Ace Combat side story of 5 -The chained war-   作:びわ之樹

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《戦闘機隊各員へ連絡。本日1100時、ウスティオ領内より多数の戦爆連合体が離陸し、南下を開始したとの情報が入った。現在は我が国北部国境の山岳地帯を越え、じきにアルロン地方東部に到達する見通しである。間違いない、奴らは先日の戦闘に懲り、まずは空軍による制圧爆撃でこちらの迎撃能力を奪う積りだ。――すなわち、こちらの手に引っ掛かってくれたことになる。
予定の作戦行動に従い、本迎撃戦に対し我が軍は秘密兵器『カリヴルヌス』を投入する。戦闘機部隊各員はただちに出撃しアルロン東部山岳地帯上空に展開し、『カリヴルヌス』発動までの間制空権を維持せよ。各員通信には十分に注意し、『カリヴルヌス』発動の際には速やかに退避するように。以上だ》



第26話 白い闇の中で

 白雪に覆われた連峰が、寄せる漣のように重なって、遥か眼下を流れてゆく。

 

 高度4500、雲量5。同じ山間でもヴェスパーテとは隔たった山脈ゆえか、それともベルカやウスティオを経て吹き付ける北風のせいか、積雪はサピンの他の地とは比べものにならないほど多い。

 頭上を無感情に覆う雲、僅かなその隙間からは冷たい程に青い空。暖房をしっかり効かさなければ指先まで凍ってしまいそうな錯覚に囚われて、エリクは無為に掌を擦り合わせた。手袋を嵌めている以上暖まる訳では無いのだが、幾分でも気は紛れる。

 

 時に、2010年12月2日。

 凍空を切り裂く短剣(ダガー)を駆り、エリクはアルロン地方東部、峻厳な山岳地帯の空に在った。

 

《空中管制機『デル・タウロ』より各機へ。ウスティオ編隊は現在ボルネー山脈上空を通過、方位185へ引き続き航行中。機数34、大型機12を含む》

《なんだよ、こっちは無理して戦力集めたってのに、敵の護衛の方が数多いじゃねえか》

《『エスクード1』、士気を下げるような私語は謹んで下さい》

 

 『デル・タウロ』のコールサインを持つ管制官と思しき女の声が、()れた様子の男の声に被せられる。遥か後方に位置するE-3C『セントリー』から戦況を俯瞰しているようだが、多数の敵味方が接近しつつある様を見て取っている為か、それとも経験に乏しいのか、その声には緊張した張りが滲んでいた。

 片や、冗談交じりの余裕を飛ばす声の主は編隊の先頭。赤地に黄色の十字を染め抜く、独特の塗装パターンで彩られた『タイフーン』が4機、雁行隊形を取ってサピン編隊の先陣を率いているのが見て取れる。コールサインから判断するに、先の声の主は、おそらくその部隊の隊長機なのだろう。

 

 あいつが、そうか。

 安心したような、その一方で距離を取りたいような複雑な思いを胸中に、エリクはその機体の背を見やる。

 機種、塗装、そして尾翼のエンブレム。そのいずれもが『あの時』そのままの、見覚えのある姿だった。やはり見間違いではなく、俺はあの機体を――パイロットを知っている。

 

 『あの時』――。それは、約1か月前の事。エリクがまだレクタ空軍に属し、ハルヴ隊の一員として対サピン前線に在った時の事である。ノースオーシア州からレクタ本国へと至る空路輸送の途上、激戦区として名高い『円卓』の空で、強襲を仕掛けて来た部隊の一つがあの『エスクード』を名乗る部隊だった。徹底した一撃離脱戦術で抉り取るようにこちらの輸送機を撃墜してゆくその様は、今だ記憶に新しい。あの時はクリスの支援や隊長の指揮もありカルロスともども退けることに成功したが、一歩間違っていれば退いていたのはこちらだっただろう。独特の小隊運用、鮮血を浴びたような赤い『タイフーン』の姿は、エリクの脳裏に鮮烈に焼き付いている。

 

 何はともあれ、今回はその『タイフーン』は味方なのである。こちらの素性も露見していない以上、心強い味方がいる、程度に思っておけばいいだろう。

 複雑な思いに蓋をして、エリクは『ダガーA』の小さなキャノピーからしばし周囲を見渡す。ぽつぽつと浮かぶ機影が時折波にさらわれたように見えなくなるのは、先程より雲が低くなってきたためだろう。まだ濃霧が立ち込める程ではないため目視は容易だが、レーダーを持たず目視捕捉しか行えない『ミラージュ5』の系統機はこのような時には大層不便だった。

 

 作戦参加は、空中管制機を含めて18機。ヴェスパーテの戦力に加え、近傍の基地からの戦力も抽出した対空迎撃編制となっている。

 編隊の先頭は、先述の通りエスクード隊の『タイフーン』4機。その右翼側にはサピン空軍の制式塗装である灰色に彩られた『タイフーン』4機が連なっている。一方の左翼側には、カルロス率いるニムロッド隊のMiG-21UPG『ディビナス』が4機、これに付随するのがエリクが駆る『ダガーA』。その後方には同じヴェスパーテ基地に所属する傭兵小隊グレイヴ隊のJ-10A『ファイヤーバード』4機という編制だった。余談ながら今回は対空迎撃戦ということもあり、Su-25『フロッグフット』を駆るブリザード隊はヴェスパーテ基地にて待機という措置が取られている。

