Ace Combat side story of 5 -The chained war-   作:びわ之樹

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《各員へ、改めて作戦を伝える。
昨日2200時、ウスティオ軍は国境付近に展開していた機甲部隊を前進させ、我が国との国境を侵犯、現在アルロン地方北部を進軍しつつある。敵は戦車や対空車輛を中心とした装甲機動部隊が主軸であり、多数の歩兵部隊と空挺部隊が付随している。一方で友軍は171号線上のアーレ川沿岸まで後退中であり、増援の榴弾砲大隊とともに迎撃陣地を構築中である。
敵の進軍が早まった以上、友軍の撤退支援と悠長な事は言っていられない状況になった。
第一攻撃目標、進軍する全てのウスティオ戦闘車両。第二攻撃目標、敵空挺部隊。陸空の脅威を可能な限り掃討し、侵攻する敵の意図を頓挫せしめよ。奴らにアルロンの地を渡すな》



第25話 攻防、171号線

 凍てつくような白い太陽が、空を冷たく照らしている。

 雲量0、快晴。遮るもの一つない広大な大地は、早朝の太陽が照らし上げる空の白色と、地面を覆う褐色、そして眼下に広がる農地を割いて北へと伸びる、幹線道路171号線の藍色しか見て取ることができない。数か月前ならば小麦の黄金色の波がさざなんでいたであろう農地も、とうの昔に春まき小麦の収穫を終えた今となっては、わずかに残った麦わらにしか豊穣の気配を宿していなかった。もう数週間もすれば、この光景すらも雪が真っ白に覆ってしまうのだろう。

 

 懐かしい。

 戦場へ向かうにしては些か場違いなそんな感慨を抱きながら、愛機MiG-21UPG『ディビナス』のコクピットから、男――カルロスは眼下の光景を見下ろしていた。15年前は黄金色の麦穂の波、そして今は鈍色の大地。色彩と季節の違いこそあれど、その地が持つ豊沃な地力と戦略的な意味は、15年経った今でも何一つ変わってはいない。

 

 アルロン地方――サピン王国の北西部に位置する一大農業地帯。肥沃な土壌に加え、農耕に適した高低差の少ない平原という立地、テムズ川・アーレ川水系から与えられる水利、そして首都グラン・ルギドや隣国まで繋がる幹線道路を有することから、この一帯は古くから穀倉地帯として栄えて来た。その事情は21世紀となった今の世でも変わることはなく、ここアルロン地方は今なおサピン王国の食糧需要を担う一大生産地として君臨している。

 しかしそれゆえに、この地は古くから争奪の対象となって来た。アルロンという大農耕地帯の奪取はグラン・ルギドの喉首を掴むことにも直結する上、幹線道路を有した平原という立地上大軍を展開しやすく、幹線道路を通じて速やかにサピン内陸や隣国にまで戦力を展開できるためというのが、その主な理由である。古くは中世のベルカ王朝との戦争、20世紀初頭のオーシア戦争など、その例を挙げれば枚挙に暇がない。

 

 その最も直近たる例が、15年前のベルカ戦争であった。

 戦争初頭、破竹の勢いで快進撃を続けるベルカ軍の前に、周辺諸国は瞬く間に国土を蹂躙、敗勢に次ぐ敗勢を余儀なくされた。サピンにおいてもそれは例外でなく、ウスティオの孤立とサピン領内への橋頭保確保の点からベルカ軍にアルロン地方を占領され、以後オーシアを主軸とした反攻作戦が開始されるまでその奪還が叶わなかったのだ。カルロスもその際のアルロン地方奪還作戦において、サピンの傭兵として参戦したことがある。

 

 以上を踏まえれば、今ウスティオがアルロン奪取に乗り出したことも頷ける。

 一度国境さえ越えてしまえば、アルロン地方は広大な平地である。陸戦戦力を展開するに極めて易く、迎撃する側にしてみればその駆逐には相当の時間と労力を要することになるだろう。幹線道路を通じればウスティオ本国からの補給も容易な上、速やかにサピン首都グラン・ルギドへ兵力を送ることもでき、絶えず脅威を与え続けることが可能となる。国力で劣るウスティオにしてみれば、労少なく利が大きい制圧目標に違いないのだ。

 だからこそ、これまでサピンもアルロン地方の守りを固め、今まで制圧を許さなかったのだが――なぜここに来て戦力を引き上げ、わざわざ国内へウスティオ軍を引き寄せる悪手を取ったのか。いくら考えようとも、その答えは容易には浮かんで来ない。…まさか事前情報に聞いた秘密兵器『カリヴルヌス』とやらに、サピンがそこまで頼り切っている訳でもあるまいに。

 

