Ace Combat side story of 5 -The chained war-   作:びわ之樹

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 絶望の中においていかに行動するかという一点に、その人間の本質は現れる。
 潔く諦める、雌伏して時を待つ、好転を目指し奔走する、愚直に目標を目指す。いずれにも理があり、極限の中で自らと向き合ったがゆえの結論である。いかな過程と結末を得ようと、それぞれの姿勢で絶望を見据えるその様は等しく貴い。

 人たる情動と意思でもって、絶望に立ち向かう人々の姿。
 かつてない不利な戦況、諦観を強いるような戦場の中で、俺は予期しなかった絶望に直面することとなる。

 時は10月、反転した南半球では夏を迎える季節。
 太陽と戦火、そして絶え間ない絶望は、今なおこの世界を灼いていた――。


番外編2(前)Skies of despair

 ざくりと踏み出した靴の端に、粘り気を帯びた土の塊がこびりつく。

 アスファルト舗装もされていないむき出しの地面、遠景に広がる豊かな植栽、そしてそこここに穿たれた爆撃後を思わせるクレーター。照りつける日照は嫌が応にも緑を映えさせ、その傍らで乾き始めた泥はさらさらと崩れて舞っていく。

 

 眼前には急ごしらえの粗末な施設、乱雑に戦闘機が留まる滑走路。傍らには幾分小柄な機体が翼を休め、緑と灰の迷彩と黒く染まった翼端を影絵のように落としている。

 自らの機体の主脚に靴を二三度叩きつけ、褐色肌に古傷だらけの男――カルロス・グロバールは靴にへばりついた泥を叩き落した。眼光こそ衰えぬ往時のままではあるが、幾分腹は出始めて、青年から中年へとその様相は移り変わりつつある。

 

 時に2020年10月、オーシア大陸南端に位置するオーレリア連邦共和国。国土西部に開けた平原のさなか、プナ野戦飛行場。絶望的な戦況にありながら今なお抵抗を止めぬ絶望の巷に、カルロスの姿はあった。

 

「…あれか」

 

 戦場慣れした鋭敏な聴覚が、まだ暗い西の空から響く唸りのような音を感じ取る。早朝を迎えた空は最も輪郭を捉え難い時間帯だが、カルロスは目を凝らすまでもなくその主の姿を探り当てた。黒い染みのような小さな点はやがて翼を持った黒い機影となり、滑走路との距離を探るようにゆっくりと高度を下げて来る。

 

 アヒルの嘴のように、やや扁平な機首。首元に設けられた三角形のカナード翼にデルタ翼の主翼。一見遠目には『タイフーン』にも似た姿ではあるものの、凹凸を以て明瞭に判別できる2基のエンジンポッドと、その外側から延びる1対の垂直尾翼の存在が『タイフーン』や『ラファール』と一線を画するシルエットを醸し出している。主翼にはオーレリアの国章を示す青地に白い雪の結晶、尾翼にはその本籍を示すGRDF――ゼネラルリソース・ディフェンス・フォースの文字。間違いなく、海を渡ってはるばる来訪した()()()の新型機であった。

 

 XFA-24『アパリス』。近年名を上げ始めた多国籍複合企業『ゼネラルリソース』によって設計開発が行われた、試作マルチロール機。それこそが、今まさに眼前で着陸しつつあるその機体の素性であった。吹き荒れる風の下、ばさばさと裾をたなびかせるカルロスの上着の右胸には、『アパリス』のそれと同じGRDFのエンブレムが刻まれている。

 

 カルロスとゼネラルリソース、そして今立つオーレリアの地。それぞれの現状には、一応の説明を要するだろう。

 

 10年前の環太平洋戦争ならびにその代理戦争に当たる東方戦争、5年前のエメリア・エストバキア戦争、そしてつい昨年勃発した灯台戦争。わずか10年という短い間に国家対国家となる大規模な戦争が立て続けに発生し、その度に世界は揺動した。その余波は未だに収まらず、資源の欠乏や経済不安は恐慌を招き、2010年代後半には中小国が相次いで経済破綻に追い込まれていた、というのが目下の状況である。。その予兆は2003年の大陸戦争終結後から顕れてはいたのだが、それが度重なる戦争によって拡散し顕在化してきたという所だろう。

 

 破滅の淵に立つ中小国は軍備を削り、予算を切り詰め、諸外国に援助を請う。それでもなお衰え行く国力を補うことはままならず、やがて行政サービスも立ち行かなくなる国すら出始めた。ある程度同一の文化や人種、宗教を内包し、その安寧を保証するための境界を国家して定義するならば、その存在意義が方々から崩れ始めたのである。

 国民の生活と安全を保障できなくなった国家に、いかに存在意義があるのか。

 そんな末期的な世論が蔓延し始めた中で頭角を現したのが、多方面の技術やサービスに関するノウハウを有する多国籍複合企業であった。その代表選手たるゼネラルリソースはこれらの国家に介入し、各種サービスの大規模な民営化を条件にした大規模投資を提言。メディアや各種インフラ整備、ライフライン等の行政サービスに至るまで、傘下のグループ企業で完結する体制を整備するに至ったのである。

