Ace Combat side story of 5 -The chained war-   作:びわ之樹

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第27話 Breaker

 へそを曲げたレクタの空が、灰色の空から絶え間なく雷光の筋を閃かせている。

 格納庫の屋根を叩く雨音はばちばちと爆ぜ、さながら機銃掃射と聞きまごう程に凄まじい。12月も上旬に入ったこの時期で季節外れの雷雨など、一体誰が予想しえただろう。熱帯のスコールよろしく数m先すら陰るこの状況では離陸もままならず、お陰で午後の前線空爆任務は全て流れてしまった。いずれにせよこの天候では、前線でも両軍ともに休戦状態だろう。いつ終わりを告げるかも知れない膠着を破るためとはいえ、天候と運だけを頼りに遮二無二動こうとする軍などいない。

 

 レクタ空軍スヴォレフホイゼン基地の一角、暖房の効いた、格納庫脇のパイロット詰所。重雷の音色とコーヒーの香りに包まれながら、少女――パウラ・ヘンドリクスはマグカップに手を重ね、手のひらからじんわりと伝わる熱を感じていた。

 

「やれやれ、今日ばかりは救いの雨だぜ。こういう時は小規模の基地ってのはいいね。基地設備の不備により離陸できません、って言い訳にも使える」

「…あまり居心地はよくない」

「そうか?余計な目が無い分、俺はヘルメートより気楽だがね。レクタの金をせびって機体も最新鋭、おまけにお連れはエルジアの自信作ときた。言う事なしだぜ」

「………」

 

 詰所に屯するのは、パウラの他は同じくベルカ残党の素性を持つフィンセントのみであり、それゆえに話す内容にも気兼ねが無い。思わぬ臨時休暇に存分に羽根を伸ばすフィンセントを横目に、パウラはいささか冷めたような心持で、詰所のガラス越しに格納庫を見やった。

 実質的にレクタ内のベルカ残党を結集する意味合いが強いこの基地は、機密保持や運営面から、比較的小規模な拠点として運用されている。パイロット、上層部および各班長は全てベルカの意を汲む者で構成されており、員数外となる武装の供給も民間の調達代行業者を介して行っていることから、体制としては盤石のものと言えるだろう。流石に末端のスタッフはレクタの人間がほとんどだが、彼らはこの基地を純粋に『各地から精鋭を集めたエースパイロット基地』と信じ切っている。基地内には各所に監視設備も整えており、自分たちの企図が外部に漏れる懸念はまず皆無といって良かった。その点から言えば、正体の露見に神経をすり減らさねばならなかった以前と比べて気が楽というのは、確かに間違っていない。

 

 もっとも、小規模とは言ったものの、機体の特性上あくまで維持管理のスタッフが少なく済むだけであり、配備機数としては並みの基地に劣らない。

 飛行隊の数は、実に5つ。レクタの目を欺くべく『ハルヴ隊』と同じ塗装を施した『グリペンC』4機で構成された『グラオモント隊』と、ノースオーシア・グランダーI.G.社を通じて入手したX-02『ワイバーン』10機がその主力であり、グラオモント隊は構成各機が複数機の無人『ワイバーン』を制御する形になる。『ワイバーン』の機数がやや半端ではあるが、これは本来の配備数12機のうち、ハルヴ隊の謀殺の際に2機を失ったことから、今は定数減の状態となっている為であった。予備パーツの使用とグランダー社からの空輸を図ってはいるものの、今の所補充の目途は立っていない。

 そして、これらを統括するのがアルヴィン少佐率いる『スポーク隊』という訳である。受領したF-35A『ライトニングⅡ』も、スポーク隊本来の塗装である緑系統のダズル迷彩から、黒地に主翼の灰帯というかつての『グラオガイスト隊』を思わせる塗装パターンに改められており、ベルカの意を継ぐ者としての装いをより強く醸し出していた。また、複座型が存在しない『ライトニングⅡ』の事情に鑑みて、フィンセントが新たに3番機のパイロットを務めているのも変化の一つである。