 

 戦闘攻撃機という機体特性で言えば、『ダガーA』を駆るエリクも本来ならばヴェスパーテ基地居残り組である。

 だが、今はいち早く金を稼ぎ、復讐の為の新たな機体を手に入れなければならない立場。そのためには機体性能の不利も知った事ではなく、今回も無理やり志願して随伴して来たのであった。5つあるハードポイントのうち1つには増槽を、残る4つには赤外線誘導式空対空ミサイル(AAM)を搭載し、今回は可能な限り制空仕様として仕上げてある。 レーダーを持たないという致命的な弱点こそあるものの、この機体は大本を辿れば傑作軽戦闘機『ミラージュⅢ』の末裔なのである。真向では歯が立たなくても、雲と加速性能を活かした一撃離脱ならばウスティオ軍の主力であるF-16のような第4世代機でも喰える自信はあった。

 

 氷柱のように冷たく、それでいて一心に鋭い報復への思い。僚機という頼るべき縁を失ったエリクに、今や恃むべきものは自らの力の他無く、腕と機体を信じるように操縦桿を強く握り込んだ。

 

《なぁーに、機数では劣ってても、こっちはベルカ戦争経験済みのベテラン揃い。何とかなるって、『デル・タウロ』さん》

《結構ですが、軽率な過信は程々に願います。本作戦が失敗すれば、ウスティオ軍は余勢を駆ってアルロン地方へなだれ込みかねません》

《それはまあそうだが…『グレイヴ1』より『デル・タウロ』。後ろのあのデカブツはいつまで付いて来るんだ?気が散って敵わん》

《機密につきお答えできません》

「……機密、ねぇ…」

 

 相変わらず軽い『エスクード1』と冷徹ささえ垣間見える管制官の会話に、ふと混じり込む異物――『デカブツ』の語。その言葉に応じるように、編成を確かめるべく後方へ流していた目を、エリクはそのさらに後方――空中管制機が遠目に小さく見える空域の、さらに上方へと向けた。出撃後しばらく距離2000ほど後方を飛んでいたが、数十分前に上昇を開始してからは相当距離が離れてしまっている。事前に一切聞かされていない存在に傭兵連は一様に首を傾げていたが、一切触れない正規軍の面々を前に、今の今まで聞く機会を逸していたのだ。

 

 デカブツと称される渾名に違わず、その図体はすさまじく大きい。

 上昇前にちらりと見た限りでは、その構成は非常に珍しい双胴型。大型爆撃機を2機平行に繋げたような形で、胴体の間は増設スペースで埋められており、遠目にはさながら2つの首をもたげた竜のようにも見える。強い後退角を設けた主翼にはエンジンが4つ、尾部にさらに2つ。5枚にもなる垂直尾翼も相まって、そのシルエットは極めて特異な空気を醸し出していた。サイズとしては主力爆撃機B-52『ストラトスフォートレス』を2機繋げた程度の全幅だろうが、それぞれの機首下部は大きく膨らみ、正面から見ると8の字のような構造になっているためか、B-52を2機並べるよりさらにずんぐりとした印象を受ける。

 何より特徴的なのは、2つ繋がった胴体の下部に、見慣れない機械をぶら下げている事だろう。大型の半球状ドームに、正面に設けられた門のような開口部――イメージとしては開口部を機体正面に向けた『Ω』の字に近いが、一体何の意味がある機械なのか、エリクには全く想像がつかなかった。新種のレーダーレドームに見えなくもないが、空中管制を担うE-3が随伴する中で同行するのは不自然である。先ほどのにべもない管制官の言い口といい、尋常の物ではない。

 

 事前情報の無い大型機、軍事機密の一点張り、そして制空戦に不要な筈の大型機が前線に出るという不自然な展開状況。謎を積み重ね、その結果至る結論の枝はそう多くはない。エリクの脳裏にその推測が生まれたのは、いわば当然の帰結であった。

 すなわち――もしかすると、あれこそが噂の『カリヴルヌス』なのではないか。

 

 ずんぐりとした鈍くさそうな図体、双頭をもたげる竜のようなシルエット。『エクスキャリバー』の別名たる宝剣の名とその姿がどうしても重ならず、エリクは彼方を飛ぶその姿を再び一瞥する。

 双胴の巨体はその謎すらも意に介さず、まるで霧の海に紛れる怪物のように、天覆う雲の彼方へ消えていった。

 

《『デル・タウロ』より各機、方位355より機影多数。距離4000、間もなく長距離ミサイル射程内に入ります》

《よーし、来たな。『エスクード1』よりエスクード隊ならびにカスコ隊。高機能長距離空対空ミサイル(XLAA)で先制攻撃を仕掛ける。その後は肉薄して一撃離脱だ。カルロス、いつも通りフォロー頼むぜ》