 当然ながら、行政サービスには安全保障――平たく言えば軍事分野も該当する。本来対テロの社内警備組織であったGRDFが各国の防衛も代替するようになり、軍勤務経験者や民間軍事会社を次々と吸収・雇用して、その規模を爆発的に増大させたのもこの時期に始まるものであった。

 

 このような安全保障分野においても大規模企業が台頭した以上、民間軍事市場に大きな影響が生じたのは当然の帰結だった。大なるは提携や買収を繰り返してより大規模となり、小なるは人員資源ごとあっさりと吸収されて、大企業鼎立の様相を示すようになったのである。

 カルロスが元々所属していたレオナルド&ルーカス安全保障もまた、この世相の中で泡沫のように消え去った。詳説すれば、傾く社運の起死回生として介入したエメリア・エストバキア戦争で却って大損を被り、半ば買い叩かれる形でゼネラルリソースに買収されたのである。この時を境として、カルロスらニムロッド隊はGRDFへ移籍することとなった。

 

 片や、目下のオーレリアの状況である。

 控えめに称して、オーレリアは滅亡の危機に瀕していた。内戦に喘いでいた隣国レサス共和国が、その終結から間を置かずしてオーレリアへと宣戦布告し、怒涛の電撃戦を以て侵攻を開始したのである。

 瞬く間に国土を蚕食する陸空の兵器群、そして投入されるレサスの超兵器――空中要塞『グレイプニル』。首都のグリスウォールは瞬く間に占領され、指揮系統を失った三軍は各地で蹴散らされて、開戦からのわずかな期間のうちにオーレリアは国土の実に9割以上をレサスに占領される憂き目に遭った。サピンで例えるならば、前線がル・トルゥーアの辺りまで後退したと思えばいいだろう。国家としては、もはや滅亡したのと同義の状態と言っていい。

 

 ところが、10月中旬に入りオーレリアは残った戦力を結集させ反撃に転じる。国土西南部のオーブリー基地に残るわずかな航空部隊をてこに奇襲を敢行し、国土の一部奪還および残存戦力の結集に成功したのである。現時点ではオーレリア西南部に勢力を確保し、依然劣勢ながらレサスに対抗しうる戦力を持つに至っていた。ゼネラルリソースがこの戦争に介入を決定したのは、決した帰趨にオーレリアが懸命の抵抗を見せるこのような時期であった。

 

 ベルカ戦争におけるウスティオ共和国の例に漏れず、滅亡寸前の国はおおよそ傭兵に頼るものと相場が決まっている。傾いた国軍に存亡を託すよりは、金に糸目を付けず優秀な傭兵と契約した方が幾分でも勝機がある為だ。当然ながら傭兵――民間軍事企業側にとってもこれは大きな商機であり、今回ゼネラルがGRDFの派遣を決断した第一義もこれに当たる。

 

 もっとも一民間軍事企業ならばいざ知らず、自ら兵器の生産販売を担うゼネラルリソースにとっては別の事情もある。

 というのも、レサス共和国――正確にはそれを牛耳る指導者ディエゴ・ナバロは国内の軍需企業と太いパイプを持っており、今回の戦争を一種のデモンストレーションとして諸外国からの兵器受注を狙っているとの観測がかねてからなされていたのである。国自らが安価かつ優秀な兵器受注を目論み他国へ売り込むという手法は、言うなればかつてのベルカ公国の後継を担うものと言って良いだろう。

 兵器の自家生産、そして軍事の代替を図るゼネラルリソースにとって、これは誠に困ることであった。もとよりゼネラルは『安全保障サービスの提供』を行う側であり、各国が自前で軍事力を整備する事態を望んでいないのである。加えて、大規模な兵器供給拠点の存在が安全保障分野の寡占状態を崩しかねないことは言うまでもない。言うなれば、レサス共和国はゼネラルにとっての商売敵に当たるという訳である。利潤追求を図るにしても、敵対()()への対抗を図るにしても、ゼネラルは是が非でもオーレリアに肩入れしたい立ち位置にあるという訳であった。

 

 以上の背景を下地として、GRDFはオーレリアの支援に本腰を入れた。具体的には航空部門の人員派遣の他、社で生産した兵器の供給、そして対化学・生物兵器を専門とする特殊部隊の派遣である。後者に関しては、レサス軍が特殊工作部隊である『スキュラ隊』を有していることから、万が一の対策としてオーレリア側から特に要請されたものであった。

 かくしてカルロスは、派遣第一陣としてプナ平原に降り立つに至ったという訳である。首都奪還に備えた第二陣派遣ではSu-27『フランカー』シリーズで編成された部隊の派遣も決定されており、並々ならぬゼネラルの注力を感じさせる体制となっていた。

 