 

 総配備機数、17機。最新鋭機を以て構成され、ベルカの報復の意を体現する『灰色』の牙城。諸国を包む炎の中で、この基地から飛び立っていく『飛竜』は、これからも諸国を亡滅させるまでその炎を煽り立てていくのだろう。

 レクタが、サピンが、ラティオが――周辺諸国が余さず荒廃し、絶えない戦火に沈んだ時。そこに、本当にベルカの栄光はあるのだろうか。少佐が人生全てを投げうってまで希求する、ベルカの栄光とは、一体何なのだろうか。当時は幼く、ベルカにいた頃の記憶すら曖昧なパウラにとって、その希望は五色の雲のように輝かしく、それでいて今一つ現実のものとして感じることができない。

 胸の皮一枚下にその思いを封じ込み、パウラはフィンセントの言葉もほどほどに、天を揺らす雷の音に耳を澄ませた。

 ごろん、ごろ、ごごご。不規則な重低音を下地に突発する落雷は、さながら火薬の爆発音。小さい頃から聞き慣れた、命が焔に爆ぜる音。空が紡ぐ不規則なその散文に、こつ、こつと硬い拍子が混じったのは、その時のことだった。

 

「ま、なんにせよ今の所順調なんだ。今日くらいゆっくり…」

「悪いが、そうもいかなくなった」

「…し、少佐!?どうしたんです、びしょ濡れじゃないですか!」

 

 頬杖をついたフィンセントの目が見開かれ、ぎょっとした顔で後ろを振り向く。パウラも下げていた目線を上げると、制服も髪も滝をくぐったように濡らしたアルヴィン少佐の姿があった。毛先から雫を滴らせ、携えていた書類ケースをテーブルに置く傍らで、フィンセントは慌てた様子でタオルを少佐の頭に被せている。その様がどこかやんちゃな子供を心配する母親のようにも見えて、無表情の下にもパウラはちょっぴり可笑しかった。

 

 どうやら雨の下を司令部棟から走ってきたらしく、改めて見ると少佐の服の前面や足下は濡れて色が変わってしまっている。上着を脱いでコートを羽織り、フィンセントがいそいそと温かいコーヒーを淹れる中、パウラはテーブルに横たわる書類ケースへと目を奔らせる。相当な厚みのあるそれは何らかの報告書であることが窺い知れ、写真らしきものも透明なケース越しに捉えられた。濡れるのも構わず雨下を駆けた少佐の様も踏まえれば、よほど重大な事態が生じたのだろう。

 ミルク入りのコーヒーを傾け、呼吸一つ。パウラは、髪を拭い終えたアルヴィン少佐が口を開くのを待った。

 

「まったく、無茶しないで下さい。隊長もいい加減年なんですから。…あ、それで何でしたっけ」

「前線の事態が動いた。我々も計画の修正を迫られることになる。…オットー、パウラ、これを見ろ」

 

 コーヒーのマグカップには手を付けないまま、少佐は書類ケースを開け、何枚かの写真を取り出した。航空機搭載のカメラから画像を抽出したものなのだろう、荒く不鮮明な写真は、一目見ただけでは容易に何が映っているのか伺い知れない。フィンセントが首を傾げながら写真を凝視する傍ら、パウラは一足先に分厚い書類の束に手を出し、文字の羅列を頭へと読み込んでいった。

 

 驚きはしなかった。そう言えば嘘になるだろう。写真から何かを捉えたらしいフィンセントも目を見開き、こちらと目を合わせる。

 こくり、首肯一つ。二人同時に向き直った先では、水分の残る顎を手のひらで拭うアルヴィン少佐の顔があった。

 

「サピンのレーザー兵器だ。先日、サピン本土侵攻のため出撃したウスティオの戦爆連合が、これらによって壊滅的な打撃を受けたという。その写真は、残存機の機載カメラの映像と後日の偵察写真、そして同志の諜報記録だ」

