ONE PIECE ~アナザー・エンターテインメンツ~ 作:悪魔さん
魚人島に来訪してから、ちょうど一週間後。
テゾーロは今度はステラを連れて竜宮城へと訪れた。今回は前回のような日帰りではなく、会談を兼ねた宿泊込みである。
「ステラよ、よろしくオトヒメ王妃」
「こちらこそよろしく、ステラ夫人」
ハグをして挨拶するステラとオトヒメ。
その微笑ましい光景に、ネプチューン王は朗らかな笑みを浮かべる。
「お主らのような人間がいるとは……地上を諦めるには少し早かったかもしれんじゃもん」
「あれだけの扱いを受ければ諦めても仕方ないと思いますがねェ……同情は失礼でしたか?」
「いや、人間で同情してくれる者は中々おらぬ。その厚意は受け取ろう」
ネプチューンにとって、テゾーロとの出会いは魚人島――いや、全ての魚人族と人魚族の未来にかかわる重要な出来事だ。
魚人族と人魚族の恩人は、世界最強の海賊である白ひげだ。彼は若き日にネプチューンと友情の酒をくみ交わしており、その縁で自らの威名を用いてナワバリとして護っている。それに対しテゾーロは、権力とコネをフル活用して
「さて……ご報告いたしますか」
『!』
「私は世界貴族・クリューソス聖と親交があります。つい先日、彼に掛け合って話を振ってみました」
「それで、どうでしたか……?」
「ええ……大成功です。クリューソス聖はあなたの考えに賛同している」
心配そうに尋ねたオトヒメに対し、テゾーロはサムズアップしながら彼女に書状を渡した。
そこには、クリューソス聖本人のサイン付きで「魚人族と人間との交友の為、オトヒメ王妃の意見と考えに私も賛同する」と書かれていた。
テゾーロを介してこの世の頂点である天竜人からの賛同を得れば、大きな進歩だ。魚人島から地上移住の要望の署名活動をしているオトヒメが、次回の〝
オトヒメは長年の苦労がようやく実を結ぶようになったことを知り、嬉しさで泣き始めた。
「元々あの方は異端視されている立場ですし、今の体制に疑問を抱いている数少ない人物。動かすことは可能ですよ。それに今、マリージョアの天竜人は二つの勢力に二分してるとされてますから」
「何じゃと?」
「ああ、これはあまり表には出ない情報ですので……」
天竜人は今、二つの勢力に分かれているという。
一つは保守派という勢力。簡潔に言えば世界中の人々がよく知る天竜人であり、ロズワード一家やジャルマック聖をはじめ、マリージョアで暮らす天竜人のほとんどが保守派という勢力に属している。
もう一つは、近年現れた革新派という勢力。天竜人は絶対的な権力を持つが神ではないという立場で、全ての生ける者に権利があり、奴隷や他種族への差別といった悪しき風習を改めるべきという天竜人の中でもごく少数の――天竜人の中では異端だが――ちゃんとした思考回路の持ち主が集っており、テゾーロと親交があるクリューソス聖が筆頭として属しているという。
「天竜人にもそのような変化があったとは……」
「時代は常に変わるもの……善果にもなれば悪果にもなるんですよネプチューン王」
テゾーロはネプチューンにそう言うと、今度はオトヒメに忠告した。
「そしてオトヒメ王妃、あなたの敵は必ずしも人間だけではないことをお忘れなく」
「――えっ?」
「王妃の理想が不都合なのは、人間だけではないということです」
人間が魚人・人魚を下等な存在だと忌み嫌うように、その
今ではタイヨウの海賊団に加わった海賊アーロンも、人間に対し差別的思想を持つ種族主義者だ。彼の思想に感化された魚人・人魚が現れれば、人間との協調路線を取るオトヒメのような人物を目障りに思うのも当然だ。殺意が剥き出しの敵よりも味方を装った敵の方が厄介に決まっている。
「そして王妃……〝被害者ビジネス〟はご存じですかな?」
被害者ビジネスとは、被害者と偽ることにより自分の地位を優位に立たせることで、相手に様々な要求をしたりして儲けるビジネスだ。加害者は同情されることは基本的には無いが、被害者はそれを装うだけで周囲の同調を得られるばかりか相手方から謝罪や賠償金を堂々と請求できるので、それを悪用して利益を得ようとするのだ。
現時点では確認されてないが、世界政府の横暴ぶりを利用して不当な利益を得ようとする人たちが出てきてもおかしくはない。現にフレバンスも、今では公害による国家存亡の危機を乗り越えた平和な国として周知されるようになったが、珀鉛病の問題を建前に政府に謝罪と賠償を要求し続ける未来がもしかしたらあったのかもしれない。