 轟音、濛々と立ち込める土煙。地に降り立った『アパリス』から降りた人影は、傍らのオーレリア兵士に携えた書類を手渡し、一礼して踵を返す。巡らせた頭にこちらを認めたのだろう、ヘルメットを外してこちらへ歩み来るその姿は、ニムロッド隊の2番機たるアレックス・ウルフのものだった。カルロスと同時にプナ基地へ着任したのち、西に位置するパターソン港に到着し組み立てられた『アパリス』を空輸すべく、昨晩からパターソンの野戦飛行場へ赴いていたのである。

 東方戦争から既に10年、当時18歳だったアレックスも今や28歳となり、経験・技量ともに円熟期を迎え、一人前の傭兵として成長していた。

 

「カルロス隊長、ただいま戻りました。受け取り予定のパイロットは不在とお伺いしましたが…」

「ああ、数時間ほど前に出撃していった所だ。…あれ一人でオーレリア軍は持っているようなものだから、無理もないが」

 

 想起した先の光景に、頭は自然と東を向く。

 

 先にオーレリアは国土の9割を占領されたと述べたが、殊軍事面に関してこの事実は非常に深刻であった。戦力の損耗もさることながら、国土の失陥とはすなわち本来命令を下すべき指揮系統の喪失をも意味するためである。事実、唯一残存したオーブリー空軍基地は指揮系統を――それどころか当の基地の幹部級すらほとんどを失い、戦況を俯瞰して指示を下す人間が一切不在となってしまっていたのだ。

 この状況をひっくり返したのが、件のオーブリー基地の航空部隊の指揮官だった人物である。外様ゆえにその本名は教えられていないが、『グリフィス1』のコールサイン、あるいは『南十字星(サザンクロス)』の綽名でもってその人物は知られていた。

 一小隊長に過ぎない人間でありながら、その手腕は出色と評せざるを得ない。旧式機の航空部隊に若干数の陸戦部隊。数少ない手札を最大限に活用した戦略的判断を行い、パターソン港を始めとした要衝の奪還まで巻き返すことに成功したのである。オーレリアの兵から聞いたところによると、現在では空軍の小隊長を務める傍ら、オーレリアの残存部隊を糾合しそれぞれの戦略的方針を定める総指揮官としての立場も兼任しているとのことだった。

 

 今回空輸した『アパリス』は『南十字星』の乗機となる予定だったが、その到着を待つまでもなく出撃して行ったのも、このようなオーレリア軍内での事情を踏まえての仕方のないことだったのだろう。総指揮官である『南十字星』の停滞は、ひいては軍そのものの停滞にも繋がるのである。

 

 余談ながら、『南十字星』は昨晩夜半から連続で出撃を行っていた。昨晩から出撃した先はオーレリア本土から南東の海上に位置する極地の諸島群、ターミナス島である。数日前までレサスの超兵器である航空要塞『グレイプニル』が本拠としていた島であり、現在は氷に覆われた駐屯地にレサス艦隊や対潜哨戒機などの部隊が駐留している筈であった。

 本来であれば『グレイプニル』が離れた時点で戦略的価値はほぼ無くなった拠点であるが、秘密裏にここターミナス島から『グレイプニル』開発に携わった技術者の亡命の打診を受け、『南十字星』は陽動とオーレリア艦隊支援のために出撃していったという訳である。オーレリア空軍は『グレイプニル』の有する新兵器に辛酸を舐めさせられた経験もあり、ここでの技術者確保は『グレイプニル』攻略に繋がるものとして重要視されたのだ。

 時間間隔が狂う白夜の下での戦闘。体力を消耗したに違いないにも関わらず、『南十字星』はプナ基地への帰還後、すぐさま燃料弾薬を補給し出撃していった。なんでも東の要衝であるサンタエルバ方面へ向けレサス陸軍部隊が撤退を始めているらしく、それへの追撃なのだという。劣勢を覆すのには仕方のない事だが、それにしても時間を問わないその働きぶりは頭の下がる思いだった。

 

「『グレイプニル』を前面に押し出したレサス軍の電撃作戦は相当に急だったようだが、脆さが出た格好だな。補給路の構築や散在した部隊の連携がままならず、『南十字星』の揺さぶりに翻弄されて各個撃破されている。戦略決定権が一人に集中しているのも、速攻を行う上では効果的だろう」

「確かに、守勢に回ってからレサス軍は後手に回り続けています。この調子では、首都グリスウォール奪還もそう遠くはないのではないでしょうか?」

「…どうだかな。グリスウォールはオーレリアの北の端、おまけに今やレサスの首魁、ナバロ将軍のお膝元だ。ベルカ戦争時のスーデントールよろしく、相当に防備が固められていてもおかしくはない」

 

 オーレリア軍による逆電撃戦を目にしたアレックスが、やや興奮気味に口にする。過去、窮地に陥る国々を目にして来た経験から、カルロスが返した言葉はいささか懐疑的な気配を帯びていた。

 

 これまでが順調だったからといって、今後もとんとん拍子で進むとは限らない。態勢を整えたレサス軍が防備を敷くことは当然である上、その拠点となる要衝も首都グリスウォールまでに複数が存在しているのだ。