「サピンの、って…少佐、これは…!」

「……!」

 

 耐えかねたフィンセントが、まるでこみ上げる感情を抑え込むように言葉を呑む。それほどまでに、写真に映し出されていた『それら』はベルカの人間にとって――就中かつてのベルカ軍を知る者にとって衝撃的だった。

 

 映し出されていたのは、2つ。

 1つは、平行に配置された二つの胴体を持つ巨大な双胴機。強い後退角を持った主翼、正面から見れば8の字を描くようにくびれを持った独特の胴体形状、そして計5枚にもなる垂直尾翼。尾翼やエンジンの数こそ異なり、胴体下に見慣れない構造物を吊り下げているものの、その特異な胴体形状は見間違う筈も無い。

 公国軍時代、ベルカ空軍爆撃隊の中心を担った主力大型爆撃機、Bm-335『リンドヴルム』。おそらくは、それを素として改造された機体だろう。

 

 方や、もう一方はパウラに取っては見慣れないものである。

 山の中腹に穿たれたトンネルから半身を覗かせているのは、遠目に見れば黒一色の継ぎ目のない列車。よくよく見れば車体の後方からは無数のコードや別の小型車両が付随し、平坦な車体上面には砲身のようなものが見て取れる。砲身の長さこそ短いものの、その形状は半世紀以上前の戦争で投入された線路移動式大口径榴弾砲――いわゆる列車砲とよく似ていた。

 時代錯誤な。詳細を知らないパウラにとって、『列車砲』に抱いた感傷はその程度に過ぎない。それだけに、直後に響いたフィンセントの怒鳴り声に、パウラはらしくなく心臓を跳ね上げた。

 

「馬鹿な!何がサピンの新兵器…!こりゃ『リンドヴルム』に、『エクスキャリバー』のレーザー列車砲じゃないですか!!」

「その通りだ。サピンは、あろうことかベルカから奪った技術を用い、諸国に覇を唱えようとしている。レーザー技術はユークトバニアが独占したものと思っていたが…無節操なことだ。いや、厚顔無恥と言うべきかな」

 

 押し殺したような少佐の静かな口調が、却ってその怒りを物語る。フィンセントに至っては拳でテーブルを殴りつけ、堪えかねた感情を吐き出していた。

 過去を知る者と知らない者の差なのか、それとも単純に感動しにくい性質(たち)なのか。静動対照に怒りを露わにする二人を前に、パウラはどこか取り残された所在なさを感じながら、もう一口コーヒーを啜った。

 

 ――接収機を利用した双胴機、そしてベルカの技術の結晶であるレーザー列車砲。それらをサピンが入手した経緯は、当然ながら3人は知る由も無い。

 

 そもそもサピンの事情として、サピンは国内に大型爆撃機製造工場を持っていない。保有する主力爆撃機B-52『ストラトスフォートレス』は全てオーシアを経由して入手したものであり、言い換えれば爆撃機の保有については常にオーシアの目が光っていた訳である。東方諸国の盟主を目指すサピンにとってオーシアに掣肘されない大型爆撃機の保有はいわば悲願であり、その抜け道としてベルカ軍規模縮小により居場所を無くした『リンドヴルム』はうってつけの機体だった。

 このような事情の下、ベルカ敗戦とベルカ軍縮小に伴い除籍された『リンドヴルム』に、独自戦力の保有を志向するサピンが一も二も無く飛びついたのは言うまでもない。大国オーシアとユークトバニアの目を警戒し機数こそわずかだったものの、サピンは『リンドヴルム』の接収に成功し、ひそかに戦力を蓄えることとなった。

 