《ニコラス、今回は敵も大軍だ。程々にな。『ニムロッド1』よりニムロッド、グレイヴ各機。エスクード隊に続いて制空戦に入る。乱戦中は僚機の援護を優先しろ。『ベイル』、いいな》

「了解。せいぜい死なないように頑張ってみるさ」

 

 敵。

 鼓膜に響く通信に、エリクは大型機を脳裏から放り出して、目と意識を正面へ向けた。敵影捕捉能力で圧倒的に劣る『ダガーA』では、今まで以上に自身の『眼』が生死を分けることになる。

 ――見えた。

 雲量、さらに増えて7。押さえつけるように空を覆う曇天の下に、黒い点がぽつぽつと浮かんでいるのが見える。機数は確かに約30、機種は流石にまだ特定できない。

 

 『タイフーン』8機が左右に大きく開く。

 カルロスの『ディビナス』が、次いで黒い翼端の3機が増槽を捨てる。

 増槽投棄。兵装選択、両翼外側ハードポイントAAM。火器管制、安全装置解除。オールグリーン。

 当然ながら、赤外線誘導式のミサイルはまだ射程外である。現代の空戦において、開幕の一撃は長槍たる長距離ミサイルと相場は決まっている。

 『短剣(ダガー)』たるAAMの出番は、この機体の出番は、命を削り合う接戦となったその時。

 時の到来を見定めるべく、エリクは単眸を敵へ向けて奔らせた。

 

《エスクード、カスコ各機。XLAA発射(FOX3)

《ウスティオ軍機、ミサイル発射》

 

 三角翼の下にいくつも噴射炎が爆ぜ、電子制御の長槍が凍空を裂いて馳せ違う。

 入れ違いに殺到するは、敵からのミサイル複数。おそらく同様のXLAA。

 ミサイルアラートが鳴り響く。『タイフーン』がバレルロールに入りながら正面へと吶喊してゆく。

 左、カルロス機上昇。チャフ弾散布、次いで背面飛行。ニムロッドの3機がそれに倣って一列に上昇してゆく。

 ミサイル、2連。

 操縦桿を引き、同時にエンジンを吹かして、機体を急上昇させる。

 迫る。

 アラートが近づく。

 今背面に入ったら当たる。

 頭上、雲。絶好の位置。

 

 雲の下で背面飛行に入ったカルロス達と異なり、エリクの『ダガー』は雲の中へと入ってゆく。

 白い闇、打ち付ける水滴。ばちばちとキャノピーを打つ水音に紛れるように、ミサイルアラートはぴたりと止まり、機体は慣性の虜になったミサイルを振り切っていった。

 

《カスコ3撃墜!》

《くそ、近接信管にやられた!カスコ1被弾!》

《デル・タウロより各機へ、敵機2機の撃墜を確認。各機、敵戦闘機を優先して攻撃して下さい》

《…!?いいのか!?本命は爆撃機だろ!?》

《グレイヴ1、指示に従って下さい》

《エスクード隊、突っ込むぞ!ケツは蝙蝠連中に任せな!》

《ニムロッド各機散開。撃墜より攪乱を優先するぞ》

 

 敵2機撃墜、こちらは1機喪失。視界の利かない雲の中で聴覚を研ぎ澄まし、エリクは通信から戦況を判断する。撃墜数はこちらが上だが、元々の機数を考えると今だウスティオ有利という所だろう。聞き探った限りではエスクード隊の『タイフーン』が例の一撃離脱戦法で吶喊し、他の各隊も本隊を崩しにかかっているようである。混戦ならば、機体性能に劣る『ダガーA』でも隙を突きやすくなる。すなわち、好機と言っていい。

 

「この辺、かっ!」

 

 操縦桿を倒して機体を右ロールされ、すぐさま手前へ引いて背面飛行に入る。

 目の前で薄まる雲のベール、露わになる視界。

 遮るものが無くなった眼下では、まさに乱戦といった様相が繰り広げられていた。中央をウスティオのB-52が12機航行し、その周囲を敵味方が入り乱れて円弧を描いている。4機ひと塊となって離脱し、反転して再び襲い掛からんとする紅の『タイフーン』、その側面を固める数機のMiG-21UPG。敵はF-15『イーグル』タイプを主軸にF-16を加えた編成で構成されているようだが、そのいずれとも異なる機影もぽつぽつ垣間見える。雲が低く上空を押さえられているためか、いずれも横方向への機動が中心の、立体というよりは面で動くように両軍が展開しているように見受けられた。

 それなら。

 今や唯一頼りとなる自らの目でもって、エリクは目標を見定める。マークを受けず敵編隊直上に位置するという絶好の位置取り、爆撃機を狙うには最良の位置だが、今回は目標から外されているためそちらは狙えない。加速性能に優れるものの、運動性や打撃力で圧倒的に劣るこの機体で狙うべきは、隙を見せている敵戦闘機。特に、眼前の目標を追うあまり、上空や後方への警戒が疎かとなっている単機ならば言うことは無い。