 地図を概観すれば、その現状と課題は見えて来る。

 オーレリアの国土は、概観してほぼ方形となる南部と、その右半分からオーシア方面へ向けて北東に延びる細長い首が組み合わさった形に見て取れる。プナ基地は方形の左端中ほどからやや内陸へ入った辺り、当面の目標である要衝サンタエルバはその対称に当たる右端中ほどというべき位置にあった。

 仮にサンタエルバ奪還が達成されたとしても、『首』のほぼ先端に当たるグリスウォールまでの道のりは長い。『首』の根本には河川が流れる森林地帯が、中ほどには峻厳なネベラ山脈が広がっており、地理的に首都グリスウォールを隔てているのである。特に前者は旧オーレリア軍最大の空軍基地であったスキャナ空軍基地を擁しており、レサス軍の抵抗やサンタエルバの逆占領を担う足場として最重要の拠点と言っていいだろう。地理的、戦力的な以上の条件を踏まえて、GRDF首脳部もグリスウォール奪還は早くて8か月後と踏んでいた。

 

「GRDFの第二陣が到着するまでに、スキャナ基地かネベラ山脈の観測基地攻略で一仕事もあるだろう。いずれにせよ、レサス軍がこのまま逼塞するとも思えん」

「……あの、カルロス隊長」

「何だ」

「その…隊長は、確かレサスの出身とお伺いしました。……辛くは、ありませんか?」

「………」

 

 潜める声、歯切れの悪い口調。不意に変わった気配にアレックスへと目を向けると、アレックスは目をやや伏せ、恐る恐るといった様子で口を開いた。

 アレックスの言う通り、カルロスはレサスの出身である。内戦と混乱真っただ中のレサスで少年時代を過ごし、当時要請を受けて派遣されたニムロッド隊に半ば懇願する形で雇用を申し込み、そのままレサスから連れ出して貰ったという経緯があるのだ。

 以降、カルロスはレサスに戻ることなく諸国を転々とする。事の真相を知るのはレサスに残ったカルロスの兄ただ一人であり、戸籍上でもカルロスは行方不明の扱いとされた。

 当時としては往々にしてある出来事でもあり、実際にそうせねばならない事情もあったと言える。カルロスは6人兄弟の次男であり、父は内戦の中で戦死。日々の生活にすら困窮するグロバール家としては、口減らしがてら海外への出稼ぎで金を稼ぐ以外に取るべき手が無かったのである。事実カルロスも給料の多くを兄の元へと送っており、出稼ぎ労働者としての役割は十分に果たしていた。もっとも内戦終結後も家の生活は苦しいらしく、数年前には兄から仕送りの増額を請う電報も受け取っていた。相当に困窮していたのか、どこかよそよそしく急を求める文面が今でも記憶に残っている。

 

 沈黙、数瞬。それを悪い意味に受け取ったらしく、アレックスは目を伏して頭を下げた。

 

「………申し訳ありません。隊長の気持ちも考えず、無礼なことを…」

「いや、いい。仕事に私情は持ち込めん。……それに」

「…?」

「俺自身、不思議と辛いという思いが湧かないんだ。レサスにいた時間より傭兵として戦場を駆け巡っていた期間の方がよっぽど長く、レサスにいた頃の記憶も楽しかった思い出はほとんど錆びついて残っていない。冷淡な人間だと笑ってくれて構わん」

「い…いえ!そんな、決してそんなことは!故郷への想いも人それぞれでしょうし…!」

 

 慌てたアレックスが、見るも見事に狼狽しながらフォローの言葉を接ぎ紡ぐ。生真面目に過ぎるその様に、カルロスは思わず苦笑を履いた。

 思い返せば確かに、レサスにいたころの記憶で楽しかったものといえば数えるほどしか覚えていない。多くは空腹の記憶であり、街中でも聞こえる悲鳴と銃声であり、銃を携え巡回する迷彩服の男達であり、狭い家の隅で身を寄せ震えていた記憶である。それを思えば、レサスを連れ出して欲しいと切り出したのも口減らしや出稼ぎといった殊勝な心ではなく、単に現状から逃げ出したいという退き足の意思だったのかもしれない。死と隣り合わせの傭兵生活で母国を省みるゆとりもなかったと言えば聞こえはいいが、結局のところ国という存在に根を張らない傭兵稼業を続ける中でレサスの人間という意識が自然と削ぎ落ちてもいったのだろう。事実、これからレサス軍との戦争に参戦するに当たっても心の中に引け目はさらに感じられず、我ながらなんと冷淡なことだと呆れる程だった。

 

 わずかに笑んだカルロスの顔に、きょとんと硬直するアレックス。そんな早朝の穏やかな光景は、司令部棟から走り寄ってくる人影によって脆くも断たれることとなった。灰色系統のオーレリア軍服から察するに、おそらくは司令部付きのスタッフという所だろう。

 戦場の到来を告げる男の声は若く、同時に不慣れな状況下で憔悴しきった色を帯びていた。

 

