ONE PIECE ~アナザー・エンターテインメンツ~   作:悪魔さん

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お待たせしました、3月最初の投稿です。


世界会議編
第131話〝振り返れば弾丸がいる〟


 バーデンフォード「グラン・テゾーロ」。

 世界中の王達が集う〝世界会議(レヴェリー)〟開催のカウントダウンが始まる中、自室でテゾーロとステラは酒席を共にしていた。

「……ついに来たのね、テゾーロ」

「ここまで長かった。世界を変えるには、この大会議を制する必要は避けて通れないが」

 キンッと軽くグラスをあわせ、黄金色のシャンパンを飲み交わす。

 天上の権力すらも簡単には通さない〝絶対聖域〟を創り出した男と、その男の背中を支え続けた気品ある夫人。世間ではあらゆる事業で成功を収めた「世界で最も影響力の大きい夫妻」と称されるが、プライベートではごく普通の一般家庭と何ら変わりはない。

 しかし、男の方――ギルド・テゾーロの方は少しばかり心労が見えていた。

 国防軍(ガルツフォース)入国管理局(イミグレーション)、行政機関の設置。経済基盤を支えるためのあらゆる娯楽施設の建造と国民の為の住宅着工、世界政府中枢や天竜人との兼ね合い。急ピッチで進めた国家運営は、さすがのテゾーロでも疲労が溜まったようだ。

「今度の相手は「国家」だ……細心の注意を払わなきゃならねェ」

 テゾーロはらしくもなく、弱音に近い言葉を吐く。

 〝世界会議(レヴェリー)〟の重要性は高い。世界政府加盟国の代表達が集うのだ、単純に考えれば「今後とも仲良く」すれば世界平和に大きく躍進できる。だが実際のところは笑顔で足を踏み合うような状態だ。

 各国の内部は問題だらけで、強国同士は静かに睨み合い、子分同士をケンカさせる。資源や技術は国家間で脅しの道具に使われ、国民の為、他国の為に発言できる王が何人いるかは誰も知らない。テゾーロはそんなサイクロンの中へ飛び込むのだ。

「うまく行けばいいが……」

「テゾーロ」

 はっきりとした口調で、ステラはテゾーロを見据えた。

「あなたは一人じゃないわ。この世界を一人で生きてる人なんているわけがない。私が傍にいるから」

「ステラ……」

 太陽のような微笑みに、テゾーロは強張った表情を綻ばせる。

 本来ならとても金には代えられない愛情を貰い、笑顔で死んでいく運命だった。それは()()()()()()()()()()()()によって未来を繋げることができた。

 〝本来のテゾーロ〟が何を想っているのか――それを確認する術は、この世の全てを手中に収めたも同然である()()()()()()にはない。彼は〝彼〟として生まれ変わった、別人のテゾーロなのだから。だが、好いて惚れた女性の運命を変えたことに〝彼〟は感謝している……のかもしれない。

 ならば、〝本来のテゾーロ〟に恥じない生き様を貫こうではないか。それが転生・憑依した自分ができる、彼への唯一の「報い」なのだから。

「ありがとう、ステラ」

 テゾーロは静かに告げ、ステラの手を取り甲にキスを落とす。ステラは朗らかに「どういたしまして」と返した。

(……ここからだな)

 ――ここからギルド・テゾーロの伝説が始まるんだ。

 

 

           *

 

 

 一週間後、世界会議(レヴェリー)当日。

 会議は白熱していた。

 今回進めるべき議題は、銀の産出量の大幅な制限。ダンスパウダーの原材料そのものを押さえることで、ダンスパウダー生産を一時的にでもストップさせるのが目的だ。もっとも、本当の目的はクロコダイルの計画を大きく狂わせ遅らせることなのだが。

「アラバスタで起こってる事件についての関与はしないが……テゾーロ王、なぜこのような提案を?」

 議長であるロシュワン王国国王のビール6世はテゾーロに尋ねる。

「銀の産出を制限すれば、否が応でもダンスパウダー製造の大きな歯止めとなります。戦争は勝っても負けても失う方が多いモノです、資源の奪い合いは国家としての損失も非常に大きいと思います」

(……何と聡明な……!)

