Ace Combat side story of 5 -The chained war-   作:びわ之樹

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第35話 ‘ガルム’救出作戦(後) -三日月(メッザ・ルーナ)Ⅱー

「こちら『ハルヴ』。サヤカ、聞こえるか。状況に変化があれば教えてくれ」

 

 抜けるような蒼天が頭上を覆い、通信に向けたその声すらも虚空へと呑み込んでゆく。

 眼下は、徐々に険しさを増す峻厳な岩山と、その肌を覆う雪の幕。生命の息吹一つない殺風景な景色、そして僚機すらいない孤独な空は、嫌が応にも心細さを倍加させる。空そのものは仲間と飛んだこれまでと変わらないというのに、空がこんなにも広く冷たく感じるのは初めてのことだった。

 

 凍天の虚空に、『三日月』一つ。仲間がいないというのは、こんなにも心細い。不意に生じたその思いは、今自らの双肩に重くのしかかった責任と、けして無関係ではないだろう。

 成功の目の薄い、賭けにも近い作戦。失敗すれば、自分はもとより切り札となりうる『ガルム』の二人の命も、救援に駆け付ける『シーゴブリン』の命も消えてしまう――自分の働き一つが、十数人の命を左右するというのだから。

 

 コクピット内の気温が下がる。体の震えは武者震いだと信じたい。

 未だ返事の返ってこない通信に、エリクは再び口を開いた。怯みを拭い勇気を振り絞るためにも、今は人の熱を、息遣いを感じたかった。

 

「おい、聞こえるかサヤカ。応答せよ」

《失礼しました、情報集約に手間取り対応が遅くなりました。はい、こちらサヤカちゃんがルーメンよりお送りしております。いかがなさいましたか?》

「いつも通りの調子に戻ったみたいだな。その方がお前らしくて心強い。…情報をくれ。こっちの敵の状況と、『ラーズグリーズ』の現状を頼む」

 

 臆面もなく人を食った相変わらずの言葉選びに、エリクの口角から思わずふっと笑みが零れる。

 先ほどの出撃強行の際には不安げな様子を見せていたサヤカだが、幾分時間を置いて肝を据えたらしい。その声音には落ち着きを取り戻し、いつもの不敵さすら垣間見えるようになっていた。

 

 ぐっと籠る、サヤカの息。その意味を、エリクはついぞ察さぬまま。

 

《…はい、まずグラティサントのベルカ残党ですが、現状動きは見られません。前回のブリーフィング以降も増援は確認されておらず、おそらく戦力は前回提示した通りかと思われます。海兵隊『シーゴブリン』は先行して空母『ケストレル』を発艦し、あと1時間半ほどで到着の予定です》

「了解。『ラーズグリーズ』は?」

《『アークバード』迎撃のため、こちらも『ケストレル』を発艦した模様です。『アークバード』の大気圏接触時刻から推測すると、接敵予定位置はセレス海上空…交戦時間と往復の距離を考えると、やはりこちらの状況には間に合わないでしょう》

 

 サヤカの言葉に応じるように脳内で地図を描き、ラーズグリーズ隊の進路を推定する。母艦『ケストレル』から見て、グラティサント要塞は南東。一方、『アークバード』が高度を下げるという迎撃ポイントはオーシア連邦西方のセレス海であり、方向としては真逆である。詳細な交戦エリアまでは定かでないものの、セレス海からグラティサントまで行こうとすればゆうに2時間はかかるだろう。ガルムの二人の移送予定が正午であることを踏まえると、到底間に合いはしない。

 すなわち、戦力として数えられるのは、やはり自身ただ一人。操縦桿に力を籠め、湛えた思いは半ば無意識に言葉を強めた。

 

「……だろうな。今更一人なんて覚悟の上だ。『俺が』何とかするしかない」

《…エリク様》

「ん?」

《戦場を隔てても、我々には『ラーズグリーズ』や『シーゴブリン』がいます。後ろにはわたくしも。それだけは、どうかお忘れなく》

 

 仲間。隔てても互いを支える、見えざる繋がり。

 感傷や善悪よりも商魂を第一とするサヤカの口から出た意外な一言に、それも常とはまた違う優しみの籠った口調に、エリクは一瞬呆気にとられた。

 

 だが、確かにサヤカの言う通りかもしれない。『アークバード』の撃墜はオーシア‐ユークトバニア間の戦争を治める上で不可欠であり、それはラーズグリーズ隊でなければ成し遂げられない。こちらの作戦にしても、サヤカや『シーゴブリン』の支援なくてはけして成功しないだろう。

 

 それに。

 エリクは視線を翻し、愛機『クフィルC10』の左翼を省みる。かつて灰色だった主翼を彩るのは、黒地に赤い翼端というラーズグリーズ隊を模した塗装パターン。そしてその上でも存在を示す、黄金色の三日月。一時は復讐に塗れながら、今こうして往時の輝きを取り戻した、ハルヴ隊の――仲間たちの象徴。

 

 そう。一人ではない。

 背を支える者がいる。経験として、自信として、自らの中に生きる仲間がいる。

 

