ONE PIECE ~アナザー・エンターテインメンツ~ 作:悪魔さん
ここは新世界に浮かぶ、テゾーロフェスティバルの会場である島。
平坦で何もない無人のこの島は、今では祝いの空砲と紙吹雪のシャワーで来訪者を出迎えるイベント会場だ。
フードコートは様々な出店でぎっしり。水水肉、海賊弁当、チェリーパイ、海軍コーヒー……世界中の海の特産品が並んでいる。昼間から飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。これもまたテゾーロの資金力を示している。
その盛り上がりっぷりは、沖合から見てもわかる程だ。
「おーおー、随分と盛り上がっとるのう」
そう言うのは、骨を咥えた犬の船首が特徴の軍艦に乗る老兵。
海軍の英雄である百戦錬磨の猛将・ガープ中将である。
「何だ、今更怖気づいたか?」
「うるさいわい、元優等生は黙っとれ。何を偉そうに」
ガープは鼻をほじりながらそっぽを向く。
元優等生と呼ばれた老兵も、ガープと同様伝説の海兵の一人である〝黒腕のゼファー〟その人だった。彼は前線を引退した身なのだが、同期にして海軍のトップであるセンゴクに直接ある指令を頼まれ、ガープと同じ軍艦にいる。
二人は老齢で全盛期の頃の実力を発揮できないが、それでも現役の
「島に集まる海賊達はどうでもいい。白ひげとやり合う理由も命令も無いからな」
「問題なのは……こっちじゃな」
ガープは一枚の古い手配書を手に取る。
DOUGLAS BULLET……懸賞金の欄の一部が破れてしまっているが、当然の如く億の桁。ロジャーを継ぐ強さを持つ男、ダグラス・バレットがインペルダウンに投獄される直前の手配書だ。
「〝鬼の跡目〟か……テゾーロの奴、厄介な野郎とグルになったな」
溜め息交じりにゼファーはシェリー酒を煽る。
ダグラス・バレットが海で暴れ始めた時期は、ゼファーが海軍大将を辞した後。軍の教官として再出発したばかりの頃だ。
祖国を滅ぼし海に出て、ロジャーに敗れ、そしてロジャー海賊団の一員となった〝一人海賊〟。ロジャーの死後も海を荒らし回った怪物は、今ではテゾーロが国王を務めるグラン・テゾーロの国防軍の客将として新たな人生を歩んでいる。しかしロジャーを超えることは諦めておらず、新世界で名を馳せるルーキーからレジェンドまで、バレット一人によって海の藻屑となっている。
海軍としては海賊同士潰し合うのは結構だが、バレットばかりは無視できない。彼が万が一暴走した際の保険として、ガープとゼファーは派遣されたのだ。そして二人共、それを了承した。それぐらいの危険性があるのだ。
「おそらくバレットは、この祭りの目玉企画に参加する海賊共を一人残らず潰す気じゃろう。じゃがそれだけでロジャーを越えられるわけもない……」
「ロジャーの件とは別の目的があるってことか?」
「じゃろうな……じゃがもしあいつが世界を巻き込む大事件をここで起こすのなら、テゾーロにゃ
祭りのメイン会場には、階段状のスタンドが設けられている。
超満員だ。
すると、スタンドの一角にあるステージから義手義足の怪しげな雰囲気を醸し出すコメディアンが現れた。
《この島に集まった全ての船乗り諸君! 盛り上がってるか~~~~!!》
――うおおおおおおおおおおおっ!!!