 疑念一つ飲み込んで、益体も無い思考を脳裏の外へ放り出してから、カルロスは眼下を走る大地へと視線を戻した。いかに強力な兵器があったとして、今回の作戦にそれが組み込まれていない以上、『無いものはない』のだ。自分の手札を正確に把握しなければ、戦術を立てられるものではない。

 

「ニムロッド1より空中管制機『デル・タウロ』。飛行行程を順調に消化中。敵の状況知らせ」

《こちらデル・タウロ。現在、ウスティオ軍はアーレ橋の北40㎞地点を、幹線道路171号線に沿い南下中である。戦車を主軸とした陸戦戦力約30、随伴歩兵多数。上空に護衛機の姿も確認されている。友軍はアーレ橋南岸で迎撃態勢を構築中だが、撤退中の第11戦車大隊が北岸に取り残され追撃を受けつつある。各機速やかに急行し、第11戦車大隊を支援しつつ敵陸戦部隊を掃討せよ》

 

 敵の位置、数、そして友軍の状況。全てを脳裏に叩き込み、カルロスは戦況を俯瞰した。

 今回の作戦では、比較的近いヴェスパーテ基地の戦力が第一波となり、順次他の基地の部隊が波状攻撃を仕掛けることになっている。戦力の整った敵へ最初に攻撃を仕掛けることを考慮してだろう、ヴェスパーテからは動員機数13機という、ほとんど全力と言っていい戦力抽出を行っていた。

 先頭を飛ぶのは、カルロスを長とした『ニムロッド隊』のMiG-21UPGが4機。右後方には制空を担う『グレイヴ隊』のJ-10A『ファイヤーバード』が4機、やや高度を高めに取って続いている。一方左後方に布陣するのは、Su-25『フロッグフット』4機で構成された『ブリザード隊』。対地攻撃を専門とする『フロッグフット』を駆ることからも分かる通り地上掃討を専門とした隊であり、今回の作戦における主軸となる。戦術としては上空の護衛機をグレイヴ隊が抑え、その隙にブリザード隊が地上を掃討。ニムロッド隊は空陸の状況に合わせて、臨機応変に対応するという形である。

 

 そして――。4機編制3小隊の計12機を数えた所で、唯一その枠に収まらない『員数外』の1機の姿は、カルロスから見て左前下方にあった。一足先に敵へ襲い掛からんとばかりに、その位置は各小隊から見てもやや前進傾向にある。

 まったく、あのバカは。

 その姿を見て、カルロスは呆れ交じりの溜息を禁じ得なかった。

 

 眼下の『員数外』――それは言うまでも無く、エリクが駆る『ダガーA』の事である。

 灰色に彩られたサピン制式カラーの塗装パターンだが、その左翼の2/3ほどから先は黒く塗られ、その上に幅広の三日月が黄色くでかでかと描かれている。当然エリクが借りる前の『ダガーA』の塗装ではなく、出撃前に格納庫に閉じこもっていたエリクが自らの手で塗り上げたに違いない。こちらが僚機にまでその素性を隠しているにも関わらず、当のエリク本人が『ハルヴ隊』を連想させる塗装を持ち出してくるとは流石に想像していなかった。強いて言えば元の塗装は細い三日月が4つ重なった意匠であったのに対し今回のものは幅広の三日月が一つだけ、月の上には小さく五芒星の星が記されている点も異なっているが、まさかこれだけで言い逃れようという訳でも無いだろう。

 人の気も知らず――いや、知ってなお意図的に無視しているのかもしれないが――、自由な奴め。強さといい、目的の為に手段を択ばない一途さといい、周りを意に介しない自由さといい、奴に本当によく似ている。

 

 思いの締めに溜息一つ、今度こそカルロスは余計な思考を追い出した。既に眼下には迎撃態勢を取る友軍が見え始め、地平線の先にはちらちらと影も認められるようになっている。おそらく、撤退しつつある取り残された友軍の先鋒に違いない。

 

「ニムロッド1より各機、護衛目標を視認。予定通り地上、空中の脅威それぞれに対応する。対空砲火に注意しろ」

《了解。『ベイル』よりニムロッド1、先行する》

《な…あいつ、話聞けってのに!何が了解だよ!》

 

 通信を送った矢先、眼下の『ダガーA』が放たれた矢のように地平線へ向け速度を速めてゆく。自らの腕の過信か、それとも仮初めの仲間の手は借りないという意固地なまでの意思表示か。ニムロッド3――フラヴィの文句を横耳に挟みながら、カルロスは人知れず頭を抱えた。

 

******

 

