第23話 「幻想郷からの刺客(前編)」
~八雲神社 霊峰~
妖刀の騒動から数ヶ月。
八雲神社に住まう宵闇の妖怪、ルーミアは霊峰に籠もっていた。
ちなみに、霊峰とは八雲神社の裏手にある洞窟の奥。
つまりは大き過ぎる剣が突き刺さっている場所である。
「よいしょっ!!」
ゆかりから借りたピッケルを振り下ろし、剣から金属を採掘する。
傍らには採掘した金属が詰め込まれた籠が置かれている。
落ちた金属片を拾い、籠の中に放り込んでいく。
「ふぅ・・・これだけあれば、一本ぐらいは作れるかな?」
それにしても、この剣って不思議な素材で出来てるねぇ。
1日経ったら、削ったはずの部分が再生してるなんて在り得ないし。
まあ、そのおかげで色々助かってるんだよね~。
ルーミアは霊峰に突き刺さる巨大な剣を見上げる。
その剣から採掘した素材によって、人里は大助かりしている。
しかも、剣は1日経てば再生するので素材は取り放題だ。
「さて、帰ろうっと。ゆかりに作ってもらわないといけないし。」
ルーミアは大量の金属片が入った籠を背負う。
そして、背中に闇色の大きな一対の翼――魄翼を展開し、天井の穴から外に飛び出した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
霊峰から八雲神社に戻ってきたルーミアはゆかりの元に直行した。
八雲神社の東館にある扉を勢いよく開ける。
「ゆかり!! 集めてきたよ!!」
「ふわぁぁ・・・・・・ようやく帰ってきたのね。」
布団で眠っていたゆかりが眠たそうに目を擦りながら起き上がる。
現在の時刻は早朝の卯の刻。ちょうど農民たちが起床し始める時間だ。
「結構時間が掛かったけど、ちゃんと集めてきたよ。
約束どおり私専用の剣を作ってよね?」
「分かってるよ。ちゃんと素材も調達してきたみたいだし。」
ゆかりは小さく欠伸をすると、細いリボンで髪を縛る。
ルーミアが霊峰に籠もっていたのは、彼女専用の刀剣を拵えてもらうためである。
普段使っている刀剣はすべて自身の妖力で作り上げたものだ。
そのため、脆く、衝撃に非常に弱いのだ。
「服着替えるから、先に工房で待ってなさい。」
「分かった。」
そう言って、ルーミアは工房に向かって走って行った。
そんな子供っぽい彼女の様子を見て、ゆかりはクスリッと笑みを零した。
そして、寝巻き着からいつもの服装に着替え始めた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
八雲神社の東館の先にある空き部屋を改造して作られた工房。
刀剣を作るために設置された竈にルーミアは火をくべる。
火花がパチパチと飛び散り、竈の温度が上がっていく。
「準備はできたみたいね。」
「うん。」
竈の温度がちょうど良い位になった時、着替えを終えたゆかりが工房に入ってきた。
ゆかりは竈の前に立ち、細かい金属片を1つの塊にする作業に取り掛かる。
傍らに置かれた籠から採掘された金属片を取り出して、竈に放り込む。
「暑い~・・・・・・」
竈の温度を調節しているルーミアは超高温に晒されている。
肌から汗があふれ出し、頬を伝っていく。
「そればっかりはどうしようもないよ。私は能力で何とかなるけど。」
「相変わらずゆかりの能力は便利だねぇ。そして、暑い~」
「少し離れてても大丈夫だよ。本番はもう少し後だから。」
「そうさせてもらうよ。」
ルーミアは温度を調節する炎の前を離れて、壁に凭れ掛かる。
その間に竈に放り込んだ金属片は融解し、1つの塊になっていく。
作業を開始すること、数分後。竈から1つの塊になった金属を取り出す。
「第1段階完了。ルーミア、どんな形にするの?」
「うーんと・・・・・・ストームブリンガーみたいな感じで。」
あの技、結構気に入ってるんだよね~。
そもそも私が最初に作り上げた妖術なんだよね。
「まあ、これぐらい材料があれば作れるか。」
そう言いながら、冷え固まった黒金色の塊を竈に投入する。
そしてしばらく熱した後、再び塊となった金属を取り出した後、金槌で熱した金属を叩く。
塊だった金属は徐々に平たくなっていく。
「ふと思ったけど、ゆかりはいつの間に刀とか打てるようになったの?」
「ん? 完全な独学。だから、最後までできるわけじゃないよ?」
「え・・・・・・?」
えっと・・・ゆかり? 私の記憶が正しければ、「任せろ」って言ったよね?