 

 ――いた。

 眼前、降下するこちらから見て左。孤立したJ-10Aを追い、旋回行動に入っているF-15Cが1機。追われるJ-10Aは既に攻撃を受けているのだろう、煙を噴き、懸命に旋回で射線を外すことに必死になっている。

 狙い目だった。瀕死で逃げ惑う獲物を前にすれば、意識は自ずとそちらに向いてしまう。他のグレイヴ隊機もフォローに回れないあの様子では、あのF-15は追撃に一心になっているに違いない。エリクは操縦桿をわずかに引き、その2機の予測進路上へ『ダガーA』の機首を向けた。

 

 J-10Aが身を捩じらせる。

 左旋回は、しかし遅い。そもそも手負いのJ-10とF-15では格闘戦能力では話にならない。

 ミサイル射程内。しかし、『イーグル』は撃たない。弾薬を節約する積りか、執拗に距離を詰め、機銃での攻撃を狙っているように見える。つまり、後ろは見えていない。

 敵機の斜め後ろから急降下し距離を詰める。

 J-10、右旋回へ移行。

 F-15が背を追う。

 曳光弾が軌跡を刻み、J-10の翼を抉っていく。

 一つ、二つ、灰色の翼に刻まれる、致命の弾痕。

 照準の中で2機が舞う。

 炸薬仕立ての矢を打つ射手に、背から『短剣(ダガー)』が忍び寄る。

 距離、800。

 射程内。

 

「貰った!」

 

 AAMが火を宿し、2枚尾翼の尾羽を指して飛翔する。

 間髪入れず、狙うは銃撃。咄嗟に旋回するF-15の背で、エリクは肉薄し、射程の一拍外から30㎜機銃を浴びせかけた。

 鋭角を描く旋回でAAMを避ける『イーグル』。尾部を僅かに外した弾頭は、しかしその熱を感知し、至近から爆発の衝撃を浴びせかける。傷つき揺らぐ機体、懸命に身を捩る大きな翼。フレアをまき散らし逃げを打つその背へ、曳光弾の筋が殺到する。

 

 擦過。しかし、浅い。

 敵機の右後方を抜け、エリクは右へと旋回しながら目標を見上げる。至近距離のフレアに目を晦まされ狙いを外されたらしく、F-15は煙を噴きながら、それでも飛行を継続して旋回離脱に入っていった。しかし、推進器に損傷を受けたのか、その速度は『イーグル』に似つかわしくない程に鈍い。

 まだ、追いつける。

 

 即断し、見上げた目そのままに『ダガーA』が機首を上げる。

 追撃に向け切っ先を指し立てる『短剣』。その矛先へ、頭上から曳光弾が降り注いだのはその時だった。

 

「うおっ!?…くそっ、新手か!」

 

 咄嗟に左旋回した鼻先を、轟、という音と共に機影が擦過してゆく。機体を傾けその先を見やると、ウスティオ軍のF-16――胴体上部の膨らみを見る限り、先日と同様のE型か――が、速度を保ったまま機首を引き上げる様が目に入った。加速の際を制せられ、その間に被弾したF-15はこちらを振り切って逃れてゆく。

 

「厄介な…。まずはあっちか!」

 

 手負いを追うにも、あのF-16に背を追われたままではこちらが危うい。狙いを切り替えたエリクは、傾けた機体そのまま斜め下方へと旋回降下。急降下から引き上げに入るF-16の背目がけて、AAMを2発発射した。

 煙の軌跡を残して、左右に別れたミサイルがF-16Eの背を追う。

 敵機が選んだのは、旋回ではなく加速。十分に速度が乗った所で急上昇に入り、上昇の最中で機体をロールし捻り上げ、その側面をミサイルに晒す機動を取った。

 一瞬、ミサイルの目が欺瞞され、投影面積が減ったその瞬間、敵機はフレアを散布。この機を置いて他にないという絶好のタイミングでミサイルを引き離し、ロールを終えたF-16は旋回の上端で背面に入って、こちらの同高度正面に位置した。フレアに引き寄せられたミサイルが近接信管を作動させたのは、F-16がその戦闘機動――やや変則のインメルマンターンを終えた頃のことである。

 

 正面、肉薄。

 鮮やかな回避行動を見せた敵機に見とれる間もなく、正面に位置したF-16Eからミサイルが放たれる。

 この機体では、下手にバレルロールをしては却って機動を鈍らせる。

 針路は、わずかに斜め上。

 すなわち機体下方でミサイルをいなし、返す刀で機銃を穿つ。

 迫るミサイルは正面から軌跡を描き、上昇に伴い視界から一瞬消える。

 二筋、爆発。破片が機体を撃ち、振動が機体を苛む。だが、致命ではない。

 同時に放った機銃弾が、目標を捉えたのはコンマ数秒。

 ぴしり、と視界の端に一瞬火花が爆ぜ、エリクの『ダガーA』とウスティオのF-16Eは正面から馳せ違った。

 

