Ace Combat side story of 5 -The chained war-   作:びわ之樹

7 / 45
第6話 Tyr sua spada

 ぎぃ、というドアの軋みが、耳障りな残響を鼓膜に残す。

 蛍光灯に照らされた室内は、ざっと見渡した限りおおむね30人程度が収容できる程度の会議室という所か。長机等は無く、既に集まっている面々が適当な位置に椅子を置いて座を占めているせいか、一目見た印象では部屋の容積の割にずいぶんと混んでいるようにも見えた。

 ドアの軋みに応じて上げられたいくつかの視線は、こちらに向くのもほんの一瞬、交わることなくすぐに伏せられる。敵意、あるいは無関心。男のうちの一人などは、露骨に嫌そうな溜息をついている。

 向けられた感情と態度に表情一つ崩さぬまま、入口の作戦士官から資料を受け取った少女――パウラ・ヘンドリクスは、適当な場所を見定めて椅子に腰を下ろした。事務仕事の関係で、今日のブリーフィングは少佐や曹長は欠席することになっている。

 

 壁掛け時計の針は、9時半に5分ほど届かない頃。緊急のブリーフィングとして設定された開始時間にはもう少々時間があり、雑談が満ちる部屋の中は少々騒がしい。そんな中でも自身に話しかけて来る物好きは誰一人おらず、パウラはただただ時計の短針を一心に見つめていた。

 無理もない。いっそここまで分かりやすいと清々しいくらいである。

 

 この点、パウラらと一般部隊の関係性は複雑であった。

 そもそも、各地の基地に配属される一般部隊と操縦技術を基に選抜されたパウラら教導隊は、殊レクタにおいてはしっくりいっていない例が多い。本来の任務である一般部隊への演習指導に加え、今のように有事の際には臨時に部隊指揮を執る場合もあるなど、何かと一般部隊より一段上の存在に位置付けられているというレクタ特有の理由がその最たる原因であろう。他国でも多かれ少なかれ類似の事例はあるが、軍としての歴史が浅く、指揮を行える兵の数が少ないレクタにおいては、その傾向は甚だ強い。

 おまけに、パウラらスポーク隊に限って言えば、着任から開戦までのほぼ毎日に渡ってヘルメート基地戦闘部隊を演習で痛めつけている過去もある。パウラにしてみれば任務として当然のことをしていただけなのだが、痛めつけられていた当の本人たちにしてみれば、けしていい気持ちのものではないというのが人情としては当然の所だろう。

 もっとも、その際のパウラの指導が極めて辛辣なことも、スポーク隊が好かれていない要因の一つである。多くの兵にとって年下の、それでいて技量では圧倒的に上回る相手から辛辣な言葉を浴び続ければ、いくら任務の範疇とはいえ腹に据えかねる感情も膨れてゆく。本人は全く自覚していないものの、この点を省みればヘルメート基地航空部隊の逆恨みだけが原因と断じる訳にもいかないだろう。

 

「いよう、パウラちゃーんお疲れ。元気?ちゃんと飯食ってる?」

「ええ、どうも」

「お疲れ様です、パウラ准尉」

「ええ」

 

 不意にかけられた男の声に、そちらをちらりと一瞥する。見覚えのある二人の男の姿に、パウラは軽い会釈とともに短く応じた。

 前に立ちひらひらと手を振る小太りの中年は、『ハルヴ隊』小隊長のロベルト大尉。やや後ろに並ぶ強面の巨漢は、同隊3番機の…確かヴィルベルトといっただろうか。開戦序盤からのラティオの猛攻を受けながら、一人も欠けずに生き残っている幸運な小隊のメンバーである。

 ヴィルベルトに関しては可もなく不可もなく、まずまず一般的な技量と言って良い。小隊内の自らの位置を十分に理解し、アタッカーの支援を第一とした立ち回りを心掛けている辺りは評価に値するパイロットである。

