第11話 「車持神子の家庭内事情」
八雲ゆかりSIDE
「うーん♪今日は良い天気ね。」
かぐや姫の護衛依頼を引き受けてから五日後。二三日前まで鬱蒼とした曇天に覆われていた空は青々と澄み渡っていた。
そんなある日、ゆかりはかぐや姫の護衛をルーミアに任せて都の繁華街?を歩いていた。
「いや〜石作皇子(いしづくりのみこ)も度胸がある人だねぇ。そこら辺に置いてあった壺を持ってくるなんて」
五日の間に石作皇子が来て輝夜に見事に突き返されてたよ。明らかな贋作・・・贋作ですらない品物を輝夜に献上するなんて。
確か、本物の仏の御石の鉢はダイヤモンドでできてるんだったかな?私にはどうでもいいことだけど。
「八雲さん!!」
「?」
街中を陽気気ままに歩いているとふと背中から声を掛けられた。
ゆかりを呼び止めたのは五日前、ご子息の病を治すためにゆかりの店に薬を求めてきた女性。その手には少し高そうな布が・・・・・・
「貴女は・・・。ご子息の病気はもう大丈夫なんですか?」
「はい!!八雲さんから貰った薬を飲んだらあっという間に元気になりました!!
あの・・・・・・これはそのお礼です。」
女性は手に持っていた布をゆかりに渡した。
貴族たちが買い求めるような上質な布であることが手触りから分かる。
「良いんですか?結構値が張るような品物だと思うですが・・・」
「構いません。息子を助けて貰った正当な対価です。」
女性はゆかりに布を渡した後、お辞儀をして何処かに行ってしまった。
「まあ、せっかくだったから貰っておこうかな?」
ゆかりはこっそりスキマを展開してスキマの中に女性から貰った布を直した。
「さて、やることもないし、屋敷に・・・・・・」
屋敷に帰ろうとしたゆかりの目に1人の高齢の男性の姿が映った。
その男性は神妙な顔で周囲を見渡した後、誰にも気付かれないように細い通りに入っていった。
「あれは・・・・・・車持神子?」
竹取物語で蓬莱の山に生えている樹の枝を取って来るようにかぐや姫に頼まれた5人の貴公子の1人。
職人に贋作を作らせて一時はかぐや姫と求婚成立間近まで行くけど、贋作を作った職人がお金を請求しに来たせいで破局する結末の人。
ちなみに、私も何度か会ってる。輝夜に何度も蓬莱の玉の枝の特徴を聞きに来てたから。
「ちょっと気になるし、追って見ましょうか。」
ゆかりは車持神子に気付かれないように彼を追跡した。
車持神子が向かったのは細い通りの一角に建っている細工師のお店だった。
そこの細工師は平城京内でも有名で稀にゆかり・ルーミアの所に原料の調達を依頼しに来ることがある。
ゆかりはその細工屋の向かい側にある建物の屋根から中の様子を窺う。
「やっぱり贋作か・・・・・・」
店の中を覗いてみると車持神子が細工師に何かをこと細かく注文している。
そのテーブルの上には白い玉を付けた金の枝――蓬莱の玉の枝の贋作が置かれていた。
「かなり精巧に作られてる。輝夜が一時は騙されるのも頷ける。」
「これで・・・かぐや姫との結婚が!!」
車持神子は歓喜に震えていた。
竹取物語では、車持神子は贋作でかぐや姫の目を騙すことに成功する。
しかし、贋作を作った細工師がかぐや姫の前で車持神子に贋作の制作費を直談判したせいで大勢の人の前で恥を掻くことになる。
このままだと妹紅と輝夜が原作通りの関係になっちゃう!!
仕方ない。今日はただの傍観に徹するつもりだったけど、介入するしよう。
「かぐや様に贋作を献上するのはあまり感心しませんよ?車持神子。」
意気揚々とお店から出てきた車持神子に声を掛ける。
そして、屋根の上から飛び降りて彼の目の前に着地した。
「っ!?お前はかぐや姫の・・・・・・」
「直接お話をするのは初めてですね。かぐや様の護衛役の1人、八雲 ゆかりです。」
「かぐや姫に・・・頼まれたのか?」
「いいえ。これは私の独断です。
車持神子、かぐや様は聡いお方です。たとえ精巧に作られてる贋作を献上した所で見破られるのが関の山です。」
「そんなこと、百も承知だ。しかし、私にはやらねばならぬことがある。」
「・・・貴女の本当の目的はかぐや様との結婚ではないでしょ?」
「な、何故それを!?」
「これでも私は医学をかじってます。貴方は不治の病に侵されてるのでしょう?」
それに車持神子の使いがどんな病も治す薬を私の所に求めて来たからね。
この時代の不治の病は色々あるけど、一番代表的なのは癌かな?