「やるな…!並みのパイロットじゃない」

 

 操縦桿を握る手が軋み、噛みしめる奥歯。同時にエリクの口元に浮かぶのは、従前のような快活な笑みだった。直上からの奇襲、変則インメルマンターンでの回避、回避と攻撃を一体化させた背面からの肉薄攻撃。報復という悲壮な決意を胸にしてからこのかた、これほど楽しい戦いがあっただろうか。

 左旋回、やや上昇。翻れば、敵も横方向への旋回に入り、横倒しとなった巴戦の様相を呈している。どうやらあの敵も、こちらを目標と見定めたらしい。

 

《グレイヴ4被弾。戦域から離脱する》

《エスクード1、1キル!いいぞ!》

《ニコラス、気を付けろ。敵にも動きの良い機体がいる》

《デル・タウロより各機、空域へ少数機の接近を確認。カリヴルヌス発動まであと少しです、持ち堪えて下さい》

 

 通信に入る雑音を意識の外にしながら、エリクは旋回を続ける敵の姿を追う。

 雲量、さらに増えて9。徐々に視界が悪くなり、雲を纏う山肌が見え隠れする中で、F-16Eは確実にこちらの尻を捉えつつある。元より旧式のデルタ翼機で、F-16相手に格闘戦で敵う筈もない。

 さて、どうする。

 上空の雲に逃げる?高度を少々失った今となっては、おそらく逃げ込む前に追いつかれる。

 では、側方の山に立ち込める雲の中はどうか。チャンスはあるが、山肌に衝突するリスクも相応にある。いや、運動性に劣るこちらの方がむしろその危険は高い。

 加速で逃げる?最も目としては強いが、先日の戦闘の通り、F-16Eの加速性能は高い。振り切れるかどうかは五分だろう。

 それなら。エリクは警報を聞き流しながら、周囲に目を走らせた。上空には格闘戦を行うF-15と『タイフーン』。遥か前には悠々と飛ぶB-52。燃えて墜ちてゆく灰色の機体。同空域にぽかりと浮かぶ羊雲。

 ――雲。

 

「…狙うか!一か八かだ!」

 

 前方、やや上方に浮かぶ中型の雲を捉え、エリクは旋回を止めて機体を水平へと戻した。格闘戦の勝敗を見極め、後方の敵機は速度を速めて接近して来る。

 背中に迫る。

 雲が近づく。

 後方、1500。前、だいたい500。

 背後から、ミサイルの射程の捉えられる二拍ほど外で、エリクは一気に減速を仕掛け、そのまま雲へと突入した。さほど大きくないこの雲に入っていられる――すなわち敵から姿を晦ませられるのは、持って3秒。その間に、敵の意表を突いて一気に勝負を決めなければならない。

 こちらの行動に対し、敵が採りうる行動は二つ。その二択のどちらを選んだかで、勝敗は分かたれる。

 雲の手前から急減速したエリクは、意を決して操縦桿を倒し、そのまま手前へと引いて背面降下。雲の下端へ向けて急降下し、明るさが増した所で操縦桿を思い切り引き上げた。

 

 機体が水平となり雲から抜け出る。視界が、明るさで一瞬幻惑される。どこだ、敵は。どちらを採った。

 雲の下端から抜け、見上げたその先。そこには、先程のF-16Eが雲を迂回し、速度を落として右旋回に入っている様が目に入った。位置としてはこちらの斜め上方700ほど、こちらに機体下部を見せた状態となっている。すなわち、敵に取ってこちらは死角。

 

 操縦桿を引く。機首、仰角。フットペダル押下、増速。

 翼が風を孕む。敵の翼が近づく。

 兵装選択、残ったAAM1基。

 目標たるこちらが雲を突き抜けて来ないことに、敵の翼がかすかに揺らぐ。

 惜しい。だが、もう遅い。

 距離、500。

 

「貰った!!」

 

 宣告の言葉がボタンを押し、ミサイルが、次いで機銃が照準の中心へ向けて放たれる。

 全てを察し、右へと機体を翻す敵機。しかし、あまりにも至近に過ぎたその距離は、そのパイロットの腕でさえ埋めることは叶わず。AAMはその右翼を粉々に打ち砕き、続いて殺到した30㎜弾が胴体を捉えて、貫いた灰色を炎へ変えた。

 

 こちらが雲へ突入した時、敵が採りうる手は二つだった。すなわち、一つは雲の中でのオーバーシュートを警戒し、減速しつつ雲を迂回して雲から出たこちらを狙い撃つ手。そしてもう一つはオーバーシュートのリスクを敢えて踏み、雲へと突入して至近から銃撃を浴びせる手である。今回敵は前者を選び、迂回した所で隙を撃たれる形となったのだ。もし後者を取られていれば、減速し至近距離を捉えられたこちらに回避の術はなく、雲の中で蜂の巣になり落とされていただろう。

 