 ロベルトについては、おそらくこの基地航空隊では最もマシなパイロットと言っていいだろう。短躰に小太りという気の抜けたような外見をしていながら、空戦機動は実に臨機応変。僚機の位置をよく見ながら、的確に小隊を分散し時に集中して、変幻自在な戦術を展開するのに長けているのは大きな評価点だった。先日の『プレリュード』作戦でも同行したが、その際にも少佐はロベルトを評価していたほどである。曰く、まるで今は亡きベルカのエース部隊を見ているようだ、と。

 

 それに加えて、と言うほどの事ではないが、ロベルトは非常に話好きである。これまでも幾度か会議等で同席する機会があったが、たいていの場合はこちらの反応に関わらず、どんどん自分で話題を進めては賑やかに笑い飛ばすのが常だった。企図せずして隣あう位置になってしまった今日も同様で、適当に相槌や一瞥を向ける程度で話が勝手に進んでいっている。曰く、ご飯食べてるのはいいけども、コーヒーは飲むか。コーヒーはいいぞ、心身リラックスできる。俺はミルク多めが好きなんだがパウラちゃんはどうなのよ。ちなみにヴィルさんは超甘党でな、コーヒーにもミルクたっぷりに砂糖山盛りなんだよ、すげえよな。がはははは。等々。

 馴れ馴れしいのは頂けないが、このような待ち時間の暇潰しにはまあ有用な性質と言って良いだろう。お蔭でと言うべきか、開始予定時刻まではあと2分。既に作戦担当士官らも部屋に入り始め、ブリーフィングに向けプロジェクターを操作し始めている。

 

 何やら騒がしい声とともに、廊下の方からどたばたと足音が聞こえ始めたのはその時だった。

 

「やばいですもう時間がありません!ダッシュしましょう先輩、ダッシュ!」

「もう全速だよチクショウ!こんなことなら俺も時間確認しとくべきだったー!」

 

 ばたぁん、と思い切りドアを開けて姿を現したのは、金髪の男と栗色髪の女。先のロベルトと同じ隊の、エリクと…クリス、何だっただろうか。彼らの皆が略称としてクリスとしか呼んでいないので、記憶もそれで定着してしまっていた。

 開始予定時刻直前、勢いよく開けたドア、そして事前に喚きながら廊下を走るというおまけ付きである。否応なく殺到した視線を避けるように、二人はそそくさと腰をかがめてドアの前から逃れていった。

 

「おう、エリク!クリス!こっちだこっち。どうした、もうちょいで遅刻だぞ?」

「すみません!私、開始を10時半からだと勘違いして覚えてて…」

「…で、時間を忘れた俺はクリスにそれを聞いて、鵜呑みにしたって寸法です」

「まぁ死ぬような内容じゃなし、これから気を付けりゃいいさ。ほれ、それよりこっち座れこっち。若いモンは若いモンでな」

「え。隣、って…」

 

 隣に座っていたロベルトが、エリク達へ声をかけながら腰を浮かせ、二つ分席を開ける。エリクとクリスに、そこへ座れということらしい。一瞬惑ったように椅子を交互に見やったエリクはともかくとして、クリスの方は露骨に嫌そうな表情で、エリクの一歩後ろへ引き下がった。

 一応自分とクリスは同じ年齢となってはいるが、階級も部隊も違うということもあり、特にこれといった会話をしたことはない。むしろ新米らしい未熟さと僚機に頼った機動ばかりが目に付き、演習の際はエリクに次ぐ低い評価を申し渡していた事ばかりが記憶に残っているくらいである。クリスから自分への印象は想像に易く、自分からクリスへの印象もまたおそらく大きくは変わるまい。特に馴れ合いを求める気もない以上、関係性としてはむしろ今のままが丁度良かった。

 

