ONE PIECE ~アナザー・エンターテインメンツ~ 作:悪魔さん
白ひげの陰で虎視眈々と大海賊時代の頂を狙うティーチは、路地裏で冷や汗を掻きながら計画を練っていた。
「大男総身に知恵が回りかね」という、体ばかり大きくて愚鈍な男を嘲る言葉があるが、ティーチはそれに当てはまらない。身長344センチという巨躯とビール樽のような出っ腹が特徴の大男でありながら、合理的かつ計画的に動く策士であり、シャンクスの顔に傷をつける程の実力を隠してきた忍耐の持ち主でもある。
だからこそ、彼は今回の祭りのメインイベントである「ヤミヤミの実争奪戦」には不参加すると決めたのだ。というのも、わざわざ危険を冒してまでバカ正直に争奪戦に首を突っ込む必要はないと考えているからだ。
管理しているであろうメインタワーに忍び込み、盗めばいい。アレだけの数の海賊達がいれば、窃盗に動く者くらい一定数いるはず。そう結論づけ、白ひげ海賊団のメンバーと離れて実際に潜入に成功した。
だが、そのメインタワーの内部で想像だにしていないヤバイ奴の姿を目撃してしまった。
「まさかあいつが絡んでやがったとはな……〝鬼の跡目〟と呼ばれた男……」
ティーチは、今回のメインイベントに参加しなかったのは正解だと確信した。
14歳で国を滅ぼし、19歳で海賊王の右腕であるシルバーズ・レイリーと同等とされていた無双の
「ゼハハハ……まァ時間はある。焦るこたァねェ……」
作戦とは、あらゆるアクシデントを想定して動くべきだ。
計画を練るのは得意なティーチにとって、時間さえあればいつでも実を奪いに行く算段が整う。
世の中には、出す拳の見つからないケンカがある。だが出したら一巻の終わりになるケンカもある。今回は、後者だった。
「これが天下のモビー・ディック号……ウチの所有船よりデカイな」
同じ頃、テゾーロは巨大な酒瓶を背負って港に佇んでいた。
視線の先には、鯨を象っている船首が特徴の海賊船。大海賊時代の象徴とも言え、〝世界最強〟として君臨する白ひげ海賊団の母船だ。
「さてと。じゃあ行きますかね」
テゾーロは火花を散らしながら能力で黄金を生み出していく。
液体状の黄金は見る見るうちに形状を変え、何と見るからに頑強そうな階段に変わった。
(
〝新世界の怪物〟は、伝説の怪物との会談に臨む。
*
《さァさァ! ついに5分前と迫ってきたぞ~~~!!》
『うおおおおおおおおおおっ!!!』
地鳴りのような歓声が響き渡る。
テゾーロフェスティバルのメインイベント・ヤミヤミの実争奪戦の開始が、刻一刻と迫っていた。
その会場となるバトルフィールドの浮島には、世界中から来た腕っ節に自信のある海賊達が集っていた。
《色んな猛者共が揃ってきたぞォ! じゃあここで今回の優勝候補を紹介しよう!!》
意気揚々とドナルドは注目選手の名を呼ぶ。
スリラーバーク海賊団船長、〝王下七武海〟ゲッコー・モリア。
白ひげ海賊団1番隊隊長〝不死鳥マルコ〟と4番隊隊長サッチ。
史上最凶のトレジャーハンター、マッド・トレジャー。
いずれも世界的に名を馳せる、錚々たる面子だ。
「おい、サッチ。ティーチの野郎はどうしたんだよい。あいつ出たがってたろい」
「漬物石みてェなウンコでもしてるんじゃね?」
マルコはサッチのテキトーな返答に顔を覆った。
この祭りに出たがってたのはティーチだ。その当事者がいなくなっては、来た意味が無くなるではないか。
「ま! 気にするこたァねェだろ。せっかく大暴れできるんだしよ」