「…そろそろ敵の警戒エリアだ。通信を切る」

《了解しました、エリク様。ご武運をお祈り申し上げております》

「――ありがとう、サヤカ」

 

 ぶつり。

 応じるサヤカの声を聞く前に、エリクは通信回線を閉じた。今はなぜか、その反応を聞くのが照れ臭かったのだ。

 

 大きく息を吸う。

 止めること、数秒。吐き出し、気を落ち着け、真正面を見やる。

 震えは、和らいだ。覚悟は決めた。後は、己の成すべきことをやるだけである。

 

「…さて」

 

 応じる者ない益体もない呟きは、しかしけして明るくはない。元々がラーズグリーズ隊ありきで構築した作戦である。それを一人でやるとなれば、それなりの作戦も必要だった。

 

 もう一度息を吸い、エリクは脳内でブリーフィング内容を反芻する。

 目標はグラティサント要塞跡地の中心部、エリア・ウォール。ガルム隊を収容している施設はここに設けられており、『シーゴブリン』の降下を妨害する対空兵器をあらかじめ殲滅しておかなければならない。

 加えて、防衛施設として付随するのがエリア・ガーデンならびにエリア・タワー。前者はSTOL機用の滑走路を、後者は円柱状に山頂を穿った独自のVTOL機発進基地を有しており、そのいずれもが鈍足なヘリにとっては脅威となる。すなわち、エリクは2つのV/STOL機基地と中央の対空火器、その全てを殲滅する必要があるのである。少数で何倍もの敵を相手取るという点では、さながらかつての『テュールの剣』攻防戦を彷彿とさせる状況だった。

 

 敵は多数、それに対しこちらはわずか1機。それを考慮し、今回は制限重量ぎりぎりにまで武装を搭載してきている。

 『クフィルC10』のハードポイントは9か所。うち外翼の4か所には無誘導爆弾(UGB)を1か所につき3基ずつ、計12発分搭載している。またその内側2か所には長距離対地ミサイル(LAGM)をこちらも1か所に3基ずつ、計6基。残る3か所には自衛用にIR誘導式空対空ミサイル(AAM)2基と増槽1つを提げる形であり、概して見れば対地攻撃に特化した兵装構成といえた。これでもかと爆弾やミサイルを積み込んだその様は、元々が戦闘攻撃機上がりの『クフィル』らしい姿と言えるだろう。

 

 こちらの手札は、これで全て。おそらく昔だったら、従前の計画通りエリア・タワーへと突っ込んでいた所だろう。

 だが、長くロベルト隊長の指揮の下戦い、サピンでカルロスの戦術にも触れて、エリクは不利を覆す戦略の重要性というものを徐々に身に着けるようになっていた。いかに敵を見、いかに不利を補って、勝利をもぎ取ってくるか。ただでさえ数で劣る今、戦略の巧拙は生死にも直結する。

 

 『戦場と敵の様子をよく観察して、弱点を見出せ』。脳裏に蘇るのは、ロベルト隊長の言葉。

 

「分かってますよ、隊長…!」

 

 考え、考え抜き、取る進路は直進。すなわちルーメンから向かう場合の最短経路となる、グラティサント要塞に北西から侵入するルートである。防衛施設であるエリア・ガーデンの真正面に当たる訳だが、ここを第一目標に選んだのには理由があった。

 

 選定の理由は至極単純、話に聞くエリア・ガーデンが攻撃に易い条件にあったためである。事前情報からするに、エリア・ガーデンは短い滑走路と地上施設を有する、一般的な航空基地としての枠に収まる姿だった。

 これに対し北東方向のエリア・タワーは地下に円柱状発進基地を有するという特殊なタイプであり、地上へ向け爆撃を行った所でさしたる効果は上げられないと推定されるためである。発進部として地表に設けられた開口部へピンポイントに爆撃できれば一網打尽も可能だろうが、ジェット戦闘機での急降下爆撃など元よりナンセンスであるし、水平爆撃を確実に決められる自信も無い。

 それならば、滑走路を破壊することで無力化がしやすいエリア・ガーデンを先行して叩く方が確実というものであろう。いずれにせよ遅かれ早かれ察知はされるのだ、一方の数を減らしてから、逐次エリア・タワーの迎撃機と戦う方が危険性は低い。

 

 高度を下げる。

 両側に稜線が迫り、岩肌が主翼を掠める。矢のように飛んで行く外の景色は、その分だけ『クフィル』が速度を孕んでいることを物語っていた。

 眼前、進路を塞ぐ岩の壁。フットペダルを踏んだまま、エリクは躊躇わず操縦桿を引き、機首を上げて山脈の稜線上に出た。『シーゴブリン』との連携といいガルム隊の移送時刻といい、今はひたすら時間との勝負。迂回しベルカのレーダー網をくぐることも不可能ではなかったが、今はただその分の時間が惜しかった。

 

「…見つかったか!」

 