 この状況に拍車をかけたのが、ベルカ戦争中のとある亡命劇である。

 時はベルカ戦争末期、オーシアを中核とした連合軍が雪崩を打ってベルカ国内へ侵攻し、国土防衛の要である『円卓』も『エクスキャリバー』も失陥した頃のこと。敗色濃厚となったベルカから脱出すべく、ある技術者がサピンへ亡命を打診したのである。

 同盟関係により『連合国』としてベルカに対峙している以上、本来であれば亡命の打診は連合国間で協議し、身柄の受け入れ先を決定するのが筋である。ところが、直接打診を受けたサピンは、独断でその受け入れを決定し、実行に向けて暗躍を始めた。

 連合国に亀裂を入れかねない、隠密裏の決断。サピンをその綱渡りに導いたのは、その技術者が手土産として提示したものに他ならなかった。――それは、ベルカが心血を注いで作り上げた、本土防衛の要。超高層化学レーザー兵器『エクスキャリバー』の護衛に配備されていた、レーザー列車砲の設計図、そしてその基幹部分だったのである。レーザー出力こそ『エクスキャリバー』に大きく劣るものの、その分列車砲自体は比較的小型で要する電力も少なく済むことから、ベルカの後裔を狙うサピンは大いに食指を動かした。

 

 亡命は、ベルカ最大の工業都市『ホフヌング』に対する連合軍の空爆に乗じて行われた。

 当時、ベルカ軍は連合軍によるホフヌング侵攻を察知。少数の護衛部隊を随伴させ、ホフヌング市民および技術者を事前に近郊の避難キャンプへ退避させていた。これを利用し、サピン軍はホフヌング攻撃の側面支援と称して傭兵部隊を派遣し、防空陣地と偽って彼らにキャンプを空爆させたのである。この混乱に乗じ、あらかじめ避難キャンプに退避していた件の亡命者は、手土産の設計図等とともにキャンプを脱出。ベルカ軍の追手を振り切り、まんまと待機していたサピン陸上部隊に保護されたという訳であった。

 この亡命劇が演じられたその当日、ホフヌング避難民キャンプの上空を防衛していたのが当のアルヴィン――カスパル率いる航空部隊であり、眼下でそのような『裏切り』が進行していたとは、今に至るまで知る由も無い事だった。

 

「諜報の結果、レーザー列車砲はコードネーム『カリヴルヌス』、双胴機は『アークトゥルス』と判明した。『アークトゥルス』に懸架されている構造体は、レーザー収束器兼偏向器だと思われる。先の戦闘の解析によると、『カリヴルヌス』から照射されたレーザーを『アークトゥルス』が中継。レーザーを収束したのち、対象の位置へ向け照射する運用を取っているらしい」

「そんな呑気に分析してる場合ですか!…くそ、レーザー列車砲に『リンドヴルム』…!!サピンの奴らめ、ふざけやがって!」

「それで、少佐。先ほどの話だと、それらに対して何か下命があったのですか?」

 

 『エクスキャリバー』同様、宝剣の名を冠するレーザー兵器『カリヴルヌス』。そして、空を彩る恒星の名を宿す巨大双胴機『アークトゥルス』。それらの名と姿、役割を脳裏に咀嚼しながら、パウラは激高するフィンセントを横目に、アルヴィンへと言葉を向けた。先ほど入室してきた時の少佐の言、そしてその口から唐突に語られたレーザー兵器の詳細を顧みれば、それらに向けた緊急の下命があったことは容易に想像できる。

 

 天井を叩く雨音が微かに和らぐ。フィンセントの(ふいご)のような深呼吸が、その調べをかき乱してゆく。

 コーヒーカップを傾け、ごくり、と鳴るアルヴィン少佐の喉。一拍置いて口を開く少佐の目には、もはや怒りも動揺も無く、常の冷静さが戻っていた。

 

「察しの通りだ。大打撃を被ったウスティオの現状、ならびに戦局を揺るがしかねない超兵器の存在を鑑みて、レクタ上層部はウスティオと合同の『カリヴルヌス』攻略作戦を発令した。表向き『エースパイロット部隊』となる我々も、その攻撃部隊として参加することになる」

