ONE PIECE ~アナザー・エンターテインメンツ~   作:悪魔さん

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二つの小説を掛け持ちするって、大変ですね。
働くと非常に身に沁みます。


第130話〝怪盗カリーナの危機〟

 グラン・テゾーロにそびえる黄金の塔の中層には、コントロールルームがある。

 コントロールルームはホテルの客室とグラン・テゾーロ全体の電伝虫を管理する「ホスト電伝虫」が配置されている。その部屋には、グラン・テゾーロの主であるテゾーロが置いた「国防省」の警備主任のタナカさんの部屋と直接繋がってもいる。

「二人の動きは?」

 タナカさんの部屋を訪れたテゾーロは問う。

 ステラの身柄がカリーナの手に渡っている以上、迂闊に手は出せない。頭脳戦を制するしか、方法は無かった。

「ステラ様は無事です。どうやら嘘はついてないようですよ」

「そうか……」

 ホッと安堵するテゾーロ。

「今はどこにいる?」

「えっと……こ、これは!」

 タナカさんは目を見開き、冷や汗を流した。

 映像電伝虫を介したモニターには、体長10メートルはありそうなホスト電伝虫が鎮座しており、そこにステラとカリーナがいたのだ。本来はボディーガードの面々が接触するはずなのだが……。

「ボディーガードは何をしている!?」

「おそらく気づいていないんだろう。大方、故障したから一時的にケーブルを抜きに来たとか言ったんじゃないか?」

「それじゃあ――」

 タナカさんが言葉を続けようとした途端、映像が止まった。ケーブルを抜かれたのだ。

「テゾーロ様!!」

「慌てるな、ここまでは読んでいた」

「え……」

 テゾーロは動じない。

 下見もせず何も知らない状況で乗り込んだとしても、セキュリティが非常に高いことなど考えればわかること。ならば、セキュリティを無力化させようと手を打つのは当然の筋なのだ。

「タニシを繋げるぞ、シード達の出番だ」

「ガルツフォースですか」

「抜かれたケーブルは後でいい、外へ出れる全てのルートを塞ぐよう動かせ。逃げ道を与えるな、金庫室でチェックメイトだ」

 テゾーロは思い当たる限りの逃走経路の遮断を指示する。追い出すのではなく、誘い込んで逃げ道を塞ぐのが確実であると踏んだからだ。

「さて、そろそろ動くとしよう」

 

 

 セキュリティの要であるコントロールルームを制したカリーナは、ステラを連れて最上層の大金庫へ向かう。

(何て子なの……映像電伝虫を意識して、さも知り合いのように振る舞ってる……)

 ステラはカリーナの演技力に驚愕する。

 確かにプライベートエリアでも、安全の為に映像電伝虫を大量に配置し、それに加えて天然トラップとしてセンサー式警報装置の赤目フクロウも配置しており、厳重な警備体制を敷いている。しかしそれがどこに置かれているかは国家機密であり、その配置場所はテゾーロとその重臣達のみにしか知られていない。

 ステラの読みが正しければ、カリーナはグラン・テゾーロの下見を一度も行っていないどころか、この国に関する重要な情報もまともに把握していないだろう。それでも一切の隙を見せることがないのは、泥棒としての勘が非常に冴え渡っているということなのだろう。

「おかしい……」

「え?」

 カリーナは違和感を感じた。

 ここはグラン・テゾーロの中枢であり、しかも国王の部屋に近づいているというのに護衛がほとんどいないことなどあり得るのか。

 何かおかしい。

「あなた、何かした?」

「いえ……でもテゾーロはいつもこんな感じよ? ここを行き来するのはテゾーロと私以外だと、シード君達やVIP(おきゃくさん)くらいだし……」

 ステラの言葉に半信半疑なカリーナ。

 仮にも一国の王がこうも不用心でいいのか。言い方を変えれば、刺客が潜り込んでも返り討ちできる自信があるということだが、それでも気にするべきである。

「……着いたわ」

「! ここがテゾーロの?」

 廊下を歩いていると、目的の部屋に辿り着いた。

 見上げる程に大きな扉。その横の表札には「GILD TESORO」という文字が彫られている。この扉の奥には、グラン・テゾーロの支配者である新世界の怪物(ギルド・テゾーロ)の私室があり、その奥に目的の大金庫が眠っている。