 鼓膜を低く揺さぶる、ヴーという電子音。レーダー波被照射中を示すその警告音は、さながらベルカ残党の視線のごとく機体に纏わりついてくる。

 もはや、猶予はない。爆弾を大量に積み込み重くなった機体に鞭打つように、エリクは更に『クフィル』を増速させた。纏わりつく音を振り払うように、槍で隙を穿つように、黒地の三日月は一直線に目標へと飛翔してゆく。

 地平線の先。ぽつぽつと見える方形の人工物は、目指すSTOL基地の施設に違いない。そしてそのわずかに上空、一つ二つと見える小さな影は、早くも離陸した迎撃機と見て間違いなかった。

 

「流石にそこまで油断しちゃくれないか…!」

 

 右目が敵の姿を、亡くした左目に代わり『クフィル』のレーダーが機種を捉える。まだ距離が遠く立体感が掴みにくいが、ヘッドアップディスプレイ(HUD)上の表示はいずれもYaK-38『フォージャー』。かつてラティオ前線でも見たものと同機種と見て間違いなかった。距離にして概ね3000、数秒もあれば敵基地の上空には到達できる。

 

 前の乗機であった『ダガーA』とは異なり、『クフィルC10』は操縦桿とスロットルレバー上のボタンで兵装変更が可能なHOTAS概念が導入されている。エリクは操縦桿を握ったまま人差し指と中指で手早くボタンを操作し、使用兵装の変更を指示した。

 

 兵装、両主翼外部ハードポイントのUGB、2基6発。

 ピピッ、という電子音とともに兵装変更が承認され、正面のHUDに投下ポイントを示す緑色の円が映し出される。速度の上昇とともにその円もまた生き物のように位置を変え、爆炎が禍を及ぼす領域を絶えずエリクに教え続ける。

 

 距離、2500、2000。

 正面の敵機がこちらへ鼻先を向け、迎撃の姿勢を示す。地表からは、早くも3機目がまさに舞い上がりつつある。

 YaK-38はセミアクティブ空対空ミサイル(SAAM)高機動ミサイル(QAAM)を積めたか、どうだったか。記憶に定かではないが、時間と状況を考えるとこのまま突っ切る他に無い。時間が経てば経つだけ、迎撃機が増えてこちらは不利になるのだ。

 

 1600、1200。その後方の滑走路まではさらにプラス300。

 左右両翼、別れた2機が挟撃の隊形に入る。

 過去にも見た戦術。こちらの鼻先で火戦を交差させ、攻撃を阻むとともに確殺する積りに違いない。

 迫る。

 まるで鋏のように、左右斜めから2機が迫る。

 距離1000。900。

 今。

 

 機を計ったエリクは、心中で呟いた瞬間に操縦桿を引き、同時に増槽を捨てた。

 

 機体下方に爆ぜる爆炎。殺到する曳光弾とミサイルアラート。

 敵弾で爆発した増槽が、AAMを引き付ける。焔の残滓を振り払うように、『クフィル』は機首を上げて上昇する。

 がちり、と鳴る兵装ボタン。

 機体から放たれ重力と慣性の虜となったUGBは、放物線を描いてYaK-38の頭上をすり抜け――滑走路上に足跡を刻み、離陸中の1機もろとも爆炎へと包んでいった。

 

「…ちっ!まだ残ったか!」

 

 機体を右へ傾け、エリクは通過ざまに燃え盛る滑走路を見下ろす。

 UGB6発を集中的に投下した威力はすさまじく、直撃を受けた1機は跡形もなく破砕。離陸中の1機も半身を焼かれ、もはや戦闘機としての体を成さなくなっていた。滑走路も半壊し、もはや着陸に用いることは不可能だろう。

 だが、それでも単機の火力では難があったのか、焼け残った領域には無傷の回転翼機が2機残り、そちらへ乗員が走り寄る様が見て取れた。機種は定かではないが、ヘリでも種類によってはAAMを搭載できる。以前ヘリとの交戦で辛酸を舐めた記憶を思い出し、エリクは操縦桿を引いてすぐさま反転に入った。

 

 だが、重い。UGB6つと増槽を捨てたとはいえ、普段の対空装備より遥かに重量を増した『クフィル』は想像以上に機動が鈍い。

 基地上空、正面には反転したYaK-38が2機。眼下に燃え盛る基地を控える以上、互いに赤外線誘導式のAAMは使えない。おまけに、今度は向こうの高度の方がやや高く、こちらは打ち下ろされる位置にある。

 

 ち。

 舌打ち一つ、彼我の状況を見やって、エリクは被弾覚悟で基地へと向けて加速した。位置取りで不利を被った以上、先に地上を叩いて切り抜ける他ない。

 

 正面斜め上、2機が迫る。

 眼前、投影されたガンレティクル上には、離陸準備を始める2機のヘリ。そして取りつく基地スタッフと、焦燥に目を見張ったパイロット。

 曳光弾が降り注ぐ。

 火花が散り、金属が爆ぜる音が響く。

 照準からヘリのブレードがはみ出る。

 ――有効射程距離。

 