「き、緊急出撃要請です!GRDFニムロッド隊は、ただちに出撃準備に入るように、とのことです!」

「何があった?」

「分かりません。詳細は通信を介して令達するとのことです!」

 

 任務すらきっぱり不明と言ってのけた若いスタッフに、アレックスがかくりと躓く。任務や目標すら不明とあっては、兵装選択すらままならないではないか。よほど重大な案件が生じたか、不慣れな状況で基地全体が混乱しているのだろう。

 こうあっては仕方がない。会話を打ち切ったカルロスとアレックスは、やれやれ、と呟き残して、それぞれの乗機へと向かっていった。 

 

「緊急出撃だ。兵装そのまま、増槽3本。エンジン立ち上げ急げ」

 

 GRDFのスタッフからヘルメットを受け取り、カルロスはコクピット横のタラップへと脚をかける。

 後退角を帯びた切り欠き三角翼、主翼の半分にやや優る水平尾翼に、2枚の垂直尾翼。F-15『イーグル』シリーズに似た外見こそ持っているものの、そのサイズは一回り小さく、主翼前縁からコクピット横まで伸びるLREXの存在が『イーグル』との相違を鮮明に際立たせている。

 MiG-29M1『ファルクラムE』。ゼネラルリソースに所属を移し、新生したニムロッド隊の新たな機体。主翼端を黒く染め、尾翼に蝙蝠のエンブレムを刻んだその機体へと、カルロスは脚を上げて乗り込んだ。

 機体制御システム、電源オン。通信回線確認、状態良好。操作系にも異常なし。状況自体が不明なことを除けば、異常な点は見当たらない。

 

「こちらニムロッド1、出撃準備を進めつつある。司令部へ、何があった」

《…あっ、失礼しました。こちら司令部『クラックス』。前線の隊ちょ…『グリフィス1』より通信があり、サンタエルバ方面よりレサスの航空部隊が南下、海上へ出たとのこと。沿岸部レーダーがその後の針路を捕捉した結果、ターミナス島からパターソン港へ航行中の潜水艦『ナイアッド』への攻撃を企図している可能性が生じました。沿岸部に残るレサス残党も、小型艦艇を出撃させたとのことです。ニムロッド隊のお二方はただちに出撃し『ナイアッド』に合流、友軍勢力圏下への離脱まで護衛に就いて下さい》

《…潜水艦ならば潜航すればいいのでは…?》

《あ、すみません。説明が足りませんでした。本日未明の作戦で『ナイアッド』は機雷に接触し、現在潜航能力を失っています。友軍も護衛艦艇を割く余裕が無く、現在は単艦で洋上航行中になります》

 

 こちらも不慣れなのか、『クラックス』と名乗る通信の声は、要領を得ない冗長な作戦指示を耳元に寄越す。ひとまず状況を整理すれば、地点はターミナス島沖合からパターソン港間の洋上。来襲が予想される敵航空機および小型艦から潜水艦を防衛せよ、という所だろう。遮蔽物が少ない洋上に加え、高緯度となるターミナス島付近は白夜を迎える地帯であり、敵の捕捉はそう難しくはないに違いない。

 現在、MiG-29M1に装備された兵装は短距離空対空ミサイル(AAM)4発に20連装の無誘導ロケットランチャー(RCL)が2基。敵の兵力を踏まえれば、現状で問題は無いと判断された。

 

「ニムロッド1了解した。離陸後、合流予測地点の座標を送られたし。これより離陸に入る」

 

 ブレーキを緩め、車輪は徐々に土を蹴って円を巡る。

 ヘッドマウントディスプレイ(HMD)、表示異常なし、感度良好。エンジンの立ち上がりは低温もあってやや鈍く、様子を見ながら徐々に回転数を上げていくしかないだろう。

 むき出しの地面、その上で徐々に滑走を速めていく『ファルクラム』。黒翼は風を孕み、揚力を受けて、飛び立つその時を待っている。

 離陸(テイクオフ)。脳裏がタイミングを計ると同時に、カルロスは操縦桿を手前へと引く。

 小柄な機体はふわりと風を得て、朝の白い光へと舞い上がった。

 

******

 

「こちらオーレリア空軍隷下ニムロッド1。『ナイアッド』、これより護衛に就く」

《こちら潜水艦『ナイアッド』。話は聞いているよ。護衛、感謝する》

 

 白々と光を帯びる太陽が、凍てつくような果ての空を照らしている。

 

 眼下には、ぽつりと浮かぶ潜水艦の細長い艦影。そこから響く間延びしたようなオペレーターの声は、ともかくもターミナス島から脱出を果たした安心感によるものだろうか。海上には流氷も他の艦影も見当たらず、まさに大海のさ中に浮かぶ漂流者と言って良い風情だった。

 

 航行中に聞いた『クラックス』の言によると、『ナイアッド』には件の『グレイプニル』に関わった研究者が乗っているのだという。オーレリアにすれば侵略の先鋒だった『グレイプニル』の攻略は必要不可欠であり、レサスとしても『グレイプニル』の喪失はオーレリア攻略の要を失うことと同義になる。オーレリアがなけなしの艦隊を派遣してまで確保に固執するのも、レサスが撤退を始める中で追撃部隊を送り込むのも、当然と言えば当然だった。