「…ほおぉ。レクタに丸投げして来るかと思えば、こりゃいい。死力を振り絞ったウスティオがさらに打撃を受ければ、ウスティオは早くも死に体だ」

「ウスティオの没落は歓迎すべきだが、超兵器の存在は看過すべきではない。『カリヴルヌス』の存在を許せば、東方諸国の戦争はサピン一強を保ち終結してしまうだろう。我々の(・・・)目的の為にも、『カリヴルヌス』『アークトゥルス』の少なくとも一方は、是が非でも破壊しなければならない」

「確かに。高高度と山岳地帯、高度も特徴も違う2つの目標とは、骨が折れそうですが…我々が狙うべきは列車砲の方って所ですかね。『テュールの剣』のやり方を応用しますか?」

「その通りだ、流石にいい読みだな。…二人とも、これを見ろ。まだ試案段階だが、司令部から提示された作戦内容だ」

 

 卓上のコーヒーカップを避け、アルヴィン少佐が広げたのは所々濡れた地図。標高差や地形が詳細に描かれており、一目で起伏の激しい峻厳な山岳地帯の様が見て取れた。地名や地形から察するに、サピン北東部に位置するピレニア山脈周辺、それも標高の高い山が連なる山脈北部と見て取れた。地理的には、ピレニア山脈は徐々に標高を下げつつウスティオへ連なり、再び隆起してヴァレーをはじめとする山岳地帯へと続いて行くことになる。

 フィンセントとパウラが地図へざっと目を通したのを確かめて、アルヴィン少佐は胸ポケットからボールペンを取り出した。かちり、と頭を押し、落としたペン先は山脈東側に位置する渓谷の入口である。

 

「前提条件として、今回は爆撃機の投入は行われない。先の戦闘を鑑みて、大型で鈍重な爆撃機では危険が大きいと判断された為だ。また、今回はあくまでレクタ軍としての参戦となるので、『ワイバーン』も投入できない」

「そうなると、主軸は戦闘機」

「そうだ。幸い『カリヴルヌス』の位置、『アークトゥルス』の航行ルートともに、オーシアの偵察衛星から情報は掴めている。この情報をもとに、ウスティオ・レクタ両軍は戦闘機を出撃させ、全力で『アークトゥルス』を叩く」

「…素振りを見せる、ですな?」

「その通りだ。鈍重な大型機とはいえ、『アークトゥルス』自体の防御火器に加え、サピンも全力で護衛戦闘機を上げて来る筈だ。自然と、互いの目は空中へ向くことになる。――そこでだ」

 

 そこまでを語って、少佐は落としていたペン先をゆっくりと動かし始めた。滲んだ始点から、黒い線は峡谷を通り、深い地形に沿って南へぐるりと回り込んで、やがてその南端から北へ大きく舵を切る。峡谷が徐々に細く閉じ、急速に狭まって消滅したその先には、山脈の中間に記された大きな丸印――すなわち、『カリヴルヌス』が潜伏していると思しき地点が位置していた。

 ペン先が止まり、ほぅ、と漏れた息。それは果たしてフィンセントのものだったのか、それとも無意識に生じた自分のものだったのだろうか。

 

「我々はF-35のステルス性能を活かし、この峡谷内を巡航。『カリヴルヌス』潜伏地点へ接近した時点で急上昇し、目標へ奇襲を仕掛ける」

「防衛火器は?」

「平地の少ない峻厳な山脈地帯だ、自走式地対空ミサイル(SAM)の類はまず無い。せいぜい固定式の対空砲程度と見ていいだろう。むしろ、厄介なのは列車砲が潜伏しているであろうトンネルそのものだ。最低でも3か所の開口部が確認されており、トンネル内へ逃げられれば破壊は困難になる。その場合は、トンネル入り口を破壊し『カリヴルヌス』を一時的に封じる他無いだろう。一時的な時間稼ぎではあるが、レーザーさえ封じられれば大型爆撃機の投入も可能となる」

