東方転生伝 ~もう1人のスキマ妖怪~   作:玄武の使者

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第33話 「白面金毛九尾の狐(後篇)」

第33話 「白面金毛九尾の狐(後編)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~八雲神社 居間~

 

 

八雲神社では朝食は全員で食べるのが日課である。

毎日の食事当番が決められており、その日の担当は朝食を作ることになっている。

もっとも、本当に食事を必要とするのは巫女のしいなぐらいだが。

八雲神社に住まう全員が揃う朝食の席では、いつもと違う光景が広がっていた。

 

大きなちゃぶ台を囲って朝食を食べる神社の面々。

その中にリーダー格であるゆかりの姿はなく、代わりに玉藻前の姿があった。

 

 

「ルーミアさん、ゆかり様はどうしたんですか?」

 

 

「奉鬼に頼まれて、いろいろ手伝ってるみたい。

 何の手伝いをしてるのかは知らないけど、今日中には帰ってくるって。」

 

 

「そうですか。となると、最終防衛線がないわけですね。」

 

 

そう、ゆかりが居ないということはそれだけ戦力が減っているということだ。

ゆかりが周囲に及ぼす影響は凄まじいので、ゆかりが居ない間に侵略する者が居るかもしれないのだ。

 

 

「まあ、私や霊禍も居るから大丈夫でしょ。」

 

 

そう言いながらルーミアは暖かい味噌汁を口に運ぶ。

ちなみに、今日の朝食当番は霊禍とルーミアの二人である。

 

 

「大丈夫。敵が来たら、私が呪い殺すから。」

 

 

霊禍が無表情で呟く。

 

 

「あはは・・・頼もしい限りです。」

 

 

「でも、ゆり。貴女も他人に頼ってばかりじゃあ駄目ですよ?」

 

 

「勘弁してくださいよ~。こっちは少し前に巫女に就任したばかりですよ?」

 

 

水雲 ゆり。

この八雲神社の5代目の巫女であり、水雲家の次女である。

水雲家の長女は体が弱かったために彼女が5代目の巫女に抜擢された。

巫女に受け継がれる“空想を現実に変える程度の能力”も継承した立派な夢幻郷の巫女。

しかし、まだまだ未熟で妖怪退治もルーミアらの誰かが同伴しないといけない。

5代目に就任したのがつい2週間前の話なので無理からぬ話だが。

 

 

「それにしても、私が朝食の席に参加していることは無視ですか?」

 

 

今まで黙って朝食を食べていた玉藻前が口を開いた。

ルーミアと霊禍が作った朝食をほとんど食べ終えていた。

 

 

「最初から気づいてる。でも、ゆかりの分の朝食勿体無い。」

 

 

「・・・・・・何というか、恐れないのですね。」

 

 

「何処に恐れる必要があるの?」

 

 

少し暗い声で呟く玉藻前にルーミアは明るい声を掛ける。

 

 

「どんなに強い妖怪であろうとも、敵対しなければ拒まない。

 それが夢幻郷の方針でゆかりの考え方。

 それに、玉藻よりも凶悪な妖怪なんて珍しくないし。」

 

 

「その筆頭であるルーミアさんが言いますか・・・・・・」

 

 

「シアン、それはどういう意味?」

 

 

ルーミアの対面で朝食を摂っているシアンディームをジト目で睨む。

しかし、長年一緒に生活しているシアンディームはそんな視線を気にすることなく箸を進める。

 

 

「でも、ルーミアの言葉正しい。

 ところかまわず死の呪いを撒き散らす私に比べたら、玉藻は普通。」

 

 

「コラ。」

 

 

自虐的な言葉を紡ぐ霊禍をルーミアが軽く戒める。

 

 

「霊禍、あんまり自虐的な言葉を言わない。」

 

 

「・・・・・・ごめん。」

 

 

「・・・・・・クスッ」

 

 

二人のやり取りを眺めて玉藻前は思わず笑みを漏らした。

 

 

「ごめんなさい。でも、あなた達本当に仲が良いのね。」

 

 

「まあ、何年も一緒に生活してるし。」

 

 

「衣食住共にしている内に気がつけばこんな感じよ。」

 

 