そう、この祭りは島の外で暴れなければ何をしてもいい。言い方を変えれば、島の中での全ての行動は主催者側が保障すると言っているも同然で、普段はあまり表立って暴れられない連中も思う存分暴れられる。
これは主催者フェスタの海賊ならではのサービスだ。
その時――
《あ……あーーーーーーっ!! な、なな何てことだ~~~!! あの黒ずくめの男は間違いない!! かの四皇カイドウの右腕の災害だ~~~!!》
司会者の絶叫に、会場は一斉にざわついた。
ふと上を向けば、黒いプテラノドンが空高くから滑空して来たではないか。
「マルコ、あいつは……!!」
「ああ、キングだよい……!」
マルコとサッチは、眉間にしわを寄せた。
百獣海賊団大看板〝火災のキング〟――かの〝百獣のカイドウ〟の三人いる懐刀の一角であり、他の四皇からも戦闘力を高く評価されている実力者だ。
新世界で知らぬ者はいない程の名を轟かせる四皇幹部が集まったことで、緊張感が増した。
「不死鳥マルコ……」
キングは華麗に着地すると、その双眸で敵方を睨んだ。
「おれ達の狙いはお前の首じゃねェよい」
「奇遇だな……だが邪魔するなら殺す」
四皇に名を連ねる面子の内、〝白ひげ〟〝ビッグ・マム〟〝百獣のカイドウ〟の三人は、かつて世界最強と謳われた伝説の「ロックス海賊団」出身であるため顔馴染みではある。しかし船員同士の仲が劣悪だったことが長々と続き、今でも対立・敵対し合う間柄だ。唯一ロジャー海賊団出身であるシャンクスが例外であるが、それでも大きな事になれば戦闘にもなる。
それは部下も同様であり、当然いがみ合う。しかし幹部格は割と現実を見て判断するので、感情任せに暴れたり何の利益も無く戦争を吹っ掛けることはしない。
《これもフェスタさんの人脈か……おっかねェ~……って、あ! あと十秒で争奪戦が始まるぞ!! 皆準備しろーーー!!》
その声で、更に歓声が上がった。
これから行われる、血沸き肉躍る「海賊ケンカ祭り」が始まる。人の闘争心をかきたてる熱狂を、今か今かと待つ。
実を手に入れて、自らを能力者にしたい者。売って金を得たい者。色々な思惑が交錯する中――
カアァァン!!
ゴングが鳴った。
《さあ! 争奪戦の開始だ~!》
その直後、バトルフィールドの浮島から轟音と共に土煙が上がった。
この争奪戦には、ヤミヤミの実を守る番人役がいると言っていた。どうやら到着したようだ。
海賊達は土煙の中に立つ人影目掛けて突っ込んでいく。
《おっと、ここで番人が現れたぞ~!! 皆で迎え撃て~~!! そう言えば、宝箱の番人の正体は一体…………え?》
ドナルドの声が、実況を忘れて一瞬素に戻った。
その顔には、大量の汗が流れていた。
「キシシシシ!! 大量の影が手に入れられる絶好の機会だ!! 番人って奴からも奪って…………んなっ!?」
番人の姿を捉え、モリアは凍りついた。
モリアはクロコダイルやドフラミンゴと同様、大海賊時代以前から海賊稼業をしている身。ロジャーが生きていた頃はルーキーとして名を馳せていた。だからこそ、同じ世代の大物達とはたとえ面識が無くとも知っている。
彼の視線の先にいるのは、おそらくその同じ世代の海賊の中でも最強と言える男だった。その姿を捉えたのか、モリアに続くように海賊達は顔を青褪めていった。
「……!?」
「マジかよ……!!」
「冗談だろ、おい……!!」
予期せぬ男の登場に、一同は戦慄した。
フィールドのど真ん中で宝箱を掴んでいたのは、身長が3メートル以上は確実にある大男だ。軍人なのか、たくさんの勲章徽章が付いた黒い軍服に身を包み、頭にはサプレッサーイヤーマフを着用している。