 互いの空気を察したのか、はぁ、とため息をついたエリクが隣に腰を下ろす。クリスはその隣、すなわちエリクとロベルトの間に落ち着いた。

 人当たりはともかく、隊長のロベルト程に話題は持ち合わせていないのか、それとも自分と話す話題を見つけられないでいるのか。先のロベルトとは打って変わって、エリクとの間には妙な沈黙が漂い始める。

 元より、自分は静かな方が好きである。ぺちゃくちゃと人と話すのは性に合わないし、話すにしても少佐たちのように気心の知れたごく少数と話す方がよほどいい。先のロベルトとの雑談に関しては、あれは会話と言うよりは、暇な時にラジオを流し聞くような感覚に近いと言った方がいいだろう。いずれにせよ開始時間まであと僅か、大して交わす言葉もない以上、静かな状態の今は自分の性に合っている。その筈である。

 

 だが、それにしては心が妙に浮つくような、そわそわとした気分になるのは何故だろうか。ブリーフィングの内容が――前回の出撃で洗礼を受けた『あれ』が、よほど自分でも気になっているというのか。

 

「パウラ、この間は…体は大丈夫だったか?」

「怪我はしてない、問題ない」

「ならいいが。…機体は?」

「少佐が検討中」

「あー…そうだったのか。それじゃ、場合によっては新型に乗り換えとか…」

「もう始まる。少し静かにして」

「………。はいよ、悪かった悪かった、『スポーク2』」

 

 不意に紡がれたエリクの言葉に、その口元を一瞥する。怪我が無かったことも機体の手配のことも、少佐からロベルトを通して伝わっている筈だが、何を今更。そう思いつつも、パウラは短く言葉を切りながら、既に知っているであろう自分の情報をエリクへと返した。こちらに顔を向けるエリクの向うでは、クリスが視線だけこちらに向けて様子を窺っているのも見て取れる。

 

 この間というのは、2日前――9月30日に行われた、対ラティオの侵攻作戦である『プレリュード』作戦の事である。戦況を優位に進めていたレクタ軍だったが、突如謎のレーザーによる攻撃を受け、戦力を消耗。パウラ本人も機体を中破させられ、撤退を余儀なくされたのである。その際に護衛を任されたのが、このエリクであった。

 この際、撤退ルート上で待ち伏せしていたラティオ軍の戦闘ヘリ『ホーカム』を退けた戦法もそうだが、エリクはロベルトと違って真っ向から、『クフィル』の加速性能に頼った機動をすることが多い。加えて、自身や機体に無茶を強いて損耗を速める傾向すらある。事実、上述の『ホーカム』3機との遭遇で用いた戦術は、一歩間違えればエリクもパウラも撃墜される可能性が高い危険なものだった。パウラがこれまでエリクを酷評してきたのも、機体の損耗という観点の欠如に加え、小隊副隊長らしからぬ機動を多用する点が大きかったのである。全滅の危険も顧みず、一か八かの戦術で以て任務完遂に向かうなど、将来の指揮官候補として相応しくないことは言うまでもない。護衛対象が、そこまでして護る必要の薄い旧式機たかだか1機では尚更である。

 

 時間がなく、そして何ら生産性も無い会話。特にこちらから問うべき話題も無く、ぴしゃりと区切ったパウラの言葉に、会話はそこで断ち切られた。苦笑い半分、呆れ半分といった表情でエリクは顔を正面に戻し、その向うではクリスが息を漏らして視線を外している。

 視線を正面に戻して数秒、ヘルムートの基地司令が前に立ち、ブリーフィングの口火を切り始めた。パウラも手元の資料を開き、映し出された映像とともに意識をそちらへと傾ける。妙に浮ついた心を、男の声に紛れさせながら。

 

「予定時刻となった。これより、緊急のブリーフィングを開始する。なお、スポーク隊のアルヴィン少佐とフィンセント曹長は、事務作業で参加できないとの連絡があった。後ほどパウラ准尉より報告をお願いする」

 

