第28話 「呪を操る少女」
第28話「呪を操る少女」
夢幻郷が誕生してから数百年、土着神八雲 ゆかりが誕生してから幾年の月日が流れた。
夢幻郷と幻想郷のそれぞれの人里は交易を行うようになり、互いに特産品を交換するようになった。しかし、その交易は危険を伴うためにルーミアらの力が必要になった。
その護衛のためにルーミア、シアンディームの二人が出掛けている時。八雲神社にとある人物が訪れようとしていた。
八雲神社の本殿。
夢幻郷の象徴である上質な木々で作られた神聖な場所にゆかりは籠っていた。
「・・・・・・龍脈は正常。だけど、少し溜まりすぎてるか。」
ゆかりは目を閉じたまま静かに呟く。
八雲神社には龍脈をコントロールし、夢幻郷全域にそのエネルギーを行き渡らせる役目も存在する。
月に一回の頻度で龍脈の状態を確認し、何かエネルギーの流れに異常があれば、整流するという作業を行っている。
「だけど、無闇に龍脈を拡張する訳にもいかない。地核に返すエネルギーを大きくしましょうか。」
独り言を呟きながらゆかりは作業を続ける。
「良し。これで大丈夫ね。」
作業を終えたゆかりは立ち上がり、本殿から出ようとした。
ちょうどその時、本殿の扉が開かれて八雲神社の初代巫女の水雲 しいなが入ってきた。
しいなも月日を重ねる度に成長し、幼かった肢体は立派な女性のモノに成長した。胸は平均よりも控えめだが。
「どうかしたの?」
「ゆかり様にお客様です。」
「私に?」
しいなの横には見覚えのある人物が居た。その人物は軽く会釈すると、ゆかりに笑みを向けた。
背丈はしいなよりもかなり低いが、カリスマを感じさせる幼い緑髪の少女。
装飾された大きな帽子をかぶるその少女の名前は四季 映緋。幻想郷と夢幻郷を担当する閻魔である。
「しいな、ちょっとお茶を淹れてきてくれる?」
「あ、はい。」
ゆかりのお願いを受けて、八雲神社の居住区画の方へと走っていった。
「多忙な閻魔様が一体どうしたの?」
「開口一番の言葉がそれですか・・・。まあ、良いです。
実は、貴女に少しお願いしたいことがあります。」
そう言ってゆかりを見上げる映緋は真剣な眼差しを向けていた。
「少し場所を変えましょう。」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
映緋とゆかりは八雲神社の本殿から居住区画の縁側に移動した。
澄んだ湖には多くの鳥たちが羽を休め、湖の周りには春の花や草が咲き誇っている。
そんな風景が眺められる縁側で、二人はしいなが淹れてきた緑茶をすすっていた。
「美味しいお茶ですね。」
「恐縮です。」
映緋は素直な感想を口に出す。
しいなも映緋の感想に少し照れているようだ。もっとも照れている様子は表情には出ていないが。
「映緋様。私に頼みたいこと、とは?」
そもそも、将来十人の閻魔王になる映緋が処理できないようなこととかあるのかな?
それに、映緋の表情から推測するに、今回の案件はかなり重要なモノ。そんなことを地獄とは無関係な私にどうして?