 引き金に力を込めたのは、わずかにコンマ数秒。

 『クフィル』は30㎜機関砲の唸りを以てヘリの胴体を粉砕し、そのまま上空を抜けて東へと舵を切っていった。

 

「まず一方!…くそ、追ってくるか!そりゃそうだよな!」

 

 エリア・ガーデンの殲滅。作戦の第一段階を喜ぶ間もなく、エリクは右後方を振り返り思わず喚いた。続く目標である東側のエリア・タワーを目指すこちらに対し、残存した2機のYaK-38が後方にぴったりと張り付いて来ているのだ。本来の『クフィル』の性能であれば振り切るのも容易いが、今は過剰なまでの装備重量が足を引っ張り、その距離を容易に離してはくれない。迎え撃ちたいのは山々だが、そうこうしているうちにエリア・タワーからも迎撃機が上がってくる事態は避けたかった。

 

 重量が足を引っ張り、かといってこれ以上武装は捨てられない。だとすれば、取れる手はただ一つ。

 

「今回は出し惜しみしてられないか…!見てろ!」

 

 吐き捨てるように口にしつつ、エリクはスロットルレバーのボタンを操作し、正面脇の多目的ディスプレイを操作した。項目は、エンジンモード表示。COMBAT(戦闘機動)より、CM・PLUS(コンバット・プラス)へ移行――。

 

 瞬間、速度計の針が弾かれたように振れ、ぐんと増したGに体が押し付けられる。

 数分限りの推力強化機構、コンバット・プラス。制圧すべきエリア二つを残したこの段階で、早くも『クフィル』の奥の手を使うのは賭けではあった。吉か、それとも凶か。脳裏に過ぎる予断をも振り切るように、『クフィル』は速度を得て背後の2機を徐々に引き離し始めていった。

 

《速い…!?》

「…!?混線か!邪魔くさい!」

 

 唐突に耳に入る聞きなれない声に、エリクは驚き半分に口走る。『円卓』でならばいざ知らず、グラティサント周辺でも混線が生じるとはこれまで聞いていなかった。

 

 エリクは知らないことではあったが、この現象はベルカ戦争当時から指摘されていた。

 そもそも『円卓』は混線が多いことで知られているが、それは『円卓』周辺地域の鉱物が発する磁場の影響とされている。そしてグラティサントを擁するイヴレア山系は『円卓』から離れておりこそすれ、その実、『円卓』からウスティオ‐旧ベルカ国境を形作る山脈に連なっているのである。すなわち保有する鉱物の組成も若干ながら類似しており、ここグラティサントにおいても混線を誘発する原因となっていたという訳である。ベルカ戦争では多くの時期を通して混線が多かったという報告もあるが、これは戦場が自ずと同一鉱物を含むベルカ国境に集中していたこととも無関係ではない。

 

 もっとも、混線に苛まれる当人たちにとっては知る由も、まして知った所でどうしようもない事ではあるが。

 

《コントロールよりエリア・タワー!所属不明機1が侵入!ただちに迎撃に当たれ!》

《現在離陸中だ!…くそ、誰だ円柱型基地を提案したバカは!同時に離陸できんだろうが!》

《敵の情報は!?》

《交戦したパイロットより報告。…それが…あの『ラーズグリーズの悪魔』だとの未確認情報が…》

《な…!?馬鹿な…馬鹿な!連中がこんなところにいる筈が…!》

 

 一気に増えた混線が、通信回線をパンクさせる。延々と敵の通信を聞かせられるのは邪魔そのものでしかないが、それでも今回こちらは通信封鎖を行っている身である。元より手の内を見透かされる恐れもなく、むしろ敵の混乱を確認できると思えば、あながち捨てられたものでもなかった。敵の通信を聞く限りでは、『ラーズグリーズ』に偽装したこの塗装も一定の効果はあったらしい。複雑な気分ではあったが、今は僥倖だと思っておいた方がいいだろう。

 

 眼下で地形は窪み、あるいはせり上がり、さながら蟠る竜の背のように複雑な隆起を形作っている。HUDに投影されるのは、その隆起の山頂――すなわち竜の頭に当たる位置に聳える高楼の群れ。こちらとほぼ同高度に頭をもたげるそれらは、字義通りの威容を誇示するエリア・タワーの姿であった。

 目指すVTOL基地は――あった。半ば廃墟と化し荒廃した塔の根本、元々は広場であったのだろうその空間に、不自然に大きな穴が穿たれているのがそれだろう。発着場である以上、穴は戦闘機の全長以上に大きい筈だが、上から見下ろしたその様は実際以上に小さく見える。往年のエースならいざ知らず、対地攻撃専門でもないエリクがピンポイントに爆撃するのは不可能と言っていい。

 

「厄介なものを作りやがって。一体どうやって無力化すれば…うおっ!?」

 

