖怪退治をすることもあるんだから、突発的事態には慣れておかないと。

 でも、ちゃんと対応できてたし、文句なしよ。」

 

 

そう言いながらゆかりはゆりの頭を撫でた。

ゆりは気持ち良さそうに目を細めた。

 

 

「さて、今度は依頼の方を達成しましょうか。」

 

 

ゆかりは倒れていた石を起こした。

卵型の石を削って作られたようなその石は墓石だった。

当然ながら埋葬している人物の名前が彫られているのだが、読み取れるのは苗字だけ。

名前の方は擦れていて読み取ることが難しい。

 

 

「墓石だけど、擦れてて読み取れないね。えっと、芦屋・・・・・・」

 

 

――芦屋清姫。それがキヨの名前――

 

 

「「「!!」」」

 

 

人の気配を感じさせなかった森の中で透き通るような声が響いた。


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