(羨ましいわね。私が欲しても手に入れることができなかったもの。

 それをこの子たち全員が持っている。本当に・・・羨ましいわ)

 

 

仲睦まじい神社の面々に玉藻前は羨望の視線を向ける。

そして、朝食の時間は静かに過ぎ去っていく。

 

 

・・・

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

朝食を終えた後、玉藻前は湖で水浴びをしていた。

ルーミアと零禍は定期交易の護衛のために早々に神社を経ち、残された二人は朝食の片付けを行っている。

夏の終わりなので水は少し冷たいが、残暑ということもあって心地よい。

 

 

「こうやって穏やかに水浴びをするのも久しぶりだな。」

 

 

玉藻前の自慢でもある九本の尻尾はしっとりと水に濡れていた。

なお、妖力は八雲神社の結界に影響を及ぼしてしまうので玉藻前が極限まで抑え込んでいる。

 

 

「妖怪を受け入れる人間が暮らす隠れ里。

 私のような妖怪にとっては理想郷と言っても過言ではないわね。」

 

 

湖の真ん中で玉藻前は静かに笑った。

そして、さすがに冷たく感じてきたのか畳まれた衣服が置いてある岸辺に向かう。

 

 

「人里の方に行ってみようかな?」

 

 

玉藻前は乾いた布で体全体を拭いながら、次の行き先を決める。

特にルーミアたちも人里に降りることは禁止していない。

それは玉藻前の性格を彼女たちが信頼しているからだ。

 

 

「でも、いつもの姿だと警戒されるか。」

 

 

刹那、玉藻前の姿は一匹の狐に変わる。

普通の狐の姿に変身した玉藻前は八雲神社の麓、夢幻郷の人里に向かった。

 

 

 

◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆

 

 

地面を駆けること、数分。

玉藻前は人里に到着した。

多くの男勢は定期交易のために出かけているので、人里はいつもより少しだけ静かだ。

それでも、子供や妖精がはしゃぎ回っているので楽しそうな声が絶えない。

 

 

(珍しい。妖精が人間の子供と遊んでる。)

 

 

やはり妖精と人間の子供が楽しそうに遊んでいる光景は玉藻前にとっても珍しいものだった。

もっとも妖精の悪戯好きに子供の悪戯心が触発されてしまうこともあるが。

 

 

(あそこに居るのは、鳥の妖怪か? 羽の形から見るとツバメか。)

 

 

次に玉藻前が見つけたのは、団子屋で団子を食べている燕の妖怪の姿。

いたって普通に里の人間と会話を交わしている。

 

 

(こんな光景は他の場所では絶対に見られないな。)

 

 

玉藻前はその場から立ち去った。

そして、次に飛び込んできた光景は鬼の少女と人間の子供が勝負している光景だ。

 

 

「しいな姉ちゃん、強すぎだよ。」

 

 

「これでも手加減してるよ。さぁ、まだ続けるの?」

 

 

「もちろん!!」

 

 

人間の子供は勝てないと分かっていても、鬼の少女に向かっていく。

鬼の少女もそれがうれしいのか、顔に笑みを貼り付けている。

その楽しそうな光景に玉藻前の心も満たされる。

 

 

 

その後も、玉藻前は夢幻郷の人里の中を歩き回った。

人間の里の中にちらほら妖怪が混じり、共に明るく生活しているのは新鮮だった。

そして、玉藻前は同時に「この光景を壊したくない」と思った。

 

 

(私も・・・・・・あの中に混じりたい。)

 

 

そう思いながら玉藻前は八雲神社へ続く道を登っていく。

妖力を極限まで抑え込んでいるので、結界が壊れる心配もない。

また、結界も玉藻前を拒むことはない。

 

 

(だけど、私が居れば迷惑が掛かる。)

 

 

玉藻前は八雲神社の境内の前に佇む立派な鳥居を見上げる。

その鳥居を潜ると、対妖怪用結界の中に入ることになる。

知恵の神、八意思兼神の力を借りて構築された結界はかなり頑丈に作られている。

しかし、何千年という時を生きている玉藻前の妖力を受け止めることはできない。

 

 

(初めてね、妖怪であるこの身を怨むのは。

 八雲 ゆかりにお礼を言ったら、さっさと此処から去りましょ。

 この理想郷は・・・・・・私のような妖怪が居て良い場所じゃない。)

 

 

玉藻前は八雲神社に繋がる石段から麓の様子をじっと見つめる。

その刹那、玉藻前の体に異変が起こった。

 

 

――ドクンッ!!

