第16話 「夢幻郷の巫女」
第16話 「夢幻郷の巫女」
八雲ゆかりSIDE
かぐや姫こと、蓬莱山 輝夜を月の使者から逃がした後。
逃亡の旅を続けることに決めた輝夜たちと別れたゆかりとルーミア。
彼女たちはスキマ空間を潜って、久しぶりに夢幻郷に帰ってきたのだが・・・・・・。
「「・・・・・・何これ?」」
スキマ空間から出たゆかりとルーミアの声が見事に重なった。
2人の背後には何年経っても変わらない湖が広がっている。
しかし、眼前には木製の大きな建造物が聳え立っていた。
当然、そんな大きな建物は夢幻郷にはなかった。
「ゆかり、場所間違えた?」
「いや、間違えてないと思うけど・・・・・・」
湖の奥には一時期寝床に使ってた洞窟もあるし、座標は間違ってない。
まさかとは思うけど、私が居ない間に夢幻郷が占領された?
でも、それならシアンから連絡が・・・・・・
「ここは列記とした夢幻郷ですよ。」
戸惑うに二人の前に半透明な羽を生やした妖精が降りてきた。
その容姿や衣服は十数年前とまったく変わってはいない。
「「シアン!!」」
「はい♪」
夢幻郷の管理を代理で任せていた妖精、シアンディームは笑顔で出迎えた。
「私が居ない間に随分と周りの様子が変わってるけど、何があったの?」
「あ~・・・それは追々説明します。とりあえず中に入ってください。」
「分かった。その前に・・・・・・」
ゆかりは鞘に納められていた焔月と蒼月を抜く。
刹那、焔月と蒼月が眩い光と放ち、人の姿になる。
「ごめんね、2人とも。今まで不自由な思いさせて。」
「「大丈夫です。」」
焔月と蒼月は口を揃えて言った。
そして、携えていた鞘をスキマ空間に入れる。
その後、ゆかりたちはシアンディームの案内に従って、その建物の中に入って行った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
シアンディームがゆかりらを連れてきたのは、大広間だった。
竹取の翁の屋敷を彷彿させる造りに、畳みに使われたイ草の匂い。
縁側からは湖を一望できるようになっている。
「この建物はゆかりさんが奈良の都に旅立った後に建設されました。
ゆかりさんが旅立って数日後、夢幻郷の住人らがある申し出をしてきました。
ゆかりさんへの恩返しがしたい、という非常に単純なモノです。
その結果がこの建物です。」
「いや、こんなに大きくする必要があったの?」
「あはは・・・・・・」
ゆかりの言葉にシアンディームは苦笑いを浮かべた。
湖のすぐ近くに聳え立つこの建造物はちょうど「コ」の字型を描くように作られている。
ゆかりも全体を見回ったわけではないが、かなりの広さがあることは感覚的に分かった。
シアンディームの反応を見る限り、大きさは予定外だったらしい。
「本当はもっと小さくなる筈だったんです。
ですが、妖精や里人がいろいろ付け足す内に・・・・・・」
「こんなに大きくなった、っと。」
「・・・・・・はい。」
シアンディームは少しうな垂れた。
妖精と里人の暴走を止められなかったのを反省しているようだ。
「まあ、作られたんだから仕方ないわね。取り壊すのも勿体無いし。」
「でも、本当に居住の目的のために作ったの?」
「いや、居住だけならこんなに馬鹿でかい建物を作らないわよ。」
「じゃあ、他の目的があったの?」
ルーミアの質問をゆかりが引き継ぐように問う。
すると、シアンディームは少し誇らしげな笑みを浮かべた。
「はい。湖の傍らに聳え立つこの建物の名は“八雲神社”。
夢幻郷の創始者であり、管理者である八雲 ゆかりを祭神とする神社です♪」
「「・・・・・・へっ?」」
ゆかりもルーミアも揃って素っ頓狂な声を上げた。
「えっと・・・・・・どういう道筋を辿れば、私が神様になるわけ?」
「そこは里人や妖精に聞いてください。私もそこに至った経緯は知りません。