 敵を探る一瞬の隙。それを突くように接近警報が鳴り響くや、間髪入れず曳光弾が雨のように降り注いだ。

 ――離陸済みの迎撃機。しまった、そう口にする余裕すらなく、エリクは操縦桿を反射的に押し倒し、素早く機体をロールさせて投影面積を減らしにかかる。

 主翼と、胴体後部に数発。轟、と直後にすり抜けていった機影は2つだったが、機種を確かめることは叶わない。追撃して来る機体も併せて1対4となった以上、もはや攻撃方法を迷う余裕すら失われたと言ってよかった。

 

「…くそ!こうなりゃダメ元だ!一発でも当たってくれよ!」

 

 敵機2機、こちらの左後方で旋回。続く2機の『フォージャー』とも合流。今度は4機で連携し、確実にこちらを狙ってくるに違いない。

 やるしか、ない。

 エリクは右傾した機体を水平に戻し、操縦桿を前へと倒して緩降下。HUDに映した目標の位置へ向け、機体の鼻先を向けていった。

 兵装選択、残った全てのUGB、計6発。

 高楼から対空砲火が身を掠める。

 背後にはやや距離を置き、敵機4機が隙を伺う。

 コンバット・プラスによる高推力の代償に、安定を欠いた照準が揺らぐ。

 頼む。当たれ。

 

 一瞬目を閉じ、神でも悪魔でもない何かに念じた指。力の籠った指先がボタンを押すと、重量物を放った反動で機体が大きく浮かび上がった。

 

 弧を描き地へと吸い込まれる爆弾。息を呑み見守る敵兵。

 それらを省みる暇もなく、エリクはそのままエリア・タワー上空を通過。背後に着弾の爆炎を感じながら、間髪入れずインメルマンターンを行い、爆炎に紛れるように反転した。爆弾を捨て幾分軽くなった機体、そして推力を担保するコンバット・プラスがあれば、機動力に物を言わせた急速反転も不可能ではない。

 視界は黒煙と土煙に呑まれて殆ど効かない。自身の右目は何も捉えられない。

 ――しかし、左目に代わる『クフィル』の電子の目は、真正面から迫る4機の姿を過たず捉えた。黒煙の幕の向こうでこちらが反転したとも知らず、追撃のため直進する敵の姿を。

 失ったUGBに代え、選択するのは言うまでもなくAAM2発。戦闘機にとって最も躱し難い、高速でのヘッドオン――。

 

「隙あり!!」

 

 異なる目標を指した二筋の炎が、翼下から放たれ黒煙に消える。

 黒煙に突入する。視界が、耳が、完全に塞がれたのはわずかな間。

 衝撃波。傍らに感じたそれらは、確かに二つ。

 黒い膜を突き抜け、エリクは機体を上昇させ右へと旋回させる。

 同じように黒煙を抜けた敵機は、2つ。地上には爆撃の跡に加え、新たに二つの鉄の塊が炎に巻かれて転がっていた。

 

「2機撃墜…くそ、やっぱり穴は外したか」

 

 濛々と立ち上る爆炎の傍ら、地に空いた開口部へと、エリクは目を移す。やはり無誘導のUGBでは直撃を狙えなかったが、それでも1発は至近弾となったのだろう、外縁の一部が崩落しているのが見て取れた。肉薄した際の対空砲火で少なからず被弾したものの、強行しただけの効果はあったと言っていいだろう。

 

《くそ!開口部の外縁が一部崩落!瓦礫を除去しないと後続機が離陸できません!》

《上がった所で地上は視界不良だ!どっちみち離陸できねえよ!》

《内部作業班は瓦礫の除去を急げ!地上班は消火を優先!迎撃機は何をしている!》

「連中の通信を信じてみるか。あとは…くっ!」

 

 ともかく、これでエリア・タワーのVTOL基地は一時使用不能。そう判断し意識を逸らした矢先、耳を揺らすミサイルアラートがエリクの意識を引き戻す。

 位置は――『上』。正確には横倒しのまま旋回している『クフィル』に対し、真横から直交する進路。ミサイルは既に放たれ、予想進路上へ敵は機首を向けている。

 操縦桿、左、そのままロールしつつ手前へ。

 コンバット・プラスにより増したGが肺腑を握りしめ、かふ、という声とともに空気が吐き出される。身軽となった『クフィル』は左ロールから体を捻るように下方へ降下し、機銃の射線を回避するとともにAAMの追撃を振り切って逃れた。水平に保った機体から見上げれば、攻撃してきた1機は早くも機体を捻り、こちらの進路を制するべく旋回に入っている。

 

 速い。

 ――いや、よく見れば、その機体は『フォージャー』ではない。生き残った2機のうちの片割れは確かに『フォージャー』に違いなく、そちらは鈍重な機体を懸命に動かして、距離2000は隔てた辺りでようやく攻撃態勢を整えた所である。

 それに対し、眼前に舞う1機は、姿からして違っていた。

 丸みを帯びたYaK-38とは異なる、箱型を思わせる武骨なシルエットとコンパクトな機首。コクピット真横まで張り出したエアインテークに、上翼位置に設けられた切り欠きデルタ翼。そして何より特徴的な、二股に分かれた尾翼構造。その姿は、以前カルロスから聞いた特徴と酷似している。確か、名前は…。