 テゾーロの意見に、コブラは瞠目し感心する。

 政治家としての経験はあまりにも浅いが、元々「経営者」としては一流の実業家だ。経営するモノが組織から国家に変わっただけであり、その敏腕ぶりと既存の常識・固定観念に囚われない柔軟な思考は健在なのだ。

 だが、そんな有能な人物を目障りに思う者もいる。

「ふんっ! くだらねェ、そんなこと決めて何になるってんだ」

(うわ、バカが絡んできたよ……)

 鼻をほじりながらそう吐き捨てるのは、ドラム王国国王のワポル。前回の世界会議(レヴェリー)でアラバスタ王国王女のネフェルタリ・ビビに暴力を振るった傍若無人な暴君だ。

 彼は会議が始まる前からテゾーロが気に食わないのか、終始睨んでいる。しかし王族でもないのに天上に最も近い立場と権力を得ているのだから、利己的な王としてはある意味当然と言えよう。

「黙ってはどうかね? ワポル王」

「コブラ……! おめェペーペーの成金野郎に擁護されて少し調子に乗ってねェか?」

「何だと?」

 コブラの目が鋭くなり、議場の雰囲気が不穏になる。

 ワポルはそれを意にも介さず、テゾーロに矛先を向けた。

「いいか、テゾーロはあの〝鬼の跡目〟をシャバに解き放った野郎なんだ! あいつがどういう男かわかってねェ成り上がりの恥知らずだ!! カネまみれの脳ミソで何を企んでやがるかわからねェぞ!?」

 ワポルが意地汚い笑みを浮かべながら糾弾すると、周囲の王達はざわつき始めた。

 ダグラス・バレット――世界政府が必死に抹消しようとしていたゴール・D・ロジャーが遺した伝説の一つ。ロジャーが生まれ故郷(ローグタウン)の断頭台に消えてから二十年近く経っていてなお、世界中に恐れられた〝鬼の跡目〟が再び海で猛威を振るっているのは無視できないことではあり、正しいと言えば正しいだろう。

 しかし、テゾーロは動じない。この程度の糾弾は予測できていたからだ。

「そんなに興奮しないでください」

 そう言ってテゾーロが穏やかな笑みを浮かべた。 

「私はあなた方と違って王侯貴族の出身ではありません。だからこそ人一倍に法律や制度の勉強をして、外交・経済・執政において発生する様々な問題に取り組んでます。あなたは私を〝成り上がりの恥知らず〟と批判をされましたがね、深刻な医者不足を放置している貴殿こそいかがなものでしょうかね?」

「ぬっ……!」

「それにワポル王、大体本当に悪巧みをしようものなら、そんな情報なんか外部に漏らしませんよ。こんなことは3秒あれば誰でもわかると思いますよ?」

 テゾーロの切り返しと煽りに、ぐうの音も出せないワポル。

 だがワポルのテゾーロへの非難の声は、伝染した。

「し、しかし!! ゴールド・ロジャー亡き後の〝鬼の跡目〟が何をしでかしたか知らんわけではあるまい!!」

 別の王が声を上げる。その顔からは恐怖心が見て取れた。

 ロジャーの死後、バレットは拳の行き場を失い、目の前にあるモノ全てを破壊しつくす災厄そのものとなった。ある時は海軍を、またある時は海賊を、そして国家すらも……若くして海賊王の右腕(シルバーズ・レイリー)に匹敵する程の武力を有する男の暴走は、当時の世界情勢を知る者ならば誰もが恐れ戦いただろう。

 そして止めと言わんばかりに、おそらくこの場で最高齢であろう王が叫んだ。

「そ、そうだ!! 貴殿は第二の〝ロックス〟を生もうとしているのか!?」

 その言葉に、会場は一斉に静まり返った。ワポルや一部の若い王達は何だかわからないのかひそひそと家臣と話しているが、多くの王達は目を逸らしたり顔色を悪くしている。

 〝ロックス〟とは、本名ロックス・D・ジーベックと言い、かつて海賊王ロジャーより前に海の覇権を握っていた今は亡き大海賊だ。人の下に付けるようなタイプじゃない唯我独尊な怪物級の海賊の集まり「ロックス海賊団」を率いて世界の禁忌(タブー)に触れながらテロ活動を行い世界政府に牙を剥いた、ロジャーの最初にして最強の〝敵〟とバレットを、加盟国の王達は重ねていたのだ。

 しかし、意見とは常に賛否両論。異議を唱える王もいた。

「まあ待ちたまえ。ロックスは死んだのだ、今更恐れる必要もあるまい」

 それは驕りかどうかはわからない。だが少なくとも、荒れる議場を落ち着かせるには十分な言葉だった。

「ええ。彼はロックスではないし、そもそもが異なりますよ」

 その言葉に、王達はざわつく。

 バレットとロックスの決定的な違いは目的だ。バレットの行動理念は生涯初の完敗を喫したロジャーを超えた世界最強の存在となるためであり、ある意味ではロジャーのように支配とは無縁であると言える。しかしロックスは生前「世界の王」という壮大な野望を掲げて暴れ回り、言わば革命軍のように打倒世界政府を目論んでいたのだ。

 生きることを、自分が信じる〝強さ〟に変えようと戦ってきたバレット。粗暴かつ独立心の強い規格外の実力者を従え、世界政府に代わって世界を支配しようとしたロックス。二人は脅威であるが力を向ける相手が違うのだ。