素材をかき集めるために何日も霊峰に張り込んだ私の努力は・・・・・・(泣)
「だから、足りない知識は本業に聞かないとね。」
「?」
ゆかりの言葉に首を傾げるルーミア。
すると、ゆかりは瞳を閉じて呪文を唱えた。
「天目一箇神よ、汝の神威を我に。」
ゆかりは降神術の1つ、神威召喚を行った。
彼女が神徳を借りた八百万の神は|天目一箇神(あめのまひとつのかみ)。
日本神話において、製鉄・鍛冶の神様として登場する八百万の神の一柱である。
天照大御神の天岩戸隠れの時、刀斧・鉄鐸を造ったとされる。
「・・・・・・・」
天目一箇神の神徳を借りたゆかりは無言で作業に没頭する。
時々ルーミアに薪を追加してもらいながら、無心で作業を続ける。
単なる金属の塊はいつの間にか立派な刀剣に変貌していた。
「ふぅ・・・ようやく最終段階ね。」
「おおぉっ!!」
黒金色の刀身に白い十字架が描かれ、刃渡りは1m近く。
ルーミアの注文どおりに作られた細身の両手剣がそこにあった。
「あとは砥石で研ぐだけなんだけど・・・・・・ここから大変なんだよね~」
「ゆかり。そのままで良いよ。」
「? どうして?」
「そのほうが私にとっては都合がいいの。切れ味の方は妖術で何とかするよ」
「確かに普通のに比べて頑丈になるけど、本当にいいの?」
ゆかりの質問にルーミアは頷く。
「まあ、ルーミアがそれで良いなら私は別に良いけど。」
そう言ってゆかりは完成した細身の両手剣――ストームブリンガーをルーミアに渡した。
そして、神威召喚を解除して竈の火を消火する。
「鞘は人里の市場で購入して。さすがに鞘までは無理だから。」
「分かった。」
ゆかりからストームブリンガーを受け取ったルーミアは嬉々とした表情を浮かべて八雲神社を飛び立った。
「私はもう一眠りしようかな?」
大きな欠伸をした後、ゆかりは工房から出た。
~夢幻郷 南の森~
ストームブリンガー専用の鞘を手に入れるために人里に向かったルーミア。
しかし、彼女はなぜか妖怪の出没する南の森を歩き回っていた。
しかも、まるで敵を誘うように妖力を森全体に振りまいている。
彼此10分程度。妖力を振りまきながら歩き回っていると、森の奥から人影が現れた。
「ようやくお出ましかぁ。」
「へぇ・・・ウチらの気配に気付いてたのかい。」
「あのスキマ妖怪の話とは随分と違うじゃないか。」
森の奥――幻想郷方面から現れたのは二人の少女だった。
背丈はルーミアより低く、髪の色は琥珀色で側頭部から頭部を覆うように2本の角が生えている。
その姿は間違えることなく、古来より人攫いを生業とする種族――鬼だった。
「警告だよ。このまま引き返すなら、良し。引き返さないなら・・・・・・」
ルーミアはついさっき手に入れたストームブリンガーを2人の鬼に向ける。
「ここでその屍を晒すことになるよ。」
ルーミアから放たれる殺気に2人の鬼は唇を歪める。
「いいねぇ。その気迫。」
「まったくだ。あの胡散臭い妖怪の頼みだから手を抜くをつもりだったが・・・・・・」
「「中々強そうな相手(妖怪)が居るじゃないか!!」」
その言葉と同時に2人の鬼もファイティングポーズをとる。
「我は虎熊 閃姫(せんき)。」「我は虎熊 閃舞(せんぶ)。」
「「我ら2人揃って山の四天王の一角、虎熊童子!!」」
ここに、夢幻郷の妖怪と幻想郷の刺客の戦いの火蓋が切って落とされた。
第3章もようやく終盤。またストックを作らないと・・・・・・。