 

「YaK-141…『フリースタイル』とか言ったか。よりによって…!」

 

 今日何度目かになる舌打ちを叩き、エリクは恨めしそうに旋回する機影を凝視する。

 かつてカルロスが話していた限りだと、YaK-141はベルカ海軍に一部配備されていた機体なのだという。YaK-38同様の垂直離着陸機でありながら、その空戦能力は純粋な制空戦闘機であるMiG-29『ファルクラム』に匹敵し、当時のカルロスも苦戦したということだった。もしその言う所が正しいとすれば、重いLAGMを6発も積み、かつAAMを使い果たした『クフィル』には厳しい相手だろう。唯一の勝ち目は、コンバット・プラスによる推力強化を活かし、短時間で決着を付ける他ない。

 

《迎撃部隊へ!ここまでコケにされたんだ。絶対に逃がすな!確実に叩き落せ!》

《分かっている!ベルカの栄光、汚させはしない…!連携で行くぞ!》

 

 通信の声が熱を帯び、殺気となってこちらを打つ。エリクもまた応えるように空を見上げ、互いの距離を見計らった。

 『フリースタイル』が先に動く。翼を翻し、斜め上から急降下。こちらの進路を塞ぎ、頭上から強襲する姿勢。

 進路そのまま、真正面。加速を続け、前方頭上から降り注ぐ機銃を回避する。操縦桿を引き、機首を引き起こして反転。逆さまになった天地の中、『フリースタイル』は右旋回から急上昇し、斜め上へと上昇する変則的なバレルロールを駆使しながら、向かって右側から迫りつつある。

 旋回直上で右ロール、斜め前から交差する敵機との擦過は一瞬。互いに機銃を放つ余裕もなく、衝撃波だけが機体を揺さぶる。右下方旋回で機体を捻る中、後方警戒ミラーの中で、敵は早くも旋回を終え、こちらの背を捉えていた。

 やはり旋回性能が物をいう格闘戦では、『クフィル』ではYaK-141には敵わない。

 

「ち…!機体性能だけじゃないな。腕もいい」

 

 右下方旋回で切り抜けたまま、エリクは敢えて縦旋回する愚を犯さず、そのまま低空を加速する軌道を選んだ。高度を失った今、たとえ縦方向の格闘戦を挑んでも勝敗は明らかである。――それならば、何も相手の土俵に立つことはない。一度距離を離し、『クフィル』が得意とする一撃離脱で戦端を開けばいいだけのことである。かつてカルロスも言っていたではないか。『手札を数え、強みを活かせ』と。

 

《くそ、『ラーズグリーズ』め!脚の速い…!》

《少佐!エリア・ウォールより緊急入電!『ラーズグリーズ』4機がオーシア北部を西へ向かいつつあるとのこと!目的は同志の『アークバード』迎撃と思われます!》

《何!?…ならば、こいつは…!?》

《偽装の別動隊の可能性があります。『ラーズグリーズ』ではありません!》

「…!あっちも向かったか!頼むぜ『ラーズグリーズ』。そのためにこっちは一人で骨折ってんだ!」

 

 不意に耳に入った敵の通信は、朗報と言っていいそれ。どうやら『アークバード』へ向け彼らも発進し、交戦地点へと向かいつつあるらしい。

 彼らならば、おそらくやってのける。不思議にも、エリクは何ら疑うことなくそう感じた。不慮の接触で交戦となった彼らの隊長――『ブレイズ』の技量を目の当たりにしたためか、それとも彼らの絆を感じたゆえか。理由は我ながら定かではないが、いずれにせよその感傷の行く先は一つである。

 彼らは、役割を果たしている。なら、俺も果たそう。今すべきことを、目の前の敵を落とし、『ガルム』を救うことを。

 

 距離を離した『クフィル』が、斜め上方旋回で反転する。流石にコンバット・プラスの推力強化によるところは大きく、距離はゆうに2000を隔て、敵の機動が具に捉えられるようになっていた。いかに運動性が高くとも、軌道を読みつつ高速で距離を詰めれば、勝機を窺うことは十分可能な筈だった。

 敵機、旋回を終えこちらへ相対。高度はややこちらが上、ヘッドオンで戦況を五分に戻す姿勢と読める。

 操縦桿は左、のち手前。左斜め上昇で矛先をいなすように見せかける。右下、敵機は呼応し、さらに機首を上げて上昇に入りつつある所だった。すなわち、速度が落ち、機動が単純化する瞬間。

 

「そこだ!!」

 

 瞬間、エリクは操縦桿を前に押し倒し、同時にフットペダルを踏みこんで加速。背面飛行のまま硬度を急速に下げ、下端で機体を捻り上げて無防備な敵機の腹を眼前に収めた。距離にして900、あと一歩で機銃の射程に捉えられる好機。

 慌てて『フリースタイル』が機首を下げ、背面飛行からロールに入る。しかし、急降下で速度を得たこちらに対し、その動きは明らかに鈍い。ガンレティクルの中で敵は徐々にその姿を広げ、有効射程へと距離を狭めていく。