「確かに!我々には今や『アークバード』もいる。どう転んでもこれなら確実だ!」

「一応はそうなるが、あまり期待はするな。『アークバード』は対ユークトバニアが主で、こちらに裂く余力は今の所無い。あくまで、我々の力で目標を達成する」

 

 少佐の口から語られた作戦は、先のフィンセントの読み通り、確かに『テュールの剣』攻略作戦を応用したものだった。すなわち、上空で大規模な囮部隊が航空戦を展開。その間に本命の攻撃隊が絡め手から接近し目標を叩くという戦術である。もっとも今回は峡谷という視覚的な隠れ蓑があることに加え、F-35Aのステルス性能を活かせばレーダーで捕捉される可能性も低い。その点では、『テュールの剣』の際より難度は下がると言っていいだろう。トンネル開口部の破壊も、F-35の搭載量ならばけして不可能ではない。

 

 もっとも少佐の言う通り、万一の切り札としての『アークバード』投入は些か難しいと思わざるを得なかった。オーシアが誇る大気機動宇宙機『アークバード』は現在、オーシアに潜伏したベルカ同志の手に掌握された状態にあり、ユークトバニアの都市へ直接攻撃を行うための準備段階に入っている。ベルカの技術を受け継いだレーザー兵器に加え、防御火器や無人攻撃機、果ては核兵器さえも搭載した『アークバード』はまさに空中要塞の様相を呈しており、投入さえされれば一都市の壊滅程度訳はないに違いない。裏を返せば、都市攻撃という本命の作戦が迫っている中で、わざわざ離れた対サピンへ『アークバード』を投入する可能性は低いといえるだろう。『アークバード』はその構造から、進路変更の為に高度を下げなければならない。その致命的な隙を狙われるリスクがゼロでない以上、切り札は温存しておくに越したことは無い。

 

 オーシアは大国ゆえに軍組織も非常に大きく、このようにベルカ残党の同志が潜入できる隙も多い。ユークトバニアとの戦争誘発、そしてそれに伴うオーシア・ユークトバニア両国の弱体化へ向けて同国の同志が果たした役割は大きく、両大国の国力は確かに漸減しつつあった。情勢を顧みれば11月14日にはユークトバニアが誇る最新鋭潜水艦『リムファクシ』が沈み、同25日にはユークトバニア中部のジラーチ砂漠をオーシア軍が突破。現在は首都シーニグラードを護る最終拠点であるクルイーク要塞にオーシア軍が迫る段階であった。このまま順調に推移すれば、12月中にはユークトバニアは降伏することになるであろう。

 

 だが、それではユークトバニアの亡滅は達成できても、オーシアの衰亡には至らない。

 そのため、今はオーシア内の同志が全力で工作に当たり、前線のオーシア軍の攪乱に努めている筈であった。中でも、先月29日にオーシアのノヴェンバー市で行われた平和式典では、同志がひそかにユークトバニア軍を手引きして都市を強襲。その中で、リムファクシ撃沈やジラーチ砂漠突破に大きな貢献を果たしたエースパイロット部隊、『ウォードッグ隊』の1人を戦死させることに成功していた。残る構成員についても、近々同志の手で『処理』される手筈になっており、当面の間戦争は継続することになるだろう。

 そう、人の怨恨が戦争の炎となり、地を焼き尽くすまで。

 

「作戦を確実なものとするため、拠点攻撃は我々およびごく少数の支援機で行う。ハルヴ隊に偽装したグラオモント隊は、サピン軍の目を引くためにも対『アークトゥルス』へ向ける。未だ『三日月』に対するレクタ軍の声望やサピンの警戒は強い。目を引く役には適任だ」

「へへ、そりゃそうだ。あいつらの抜け殻、今は存分に使わせてもらいましょう」

「………」

 