《え……ちょ、うわーーー!! た、たたっ! 大変だ~~~~!! そんな、まさか!! アレは、伝説の……!!》
司会者のドナルドは錯乱した。
これは台本には無いことだ。自分も事前の会議の際に誰が宝箱の番人を務めるかは秘密だと伝えられており、
あの男は、間違いない。
《さて、聞こえるか諸君! テゾーロフェスティバル主催者の〝祭り屋〟ブエナ・フェスタだ!》
『!!』
突如、
《退屈な挨拶は省こう! 紹介する……今回のメインイベントのゲスト、宝箱の番人を務めるのはダグラス・バレット!! もう気づいている者もいるだろう!! ロジャー海賊団の元
海賊達は絶句する。
ゴールド・ロジャーの後継者と恐れられた、伝説級の凄腕。それ程の男が、自分達に立ちはだかる。
《これから始まる祭りは!! ダグラス・バレットの、〝世界最強〟の……〝ケンカ祭り〟だァ!! さァ名乗り出ろ挑戦者!! かかってこい!!》
フェスタの挑発的な宣言に、半端な海賊達は狼狽える。
ロジャー海賊団のメンバーは皆、見習いまで伝説扱いされている。その一味の中でも際立った強さを持つ海賊ダグラス・バレットに、怖気づいたのだ。
「――さァ、始めようか」
全海賊とダグラス・バレットによる、凄まじい戦いの火蓋が切られた。
*
「ガープ、見えたか」
「ああ……始まったな」
沖合で、海軍古参の英雄達はバレットの姿を双眼鏡で目視していた。
この戦いが終わるのは、日没。それまでの間、〝鬼の跡目〟はサイクロンのように暴れ続ける。特設のフィールドには七武海のモリアや白ひげの部下、新世界で名を上げる屈強な海賊達がいるが、束になって倒せる程バレットは甘くない。
今の彼を倒せるのは、この世界では四皇か海軍大将ぐらい。バレットの挑戦を真っ向から受けて立ち、その上で打ち負かしたロジャーは、もういない。威勢を極めた白ひげも老い衰え、ガープやゼファーも体力や身体能力の低下を自覚している。
「この祭りに来とる連中は、幸いにも海賊共だけ。わしらも動く時ゃ思う存分動けるが……」
今回の祭りは、予めテゾーロとフェスタがリークしている。だからこそ伝説の海兵二人が率いる海軍艦隊が待機できたのだ。
しかし長く大海の秩序維持に貢献してきた二人は、キナ臭さを感じ取っていた。
テゾーロ曰く「訓練兵の実戦訓練にちょうどいいのでは」とのことで、確かに一度に大勢の海賊達を捕縛するというケースは滅多に無いため、訓練兵に場数を重ねるに相応しい。が、ここまで周到だと別の考えがよぎる。
「お前ら、まずは入電して向こうと連絡を取れ! もうじき島は戦場になるぞ」
『はっ!!!』
会場の一角にあるメインタワーで、フェスタは笑っていた。
「予定通り海軍艦隊、外界に到着!」
「海軍艦隊より入電! ――包囲完了、誘導ニ感謝ス」
「英雄ガープに〝黒腕のゼファー〟か」
スタッフの報告を聞き、フェスタはどこか懐かしそうに目を細めた。
ガープもゼファーも、敵と言えど同じ時代を駆け上がってきた。ロジャーがいた頃の海を知る、数少ない生き証人だ。今回来ている白ひげも然りだ。
「
指令室から会場を見下ろすフェスタ。
「テゾーロ、あとは任せるぜ……」
ニヤつくフェスタは、葉巻を燻らせた。
この祭りと海軍の動きの最終的な決定権は、実はテゾーロにある。
バレット主役のケンカ祭りの動向次第で、島を包囲した海軍艦隊は海賊達の拿捕に動くとする――テゾーロは事前に海軍の
言い方を変えれば、テゾーロがゴーサインを出さない限り海軍は動いてはならないということでもある。
「さァ、どうする? 海賊諸君……期待してるぜ」
この祭りは、成功しなければならない。
おれ達の