 マイクの質が悪いのか、割れた基地司令の声。その末尾にはい、と応じながら、パウラは刻々と表示を変える正面の映像を目で追った。傍らの作戦士官がパソコンを操作しているのだろう、一杯に表示された東方諸国一帯の地図は四角の枠が重なるごとに拡大されてゆく。東方諸国からラティオへ、ラティオからその中部へ、さらにその中ほど、旧ウスティオ領との国境付近へ。オーシアから提供された衛星画像と偵察写真が組み合わされたそれは精密で、山脈や主要街道の状態すら明瞭に見て取ることができた。

 

「今回緊急で集まって貰ったのは他でもない。先日の『プレリュード』作戦において我が軍へ甚大な被害を及ぼした、ラティオの新兵器の詳細が判明した。オーシアと連携した諜報部の奮闘と、偵察隊の決死の行動の賜物である。アントニー中佐、説明を頼む」

 

 司令が傍らへ移動するのと時を同じくして、制服姿の別の男がスクリーンの横へと就く。先ほどアントニーと呼ばれていた作戦士官だろう、書類の束を手にし、かっちりと制服を着こんだその姿はいかにも内務系の軍人といった空気を纏っている。

 

「それでは、私から報告を行う。まずは、結論から申し上げよう。問題の敵新兵器の正体は、旧ウスティオ-ラティオ国境に設置された多塔式高層化学レーザー兵器である」

「レーザー…」

「おいおい…凄まじいな、SFかよ。何てもん作ってやがんだ」

 

 エクスキャリバー。

 ざわつきを帯びる面々の中で、パウラの脳裏に反射的にその単語が浮かんだ。

 15年前、ベルカ公国と周辺諸国との間で勃発した『ベルカ戦争』。その戦争の中で、高い技術力を誇るベルカ軍によって使用されたのが、その聖剣の名を冠する高層化学レーザー兵器である。高さ1㎞、最大射程1200㎞を誇ったという超兵器の名に相応しいその存在感は凄まじく、当時敵対していたオーシアやウスティオ、周辺諸国の受けた被害は深刻なものだったという。実物は当然見たことはないが、パウラも当時の記録から、その存在と脅威はよく知っていた。

 もし、かのエクスキャリバーと同様のものが、ラティオ国内に建造されていたとしたら――。かつての戦いの例を引くまでもなく、その脅威は計り知れない。

 

「兵器のコードネームは『テュールの剣』。地上部の構造は、中央のジェネレーター収納部と、そこから5方向に延びるエネルギー供給通路。そして、それらの先端から伸びる5本の主砲塔から構成されている」

 

 ざわめきがひと段落してから、作戦士官が画面を切り替える。真上からの衛星写真らしく、そこには円形の中央構造物から5本の腕を伸ばした、雪の結晶のような形の建造物が映し出されていた。別のウィンドウに映写されたワイヤーフレームCGによると、それらの腕の端からはそれぞれ高層の塔が伸び、特徴的なシルエットを形作っている。コードネームに『剣』と銘打ってはいるが、現代の建造物からおよそ離れたその姿は、まるで神殿や遺跡のようだった。

 

「諸君の中には、『ベルカ戦争』の際の『エクスキャリバー』を知っている者もいるだろう。基本的なシステムはそれに近く、おそらくはユークトバニアからの技術提供で建造されたものと思われる。もっとも、先の戦闘記録を基に実施されたシミュレーションでは、その1基当たりの出力は『エクスキャリバー』のそれを大きく下回るとの推定が出た。理由は不明だが、数本のレーザーが同一目標へ照射されることで初めて、『エクスキャリバー』と同等の威力となるらしい。一度に5本のレーザー照射を受けた友軍攻撃機部隊が一瞬で消滅した一方で、2本のレーザー照射を受けたパウラ准尉の『タイガーⅢ』は主翼の溶断に留まっていることからも、それは裏付けられている」

 