神話に出てくる万病を治すことができるエリクシールなら、癌も治せるだろうけど、生憎私はエリクシールなんて薬は作れない。
「不治の病に侵されてるなら、貴方が結婚を急ぐ理由も納得がいく。
でも、少し違和感を感じる。まあ、詰まる所私の勘です。」
「・・・・・・ああ、君の勘は正解だ。私がかぐや姫に求婚したのは別の目的からだ。」
車持神子は青い空を仰ぎ見ながら、ゆかりにかぐや姫に拘る理由を話した。
「君は知らないと思うが、私には妹紅という娘が居る。
妹紅は人見知りが激しく、親しい友人も居ない。さらに妹紅は“望まれぬ子”でな。屋敷の者からお世辞にも良い扱いを受けているわけではない。」
「その子がかぐや様への求婚とどう関係してるのですか?」
「私はもう長くない。しかし、私が死ねば、妹紅が一人ぼっちになってしまう。
そこでかぐや姫に結婚という建前で妹紅と友人になってもらおうと考えていたのだ。」
「・・・・・・確認しますが、かぐや様と結婚する気はないと?」
「ああ。こんな老い耄れに若々しい姫など似合わんよ」
車持神子はハッハッハッと陽気に笑った。
「・・・わかりました。私の方でかぐや様に取り次いでみます。」
「私は別にそんなつもりで言ったわけでは・・・・・・」
「これは私が最善と判断した術です。だから、その贋作をかぐや様に持っていくのはもう少し待ってもらえないでしょうか?」
「かまわない。」
「では、私はこれで失礼します。それとあの細工師にはきちんと代金を払ってあげてくださいね?」
ゆかりはそう言い残すと車持神子の前から立ち去った。
その夜。
ゆかりはかぐや姫に昼間の車持神子との会話の内容を話した。もちろん蓬莱の玉の枝の贋作の話は省いて。
「ふーん・・・車持神子だけ私を見る視線が違うのは知ってたけど、そんな理由があったなんてね。」
「かぐや様、返答は?」
「うーん・・・・・・まずは実際にその子を見てみないと始まらないわね。
ゆかり、明日その妹紅っていう子を私の所に連れて来てくれないかしら?」
「また難しい注文を・・・・・・」
この時代の貴族の娘は滅多なことで外に出ず、また出られない。
望まれぬ子とは言えども、妹紅は車持神子という貴族の娘であることに変わりはない。
「あら、いろんな依頼を達成してきた貴女なら、女の子1人を屋敷から連れ出すくらい何ともないでしょ?」
「つまり、拐って来いと?」
「ご名答〜♪」
かぐや姫の無理難題――難題というわけでもないが・・・――にゆかりはため息を吐いた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
というわけで翌日。
ゆかりは車持神子の屋敷の前にやって来た。
ちなみに、ゆかりが居るのはスキマの中。スキマの中から藤原 妹紅の姿を探している途中だ。
「屋敷の中には居ないか・・・。となると、居るのは庭の方かな?」
屋敷内に繋げていたスキマを一旦閉じて、庭の方に覗き見る程度のスキマを開く。
「あれが妹紅かな?私が知ってる妹紅とは全然違うけど。」
ゆかりが見つけた少女は1人寂しく鞠をついていた。
髪は黒く、頭のてっぺんに紅白のリボンを付けている。
「さてと。位置は特定できたし、後は拐うだけね。」
ゆかりはスキマを閉じて普通の空間に戻った。
そして、屋敷の塀を飛び越えて車持神子の屋敷に白昼堂々と忍び込む。
「だ、誰!?」
「貴女が藤原妹紅?車持神子の娘の。」
「う、うん・・・・・・」
「私はかぐや様の護衛役、八雲 ゆかり。今日はかぐや様の命により貴女を拐いにしました♪」
「へ?」
突然の発言に妹紅が惚けている隙にゆかりは小さい妹紅の身体を抱えると車持神子の屋敷から脱出した。
「いや!!離してぇ!!」
ジタバタと暴れて大声を出す妹紅だが、街の人々は妹紅を拐うゆかりに気付かない。
当然、ゆかりが能力で自分の周囲に境界を張っているからだ。
「ほら、暴れないの!!貴女を連れていかないと私が怒られるんだから。」
翁の屋敷にはあっという間にたどり着いた。塀を越えると同時に能力を解除して姿を見えるようにする。
「連れてきました、かぐや様。」
「ご苦労様、ゆかり。貴女たちは下がっていいわ。
何かあったら大声で呼ぶから。」
「「はい。」」
ゆかりは妹紅を下ろすとルーミアと一緒に輝夜の部屋から出ていった。
「人拐いお疲れ様♪」
「できれば二度とやりたくないね。」
車持神子には、妹紅が輝夜の屋敷に居るのを伝えておかないと。錯乱されたらこっちが困る。
ちなみに、輝夜は妹紅を大層気に入り、輝夜を嫌っていたはずの妹紅もいつの間にかその毒気を抜かれてしまった。さらに、妹紅がしばしばかぐや姫の屋敷を訪れるようになった。
これを知った車持神子は大層お喜びになり、物語であるような恥をかかずに終わった。