というか、焔月さんと蒼月さんはまったく驚きませんね」
シアンディームはゆかりの両隣で正座している焔月と蒼月に視線を移した。
「私たちは付喪神という一種の神様。」
「ウチらは夢幻郷に帰ってきた時点で、主ゆかりに神力が生まれたのは気付いてた。」
焔月と蒼月は淡々と事情を説明する。
「ちょっと待って。神力が宿ってるってことは・・・・・・私はもう神様になってるってこと?」
ゆかりの質問に2人は揃って首を縦に振った。
神力とは神様が持つ摩訶不思議な力である。
八百万の神々は神力を使って、神術と呼ばれる特殊な術を行使する。
しかし、神力は妖力や霊力とは違い、信仰でしか回復することができない。
しかも自身の存在を維持するためにも神力を必要とする。
「・・・・・・何か、あんまり実感が湧かないわね。」
ゆかりは頬をポリポリと掻いた。
その刹那、トタトタと廊下から足音が聞こえた。
襖が静かに開かれて、艶やかな黒い髪の大人しそうな少女が入ってきた。
年齢はおおよそ10歳ぐらいで、その瞳は水のようなクリアブルー。
「あっ、すいません。お邪魔でしたか?」
「別に良いわよ。ちょうど貴女の紹介もするところだったし。」
シアンディームは少女を手招きして呼ぶ。
紅白の巫女服を着た少女はシアンディームの隣に座る。
「シアン、その子は?」
「夢幻郷の巫女であり、この八雲神社の巫女です。」
シアンディームは少女に自己紹介するように促す。
「お初にお目にかかります、八雲 ゆかり様。
わたくしの名は水雲(みずも) しいなです。」
そう自己紹介して、水雲 しいなと名乗った少女は頭を下げた。
「私はルーミアだよ~。」
「焔月と言います。」
「蒼月です。」
「八雲 ゆかり。そんなに堅苦しくしなくてもいいわよ?
私は別に気にしないし、公私を弁えてくれるなら普段どおりの話し方でいいよ?」
「善処します。」
自己紹介と顔合わせを終えたゆかりはシアンディームを呼び出した。
ルーミアたちはしいなと友好を深めている頃だろう。
場所は八雲神社居住スペースのゆかりの個室。しかも、遮音結界まで張っている。
「シアン。単刀直入に聞くけど、あの子は普通の人間じゃないね?」
「・・・・・・やはり、ゆかりさんの目を誤魔化すのは無理でしたか。
ゆかりさんの予想通り、しいなは普通の子ではありません。」
「まさかとは思うけど・・・妖怪の子?」
ゆかりの疑問にシアンディームは首を横に振った。
「いえ、あの子は5年前に夢幻郷に迷い込んだ子供です。
ただ・・・・・・その能力の危険性ゆえに人からも妖怪からも追われていました。」
「能力?」
「はい。しいなの能力は・・・“空想を現実にする程度の能力”です。」
「なっ!!」
“空想を現実にする程度の能力”なんて・・・とんでもない能力ね。
あの子がその気になれば、世界の理そのものを書き換えることもできる。
多分、そのまで大規模な能力を行使するにはかなりの力は必要だと思う。
だけど、危険すぎる能力であることには違いないわ。
「確かに妖怪や人間たちが危険視するのも頷ける能力ね。
それは完全に使いこなせてるの?」
「私も確認してみましたが、あの子は広範囲に能力を広げることはできないようです。
何もない所から刃物を生み出したりできるみたいですが、すぐに消えてしまいます。」
「それを聞いて一先ず安心したよ。」
とにかく、世界の理に反するようなことはできないみたいね。
でも、使い方によっては自分自身を妖怪にしたり、妖精にしたりとかもできるね。
まあ、能力が暴走するかもしれない以上、制限をかけるような封印を施した方がいいわね。
「しいなの能力を知ってるのは?」
「私としいな本人だけですね。」
「そう・・・・・・。彼女の能力は絶対に口外しないように。」
「分かりました。」
まったく・・・帰ってきて早々に問題事が降ってくるなんてね。
とにかく、今すべきことは決まったわね。