 ふー、と隣のエリクが深いため息をつく。おそらく、脳裏にあの時の光景――照射を受けた『スカイホーク』4機が一瞬で撃墜された光景でも蘇ったのだろう。

 光の速さで殺到するレーザーを、意図して回避する術はない。それが目に映った時は、すなわち自分に命中する瞬間である。事実、回避技術には自信のあるパウラでさえ、『テュールの剣』とやらの攻撃で機体を中破させられたのだ。

 気づいた時には攻撃を受けている。回避しおおせられるかは、運一つしかない。戦争で理不尽を訴えるのはナンセンスだが、実際に目にした以上の事実を省みれば、ぞっとするような思いを抱かずにはいられなかった。恐怖とも理不尽とも違う、言うなれば『忌まわしい』。自分でもしっくりくる表現が見つからないが、強いて言葉にするのならそれが最も近いだろう。

 

「いずれにせよ、『テュールの剣』が我が軍に与える脅威は極めて大きく、目下進行中のラティオ侵攻作戦にも支障を来す恐れがある。幸い、同盟国であるウスティオ軍の攻勢は破竹の勢いを保っており、あと数日でラティオ西郡の鎮圧を終えるという。ウスティオ軍の体勢が整い次第、我が軍はウスティオ軍と連携して、『テュールの剣』破壊作戦を実施することになる」

「そりゃあいい。いつまでもエクスキャリバーもどきにビクつくのは御免だ。とっととへし折っちまおうぜ」

「…ところがだ、ロベルト大尉。事はそう簡単ではない」

「へ?そりゃなんでまた」

「要因は、大きく分けて二つだ。まず一つだが、偵察情報によると、『テュールの剣』周辺からラティオ中部にかけて大量の観測用気球が設置されており、厳重な監視網が敷かれている。諜報によると、ラティオはかつてのベルカのような精密照準器の開発技術を持っておらず、射撃精度を気球で補っているとのことだ。これらが、接近する敵機の捕捉にも役立つことは言うまでもない。かつての『エクスキャリバー』同様、『テュールの剣』攻略には航空機による拠点奇襲攻撃が必要となる訳だが、この監視網が生きている限り成功は見込めないことになる」

 

 あくまで陽気な声で合い打つロベルトに、気落ちしたような作戦士官の声が被さる。

 かつて読んだ、15年前のエクスキャリバー破壊作戦――連合軍内作戦名称『ジャッジメント』の報告書によると、ベルカ戦争の際に用いられた作戦は、作戦士官の言う通り航空機による拠点攻撃だった。それも、ベルカ内陸に位置する『エクスキャリバー』を長躯して攻撃するため、対地攻撃装備を施した少数の戦闘機に空中給油機を随伴させただけの、ごくごく小さな部隊によるものである。多数の部隊を動員すれば、それだけ早期に発見される危険もある以上、これは当然と言えば当然であった。

 攻撃隊が少数、それも敵地の只中に攻撃を加えるとあっては、当然ながら攻撃隊の負うリスクは極めて大きい。事実、ウスティオ軍が主となって実施した『ジャッジメント作戦』においては、奇跡的に攻撃隊そのものへの被害は少なかったものの、空中給油機や囮部隊を含めた多数の機体を喪失している。直近では7年前にユージア大陸で勃発した大陸戦争の序盤で、地対空レールガン『ストーンヘンジ』破壊のために類似の作戦が実施されたものの、護衛戦闘機の迎撃を受けて部隊は全滅したのだという。

 過去の事例が実証しているように、拠点攻撃の成否は『いかに早く』、『いかに捕捉されないように』接近できるかが肝要になる。この点で、多くの観測気球を随伴させた『テュールの剣』への攻撃は、どう考えても無謀なものだった。

ロベルトもすぐにそこまで思い当ったのだろう、もううんざりと言わんばかりに大きく頭を振って見せた。

 