 カリーナは息を呑む。その間にステラは鍵を開け、扉を開けた。

「……ここが私達の部屋よ、怪盗さん」

「――黄金の帝王にしては、意外とカジュアルね」

 カリーナは率直に感想を述べた。

 部屋の全てが黄金一色――ではなく、壁は真逆の白を基調としてカーペットを敷いた、大富豪の割には寛ぎやすさに満ちた空間だった。暖かい火が暖炉の中で燃え、書斎やベッドルーム、来客用の客間など、莫大な富と巨大な権力を手中に収めた大富豪というよりも礼儀作法を弁えた侯爵の邸宅といった雰囲気すら感じ取れる。

 金持ちの部屋はゴージャスであるイメージが強い分、テゾーロの感性が庶民寄りなことにカリーナは感心した。

「金箔で一面金色かと思ってたわ」

「それじゃあ眩しいでしょう?」

 もっともである。

「……ここにあなたの求めてるモノがある」

「!」

 ステラは本命――大金庫へとカリーナを誘った。

 テゾーロの書斎の奥の扉を開け、二人はまず倉庫に入る。明かりをつければ、戸棚に無数の書類が丁寧に綴じられている光景が映る。財団時代の書類が整理され、永久保存されているのだ。そしてその奥に、さらに重厚な扉が悠然と構えていた。

 ステラはドアノブ付近の三つのダイヤルロックに手を掛け、全て解除してゆっくりと開ける。壁一面が光り輝く黄金一色の中、そこには目的の品が保管されていた。

「これが、テゾーロマネー……!」

 目の前に広がるのは、山のように積まれた大量の札束。その量はカリーナの予想をはるかに上回り、ギルド・テゾーロという男がどれ程の力を持つ人間なのかが伺える。

 噂では一千億ベリーと聞いていたが、これは明らかにそれ以上……少なくとも倍以上の金額であるのは疑いようがない。

「これを一度に全部盗むのは無理ね……」

 あまりの大金にカリーナは引きつった笑みを浮かべてしまう。

 辿り着いたはいいが、いざ本物を前にするとどう盗み出せばいいのか迷う。一度にごっそり全部頂かないと、次のチャンスはまずない。

「……?」

 ふと、札束の奥に二つのガラスケースがあるのに気がついた。ガラスケースの中には古びた小さな宝箱と南京錠が掛けられた鉄製の箱があり、中を確認することはできない。

 考えてみれば、テゾーロマネーはガラスケースに入れられていない。本人の「別に盗まれてもすぐに作れる金額だ」という楽観さの表れかもしれないが、見方を変えればガラスケースの中身はテゾーロマネー以上の価値があるということだ。

 その中身が気になり、ステラに問おうとした、その時だった。

 

 ――ハハハハハ!!

 

 突如、演技がかった笑い声が背後から響いた。驚いて振り返れば、そこには派手なマゼンタのダブルスーツを着た長身の男が立っていた。

 グラン・テゾーロの主である〝新世界の怪物〟ギルド・テゾーロだ。天上までのし上がった出世の神様が、武装した軍服姿の男達を引き連れて乗り込んできたのだ。

「まさか本当にここまで侵入してくるとは……」

「テゾーロ!」

「ステラ、無事だったか?」

 愛する夫が現れたことに安堵して駆けつけたステラを、力強く抱きしめる。

「今日まで星の数程のコソ泥達が挑んだが、その多くはプライベートエリアの入り口付近……よくてもコントロールルームがある中層のどこかで取り押さえられていた。君が初めてだよ、この部屋まで辿り着いたのは。八方塞がりで逃げ道はないがね」

 称賛しながらも黒い笑みを浮かべるテゾーロに、カリーナはようやく気づいた。

 テゾーロは〝確実に〟捕らえるためにわざと誘導したのだ。金庫室まで誘導し、出入り口を全て塞いで何をしても逃げられないように。

「本来ならもっと早く取り押さえられるのだが、少し気が変わってな。わざとここまで連れてきた」

 ふと、テゾーロの両手から火花が散った。

 その直後、黄金の壁が揺れ動き、そこから蛇のように長く太い触手――黄金の帯が襲い掛かった。槍のように鋭く、鞭のようにしなやかなそれは、カリーナの眼前に止まった。

「あ……」

「我が妻を人質に取られて何も思わないとでも?」

 カリーナは青ざめた。テゾーロは自らの手で愚かな女狐を葬る腹積もりであると、ようやく気づいたのだ。

 顔は笑っているが、彼の心の内は不穏極まりない。世界政府の最高権力者や天竜人との私的な謁見も許される程の男なら、いつでも物理的にも社会的にもカリーナを抹殺できるだろう。