 とくん。

 胸を刺す痛みが、疼きとなって胸を突く。

 瞼の裏に残る、炎に包まれて霧に消えて行く『グリペンC』の背中。そして、自分の名を呼ぶ、怒りに満ちた叫び。いくつ夜を超えても、それは目から、耳から、けして離れることは無かった。

 裏切ることの喪失感。記憶を断つことの痛み。罪悪感と総括すべきそれらを、自分はけして忘れることはできない。

 少佐は、フィンセントは、何も感じないのだろうか。かつてのベルカを知る記憶が、同志として飛んだ時間の長さが、二人を強くしているのだろうか。

 

「…お、すげえな、こんな雨の中着陸とは。少佐、補給機が来たみたいですよ」

「件の民間業者か。オーシアの人間の割に、時間に正確だな。律儀な事だ」

 

 二人の声に引かれるように、パウラは窓の外へと目を向ける。雨に煙る滑走路、視界の悪い曇天下で、翼端灯を閃かせたC-130『ハーキュリーズ』は主脚を出し、ふわりと地に降り立つ所だった。機体側面に『L.M.A.』と記された表記を見るに、かねてから依頼していた民間の調達代行業者だろう。正規ルートで補給を受けられない『ワイバーン』の部品供給には欠かせない存在であった。

 

 すっかり冷めてしまったコーヒーを、一口呷る。

 ミルクを入れていたにも関わらず、その苦みは胸いっぱいに広がって、澱のように沈んでいった。

 

******

 

「どうすればいい」

「何をだ」

 

 相変わらず、匕首のように短い言葉。幾分苛立ちを以て言葉を返しかけた男――カルロスは、その声の主を振りむき、絶句した。

 こけた頬、目の下の隈。食事は摂っている筈だが、没入した復讐の念は相当のエネルギーを要するのか、それとも研ぎ澄ました思念が相貌にも現れたのか。その青年――エリクの顔は、日に日にやつれ、哀れにすら思える様となっていた。白みを帯びた顔色、その中で煌々と報復への光を宿す右目は、悲壮や不気味という表現すら、もはや超えてしまっているようにも見える。

 まるで、死を決したような表情。おそらく、先の『情報』が、エリクを追い込んだ結果に違いないだろう。

 

「…『ステルス』。どう、破ればいい。どうやって、奴らを墜とせばいい」

「お前…。……逃げる。機会を改め、別の機体を買って再戦を期す。それが確実だ」

 

 やはり、か。

 心中にその苦衷を察しつつ、エリクの焦燥に向け、カルロスは敢えて突き放す言葉を返した。

 『情報』――それは、『カリヴルヌス』に対し大打撃を被ったウスティオ軍が、レクタと共同して『カリヴルヌス』攻略に進むという諜報だった。その情報共有に際し、カルロスはかねて得ていた『レクタに存在する黒地に灰色帯のF-35A』の事をエリクに話したのだった。すなわち、エリクが仇と狙うグラオガイスト隊が、最新鋭ステルス戦闘機F-35A『ライトニングⅡ』を得た、という現実に直面したのである。

 

 折しもエリクは先日の戦闘で、ウスティオの『ライトニングⅡ』と交戦し、まったく歯が立たなかったことを実感している。片や、ステルス性能やスーパークルーズ能力を有する第5世代機。片や、中古型落ちの『ミラージュ5』をベースとした第3世代機『ダガーA』。性能の格差は比較することすらおこがましい程であり、単純に機体性能を比べれば、勝機は万に一つも無かった。

 

「それができれば苦労はしない!!…奴らが姿を現す絶好の機会だ。これを逃せば、そのチャンスはぐんと減る。――俺は、ここで奴を殺したい」

「無謀だ。『ミラージュ5』では勝ち目はない」

「例の赤い『タイフーン』の隊長に聞いた。あんた、旧式の『フロッガー』と『タイガーⅡ』でステルス機を撃墜したんだろ?…教えてくれ、どんな手を使ったんだ」

「……ニコラスめ、あのバカ…」

 