「私がバレットをインペルダウンから出したのは、膨れ上がる海賊達の抑止力と王下七武海の監視のためです」

「………毒を以て毒を制す、ということか。確かに一理ある」

 〝西の海(ウエストブルー)〟の花ノ国の王・ラーメンは肯定的な態度だ。

 花ノ国は数百年の歴史を持つギャング「八宝水軍」と深く繋がっており、全盛期には5億4200万ベリーの賞金を懸けられた伝説の海賊〝錐のチンジャオ〟とも縁がある。時の王の依頼を快諾することも多々あり、その関係は世界政府と王下七武海よりも良好と言えるのだ。

 現実世界でも、海賊に自国の通商路(シーレーン)の維持と敵国の通商路(シーレーン)の破壊を任せた「私掠船」の歴史がある。私掠船はパリ宣言で利用を放棄される形で消滅するまでの約二百年余も海で活動し、様々な戦争に介入しては雇用主たる国家と共に制海権を巡って戦ったこともある。

 以上のことから、世界政府以外にも海賊に軍の任務の一部を担うケースは、確かに存在すると言える。

「しかし、海軍大将が三人もおるのだろう? 彼らに任せるべきでは? 貴国は世界政府にとっても重要なのだろう?」

「それは無理な話ですね。海軍大将では制約が多すぎる」

 海軍本部の最高戦力である海軍大将は、天竜人直属の部下という立場も兼ねている。

 有事の際、いわゆる天竜人に関係する事件が起こればそれを最優先せねばならず、民間人の被害を無視して天竜人の為に動かねばならない時もある。ゆえに現職の大将達は渋々応じるのが現状で、〝海軍の英雄〟であるガープも大将への昇格を拒否し続けて現在の位にいるのだ。

「以上のことから、海軍は天竜人との兼ね合いがあって戦力を貸してくれません。まあ我々は自衛の為の――」

『ひっ……!?』

 刹那、王達がテゾーロの背後を見て顔を一斉に青褪めていた。

 何事かと思って振り向くと、そこには軍服を着た大男が鋭い碧眼でテゾーロを見下ろしていた。〝鬼の跡目〟ダグラス・バレット本人だ。その威圧感は、まさに海賊王の後継者に相応しい。

「……おい、テゾーロ」

「?」

 野太い声で呼ぶと、バレットは軍服のポケットから紙切れを取り出してテゾーロに渡した。

 そこに書いてある文字を一読したテゾーロは、目を見開いた。

「……!!」

「終わったら来い」

「――本気?」

 驚愕して問い質すテゾーロを無視し、その場を後にするバレット。

 まさかの来訪者に議事は強制的に停止となり、続きは明日に持ち越された。

 

 

           *

 

 

 バレットの住居である平屋の一軒家は、グラン・テゾーロの郊外に構えてある。

 彼の家には生活必需品など必要最低限の物しか置かれていない。強さのみを求め続ける彼のストイックな気質の表れでもあり、現にバレット自身がそう望んでいるからだ。部屋自体も少なく、バレットの体格に合わせたワンルームの間取りとなっている。

 その部屋の中心にあるテーブルには、たくさんの紙束が積まれていた。大海賊時代に名を上げた実力者、ロジャー時代から暴れ回った生ける伝説、新進気鋭の超新星(ルーキー)共……あらゆる無法者達の写真だった。中には王下七武海や四皇、革命軍の人間の写真もあった。

 しかしその写真の山には、一振りのナイフが突き立てられていた。それが彼がテゾーロに持ち掛けた〝意図(はなし)〟だった。

「フッ……」

 バレットは獰猛に笑った。あともう少しで、計画が始動するからだ。

 〝スタンピード〟――それが秘密裏に進めていた大富豪と興行師、中年海賊(オールドルーキー)の三人による世界中を巻き込んだ一大計画だ。

 この計画はそれぞれの野望が全く方向性が異なっている。ギルド・テゾーロは革命を起こし不要な物を淘汰する世界を変えるため。ブエナ・フェスタは残りの人生を賭けて大海賊時代を超える〝熱狂〟を起こすため。ダグラス・バレットはこの世の全てを手に入れた男(ゴール・D・ロジャー)を超えた世界最強の男になるため。これらの野望を一つにまとめたのがテゾーロだった。

 テゾーロは各々の譲れない部分を尊重し、共通点を見つけて妥協案を提示し、調整を重ねて完成させた。そういう意味では、バレットにとってテゾーロは仲間ではない(・・・・・・)がある程度の信頼が置ける力のある人間だと評価はしていた。

 テゾーロが用意した舞台(ステージ)に、上がらないわけにはいかない。二十年弱の時を経て、ロジャーとの誓いをようやく果たせるのだから。

「待っていろ、ロジャー……!」

 

 ――この海で勝ち残れるのは、一人で生き抜く断固たる覚悟がある奴だけだ……!!

 

 バレットは今も追い続ける。

 記憶の中の最強の男、自分を〝唯一〟裏切らなかったロジャーの背中を。


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