 

《上空の護衛機へ、早速だが敵性反応を感知した。方位095、距離7000に小型の機影4。レサスの追撃機と思われる。こちらは潜航も、まして迎撃も不可能だ。空対艦ミサイル(ASM)を撃たれる前に対応を求む》

「ニムロッド1了解。ニムロッド2、上空護衛を引き継げ。こちらは敵編隊への迎撃を行う」

《ニムロッド2、了解しました。お気を付けて》

 

 間延びした独特のイントネーションのまま、周辺を監視していた『ナイアッド』が急を告げる。方位は東、機数は4。方位から察するに、『ナイアッド』の予想の通りサンタエルバ方面から飛来した攻撃機というのが妥当だろう。ただでさえ装甲の薄い潜水艦ならば、空対艦ミサイルの一撃で容易に撃沈するであろうことは想像に易い。

 

 操縦桿を引き東へと舵を切って、カルロスは乗機『ファルクラムE』を敵機の方向へと向けた。あいにく長距離戦に適したミサイルは搭載してきていないものの、『ファルクラム』の運動性ならばある程度の機体は短距離AAMでも相手取れる。

 

「距離7000…あれか」

 

 彼方の正面。光を背に、黒い染みのような点。

 逆光まばゆい東の空中に、カルロスの目は求める機影を捉えた。高度にしておよそ1200、こちらからは約1000ほど低い。互いに相対する針路でもあり、その距離は6000を、5000を、4000を瞬く間に割っていく。

 安全装置解除、レーダーレンジをコンバットモードへ移行。過去に乗った数々の機体と比べ段違いに優れたレーダーを搭載する『ファルクラムE』は、交戦域外の遠距離でも敵の様子を明確に教えてくれている。

 HMD上には、迫る機影に重なるように囲う緑色のシーカー。先頭の1機はF-15C、残る3機はF-15Eと見て取ることができた。攻撃隊の本命は3機の『ストライクイーグル』と見ていい。

 

 増槽を捨て、操縦桿を右、次いで手前へ引き、背面降下の形で機体を急降下させる。眼下では敵編隊の先頭、護衛と思しきF-15Cが増槽を捨て、縦方向への巴を描くようにこちらに相対する様が見て取れた。『イーグル』はこちらの針路へ割り入るように、鼻先を向けて上昇しながらヘッドオンの体勢へと入っていく。

 

 彼我の火力、搭載機銃の精度、そして横方向への運動性を加味するに、ヘッドオンでのF-15CとMiG-29M1は五分。しかし、こちらは1機でも突破を許せば負けである。カルロスは真正面から勝負を挑む愚を犯さず、射程距離ぎりぎりの位置からAAMを1発放ち、操縦桿を引いて早々に真正面の撃ち合いから手を引いた。

 

 フレアを放ち鏃をいなした『イーグル』が、なおも正面を狙い接近する。

 距離400、こちらの鼻先を狙い放たれる機銃。操縦桿を左へ倒し、同時にスロットルを絞って速度を殺して、曳光弾の筋を右翼側へといなす。放たれるAAMも、『ファルクラム』の尾を掠めることは叶わない。

 轟音、一瞬。

 F-15Cの大柄な機体を傍らに掠め、カルロスはなおも急降下を続けた。狙いはもとより視線の先、3機編隊を組むF-15E。

 

 操縦桿を引いて機首を引き起こし、敵編隊の斜め上後方で平衡を取り戻す。距離にしておおよそ1000、AAMで狙うには一歩遠い。しかしこれ以上踏み込めば、ミサイルアラートを感知した敵機はその時点で編隊を崩す。『ナイアッド』まで距離が無い以上、不慮の突破を防ぐためにも乱戦は避けたかった。

 兵装変更、無誘導RCL。HOTAS概念を導入し多様な機能を集約された操縦桿は、片手だけで兵装の変更をも迅速にこなしうる。HMD上の兵装コマンドがAAMからRCLへ切り替わると同時に、正面に表示されていたレティクルもまた二回り大きな緑色の円へと姿を変えた。

 ロケット弾の散布域を示す円を覗き込み、カルロスはおおよその狙いを定める。

 眼下に敵編隊を控え、狙うはその進行方向。弾頭の炸裂範囲を見越し、荒れ狂う弾雨の中に自ら飛び込むであろう距離。

 

 距離にして900。

 敵編隊が散開すると同時に進行方向へと放たれたロケット弾は、左右よりしめて12発。炎の尾を曳くそれらは『ストライクイーグル』の翼を掠めると同時に、信管を作動し立て続けに炸裂した。

 

「怪我の功名というのはまさにコレか。護衛任務に使うことは無いと思っていたが…」

 