 万事休す。もはやここまでかと諦めた、その時――

「しかし、ここで始末するにはあまりにも惜しい」

「え……」

「実はこれから本格的にエンターテインメンツを行おうと思っていてな……どうだ? このギルド・テゾーロのショーパートナーとして働いてみないか? 君の才能を一番発揮できる仕事を与えよう」

 テゾーロは手を差し出し、勧誘してきた。

 実を言うと、テゾーロはコネで前々からカリーナの情報を掴んでいた。怪盗としての偸盗術は勿論、騙しのテクニックから為人(ひととなり)、人間関係に特技と、把握できるだけの情報を予め得ていたのだ。その理由はセキュリティの更なる強化で、グラン・テゾーロを守る防犯システムの改正の参考とするためだ。

「おれとしては、君にとって決して悪くない話だと思うが?」

「ええ……確かに素晴らしいご提案ね。でも……」

 カリーナは言葉を止める。

 彼女は怪盗だ。一流の泥棒としての矜持がある。ゆえに易々と妥協はできないのだが……。

「――その宝箱の中身を見たいだろう?」

 そういう答え(・・・・・・)がくると読んでいたのか、テゾーロはカリーナの欲をくすぐった。

「君が私の勧誘に応じてくれるのなら、見てもいい」

「………あら、盗むとは思わないの?」

「盗めないさ。その箱の中身の〝真の価値〟を理解できれば尚のことだ。仮に盗めても逃げられる状況とは思えないがな」

 テゾーロは不敵に笑う。

 話を聞いた限りでは、テゾーロはカリーナを始末する気は無い様子だ。だがもし断れば二度とグラン・テゾーロに入国できなくなる可能性が高い。そうなれば、テゾーロマネーはおろか一攫千金のチャンスすらも棒に振ってしまう。

 だが話に乗れば、身の安全は勿論、今後の人生も保障してくれそうだ。ただし一度頷けば二度と怪盗としての活動はできなくなるだろう。

 泥棒としての最高の栄誉を手放して盗みを続けるか、思い切って新しい人生を送るか。カリーナの出した答えは……。

「わかったわ。あなたの勧誘に乗ってあげる」

「随分と上から物を言うじゃないか。大歓迎だ」

 カリーナの答えに満足したのか、テゾーロは鍵を投げ渡した。

 あの二つのガラスケースと、その中身の鍵だろうか。

「おれは一度交わした約束は守る。さァ、見るがいい」

 どんな契約であれルールであれ、テゾーロはそれを違うことはない。王となった今では、グラン・テゾーロという国家の信用にも関わってしまうのだから尚更だ。

「……」

 カリーナはまず、古びた小さな宝箱の方から見ることにした。

 ガラスケースの鍵を解除し、箱の鍵を開けて中身を見た。

「…………そんな、まさか……信じられない!!」

 カリーナの表情が、みるみるうちに驚愕の色に染まる。

 古びた小さな宝箱の中身は、煌びやかな金銀財宝ではない。むしろパッと見はごく普通の船乗りでも持っていそうな物だ。しかしその正体は〝新世界の怪物〟だからこそ所有できる、世界中がひっくり返る宝物だ。

 ――これは盗んでいい物ではない(・・・・・・・・・・・・・)

 それがカリーナの答えだった。これは盗むどころか情報すら漏らしてはいけない。あらゆる勢力は無視せず欲し、世界を巻き込む戦争の火種にもなり得る。

 だからテゾーロが言ったのだ。箱の中身の〝真の価値〟を理解できれば盗めない、と。

「じゃあ、もう一つのは――」

「とある〝戦艦〟の設計図だ。だが兵器なんぞ君にとってはあまり興味が無いだろう?」

 もう一つの宝箱の中身は、兵器の設計図だとテゾーロは堂々と自白した。

 確かにカリーナにとってはお宝とは言い難いし、そもそも怪盗が狙う代物ではない。どちらかというと海賊や裏の世界で暗躍する反社会勢力が狙うモノだ。中身を見たとしても、それをどうこうする気にもなれない。造ることもできないのに知ってるだけでは役にも立たないからだ。

 ――それが、世界を揺るがす古代兵器とも知らずに。

「……さァ、約束は約束だ」

 テゾーロは手を差し伸べ、口角を上げた。

「グラン・テゾーロへようこそ」


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