ONE PIECE ~アナザー・エンターテインメンツ~   作:悪魔さん

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今回、久々にテゾーロの盟友・スライスが登場します。
彼の家庭事情も垣間見えるかと。


第73話〝覚悟〟

 世の中には、「思い立ったが吉日」ということわざがある。何かをしようと思い立ったらすぐに始めるのが良いという教えであり、「良いと思ったことは先延ばしにせず、すぐに始めること」という教訓でもある。何かやりたい事が見つかったら、そのやる気や熱意が失せない内に行うのが鉄則というわけだ。

 ビジネスマンのテゾーロは、浮かんだアイデアを金とコネと優秀な社員達を利用してすぐに実践する。計画せずに始めることは一見効率が悪くスマートではないようであるが、やる気や熱意というものが目標達成には一番重要なものであるのも事実だ――こういうの(・・・・・)は気がついたらいつの間にか着実に目標達成に近づいているモノである。

 さて、そんなテゾーロだが……彼は今ある物を作成していた。それは今後のフレバンスに大きく貢献するであろう代物だった。

「うし、出来た! ――ってことでメロヌス、これめっちゃくちゃ刷ってきて」

「……〝臓器提供意思表示誓約書〟?」

 テゾーロはメロヌスに〝臓器提供意思表示誓約書〟と書かれた紙を渡す。

 その紙は、臓器移植を必要とする患者に対して臓器を死後に提供するという内容であり、提供する臓器の種類も書かれていた。

「それを海軍に配布するから、万単位で刷ってきて。紙必要になったら仕入れるから」

「海兵に臓器提供の意思を契約するとは……随分と思い切ったな」

「まァ、一般人だと渋るしな」

 軍人である以上、一度その職に就けば正義や秩序、民衆を守るために悪と戦い続ける。ゆえに、その最中に命を散らすのは当然の運命(さだめ)でもある。覚悟ある者ならば、命も肉体も誰かの為に捧げてたとしても本望だろう。

 それに軍人というものは健康体である必要がある。健康状態が良好な者の臓器ならば移植しても他の疾病をいきなり患うことは無いだろう。

「てめェの体の臓器(いちぶ)を生きたいと願いながら苦しむ人々に捧げるかどうかを選べってわけだ……正義の軍人さんならどっちを選ぶか目に見えるだろ?」

「……相変わらず老練な」

 クク、とどこか呆れたように笑うメロヌス。テゾーロもまた、愉快そうに笑う。

「テゾーロさん、ただいま戻りました」

「おお、サイ! どうだったい」

 ここで双子岬からサイが帰還し、二人の元に現れた。

 彼はテゾーロにクロッカスの件を報告する。

「クロッカス氏によると、キレーション療法という合成アミノ酸の一種であるキレート剤を点滴して体内の有害金属を排出する療法が有効と唱えてます。キレート剤を投与すれば血液が浄化され、血流が増し、体内のあらゆる臓器機能を正常化して代謝機能を回復させることができるそうです」

「体外への排出は確定だな。で、治療の見込みは?」

「治療の見込みはあるようですが、普通の鉛中毒と違い摂取ルートを経っても進行は止まらないので、すぐにでも治療せねば手遅れになると指摘されました」

「迷う時間は無いな…」

 フレバンスの医師達は治療法を模索しているが、その間にも症状は悪い方に進行している。テゾーロ財団も珀鉛の摂取ルートの根絶に尽力したおかげで珀鉛病の進行の速さこそ遅らせることに成功しているが、早く次の手を打たねばならない。

 迷う時間も考える時間も無いのだ。

「そうとなれば政府に連絡だ、海軍の医療班や政府の科学者にも声を掛けろ!!」

「「っ!!」」

「医者の中にも珀鉛病を患っている者もいる……彼らの命懸けの努力に報いるためにも、あらゆる手段でこの問題を解決させる!! 財団に属する全ての者に「この事業(しごと)は誰一人死なずに終えられるものではないと覚悟しろ」と伝えておけ!!!」

 テゾーロの覇気に満ちた言葉に、気圧されるメロヌスとサイ。

(何て気迫だ……! これがあんたの覚悟か……)

 ――道理で色んな奴らがあんたに与するわけだ。

 メロヌスは心の中でテゾーロの覚悟を評したのだった。

 

 

           *

 

 

 新世界、とある国。

 そこには、テゾーロの盟友・スライスの自宅である新世界有数の名門一族「スタンダード家」の屋敷がある。レンガ造りの大きな洋館であり、石油産業で財を成す〝石油王〟の名に恥じぬ重厚感と飽きることのない意匠性に優れている。