 破片の散布域を避けるため、カルロスの『ファルクラムE』はわずかに上昇したのち敵編隊の真上でロールし、天地を(さかしま)に見下ろす。それぞれの方向に爆炎を抜けた3機は、依然健在ながらもそこここに破片を突き立て、薄く煙を曳く無残な姿になり果てていた。左翼側へ抜けた1機などは右の垂直尾翼をほとんど失い、キャノピーにも亀裂が入っている。

 

 今回カルロスの『ファルクラムE』が装備していたのは、サーモバリック弾頭に近接信管を組み合わせたものである。サーモバリック弾頭とは、平たく言えば固体の化合物を使用した燃料気化爆弾の一種であり、爆薬の体積に比べて高い威力と爆風、凄まじい音響を発生する特徴がある。もとより直撃を狙うものではないため対戦闘機相手では威力こそ劣るものの、破片と爆風による機体そのものへの損傷はけして無視できないものであった。まして、極近距離で轟音を、それも連続で受けたパイロットが果たして無事でいられたかどうか。

 

 もっとも、RCLそのものが無誘導兵器の域を出ないものであるため、本来は歩兵や非装甲目標、目いっぱい見積もってせいぜいヘリ相手に用いる兵装である。今回は敵編隊が『ナイアッド』への距離を詰めるのに専心し、ぎりぎりまで編隊を保っていたことが利した格好であった。

 

 眼下をよろめく敵機、海を指して落ちてゆく破片。

 瞬間、見下ろすカルロスの背を穿つようにロックオンアラートが耳元で鳴り響いた。

 

 機体を水平へ戻し、カルロスは操縦桿を握りながらスロットルを上げてゆく。

 警報、ミサイル。後方より2発。レーダー上でおおよそ1600はある敵との距離からして、高機能中距離空対空ミサイル(XMAA)を放ったに違いない。

 

「あくまで攻撃は諦めんか!」

 

 舌打ちするように言い放ち、カルロスは操縦桿を左手前へと引く。

 徐々に乗っていく速度、フライ・バイ・ワイヤを介した高い反応性。左上方へと旋回した『ファルクラムE』はカルロスの手捌きに従って鋭く右へと切り返し、ロールを交えて螺旋を描いてゆく。

 背後に迫る1対は螺旋を追うこと叶わず、慣性と自らの速度の虜となって、彼方へと飛び去って行った。

 

 カルロスはちらりと振り返り、彼我の位置と距離を見定める。

 F-15Cはこちらのほぼ真後ろ、距離はやや縮んで1300。その速度と機動から察するに、短距離AAMを用いた格闘戦に持ち込もうという意図は明白だった。

 F-15C『イーグル』といえばかつて目にした『円卓の鬼神』の愛機であり、同世代機の中でも最優と称される機体である。大型の機体でありながら空力特性とエンジン出力を活かした格闘戦にも強く、F-22『ラプター』の登場まで長らく最強の戦闘機とされてきた。

 MiG-21bis、MiG-23MLD、そしてMiG-21UPG。これまで乗って来た機体では到底敵う相手ではなく、何かしらの戦術を打たない限り今の状況は『詰み』であった。まして、今は朝。身を隠す雲も闇も無く、眼下は海である以上利用できる地形も無いならば、勝敗は自ずと明らかと言っていいだろう。

 

 しかし。

 そう言外に呟いて、カルロスは操縦桿を右へ、次いで手前に引く。鋭い機動でミサイルを避け、高い反応性で機銃の射線を躱しながら、上昇した機体はすぐさま反転して急降下に入った。

 

 しかし、そう。今の手元には、このMiG-29M1『ファルクラムE』がある。

 急降下から引き起こし、すぐさま左旋回。レーダーで敵の位置を確認しつつ、こちらの予測進路目掛け加速したのを確かめてから右へと切り返し。『イーグル』の加速性能と出力を逆手に取り、その隙を伺ってゆく。その様は傍目から見れば、猛牛の突進を紙一重でいなす闘牛士の身ごなしにも近い。

 戦闘の要諦は、いかに敵を自らの土俵へ持ち込むか。これまで旧式機で戦わざるを得ず、戦術での勝負を強いられたがゆえに、カルロスはそのセオリーを学び、かつ徹底した。

 読むのは空気、機動、彼我の長所。『ファルクラムE』の長所とはすなわち運動性であり、軽量で小回りに優れる点であり、反応性の良さである。――ならば、狙いは一点。

 

 幾度の切り返しで翻弄したのち、カルロスは右ロールで機体を上下反転させる。

 急降下の前兆――。ちらつく赤布を意識の外にしたかのように、『イーグル』は急降下するであろう『ファルクラム』の下方へと照準を合わせて直進した。急降下は、すなわち左右への機動が鈍る降下でしかない。ならば、その入り際を狙い打つのは容易と言わんばかりに。

 

 待つこと、二拍。敵の速度と進路を見定めたカルロスは、その瞬間に機体を右側へとロールし一回転。水平へ戻ると同時に機首を上げ、機体を僅かに上昇させた。

 狙いを外され、加速しつつ緩降下に入る『イーグル』。その頭上で、上昇し速度を殺す『ファルクラム』。素早く操縦桿を前へと倒すと、眼下にこちらを追い越し無防備な頭上を晒すF-15Cの姿が照準のさ中に捉えられた。