 唐突にエリクが質問して来た理由を察し、カルロスはがっくりと頭を抱えた。大方先日の空戦で同行した後、サピン正規軍の『エスクード隊』を率いるニコラスに聞いたのだろう。未だに情報が秘匿されている『国境なき世界』との戦闘に関する以上、本来口外は控えなければならない内容なのだが、ニコラスは武勇伝の積りで口を滑らせたに違いない。

 

 エリクが言う所は、概ね事実である。『国境なき世界』との交戦の最終局面において、カルロスは当時の隊長から受け継いだ戦闘攻撃機MiG-27M『フロッガーJ』を以て、当時F-15SE『サイレントイーグル』を駆っていたグラオガイスト隊と対峙。F-5E『タイガーⅡ』に乗るニコラスと連携して、そのうちの1機を撃墜することに成功したのだった。『サイレントイーグル』は優れた空戦能力を持つ『イーグル』にステルス能力を付与した発展機、片や『タイガーⅡ』は一世代前の軽戦闘機であり、『フロッガーJ』に至っては戦闘機ですらない。性能格差や立場で言えば、今のエリクに近いと言えなくもなかった。

 

 だが、その前提は大きく異なる。当時の空戦ではグラオガイストの1機だけが孤立した状況での空戦であり、こちらは2機で応戦できたという要素が一つ。さらにステルス打破のため、カルロスは爆風に紛れて敵機にチャフを付着させ、その反応を探知したニコラスが電波誘導式のセミアクティブ空対空ミサイル(SAAM)を撃ちこむ形で攻略した。すなわち、装備可能な武装が『ダガーA』と異なるという点がもう一つである。以上の条件を踏まえれば、やはり攻略の手は無いとしか言いようがない。

 

「チャフ。SAAM。地上付近での爆発。敵単機が孤立するという都合のいい状況。そして僚機。…お前の『ダガーA』では、まず無理だ」

「………何かある。何かある筈だ!…必ず…!!」

 

 瞳の光に焦燥と失望が入り交じり、言葉とともに視線が地に落ちる。

 絶望の淵で、それでも勝機を求めてもがくエリクの姿。どこか重なったかつての自分の姿に、カルロスは軽くため息をついた。

 その面影を抱いたまま思いを口にしてしまったのは、単なる気紛れだけではおそらく説明がつかなかっただろう。そう意識する間もなく、カルロスは口を開いていた。

 

「しいて言えば、だが。俺がさっき言った要素に…戦術に囚われるな。そもそも敵も自機も違う以上、戦術は変わってくる。いや、変えなければならない」

「…戦術を、変える…」

「重視すべきは、どう姿を捉え、どう攻撃を当てるかだ。考えろ。お前と、『ダガーA』の強みは何だ。何に優れ、何が積めて、何が足りない。――考えろ。お前の手札は、何だ」

「……!!」

 

 息を呑んだエリクの目に、光が戻っていく。

 一つ、二つ、折られるエリクの指。じわりと佇む時間、指が4つを数えた時、再び上がったエリクの顔は、凄惨な相貌の中にも希望が微かに滲んでいた。

 

「ありがとう、やっぱり年寄りの話は聞くもんだな」

「おい待て、誰が年寄りだ」

 

 遅れた陳情の声すら振り切って、エリクはこちらを顧みずに踵を返していく。

 …訂正しよう。あの自由度、そして回りを見ず直進する性情。やはりあいつは自分では無くフィオンと同類だ。今度は先より大きめのため息一つ、カルロスは中断していた機体の点検へ向かうべく、格納庫の方へと歩を進めていった。

 

 曇りがちの空、北東の空は暗く曇り、荒天の去来を告げている。

 連鎖する報復の意思。それらが集うピレニアの地も、今は豪雨の下に煙っているに違いなかった。

 


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