スタンドから野太い雄叫びが返った。
会場の空気を鷲掴みにした男は、更に盛り上げる。
《さて……かつて海賊王ゴールド・ロジャーと同じ時代をやってきた興行師ブエナ・フェスタ氏が主催する今回の祭り!! この祭りに姿を現した超大物を皆は見たか!? 何とあの白ひげ海賊団と王下七武海のゲッコー・モリアまで来ているぞ!! 成り上がるチャンスを伺う奴にとっては絶好の好機!! 倒すことができれば〝
その言葉に、野心ある海賊達は雄叫びを上げる。
新世界は選ばれた強者の海。死を恐れぬ覚悟だけでなく、絶対的な自信や闘争心、夢や野望への執着心を失った人間から死んでいく。ロジャーや白ひげに敗けた男達が大物海賊として生き残っているのは、そういう部分が強いからでもある。
《自己紹介が遅れたな!! おれは〝仕切屋〟ドナルド・モデラート!! よろしくな野郎共!!》
司会役のモデラートは名乗ると、自身の背後の壁を差した。
《よく聞くんだ諸君! 今回は特別に祭りのスポンサーである出世の神様! ド底辺から天上にまで上り詰めた世界一の大富豪、〝黄金帝〟ギルド・テゾーロ氏からの応援メッセージが放送されるっ!! これは生だぜ!!》
モデラートは映像電伝虫を用いてスクリーンに映像を映し出した。
そこに映るのは、スーツ姿で鼻提灯を膨らませる一人の男。テゾーロだ。
会場はどよめく。
《ん……ん~~~……!》
テゾーロは大きく背伸びして起き上がる。寝違えたのか、首をゴキゴキと鳴らしている。
すると中継されていることを察知したのか、映像電伝虫の目に近づいた。会場のモニターではテゾーロの顔面がアップされている。
《え? これもうテゾーロフェスティバル始まってんの?》
――ギャハハハハハ!!!
その一言で、会場が大爆笑。
司会であるモデラートも口元を押さえて肩を震わせている。
《参ったな……せっかくビシッと決めて挨拶しようとしたってのに。モデラート君、もうちょっと持ってくれよ》
威厳と気品のある黄金帝ではなく、ただのギルド・テゾーロが映りこむ。
それは貴重な瞬間でもあった。
《ちょっとちょっと、今そこの君。「思ってた奴と全然違うじゃねェか」って思っただろ? 甘い甘い、世の中自分の思った通りに事は進まないよ……そもそも予定ではあと30分後に始まる手筈なんだよ。――何? せっかく集まったのに何様のつもりかって? 出世の神様だよ野郎諸君》
ガハハハ、と再び観客がわく。
《それじゃあ、おれが今回の
テゾーロは画面越しに説明を始めた。
今回の目玉企画は、ヤミヤミの実争奪戦。ヤミヤミの実は悪魔の実の歴史上最も凶悪とされている
しかも能力者の実体を引き寄せ、更に自分に触れている間、その能力を使用不可能にするというとんでもない特性付き。
優れた覇気を扱う者が食えば、覇気による相殺どころか能力者相手に防御不能の攻撃を叩き込めるという文字通りのチート級能力を扱える。それがヤミヤミの実なのだ。
《ただし! そう簡単にくれてやるつもりはない。このヤミヤミの実が入った宝箱は、おれが直々に指名しておいた〝番人〟の手にある。制限時間内にその番人から奪うことができたら、奪った奴が実の所有権を獲得する形でチェックメイトだ。制限時間は開始から日没までとする!》
――海賊らしく、欲しいモノは力づくで奪うがいい!!