「先日、地獄に侵入して来た者が居ました。」
映緋はしいなが淹れたお茶を口に含みながら、要件を話し出す。
「地獄に侵入って、そんなこと出来るのですか?」
「普通はできません。ですが、その侵入者はその常識を打ち破って、白昼堂々地獄に侵入して来ました。」
「それと今回の要件にどのような関係が?」
「私が此処に来たのは閻魔の代表としてです。要件は先に言った侵入者を預かって欲しいのです。」
「・・・・・・はい?」
映緋のお願いにゆかりの思考は一時停止した。
「まあ、訳が分かりませんよね。」
「えっと・・・何でそんなことになったのですか?」
「その侵入者がただ者ではなかったからですよ。」
映緋は神妙な顔つきでその侵入者のことをゆかりに話し始めた。
映緋の言う侵入者は突然出現した空間の裂け目を通って地獄に現れた。
当然ながら死神たちが捕縛しようと立ち向かって行ったが、その侵入者に近付いた刹那に異変が起こった。
侵入者は何もしていないのに、死神たちは突然苦しみ出して動けなくなってしまったらしい。
幸いにも、侵入者には敵対の意志は無く、異変を聞き付けた閻魔が介入することで収まったそうだ。
「話を聞くと、その子は自意識とは関係なく周囲に“呪い”を振り撒いてしまう体質だったんです。」
「なんと言う面倒な体質・・・・・・」
私は夢幻郷かその近くに居る限り、土着神の力のおかげで呪いとかは効かない。だけど、ルーミアやシアンは呪いに耐性がある訳じゃない。
映緋のお願いを引き受けたら、夢幻郷が混乱するのは間違いない。
「無理を言ってるのは分かっています。ですが、私の知る限りあの子を何とかできるのは貴女だけです。」
ゆかりに絶対的な信頼を寄せる映緋。
そんな彼女にゆかりも少し困ったような表情を浮かべる。
「そう言われても・・・無作為無差別にばら蒔かれる呪いを無効化する方法なんて思い付かないよ。」
「そう、ですか・・・・・・」
ゆかりの返答に映緋はしょんぼりとする。
「ばら蒔かれる呪いを何とかできれば良いんだけどね。」
「それができれば苦労しませんよ。」
「まあ、そうだよね。」
ゆかりは緑茶が入った湯呑みを口に運ぶ。
「映緋様。呪いがばら蒔かれるということを体から呪いが放出されてる・・・ということですよね?」
「そうですよ?」
「それなら何とかなるかもしれません。」
ゆかりの発言に映緋は食い付いた。
「本当ですか!?」
「ええ。でも、準備に少し時間を貰います。」
「具体的にはどれくらいですか?」
「1日頂けたら準備は整うと思います。」
「それくらいなら、大丈夫です。では、二日後に煉貴を迎えに行かせます。」
「分かりました。」
安請け合いしちゃったけど、正直この試みが成功するかどうかは私にも分からない。
でも、この方法しか浮かばない以上実行するという選択肢しかないんだよね。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
二日後。
ゆかりは煉貴に連れられて、地獄まで足を運んだ。
途中で映緋と合流して、三人は件の侵入者に与えられた部屋に向かっていた。道順ですれ違う死神や閻魔はやけにピリピリしているが、三人は無視して進んでいた。
「随分、ピリピリしてるけど何かあったの?」
「最近、地獄に来る魂魄が急激に増えてるからですよ。」
ゆかりの質問に煉貴が答える。
現在の年号は西暦で言うと、785年だ。
その年は長岡京に遷都した年でもあるが、日照りや飢饉、疫病が流行した年でもある。そのため、大量の魂魄が地獄に流れてきたのだろう。
「本当は映緋様も手伝うべきなのですが、侵入者の一件を先に解決するように言われてるんです。」
「煉貴、あまり部外者に内部事情を話すものじゃありません。」
「す、すいません」
うっかり内部事情を暴露しかねない煉貴を戒める映緋。
そんなこんなで会話を交わしている間に三人は頑丈そうな南京錠で封じられた一枚の扉の前に到着した。
映緋はポケットから鍵を取り出すと、扉を封じていた南京錠を解錠し、重そうな扉を開ける。
「煉貴、貴女は此処で待ってなさい。私やゆかりのように神性を持っていないと、彼女の呪いを受けてしまいます。」
「分かりました。」
煉貴を扉の向こう側に残し、二人は薄暗い部屋の中に入っていく。
いくつかの蝋燭が唯一の光源となっている窓のない部屋の奥に目的の人物が膝を抱えて座っていた。
「誰?」
感情を感じさせない声がそれほど広くない部屋に響き渡る。その声はゆかりに向けて発せられたようだ。
「八雲 ゆかり。貴女を預かることになった土着神よ。」
「止めておいた方が良いよ。私は死を振り撒くことしかできない。」
「そうだね。貴女は相手を死に至らせる呪いを無作為無差別にばら撒いてしまう。そんなことは百も承知だよ。」
そう言いながらゆかりは映緋に視線を向け、その視線の意味を理解した映緋はその子の背後に回り、羽交い締めを掛ける。
「――――――」
「な、何を・・・・・・」
ゆかりは羽交い締めされて動けない少女に近づいて、指先を少女の胸の中心辺りに当てる。
じたばたする少女を無視して、ゆかりは何やら呪文を紡ぐ。
「――――――」
「うっ・・・くっ・・・」
呪文が進むにつれて、少女の反抗は弱くなっていく。その代わりに少女の苦しそうな声が部屋の中にこだまする。
「――――――――!!」
「ああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
ゆかりが呪文を唱え終わるのと同時に少女の叫び声が部屋の中で反響した。
とうとう第4章に到達しました。
ここからはオリジナルキャラの連発になります。
魔改造予定組はまだまだ先になります。