「もうなんか一気にやる気が削がれて来たなコレ…。…で、もう一個あるんでしたっけ?」

「そうだ。もう一つの障害だが、『テュールの剣』はラティオ軍の『ベレッツィア要塞』敷地内に建造されている。要塞自体は半世紀以上前の旧式のものだが、施設は十分に機能しているらしい。対空兵器やレーダーに最新のものが配備されているのは言うまでもなく、既に付近では野戦飛行場の建設も開始されているとのことだ。『テュールの剣』攻略に当たっては、これら要塞の設備は大きな障害となるだろう」

「…………隕石落ちてこねぇかなー。ベレッツィアの辺りにー、なるべくゴツい奴ー」

「現実から逃げるなロベルト大尉。皆同じ気持ちだ」

 

 腕を広げて体を椅子に預けるロベルト。深く息を詰めるエリク。眉を顰めて顎に手を遣るヴィルベルト。下を向き頭を抱えるクリス。反応こそ多様だが、パイロットにも他の一同にも共通しているのは、絶望の二文字だった。技術不足を補う観測気球の大量配置に旧式の要塞の再利用と、アナログ的な手法でこちらの動きを封じて来るとは一体誰が想像しえただろうか。それも、ユークトバニアからの最新鋭の機器を組み合わせて、最も効果的に戦術を構築して、である。『歴史こそ長いが、有史以降の戦争に関しては弱国』――そんな定評すらあったラティオの面影は、もはやそこには見て取ることができない。

 溜息と、沈黙。重苦しい空気を最初に割いたのは、ハルヴ隊3番機の巨漢――ヴィルベルトだった。

 

「2点、宜しいでしょうか」

「ああ。ヴィルベルト曹長、質問を許可する」

「まず一つです。『エクスキャリバー』に類似しているとのことですが、『テュールの剣』の射程距離はどの程度でしょう」

「残念ながら不明だ。だが、『エクスキャリバー』の主砲塔が高さ1㎞なのに対し、『テュールの剣』は500ないし600m程度と推定されている。ジェネレーター出力や天候にも左右されるが、おそらく600㎞程度というのが作戦本部の見方だ。…ただし、『エクスキャリバー』同様、鏡面加工を施した航空機にレーザーを反射させることで射程を延伸させてくる可能性もあるため、断言はできない」

 

 ヴィルベルトの質問に、パウラは内心頷いた。年の功と言うべきか経験の賜物と言うべきか、見るべきところはやはり見ているらしい。最終的には長距離の奇襲作戦になる以上、射程距離の把握は極めて重要である。真っ先に絶望感から立ち直り冷静に判断した辺りは、十分に評価点だった。

 もっとも、射程距離の予測については、まだ話半分程度だろう。数値を反芻する限りは単純に主砲塔の高さから算出しただけに違いなく、実質的には作戦本部もほとんど掴めていないと白状したに等しい。

 動きの遅い事である。僅かに足首を動かして組み直した脚に、パウラのそんな思いが滲んでいた。

 

「了解しました。二点目ですが、『テュールの剣』破壊に向けた、具体的な作戦行動予定はどのようになりますか?」

「ウスティオ軍との詳細な討議が行われていないため、現状では未定である。レクタ内で検討中の案としては、観測気球を少数の戦闘機隊で少しずつ潰していき、精密射撃能力を低下させた後に本拠点襲撃を実施するというものがある。オーシアの『アークバード』による支援も要請しているが、オーシアはユークトバニア方面で手いっぱいなため、望み薄だ。いずれにせよ、正式決定は今後のことになる」

 

 ヴィルベルトの質問に続いた作戦士官の声は、実質的に何一つ決まっていないこともあってか、流石に暗い。何といっても、ラティオやかつてのベルカのような超兵器を持ち合わせないレクタのみでは、これといった打開策を出せないというのが実情なのだ。少なくともウスティオの協力がなければ成功は覚束ない以上、こればかりは仕方がなかった。