テゾーロの提供するエンターテインメントに、参加者達の盛り上がりはピークに達する。
《なお、番人を務める者は血の気の多い君達が満足する相手だ! 舐めてかかると痛い目に遭うので忘れないように! ――じゃあモデラート君、後は頼むよ》
《了解しました!! さあ、諸君!! これは全ての海の男達に対する〝新世界の怪物〟からの挑戦状だ!! 番人を打ち倒し、その手に宝を掴もうではないか~!!!》
*
テゾーロフェスティバルのメインイベントが開幕しようとした頃。
港には白ひげ海賊団の本船であるモビー・ディック号が停泊していた。
「オヤジ、沖合にいる軍艦は……」
「あァ、ガープとゼファーが乗ってやがる」
グビグビと酒を飲む白ひげは、遠くに見える海軍の船を確認する。
ガープとゼファーは、あの頃の海を知る数少ない証人。ロジャーがいた頃からの付き合いである。しかしガープはともかく、ゼファーは20年も前に引退して教官となっているはず。それでも来たということは、何か事情があるのは明白だ。それも嫌な方のだ。
「妙な胸騒ぎがするな……」
白ひげは神妙な面持ちで招待状を見る。
ブエナ・フェスタは興行師として有名だが、その実態は情報屋や武器商人とも黒い繋がりがある〝最悪の戦争仕掛け人〟だ。人の闘争心を掻き立てて争わせることに情熱をかけ、戦争で人を熱狂させることに手ごたえを感じている厄介な男。そんな男が大人しく祭りを催すわけがない。
この祭りで、四皇も七武海も巻き込んだ、もっと大それたことを企んでいるのではないか。白ひげはそう感じていたのだ。
その時だった。
「うわ、本当に来てくれたんだ」
『!!』
どこか気怠げな声。
視線の先には、黒の癖毛で眼鏡をかけた剣士がいた。
「おめェは……」
「アオハル。〝剣星アオハル〟って言えばわかるでしょ」
その名を聞いた白ひげ海賊団の面々は、目を見開いた。
剣士としての圧倒的な強さと悪魔の実の能力から〝剣星〟と呼ばれ、世界的にも有名な情報屋。テゾーロの部下になる前は新世界の大物海賊からも重宝されていた程の男だ。
そんな男が、白ひげ海賊団に単身で乗り込んだ。テゾーロの使いか、個人的な用事か、それとも――
(……さすがは世界最強の海賊団。ちゃんと状況を解ってるようだ)
白ひげ本人だけでなく、海賊団の隊長格もいる甲板。
彼らは襲い掛かってくる様子も、敵意を持っている様子でもない。ここで下手にどちらかが手を出すと厄介事になるとわかっている証拠だ。
家族に手を出そうものなら、白ひげは黙っていない。だがここで白ひげ側が手を出せば
バレットは白ひげが手加減して倒せるような相手ではない。19歳の若さで当時のレイリーと互角と称されたのだ、今では四皇にも匹敵しかねない猛者となっているだろう。いくら世界最強の大海賊でも、ロジャーの強さを継ぐ
「グララララ……不思議なガキを寄越しやがったな、あの成金小僧」
「まあ……あんたらと本気で
「フフ……グラララララ! 見た目の割に威勢は一丁前だなアホンダラ」
白ひげは愉快そうに笑った。
「それで、おれの首をご主人様にでも献上しに来たか?」
「キツイ冗談を……それは忠誠心じゃなく狂気って言うんです。仮にあなたの首取ったら、それこそ取り返しがつかない。でもギル兄を脅かすんなら話は変わる」
アオハルは覇王色の覇気を放つ。
四皇には及ばずとも、それなりに強力な威圧。白ひげ海賊団の若い面々は意識を失いそうになったが、白ひげ本人はどこか感心したように、隊長達は目を少し見開く程度の反応を示す。
「……まあ、こちらとしては伝説の怪物は長生きしてくれた方が楽なんで」
白ひげの名で護られている島々は多い。
それはつまり、白ひげの身に何かがあれば領海全域が危険に晒されかねないということだ。それが四皇なのだ。
「じゃあ、話を本題に。ギル兄が……ギルド・テゾーロが話し合いたいと申し出ている」
その頃、島に建てられた黄金のメインタワーでは。
「役者が揃った。いつでも準備はできてる」
テゾーロはシャンパンを飲み干すと、会場を一望する。
メインタワーの最上階は、指令室だ。並んだモニターには電伝虫によって中継された会場の映像が届けられ、大勢のスタッフがイベントを運営していた。
「デヘヘヘヘ……まさか番人の正体が〝鬼の跡目〟とは誰も思わねェだろうな」
無精髭のもじゃもじゃ頭――フェスタは至極楽しそうに笑った。
そう。会場の参加者には番人は一切知らされてないのだ。知らされてたら、すぐ心がへし折れてしまう。熱狂し、盛り上がりがピークに達してからが、今回の目玉企画の主役の出番だ。
「四皇に王下七武海、ルーキーからベテランまで、あらゆる海賊が集っている」
テゾーロは告げる。
それと共に、イスに座っていた大男が立ち上がった。
「…………」
「さあ、出番です。鍛え抜いた本物の〝強さ〟を見せつけてやって下さい」
テゾーロの笑みに応えるように、〝鬼の跡目〟は静かに準備を始めた。