 あと200。

 100。

 80。

 ――接近警報。

 

「…何っ!?」

 

 瞬間、唐突に割って入った火線によって、エリクの視界は幻惑された。ぶれる照準、咄嗟に取った回避行動。『クフィル』は射撃位置から外れ、その眼前を別の機影が横切っていく。

 ――敵の僚機の『フォージャー』。

 

「こいつ…!邪魔だ!!」

 

 いくら重量が重くとも、『フォージャー』と『クフィル』では機動性に雲泥の差がある。

 エリクは『フリースタイル』の下方を抜けるやすぐさま機体を左に旋回。背を見せて逃げる『フォージャー』の姿を照準に捉え、躊躇わず引き金を引いた。

 殺到する、30㎜の曳光弾。黒煙で煤が付着したキャノピーの外で、『フォージャー』は小さな翼を虚空に散らし、きりもみを描いて墜ちてゆく。

 その姿が岩肌に呑み込まれ果てるのと、エリクが自らの失態を気づくのはほぼ同時だった。

 

 警告の電子音、点滅する多目的ディスプレイ。投影された表示曰く、『コンバット・プラス:作動限界』の文字。

 

「…っ!まず…!」

 

 和らぐG、ぐんと落ちた速度。みなまで見定める余裕も無く、エリクはフットペダルを全力で踏んだまま、機首を南西方向――すなわちエリア・ウォールの方向へと向けた。

 『クフィル』が備えるコンバット・プラス機構は、エンジンの推力を強化する反面燃料消費も増やし、かつ短時間しか機能が持たない。燃料の問題はこの際置いておくにしても、重いLAGMを積んだままこれ以上の推力上乗せに頼れないのは致命的である。現にこちらの後方、急に逃げの一手を打ったこちらを追い立てるように、『フリースタイル』は徐々に距離を詰めて来ていた。

 

 このまま落とされる訳にはいかない。かといって、エリア・ウォールの対空兵器を排除しなければならない以上、LAGMを捨てる訳にもいかない。――ならば、できることはただ一つ。

 追撃による被弾を覚悟のうえでひたすらエリア・ウォールに向かい、いち早くLAGMを撃って身軽になる他にない。

 それまで果たして、この機体が持つかどうか。

 

《なるほど…。確かにこれは『ラーズグリーズ』ではない。本物ならばこれほど無様に逃げ回る筈はない》

「ち…好き勝手言いやがって」

《その左翼の塗装も、似たものを新聞で見た覚えがあるが…何と言ったか。いずれにせよ、往年のベルカ空軍と比べれば有象無象でしかない。…沈め、偽物》

 

 まるで宣告のような言葉、そしてそれに重なった銃声。運動性の差はいかんともし難く、背後から殺到する銃撃は正確に『クフィル』の機体を穿ってゆく。加速を重ねてもなお『フリースタイル』は追いすがり、ヨーイングでの回避運動もほとんど意味を成してはくれない。キャノピーにはヒビが入り、機体後部から破片が散り、至近弾が機体内部に破片を散らす。逃げ惑うしかないその様は、まさにかつての『テュールの剣』における戦闘とうり二つであった。

 

 だが、まだ落ちる訳にはいかない。ひたすら囮として逃げれば良かったあの時と違い、今は成すべき役目がある。あの時とは違い、今の俺には多くの戦場で見て学んだ技術が、そして信念がある。

 まだ、落ちる訳には、いかない。

 

 目を走らせるは、彼方に見え始めたエリア・ウォール。HUD上の距離。そして眼下の地形と、左側を流れる岩の稜線。

 エリクは操縦桿を左へ倒し、迫る岩肌へと機体を向けた。

 

 一瞬、火線が離れる。後方の敵が息を呑む。

 衝突する直前、操縦桿を倒し右ロール。横向きのまま機首を引き上げながら引き金を引き、放射状に機関砲を撃ち放つ。岩肌に吸い込まれたそれらは、崩落しないまでも土煙を巻き上げ、わずかながら視界を幻惑した。

 

《…小賢しい真似を!》

「『ここ』の使い方だよ!」

 

 指先で頭をとんとん、と叩きつつ、エリクは土煙を突っ切ってゆく。後方では『フリースタイル』が、咄嗟にホバリングを駆使して土煙を避け、素早く進路を変更する様も見て取ることができた。

 煙幕という、彼らにとっては小賢しい真似といっていい戦法。しかし今は、窮地のエリクにとって及ぼした効果は絶大であった。

 後方に若干ながら敵は引き離され、正面にはエリア・ウォールが聳える。距離にして、2400。長大な射程を誇るLAGMが威力を発揮するには、十分に過ぎる距離。エリクは手早く兵装を変更し、ミサイルシーカーが目標を見定めるのに合わせて、続けざまにボタンを押した。撃ち放つは左右両翼から2発ずつ、計4発。

 

「行けえぇぇ!!」

 