 さて……そんな屋敷に住まう現当主(スライス)は、作務衣姿で農作業に勤しんでいた。

 今は亡き初代当主でありスライスの祖父・デイヴィソンの趣味は農業であり、そのためスタンダード家は敷地内に農園を設けている。初代当主(デイヴィソン)は富と権力のほとんどを息子でありスライスの父であるフラグラーに譲ってからは農園に情熱を注ぎ、老衰で生涯を閉じるまで周辺国に無償で作物を提供し続けたという。

 今はスライスが現当主として農園を維持し、祖父の遺志を継いで慈善活動として作物を提供し続けているので荒れ果てることは無い。あの世の祖父も安心しているだろう。

「……テゾーロの奴には負けられねェな」

 おにぎりを頬張りながら呟く。

 盟友の関係ではあるが、スライスはテゾーロに対するライバル意識もある。生まれも育ちも良いサラブレッドな自分と違い、テゾーロは一から組織を創り財を成した叩き上げの猛者。名門一族の当主としても、一人のビジネスマンとしても、互いに認め合ってるからこそ負けたくないのだ。

「さてと。おれもそろそろ動くとすっか」

 昼食休憩を終え、鍬を持って畑仕事に勤しもうとした、その時だった。

「……スライスさん、正門に政府の役人が来てる」

「!」

 スライスに声を掛けたのは、シュート・オルタだった。

 かつてアルベルト・フォードの件でテゾーロ達と共に地下闘技場を摘発したオルタ率いる「赤の兄弟」は、スライスに身を寄せることとなり従者として第二の人生を送っている。多くは家事や畑仕事といった生活面での仕事だが、衣食住は保障されている上に労働環境もいいのでオルタ達は大歓迎であるのだ。

「政府の役人……そうか、あの件か」

 頭を掻きながらどこか面倒臭そうな表情で正門に向かった。

 

 

 正門には、黒服を着こなした政府の役人が三人いた。

「……わざわざご苦労様。で、用件は?」

 すると役人の一人が、大きなアタッシュケースを出して開いた。

 その中には、大量の札束が詰められていた。

「インペルダウン用の石油を買い取りたいのです。この額に見合った量をお願いします」

「この額だと……ひーふーみー……いつもよりは少ないな」

 政府の役人がスライスに要求したのは、インペルダウンで使うための大量の石油だった。政府の役人がなぜスライスの石油を買い取るのか……その原因はインペルダウンの地下4階――「LEVEL4」にある。

 インペルダウンのLEVEL4の別名は〝焦熱地獄〟で、煮えたぎる血の池と燃え盛る火の海によって呼吸するだけで肺が熱くなる程の熱気で充満している。火は燃料や燃え移る物が無ければいずれ鎮火してしまうため、インペルダウンの都合上その火を絶やさないよう絶えず燃料を供給しなければならない。

 世界政府も多くの資源を所有しているが、水面下では反政府組織や非加盟国などと資源が採れる地域の統治権を巡って争っており、よりにもよってその争いに貴重な資源を使うというお粗末さ。表沙汰にはなってない――仮になったとしても得意分野の情報操作でどうにかするだろう――が、露呈すれば面倒極まりないため武力衝突は避けたいのが本音だ。

 そんな中、石油王であるスライスが数多くの巨大な油田を所有していることを知り、世界政府は目を付けた。一度は彼がコルトをはじめとした私兵団を率いているので武力衝突の恐れがあって思わず頭を抱えたが、スライスの方から石油を売りに来たのでその油田から出てくる石油をありがたく買っているのだ。

「じゃあ、2週間以内にそっちに送るから」

「いつもあなたには感謝してます……」

 頭を下げながらアタッシュケースを渡す役人達に、笑みを浮かべるスライス。

 元々石油は初代当主の義理がきっかけで自国及び周辺諸国に低価で売りつけてきたが、スライスが当主になってからは方針を一部変更し世界政府を相手取るようになった。資源欲しさに大量の金を支払う政府中枢の欲深さに味を占めた彼によって、スタンダード家は強大な財力で世界政府のスポンサーとして君臨するようになった。

 しかも運がいいのか悪いのか、とある一件で海軍と政府を大きく揺るがせたテゾーロ財団のトップである理事長(テゾーロ)と盟友関係だ。自分達の都合に合わせて世界政府に影響を及ぼすことができると知り、ついには経済制裁(ジョーカー)も手に入れた。スライスとしては万々歳である。

(ギルド・テゾーロ……あいつはやっぱりスゲェ奴だ)

 

 ――まるでテゾーロは、おれに新しいビジネスを教えた恩人だな。

 

 スライスは目の前の役人達でも聞こえないくらいの小さな声で呟くのだった。


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