第18話 「しいなの過去」
~八雲神社 ゆかりの私室~
八雲神社居住スペースの東側にあるゆかりの個室。
水雲 しいなのために髪飾りの製作に取り組んでいたゆかりは精魂尽き果てていた。
窓際に設けられた机の周りは非常に散らかっている。
「つ、疲れた・・・・・・」
夕食を終えた後からずっと作業を続けてようやく完成した。
能力を制限するために術式が刻まれた緋色のリボンと大極図を合体させたような髪飾りが机の上に鎮座していた。
「あ~・・・慣れないことをするもんじゃないね。」
ゆかりは仰向けに寝転がりながら自分の手を見た。
その手は鋭い刃物で切ったかのように幾つもの切傷があった。
その傷は髪飾りの大極図を作っていることにできた傷だ。
翡翠を大極図の形になるように細工したのだが、いかせん慣れない作業なので、傷を負ったのだ。
「まあ、こんな傷はすぐに治るんだけど。」
ゆかりの手に刻まれた切傷は人間では考えられない速度で塞がっていった。
5分もすると、手に刻まれた夥しい数の切傷は1つ残らず塞がった。
「さて、疲れたし、お風呂にでも入ってきましょうか。」
そう言って、ゆかりは自分の部屋から着替えを持って出て行った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ピチャーン・・・・・・
八雲神社居住スペースの西館。
ゆかりたちの自室が設けられている東館のちょうど反対側にある西館の一番端。
そこには、共有浴場が設けられている。
交代でお湯の番をして、暖かいお風呂を作り上げているのだ。
「ふぅ・・・・・・」
その湯船に八雲神社の巫女、水雲 しいなが浸かっていた。
それなりに広い浴場に居るのは、しいな一人。
「しいな~。湯加減はどう?」
「ちょうど良いです、ルーミアさん。」
「ん。それにしても、お風呂番って結構暇だね~。」
「あはは・・・・・・・」
外でお風呂番をしているルーミアの言葉に苦笑いを浮かべるしいな。
しいなも八雲神社の一員なので、お風呂番のローテーションに組み込まれている。
故に、その仕事がどれだけ退屈はよく知っている。
「っと、薪が足りなくそう。ごめん、ちょっと離れるね。」
「分かりました。」
ルーミアの足音が遠くなっていき、やがて聞こえなくなった。
ふと、しいなは自分の肢体に目を向けた。
少し痩せた四肢と普通よりも白い肌。そして、その白い肌に刻まれた刀傷が目に入った。
「・・・・・・もう、五年も経つのか。」
しいなは肩まで湯船に浸けて、天井を見上げた。
「あっ、しいなじゃない。」
物思いに耽っていると、脱衣所とお風呂場を区切る扉が開かれた。
入ってきたのは、八雲神社の主――八雲 ゆかりだ。
「っ!?」
しいなは咄嗟に身体に刻まれた刀傷を隠した。
しかし、湯気でうまく見えていなかったのかゆかりは何も言わずに湯船に浸かった。
「こうやって、しいなと一緒にお風呂に入るのは初めてだね。」
「そ、そうですね・・・・・・」
「しいなも誰かと一緒に入れば良いのに。わざわざ1人で入らなくても。」
「いえ、誰かの視線を意識すると、身体が休まらないので・・・」
「まあ、それには同意。」
そう言いながらゆかりは身体を大きく伸ばす。
「・・・・・・しいな、いつまでも隠す必要はないよ」
ゆかりの言葉にしいなの身体が小さく震えた。
「隠してるつもりかもしれないけど、少し見えてるよ。」
「・・・・・・・・・」
「大方、“空想を現実を変える程度の能力”のせいで酷い目に合わされたんでしょ?」
ゆかりの言葉にしいなはコクリと頷いた。
「私は元々貴族の屋敷で生まれ育ちました。
かなり裕福な暮らしを過ごしていました。あの時までは・・・・・・」
しいなは目を閉じて、思い出話を語るように自分の過去を語った。
「私が能力に目覚めたのは、5年前の冬です。
変な話ですが、私は生まれて間もない頃から自我がありました。
普通なら気味悪がられるんですが、母はそんな私に愛情を注いでくれました。
ですが、私が5歳になる直前。母は重い病気で亡くなってしまいました。」