「――魚人族と人魚族は人間から迫害を受け差別され、挙句の果てには奴隷にさせられた……それは確かに許してはならぬ。だがそれを大義名分として人間に同じ行為をしては、共存という明るい未来は来ないのじゃもん」
「ええ……過去を持ちだして不当な利益を得ようとするのはよくないことだものね……」
ネプチューンとオトヒメの意見に、無言で頷くテゾーロ。
すると、そこでステラが声を上げた。
「ねェ、テゾーロ。あそこの兵士さん、ずっとこっちを見てるんだけど……」
「兵士が?」
テゾーロはステラが指差す方向へ顔を向けると、顔色を変え目を見開いた。
彼の視線の先には、鮫のように鋭い歯が特徴の魚人がいた。その正体は、若き日の「環境が生んだバケモノ」だった。
(ホーディ・ジョーンズ……)
ホーディ・ジョーンズ。
彼はアーロンの魚人至上主義を掲げ、新魚人海賊団を結成してクーデターを起こした魚人。人間達から迫害を受けたわけではないアーロン以上の過激派で、リュウグウ王国を支配して〝
「ネプチューン王、彼は?」
「あやつか? 名はホーディ・ジョーンズ……つい先日我がリュウグウ王国の兵士となったのじゃもん。かつて我が軍に属していたジンベエには及ばぬが腕は立つぞ……そうじゃホーディ、この客人達を部屋へ案内してくれぬか?」
「……承知しました」
ネプチューンに促され、ホーディは獰猛な笑みを浮かべつつ頭を下げる。
その笑みを、テゾーロが見逃していないことに気づかず。
*
竜宮城で客人として泊まることになったテゾーロ達。
ネプチューンが手配してくれた部屋で、ステラ達はくつろぎ始めるが、テゾーロは一人でホーディと対峙していた。
「……で、おれに何の用だい新米君」
「下等種族が〝聖戦〟の邪魔をするな!!」
そう言うや否や、ホーディは殺気を放って矛でテゾーロを貫こうとした。だがテゾーロはそれを避けもせず、
そのまま力を込めて握り締め、ホーディを睨む。
「井の中の蛙大海を知らず……世界の広さを知らない奴に、一体なにができる?」
(う、動かねェ……!?)
魚人族は生まれながらにして通常の人間の十倍の腕力を有している。特にホーディはまだ若いとはいえ、サメ系の魚人族であるゆえか、魚人族の中でも抜きん出た力を持っている。
それにもかかわらず、テゾーロに向けた矛がピクリとも動かない。矛を握り潰してしまう程の力を感じ、ホーディは冷や汗を流す。
「聖戦? 丸腰の男を暗殺することが? バカバカしい……人はそれを「テロリスト」と呼ぶんだよ」
「何だと……!?」
「思想ってのは大衆の心を掴んだ時、初めて力となる。だがお前の思想は魚人族と人魚族の希望となる未来志向ではない……ただ感化された者の身を破滅に追い込むだけの危険思想だ! お前はオトヒメ王妃の思想を理解しようとしたことがあるのか?」
テゾーロは怒りを込めた口調でホーディに言い聞かせる。
この世界にギルド・テゾーロとして転生し、多くのことを学んだ。生涯のパートナーや自らの思想に賛同する者、その背中を見て惹かれた者を得た。慈善事業を通して、救えた命と救いきれなかった命を見た。それらの経験を糧とし、今を生きて時代を作り、自分の信念を貫くことの大切さを理解した。
その全てを否定するようなホーディを、さすがに殺意は抱いてないがどうしても許せなかった。
「覚えておけ……お前の聖戦は
テゾーロの気迫に、ホーディは気圧され怯んだ。
聖戦という言葉は「宗教上の正当性のある戦争」という意味だが、本来は「神の道の為に奮闘すること」という意味であって、暴力を伴い戦争を促す言葉ではないのだ。
ホーディはそれを履き違えている。戦争以外にも手段はいくらでもあるにもかかわらず、聖戦は人間との戦争だと思い込みそれを正義とする彼に、テゾーロは憤慨したのだ。
「おれは復讐を否定はしないさ……だが復讐はこじれやすいものだ、場合によっては加害者以上の悪に変貌する!
テゾーロはそう忠告し、踵を返す。
その背中を、ホーディは忌々しげに見つめ続けた……。
原作でマム、記憶喪失になったようですね。
うん……時限式の核爆弾かな?
化物には化物をぶつけるしかないのかな……。