 

 空戦機動の一つ、縦方向への機動とオーバーシュート誘発を絡めたロー・ヨー・ヨー――その小半径版。

 兵装選択をAAMに戻したカルロスの眼前で、『ファルクラム』の機動に絡め取られた『イーグル』は無慈悲にミサイルシーカーへと捉えられた。

 

「FOX2」

 

 放つAAMは1発。眼下の『イーグル』は身を捩るように左へ旋回し、同時にチャフとフレアを放出してその矛先を躱してゆく。

 隙は、その機動。そして主たる人の心。

 回避しおおせたと錯覚し一瞬鈍った機動を穿つように、カルロスは機体を加速させ、一投足の位置から引き金を引く。

 旋回し投影面積を増大させた『イーグル』に回避の術はなく、30㎜口径の弾丸に心臓たるエンジンを貫かれ、赤い炎に包まれていった。

 

 削ぐように墜ちてゆく尾翼、白い空を汚す黒い煙。先のRCLで計器類を損傷したのか、3機のF-15Eは東を指して、既に空域を離れつつある。

 あとは、確か情報では敵の艦艇が接近中だったか。

 周囲に敵影がないことを確かめ、カルロスはレーダーレンジを索敵モードへ切り替えながら、手元のボタンで通信を開いた。

 

「こちらニムロッド1、敵編隊の迎撃に成功した。周囲に他の敵性反応なし。ニムロッド2、そちらはどうだ」

《こちらニムロッド2、『ナイアッド』は無事です。友軍の増援もあり、接近中の敵艦艇は排除されました。他に脅威は存在せず》

「増援?…了解した、そちらに合流する」

 

 事前に無かった増援の情報に、カルロスは首をひねる。よほどに状況が混乱していたのか、それとも単に『クラックス』が情報を把握していなかったのだろうか。

 疑問を胸に、カルロスは『ファルクラム』を西へと駆けさせる。右手に艦艇の沈没跡らしき黒煙の筋を確かめ、彼方に『ナイアッド』を認め――同時に、その疑問は氷解した。

 

 数が、増えている。海上には、『ナイアッド』を囲うように駆逐艦が2隻。空にもアレックスの『ファルクラム』の他に機影が3つ増え、当初の寡勢が嘘のような光景となっていた。

 距離を詰め、アレックスの隣へと機体を向ける。合流していたオーレリアの機体は2機のF-16Cと、群青の塗装を施され、尾翼に南十字星と鷹のエンブレムを刻んだF-4E『ファントムⅡ』。

 

「『南十字星』…」

《ニムロッド隊の合流を確認。これで、レサス追撃部隊の排除を確認しました。隊長、そろそろプナへ戻って休んで下さい》

 

 通信には、安堵を帯びた『クラックス』の声。傍受を警戒してか、『ファントムⅡ』は眼下の駆逐艦へ向けて光信号を送ったのち、翼を翻して北の方へと飛んでいった。

 

「…一体、何が…」

《レサスの追撃部隊が発進したのを知って、『南十字星』が急遽増援を編成して派遣してくれたようです。まさか、本人が駆け付けるとは思いませんでしたが》

「……なんと、まあ」

 

 アレックスの説明に、カルロスは今度こそ心底から呆れ声を上げた。

 アレックスの話を踏まえるに、どうやら『南十字星』は敵の進発を確認した時点でサンタエルバ方面での戦闘を切り上げ、パターソン港へ直行したようである。停泊中の艦隊から一部を割いて『ナイアッド』護衛に進発させると同時に、自らはそのまま南下。沿岸警備隊と連絡を取り合って敵のミサイル艇を捕捉し、僚機と連携し撃退したのちに『ナイアッド』に合流したというのが、事の真相のようであった。

 

 呆れたパイロット――それが、カルロスの包み隠さぬ評価だった。

 これまで、比類ない技量を持つパイロットは何度も見て来た。『円卓の鬼神』、ベルカのヴァイス隊やゲルプ隊、アルベルト大尉にフィオン。『リボン付き』、そしてハルヴ隊。いずれも、個、あるいは小隊単位で、戦場をひっくり返す力を持っていたと言っていい。

 しかし、『南十字星』はこれらのいずれにも属さない極めて特殊なパイロットである。

 戦場ではなく戦争を俯瞰し、三軍の垣根を超えて増援を差配し、地上とも連携を取って任務を達成する。戦場では無く戦争を動かすという点で言えば、もはやその存在は一軍の総司令に匹敵するのではないか。

 

 空は、広い。変わりゆく世界の果てでも、絶望のさ中にある国でも、綺羅星のように輝くこんな人間がいる。

 

 目元のバイザーを上げて、カルロスは『南十字星』が去った北の空へと目を向ける。

 雲なき空、白夜の残照が残るまばゆい光。

 バイザー越しの光景に慣れた目には、その光が少し眩しかった


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