 汗、一筋。

 四散して堕ち行くF-16Eへ、エリクは旋回し一瞥を送る。

 名も知らぬ強敵を退けた、身を浸す感慨。それを打ち消したのは、予想だにしない女の声だった。

 

《あらあらあら、素晴らしい腕前でしたわエリク様。御見それいたしました》

「…!?こ、この声…!?」

 

 血なまぐさい空戦にそぐわない和やかなほどの声音。なぜかぞっとしたものを感じながら、エリクは反射的に周囲を見回した。

 煙を噴く戦闘機、フレアを撒く黒い翼端の機体。見上げ、視界を飛ばし、そしてそれが最後に至った先――すなわちこちらの眼下。声の主は、血で血を洗う激戦の下を、悠々と飛んでいた。空戦中であることも忘れ、エリクは思わずそちらへと機体を向けてゆく。

 

 間違いない、ポピュラーな輸送機であるC-130。ただし国籍マークは記さず、代わりに主翼や胴体にL.M.A.というエンブレムが施されている。

 サヤカ・タカシナ。ルーメン・メディエイション・エージェンシー社員を名乗り、傭兵に武器を売り歩く死の商人。基地で出合いこそすれ、まさかこんな空戦の最中に出会うとは想像の外と言っていい。それも、非武装の輸送機で戦場を横断するとは。

 

「な…何やってんだアンタ!ここを何処だと思ってるんだよ、戦闘中だぞ!」

《嫌ですわ、わたくし達は困っている方々を援けるのが社命、ご用命とあらばどんな時でもどこへでも、でございますから。丁度ゲベートやレクタで業務を行った帰路で、こちらに至ったという訳でございます》

 

 おっとりのんびりとした女の声に、エリクは思わず頭を抱えそうになった。

 戦場を堂々と横断する所もそうだが、今やサピンに取って敵国であるレクタへ行き、あろうことか商売をして来たと臆面も無く言い放つアクの強さもその原因だろう。胡散臭さもアクの強さも、ここまで来れば立派である。

 

「…と、ともかくだ。あんたら早く雲に紛れて逃げろ。この空域はまだ…」

《エリク、ぼんやりするな!直上から2機!気を付けろ、速いぞ!》

「!?ち…!とにかく伝えたからな!攻撃は引き付けてやるからさっさと空域を離脱しろよ!」

《あらあら、紳士でございますねエリク様。わたくし照れてしまいます》

 

 確実に照れなど一切感じていないサヤカの口調を速やかに脳裏から追い出し、エリクは翻した機体から上を見上げる。機数は2、確かに直上。逃げの一手を打ってもいいが、せめて数十秒は稼がないとサヤカのC-130が追いつかれてしまう。

 直上、ミサイルアラート。機体を水平に戻し、機体を加速させる。ミサイルとこちらのベクトルがほぼ直交するこの位置取りでは、そうそう当たるものではない。

 遥か後方を擦過するミサイル、それを見定めて引き上げる操縦桿。インメルマンターンの要領で高度を稼ぎ水平に戻ったエリクは、同じくこちらと同高度で旋回に入った敵機の姿を具に捉えた。

 ――瞬間、驚愕した。

 

 スマートな形状のF-16タイプとも、角ばった武骨なスタイルのF-15タイプとも、それは異なっている。

 流麗で滑らかな機体形状、F-15と比べ短く太い機首、そして歪んだ菱形のような主翼。斜め外側に開いた尾翼といい、ずんぐりとした胴体といい、その姿は噂に聞くF-35A『ライトニングⅡ』と見て間違いない。

 だが、エリクが驚愕したのは、その機種ゆえだけではない。一度見た者を忘れさせぬ、その塗装だった。

 2機は、いずれも灰色地。一方の1機は両翼端と両尾翼端を斜めに青く染め、残る1機は右翼を中ほどから赤く染め抜いている。レクタ空軍の頃から見知ったその姿は、間違える筈もない。

 

「…『ガルム隊』のF-35…!!こんな時に!」

 

 円卓の鬼神。魔王。地獄の番犬――。

 悪鬼とも英雄とも謳われる、15年前のベルカ戦争の大エースが施していた塗装パターン。その姿を受け継いだ二人と、エリクはかつて見えたことがあった。かつての先代『ガルム隊』を知るカルロスやロベルト隊長曰く『腕前は先代の方が上』とのことだが、今の二代目でさえ、自分を遥かに上回る鮮やかな技量を持っていたことは鮮明に記憶に残っている。

 あろうことか、その二人とこのタイミングで見えることになろうとは。しかも、向うは最新鋭機、こちらは型落ちの第3世代機である。勝ち目は到底無い。

 

「時間を稼いで雲に逃げるしかないか…!」

 

 予期せぬ邂逅に臍を噛みながら、エリクは操縦桿を握る手を強め、ガルム隊の出方を見定める。こちらの正面で2機は旋回し、左右両翼からそれぞれ襲い掛かるべく位置取りを始めていた。向かって右はガルム1、左はガルム2。こちらの左右斜め上から、加速とともに撃ち下せる位置。