 

 

「あぐっ」

 

 

突然彼女の心臓が大きく躍動し、全身が灼熱地獄のように熱くなる。

 

 

――ドクンッ!!ドクンッ!!

 

 

(か、体が燃え尽きそう・・・・・・!!)

 

 

突然の異変に変身を維持することもできなくなり、玉藻前は元の少女の姿に戻る。

尾てい骨辺りから生えている美しい狐色の尻尾が逆立つ。

心臓は躍動を続けて、玉藻前を苦しめる。

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・あぐっ!!」

 

 

少女の姿に戻った玉藻前は石段の上で悶える。

そして、一際強い痛みが来たかと思うと、全身の熱が嘘のように引いていった。

 

 

「い、今のは一体・・・・・・」

 

 

時間にすると、数秒だったが、玉藻前にとっては非常に長く感じられた。

玉藻前は悶えている間に付着した砂埃を払いながら立ち上がる。

“四本”の尻尾が体の動きに合わせてゆらゆらと揺れる。

 

 

「あら? こんな所に珍しい狐が居るわね。」

 

 

「っ!?」

 

 

突然背後から見知らぬ声が聞こえ、玉藻前は勢いよく振り向く。

玉藻前の背後に居たのは、スキマと呼ばれる空間の裂け目に腰掛ける女性だった。

 

 

「4本の尾っぽに、膨大すぎる霊力。まさか天下の白面金毛九尾が天狐に成長するなんてね。」

 

 

「貴様・・・・・・一体何者だ? それに、私が天狐に成長してるとはどういうことだ?」

 

 

「私? 私はこの夢幻郷の管理者であり、八雲神社の祭神。」

 

 

「ということは・・・お前が八雲 ゆかりか?」

 

 

「そうよ、玉藻前。」

 

 

「そうか・・・。すまん、命の恩人に敵意を向けてしまった。」

 

 

謝罪する玉藻前にゆかりは笑みを浮かべる。

 

 

「別に気にしないわ。私にも非があるもの。」

 

 

「それなら良いが。それよりも、私が天狐に成長してるとはどういうことだ?」

 

 

玉藻前の質問にゆかりは静かに彼女の背後――正確には、彼女の尻尾を指差す。

9本存在しているはずの尻尾は5本減って、4本になっていた。

それを確認した玉藻前の思考が一時的にストップする。

 

 

「ど、どうしてぇ!?」

 

 

「多分、貴女の本質が善狐だったからよ。

 九尾の狐となった善狐はさらに年を重ねると4本の尾を持つ天狐に成長する。

 それは白面金毛九尾の狐と恐れられていた貴女も例外じゃなかったみたいね。」

 

 

「にわかに信じられないけど、実際こんな姿になってるから受け止めるしかないわね。

 そういえば、ゆかりさん。瀕死の私を助けていただいてありがとうございました。」

 

 

「別に構わないわよ。貴女は本来無害な妖怪なんだから、殺されるのを見過ごせなかっただけよ。」

 

 

そう言いながらゆかりはスキマから降りて、石段に着地する。

 

 

「さて、夢幻郷の管理者として貴女に申し出るわ。

 玉藻前。貴女、この八雲 ゆかりの従者になってくれないかしら?」

 

 

ゆかりはそう言って玉藻前の頬に手を当てた。

 

 

「出会ってからちょっとしか経ってないのに、不躾な申し出かもしれない。

 引き受けてくれたらうれしいけど、どうかしら?」

 

 

「どうして、私なんかを・・・・・・」

 

 

「簡単に言えば、直感かな? 貴女と私なら上手くやっていけそうな感じがするから。

 別に無理強いはしない。断ってくれても構わない。」

 

 

「貴女は私を受け入れてくれるの?」

 

 

玉藻前の質問にゆかりは笑みを返した。

そして、玉藻前は勢いよくゆかりに抱きついた。




急展開?そんなのいつものことさ。

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