 灰色の三角翼が、見る見る風を孕んで脚を速めていく。

 空戦性能が劣る戦闘攻撃機である所の『ミラージュ5』が元とはいえ、流石は傑作戦闘機『ミラージュⅢ』の一族というべきか。踏み込んだフットペダルの重さをそのまま宿すように、『ダガーA』は速度を上げ、橋の南岸に屯する友軍も、後方を飛ぶカルロス達すらも振り切るように北へとひた駆けていく。前の搭乗員が丁寧に管理をしていたのだろう、旧式機ながら加速の伸びや機体のレスポンスは思った以上に良好だった。

 

《ニムロッド1よりベイル、無茶をするな、火線が集中するぞ!》

《やー、流石は若いねぇ》

《言ってる場合かいブラッド!おい、聞こえてんのかあんた!》

 

 背から降るいくつもの声を視界の外にしながら、正面に目を向けて目標を探る。上空から見た限りでは、171号線をひたすらに南下する一団、そしてそれを追ういくつもの砂煙が立ち上っているのが見えた。事前情報と照らし合わせれば、前者が撤退するサピンの戦車大隊、後ろを追っているのがウスティオの侵攻部隊という所だろう。

 

 『ベイル』、か。

 自分自身馴染まないそのTACネームを口中に呟きながら、エリクはちらりと機体の左翼へと目を向ける。左目を失った今となっては左翼を見るのも一苦労だが、その視界の端には確かに、夜空を示す黒地を背にした、昇る三日月を象った塗装が見て取れた。

 それは言うまでも無く、レクタの頃から使い続けて来た『ハルヴ隊』の塗装パターンである。唯一生き残った『三日月』として奴らへの復讐を果たすために飛ぶ空は、この姿でなければならなかった。

 もっとも、厳密に言えばその意匠は前のものと微妙に異なる。一つには三日月の形、もう一つには付随した五芒星の星がその最たる点だろう。

 

 三日月の形に関しては、『ハルヴ隊』の頃は細身の三日月が少しずつ下方へずれながら、4つ連なる意匠だった。遠目に見れば、黒地を背にした一つの大きな三日月にも、ラティオからの呼び名となった湾曲型のチョップナイフ『メッザ・ルーナ』にも見えるという訳である。

 それを再現するに当たり、エリクはそのデザインを『一つの大きな三日月』へと改めた。元々は4人揃った小隊として連なる三日月を象るデザインだった訳だが、今や生き残ったハルヴ隊は自分一人。その現実を前にした痛みを新たなものとするため、エリクは敢えてこのデザインを選んだのである。遠目の姿はより斧の刃に近くなり、その様にちなんでTACネームもレクタの言葉で『斧』を示す『ベイル』を選んだのであった。

 

 もう一点、デザインに加わった変更点である所の『三日月の上に浮かぶ五芒星』は、単純にエリクの思い付きである。一見すれば月と星という調和した、見ようによっては些かメルヘンな印象すら与える姿だが、そのデザインにはエリクにとって誓いともゲン担ぎとも言うべき思いが込められていた。

 五芒星――すなわち頂点を5つ持つ星のデザインは、見様を変えれば5つの『V』の字を合わせた(かたち)とも言える。その様に、エリクは5つの『V』に始まる思いを託したのだ。

 すなわち、一つはロベルト隊長たち3人の魂を示す『Victim(犠牲)』。二つ目には犠牲への追悼を込めた『Vengeance(復讐)』。三つ目には復讐を成し遂げる意志である所の『Verdict(審判)』。そして四つ目には、それらを心に刻み付けた証である『Vow(誓い)』。そのいずれにも、全てを捨ててでもひたむきに復讐を成し遂げんとするエリクの激しい思いが――かつての幸福と仲間たちへの思いの裏返しが刻み付けられていた。

…ちなみに五つ目の『V』については、乗機となった『ダガーA』の前身である『ミラージュ5』の『5』を『V』に見立てたものである。報復への思いに機体への信頼というゲンを担ぎ、『ハルヴ』のエンブレムに加えたというのがその偽らざる所だった。

 

 朝日に映える月と星。網膜に焼き付いたその姿を残し、視線を前に戻して、力を籠めるように奥歯を噛む。

 すなわち、全ては隊長やクリス、ヴィルさんへの弔いの――『ハルヴ』への思いのため。大切な仲間を奪った奴らへの報復の為の姿である。

 カルロス達には悪いが、俺にとって『仲間』は、ハルヴ隊をおいて他にはいない。――他には、いなかった。

 

 詰めた息、視線が向かう先。既に撤退する友軍は眼下を過ぎ、田園を横切る戦車の群れが、エリクの目の前に捉えられつつあった。

 

「目標を射界に収めた。攻撃にかかる」

《ち…!戻れ!護衛機8、上空から被ってくるぞ!》

 