 上昇では、まず逃れられない。ヘッドオンでも、向うの方が機銃の性能も射撃術も上である。到底凌ぎきれない。

 ならば。リスクを覚悟で、加速を以て突っ切る他ない。

 

 歯を食いしばる。フットペダルを押し込む。

 加速。ぐん、とGが強まり、回転数が圧となって体を座席に押し付ける。

 斜め上、2機。

 機首をやや内側に、まるで鋏で押し切るように距離を、退路を詰めてくる。

 行けるか。完全に退路が閉じるまでに抜けられるか。

 ミサイルアラートが鳴る。

 曳光弾がギロチンの刃のごとく迫る。

 炸裂音が機体を苛む。

 爆発。近接信管。

 『ダガー』の翼がその焔を振り切っていく。

 

 ごう、と頭上を過ぎる衝撃音。主翼と胴体に弾痕を幾つか刻まれながら、エリクの『ダガーA』はなおもエンジンを吹かし、鬼神の両刃から翼を躱し得た。さしもの『ガルム』も機体にまだ慣れていないのか、幸いにして被弾はそこまで多くはない。後方警戒ミラーの中で、2機はすぐさま旋回し、こちらへと追撃を仕掛けつつある。

 

《デル・タウロより各機へ、カリヴルヌス発動カウントダウン開始。速やかに戦線より離脱を開始して下さい》

《アークトゥルスよりカリヴルヌス、所定位置に就いた。収束レベル2に設定、減衰距離4000》

《カリヴルヌス了解。3秒間の照射ののち一次冷却に入る。照射位置リンク完了》

《こちらニムロッド1、僚機の撤退を支援した後こちらも撤退する。『ベイル』、大丈夫か》

「なんとかして見せる!…あとは祈っといてくれ!」

 

 カリヴルヌス、起動開始。

 目前の窮状からはっと我に返り、エリクは一瞬空を見上げる。未だに乱戦模様は継続しているものの、生き残った『タイフーン』部隊から順に、サピンの航空部隊は順次撤退を開始している様が見て取れた。見上げた限り爆撃機はいずれも健在、護衛の戦闘機も半数以上が生き残っている。

 ともあれ、今はこちらである。背後を追うガルム隊は猛追中、高度差が開いた今となってはカルロス達の援護も期待できない。アフターバーナーを使用せずとも超音速飛行が可能なスーパークルーズ能力をフルに活かし、2機のF-35は瞬く間に距離を詰めて来る。

 

 目算距離、1500、1300、1000。

 距離が瞬く間に狭まり、灰色の機体が視界一杯に大きく映える。ミサイルを使い果たしたのか発射の気配こそないものの、もとより殆ど丸腰のこちらに対抗の術が無い以上、致命的な状況には変わりはない。旧式機1機を落とすのに訳はないと、一歩、また一歩と距離は狭まっていく。

 加速はこれ以上効かない。ならば、せめて。

 

 押し込むフットペダルは、減速側。

 瞬間、がくん、と機体が揺れ、エリクの『ダガーA』は急減速に揺れた。加速する敵機との速度差で攻撃を受ける時間を極力減らすための苦肉の策だが、加速性能に優れるデルタ翼が災いし、急減速といえども『ダガー』の速度は急には下がらない。

 敵が、一気に肉薄する。

 二筋の光軸が殺到する。

 くそったれ。こんな、こんな所で――死んで、たまるか。

 操縦桿を傾ける。出鱈目にロールを加え、落ちた速度で懸命に身を捩る。

 

 被弾音。

 衝撃波。

 そして、過ぎゆく轟音。

 いつの間にか閉じていた目を恐る恐る開くと、2機のF-35は速度差そのままに頭上を通過し、遥か先で旋回に入る所だった。

 

「…?」

 

 おかしい。

 こちらの出鱈目な回避機動が功を奏したのかもしれないが、あの『ガルム隊』がそれだけで攪乱されるだろうか。ミサイルが切れても正確な機銃射撃で敵機を撃墜していた、あの二人が。機体に慣れていないという要素だけでは無い。――明らかに、射撃精度が違う。

 まさか。

 

《エリク、早く退け!もう照射まで時間が無い!!》

「俺だって退きたいのは山々なんだけど、な…!」

 

 カルロスの必死な声も、目前の戦況に打ち消される。

 仮にその『仮説』が真だとしても、この状況ではこちらが圧倒的に不利である。このまま回避しおおせられるものではない。

 旋回を終えた2機が、再び正面からこちらを捉える。

 今度こそ、本当に避けきれるだろうか。高度を失い、逃げ場のないこの状況で。

 

 正面。距離、2000。

 来る。

 

 その瞬間は、しかし宣告の声とともに消え失せ、ついぞ来ることは無かった。

 

《カリヴルヌス、照射》

 

 間、2拍。

 思わず空を見上げたその瞬間、エリクは絶句した。

 