 頼みの綱は同盟の首魁であるオーシアだが、開戦以来、絶えずユークトバニアから攻撃を受けている現状では期待はできない。当面は自国の防衛で精一杯であろうし、レーザー兵器を持つ大気機動宇宙機『アークバード』にしても自国の為に使いたいというのが本音に違いないからだ。

 

 結局の所、当面の脅威はレクタとウスティオで解決する他ない。誰もがその結論に至ったのだろう、以降の思いを巡らすのに精いっぱいなのか、『質問は?』という作戦士官の問いに応じる者はいなかった。

 

「『テュールの剣』攻略作戦に関しては、詳細が確定し次第諸君へと令達する。その時まで、諸君においては存分に技術を高めておいて欲しい。ブリーフィングは以上だ。解散」

 

 今後への絶望と、沈黙に沈んだ重苦しい空気。一様に暗い顔をした一同の中を、パウラは表情一つ変えず、いち早く席を立ってドアへと指した。どんな戦場であろうと、どんな戦況であろうと、自分は少佐の命令通りに戦えばいい。その他の戦いの仕方も、その他の生き方すらも自分は知らない。それが兵士として正しいことだと信じている以上、自分は少佐のために戦うだけだった。

 

 時刻、10時半を回ること数分。申請をすれば、基地の予備機で上空を飛ぶことくらいはできる時間である。パウラはとん、と地を蹴って、早足にドアをくぐっていった。

 『よっし、とりあえずコーヒー飲んで落ち着こう。パウラちゃーん、一緒に…あれ?』

 そんなロベルトの言葉を、背中で振り切りながら。

 

******

 ――同日、夜。天井の古くなった蛍光灯が絶えず明滅し、一層陰鬱に照らされた食堂前の廊下。人の気配がとうに絶えた薄暗い廊下に背を向けて、声を潜めながら電話口に向かう男の影があった。

 

「ええ、ええ…はは、まあこっちはうまくやってます。まったく、ベルカのアレといいこっちといい、『剣』が最近流行ってるみたいでしてね?……………ええ、……はは、任せて下さいって。レクタに勝って貰わにゃ俺も困りますし」

 

 途切れ途切れの光が、男の横顔を薄暮に浮かび上がらせる。平均身長以下の短躰に小太りな体格、刈り上げにした金髪、そして切れ長の目。間違いなく、ハルヴ隊隊長のロベルト・ペーテルスその人であった。元々人の出入りが多く防音処理が施された壁に、声を潜めていることも相まって、その言葉は詳細までは聞こえない。話し相手の声に至っては、声音を聞くことすら困難だった。

 

「ところで、スーデントールの方はどんな感じです?…ほうほう。………おー、そりゃ何より。『新作』ができたらまた呼んで下さい、ベルカまで馳せ参じますよ。…っと、今はオーシアでしたかね、ははは。……………ええ、…いえいえ、こちらこそ。久々にベルカの言葉が聞けて嬉しかったですよ。……ええ、それじゃまた、『大尉』。」

 

 がちゃ、り。

 静かな廊下にいやに長く響いた音を残して、ロベルトはこつり、こつりと足音を刻みながら、自身の居室へと向かっていった。その足取りは、まるで何事も無かったかのように穏やかで軽い。

 後に残ったのは、明滅する古びた蛍光灯。そして、傍の柱の陰に背を預けた、パウラの小柄な姿。

 

「……………」

 

 沈黙、数瞬。遠くに消えた足音を探るようにパウラは静かに一歩、一歩と歩を進めた。まるで謎かけのような、それでいて単なる雑談のような先の会話を反芻しながら、それでも足音は一定の速さを刻んでいる。

 誰かに、伝えておくべきだろうか。少佐に、曹長に、あるいは――。

 最後に浮かべた例の青年の面影を振り切りながら、銀髪の少女は、扉を開けて闇の中へと潜っていった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。