 煙の尾は遺跡の中ほどに吸い込まれ、やがて炸裂の焔を上げる。重量が重い分炸薬量を増したLAGMの威力は伊達ではなく、目標となった❘地対空ミサイル《SAM》は隣接する❘対空砲《AA》ごと、その基部からもぎ取られ谷底へと落下していった。

 

《敵機、エリア・ウォールに到達!…くそ、何をしている!対空砲火急げ!》

《こちら『シーゴブリン』。盛大にやってるみたいだな。『ハルヴ』、状況は?》

「あと5分待ってくれ!残りのAAと迎撃機をすぐに殺る!」

《『ハルヴ』…。――レクタの『三日月』…!……舐めるなあぁぁ!!》

 

 対空砲火を越え、エリア・ウォール上空を通過し反転。定刻通りに近づきつつある『シーゴブリン』へ通信を返し、エリクは機体を翻した。残る目標は、地表にAA3基。そして、斜め上空を迂回しこちらへ殺到する『フリースタイル』。

 

 フットペダルを踏む。操縦桿を引く。

 ――軽い。対地兵装を捨て、身軽になった『クフィル』は本来の力を取り戻しつつある。

 打ち下ろされる射線に対し、ロールして投影面積を減らした『クフィル』は、曳光弾がその身を捉える前に射線を振り切って『フリースタイル』の下を抜けていった。向かう先は、言うまでもなく残存したAAが天を指すエリア・ウォール。

 

《な…!先ほどより、速度も機動も…!》

 

 振り切るは『フリースタイル』、そしてその主の声。

 機体の目が目標を捉えるや、放たれた2基のLAGMはAAを直撃。うち1発は隣接する1基ごと爆炎の渦に呑み込んで、崩落する石壁とともにエリア・ウォールは防空拠点たる機能を失った。

 残るは、呆然と空に舞うYaK-141が1機。『自由』の名を冠しながら、妄執と言う鎖に縛られた灰色の翼、ただ一つのみ。

 

《馬鹿な…。…我々は15年待ったのだ。――待ったというのに。それを、こんな、…こんな…!》

 

 エリア・ウォールを過ぎるこちらに対し、後方から迫る声、そして敵機。もはや得意の格闘戦をかなぐり捨て、『フリースタイル』は猛進し、機銃掃射を以て突貫してくる。

 操縦桿を引き、空気を孕んだ機体は軽い。機銃以外を捨て身軽となった『クフィル』は、まるで跳ねるように射線を躱し、槍の穂先のような『フリースタイル』の突進を右下へといなした。操縦桿を引き、右下へ旋回して、照準に捉えられたのはYaK-141のコクピット。ホバリング機構を活かして『フリースタイル』は空中に静止したまま回転し、パイロットは真っ向からこちらを見上げている。

 

「復讐の気持ちも、俺には分かる。…けどな、その激情も無意味さも、教えてくれたのはあんたたちだ。――復讐に呑まれた者として、俺はあんたらを止める。鎖を断ち切り、復讐を止めて、『あいつ』に勝ってみせる――!」

《……――!》

 

 宣言は敵へ、そしておそらく自らへ。

 機関砲の唸りは光軸となって灰色の翼を穿ち、その心臓部たるエンジンを破砕して、『フリースタイル』の姿を黒煙に呑み込んでいった。

 

《…三日月(メッザ・ルーナ)、か…》

 

 機体が爆炎に消える直前、耳に届いたのは謳うような男の声。灰色の残滓すら黒煙と土煙に霞み、陽光は変わらず地を照らしている。15年前の傷跡が深い遺跡の石壁も、満身創痍となった『クフィル』をも、全てを平等に。

 

《『シーゴブリン』より『ハルヴ』、敵脅威の殲滅を確認した。これより制圧戦に入る!各員降下用意!》

《見てたぜ、なかなかやるなアンタ!サシならウチのスノー大尉といい勝負だぜ、サシならな》

「はは、そりゃどーも。早くしてくれ、俺ももう持たないからな」

 

 エリア・ウォール上空に留まるヘリから、兵士が綱を伝って降下してゆく。これからまだしばらくは、遺跡内部での制圧戦が続くのだろう。戦場の主役は、彼らへと移ったのだ。

 

 薄く陰り始めた彼方の黒煙、被弾により傷だらけとなった『クフィルC10』。かつての『テュールの剣』を巡る戦闘と類似しながら、愛機を全うしえた結末に、エリクは天を仰いで微笑んだ。

 

 主翼、胴体、果ては機首。至る所に傷跡を受けながら、左翼の『三日月』だけは、黄金色に変わらぬ光を放っていた。




《エリク様、お疲れ様でした。ガルム隊のパスカル・ジェイク・ベケット大尉とレイモンド・レッドラップ中尉は『シーゴブリン』の活躍もあり無事救出されました。また、ラーズグリーズ隊による『アークバード』追撃も成功し、ユークトバニアに対する核攻撃を阻止できたとのことです。…あ、そうそう、『クフィル』の損傷につきましては今回の戦果分と相殺し、不足分は給与から天引きさせていただきますね。それでは、ゆっくりお休みください。》

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