 雲を切り裂き、天から降り注ぐ無数の光。

 鮮やかな黄色の光軸がいくつも、まるで光の雨のように一帯へと降り注いだのだ。濡れ紙のように雲は破れて蒸発し、光の雨に触れたB-52が瞬く間に四分五裂して、爆発とともに空に消えていく。直撃を受け翼を千切られるF-15、片翼を失って姿勢を崩し、僚機に衝突するB-52。阿鼻叫喚の巷と化した上空では、人々の悲鳴すらも蒸発し、光軸に貫かれて消えていく。

 

 時間にして、わずか数秒。

 20機以上が残っていた筈のウスティオ編隊は、無数の雨に貫かれ、文字通り壊滅していた。B-52は全て爆炎に消え、僅かに生き残った戦闘機が狼狽したように旋回している。先程まで何人もが飛んでいたとは到底信じられない、死の空。焼け焦げて流星のように墜ちてゆく残骸の他に、その命の残滓を物語るものは残っていない。

 『ガルム』の2機もそれを見、不利を察したのだろう、機首を挙げて鼻先を北へと向けていった。それに呼応したように、残存機も身を翻して北へと向かっていく。

 

 一瞬にして、雲が消えた空。その遥か上空には、先程の双胴機が、辛うじて見えるほどの高高度に浮かんでいるのが見える。こうなれば、もう疑いようは無い。――やはり、あれこそが秘密兵器だったのだ。

 

「あれが…。…あんな、ものが…」

《あらあら、これは貴重なものを拝見できました。…さて、エリク様、ご無事で何よりですわ。さ、一緒に引き上げましょう》

 

 とうに逃げたはずの声が、呆気に取られたエリクの鼓膜をのんびり揺らす。

 『ダガー』が向けていた鼻先、今だ残る雲の塊から姿を見せたのは、言うまでも無くサヤカのC-130。逃げたと見せかけ、しっかり先の兵器を見ていたらしい。もはや通信を送るのも面倒になり、エリクは無言のままC-130の隣に随伴した。

 

 カリヴルヌスの威力。謎多い双胴機。

 予想外の連続に沸騰する頭を懸命に鎮め、ともかくも思考を落ち着かせる。

 あの威力には驚いたが、その素性はあくまでサピンの秘密兵器である。あの双胴機もおそらくその本体か何かであり、頼りになる味方程度に思っていればいい。

 静けさを取り戻した脳裏に、澱として残るのはあのガルム隊である。塗装パターンは確かにガルム隊だったが、射撃技術を見る限り、その技量は明らかに前に出会った時と比べて劣っていた。

 

 エリクの脳裏に浮かんだ仮説は、そこである。

 かつて、自分たちハルヴ隊は、戦争のコントロールを目指すベルカ残党――カスパルによって謀殺された。意図せずして戦場をひっくり返すエースは、戦争のコントロールに有害なため…というのがその趣旨という訳である。翻って、ガルム隊はウスティオを代表するエース部隊。言うなれば、ハルヴ隊の立ち位置と非常に似ていた。

 つまり。

 本来のガルム隊は、ハルヴ隊同様にベルカ残党によって謀殺され――少なくとも空に上がれない状態となって、代わりに何者かがすり替わっているのではないか。おそらくは、ベルカ残党の意を受けた者が。

 

「…サヤカ」

《はい?何でございましょう、エリク様。ご用命ですか?》

「…あんたらは、サピン以外にもウスティオやレクタにも立ち寄るんだよな。武器弾薬や機体以外のもの…例えば『情報』なんかも仕入れられるのか?」

《はい、お安い御用でございますよ。ご予算次第で、気になるあの子の下着の色から核弾頭発射コードまで…》

「それなら、一つ頼みたい」

《はい?》

 

 半ば冗談めかしたサヤカの言葉を遮り、エリクは依頼を口にする。

 これが、どこまで意味を持つかは分からない。新たな機体や兵器を買わねばならない今、無駄に資金を費やせないのは分かっている。それを意識しながらも、エリクはそれを提案せずにはいられなかった。一つには、ベルカ残党の手がどこまで伸びているのかを予備知識として知るため。そしてもう一つは、自らの読みの真贋を知りたいがため。我ながら気紛れが過ぎるが、再び相まみえる可能性もある以上、確かめておいて損は無い筈だった。

 

「現『ガルム隊』の素性。所属基地。ここ数か月の動向。不審な人物との接触の形跡。その他分かる限りの情報を集めてくれ」

 

 ヴェスパーテを指す二つの機影が、応える言葉とともに白い闇へと呑まれてゆく。

 この思い付きが、何をもたらすのか。この時のエリクには、未だ知る由も無かった。

 




《作戦は大成功だ。『カリヴルヌス』の投入により、ウスティオ戦爆連合は壊滅した。これで、ウスティオ軍もしばらくサピン侵攻は見送らざるを得ないだろう。既に、アルロン地方に残存していたウスティオ機甲部隊も撤退を開始したとの情報が入っている。サピンの国土は護られた、我が軍の大勝利だ。
大勝を祝し、今夜は司令からホットウイスキーがふるまわれるそうだ。存分に祝おうではないか》

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