「・・・・・・」
しいなの過去をゆかりは黙って聞いていた。
「母が死んでから私の生活は一変しました。
私を匿ってくれる人は居らず、私には頼る人も居ませんでした。
そして、ある時。屋敷に賊が侵入してきました。
この刀傷はその賊によってつけられたものです。」
そう言って、しいなは刻まれた刀傷を指差した。
白い二の腕から繋がるように背中にまで刀傷が届いている。
逃げようとして背後から賊に切りかかられたのだろう。傷口はすっかり塞がっているが、その痛々しい傷痕は未だに残っている。
「私は賊の手から必死に逃げようとしました。
しかし、当時の私はまだ5歳。逃げ切れるわけがありませんでした。」
「でも、無事に此処に居るって逃げ切れたんだよね?」
「はい。賊に追い詰められた時、私は無意識の内に願いました。
まだ生きたい、こんなところで死にたくない、と。
その願いを私の能力が叶えてくれた。いや、叶えてしまった。」
しいなは再び目を閉じて、自分の能力を行使した。
湯気でしっとり湿った黒い髪は碧銀に、即頭部からは樹の枝のような角が2本生えた。
その姿は古来より人攫いを生業とする鬼に酷似していた。
「私の能力は無作為に発動すると、私の願いを勝手に解釈してしまいます。
生きたいという私の願望はこのような形で叶いました。
そして・・・・・・私は化け物と呼ばれるようになりました。」
「その直後にしいなはこの夢幻郷に?」
「いえ。能力が発現した直後はしばらくある人に能力の制御を教わっていました。」
「能力の制御を? 一体、誰に?」
「それが・・・・・・」
ゆかりの質問にしいなはばつが悪そうな表情を浮かべた。
「おかしな話ですが、物凄くお世話になった筈の人なのに、まったく覚えてないんです。」
「覚えてない?」
「はい。その人の名前も容姿も覚えてないんです。」
(何か記憶操作でも掛けられたのかな?
でも、この時代にそんな高度な技術がある訳が無い。)
「ゆかり様。私はこの神社に居ても良いんでしょうか?」
「急にどうしたの?」
「昼間に言ったかもしれませんが、私は能力を使いこなすことができません。
感情が高ぶれば、能力は暴走し、ゆかり様を傷つけてしまうかもしれません。」
そんな私が・・・・・・」
「そこまでにしておきなさい。」
しいなの自虐的な言葉をゆかりは静かに遮った。
「確かに、しいなの能力は暴走すれば危険極まりないわ。
だけど、私が何もしてないと思ったの?」
ゆかりは悪戯好きの子供のような笑みを浮かべた。
「後で、私の部屋に来なさい。渡したいものがあるから。」
「?」
そう言い残して、ゆかりは湯船から出た。
~八雲神社 東館~
お風呂からあがったしいなはゆかりに言われた通り、ゆかりの部屋の前にやって来た。
「ゆかり様。しいなです。」
「ん。今行くよ。」
扉越しに呼びかけると、中からゆかりの声が聞こえた。
扉が開くのかと思いきや、しいなの背後にスキマが開かれた。
そのスキマが手が伸びて、彼女の湿った黒髪に髪飾りをつけた。
「へ?あれ?」
その刹那、しいなは身体が力が抜け落ちるかのように床に座り込んでしまった。
「ちゃんと、術式は機能しているみたいね。」
「ゆかりさま、一体何をしたんですかぁ?」
「しいなの能力及び霊力を制限する封印具をつけただけよ。
これで不用意に能力や霊力が暴走する心配はなし。
ちなみに、霊力も制限したのは制御し易くするためよ。」
「せめて一言言ってくださいよぉ」
「ごめんごめん。ちゃんと術式が機能するか半信半疑だったからね。
でも、無事に機能しているようで良かった。
これで、貴女の修行もようやく始められるわ。」
「修行?」
「ええ。八雲式符術の修行を、ね。」
しいなの霊力はかなり多いです。
彼女の能力が影響して保有している霊力の量は霊夢以上。才能は霊夢以下。
八雲式符術を使うのは、主にしいなになります。
ゆかりも使いますが、補助程度。
さて、そろそろ幻想郷との絡みを出します。
具体的に言うと、幻想郷に居るキャラが出てきます。