 カルロスの声が、右目で照準を見定めるエリクの鼓膜を五月蝿く突き立てる。言われずとも、エリクは高度2500辺りに布陣する8つの機影を見て取っていた。対空用のレーダーを搭載していない『ダガーA』ではサブタイプまで判別はできないが、遠目に見えたシルエットからは、おそらくウスティオの主力機F-16シリーズと察せられる。

 上空に翻る、8つの翼。それらを意にも介さず、エリクは操縦桿を押し、機体を地表近くまで降下させた。

 兵装選択、対地攻撃用の無誘導爆弾(UGB)。両翼3発ずつの計6発。残るハードポイントの1つには増槽、2つには赤外線誘導式短距離空対空ミサイル(AAM)を装備しているため、要である対地兵装はこれきり搭載していない。

 では、手持ちのこれらで最大限の威力を発揮させるには。

 高度1200、1000、800。高度計が見る見る数値を下げる中、エリクは全ての武装を抱えたまま、無造作に敵の真正面へと突入していった。

 

《っ…!あのバカ、増槽つけっぱなしですよ隊長!》

《く…!グレイヴ各機、制空戦闘開始。ブリザード隊は対地攻撃を開始しろ!ニムロッド各機は『ベイル』のフォロー、その後制空にかかる!》

 

 高度700、直上にF-16の影。先行する2機がこちらへ機銃掃射を浴びせかける。直交するベクトルでは、そうそう当たるものじゃない。

 正面、戦車2、対空車輛3、装甲車1。随伴歩兵多数。

 歩兵が車両の後ろへ隠れる。

 移動式対空砲(AAM)が連装砲から銃弾を雨のように放ち始める。

 1発、2発、3発。

 真正面からの攻撃では、こちらの回避も制限される。主翼や胴体に被弾痕が穿たれ、キャノピーの右側にヒビが入った。

 だがもう少し。

 あと100m。

 戦車が散る。

 胴体下部に衝撃が走る。

 ――今。

 

「この辺、かっ!」

 

 照準が集団の中心を捉えた瞬間、エリクは兵装発射ボタンを押下。胴体下の増槽を、次いで全てのUGBを投下し、速度を速めて上空を擦過した。

 銃弾の雨で増槽が穿たれ、落着のショックで燃料がまき散らされる。

 わずか数秒を置いて地に刺さったUGBは、爆発と同時に火炎と高熱をまき散らし、航空燃料へと引火。爆風は高熱を呼び、高熱は衝撃波を産んで――その上空を『ダガーA』が駆けた一拍後、凄まじい爆発音とともに一帯は炎に包まれた。後方警戒ミラーの中で、装甲車は横転し、へし折れた対空砲の砲身が地に散乱して、真っ黒に焦げた死体との見分けすらつかなくなっている。

 航空燃料を散布し、爆発で以て引火させる――すなわち比類ない対地攻撃力を発揮する燃料気化爆弾(FAEB)と同様の原理。通常の兵器で応用するのは極めてハイリスクだが、その分一撃で計5両撃破と見返りは極めて大きい。兵器を買い、新たな機体を入手するには、とにかく今は戦果が――金がいる。そのためには、今は危険を冒してでも戦果を挙げておきたかった。

 

《…!?あいつ…!なんだい、レクタの『三日月』のパクリ野郎かと思ってたら…やるじゃないか!》

《お前ら、あの新入りに全部持っていかれるんじゃねえぞ!ブリザード各機、攻撃に入る!攻撃機魂見せてやれ!》

 

 通信を聞き流しながら、操縦桿を左へ倒して旋回。兵装を30㎜機関砲に変更し、旋回の先を走る敵の姿を照準の中心へと収めた。対地ロケットランチャー装備車輛、奥には装甲車。いずれも射線を避けるべく田園に入り、砂煙と麦わらを巻き上げながら旋回を重ねている。

 元より、航空機と車輛ではその速度に雲泥の差がある。加えて30㎜機関砲弾がもたらす爆発の有効射程と威力を鑑みれば、この低空で『ダガーA』から逃れる術は無い。

 

 有効射程、コンマ数秒。

 その間に引かれた引き金は曳光弾へと変わり、その2両へ突き刺さる。まるでボール紙のように貫かれたそれらは炎に包まれ、一拍後には爆散。鉄塊と肉片をまき散らし、命の残滓のような熾火を残して消え失せた。

 まずは一航過、7両。旋回を終え振り返った先では、後から突入したブリザード隊の『フロッグフット』がそれぞれの目標を銃撃し始め、それを狙うウスティオのF-16とグレイヴ隊の『ファイヤーバード』、ニムロッド隊の『ディビナス』が一進一退の攻防を続けている。流石にウスティオ軍とサピンの傭兵と言うべきか、互いに損傷を負いつつも、未だに落伍機は出ていない。

 

《ニムロッド1よりグレイヴ3、後方に2機。加速降下で振り切れ。グレイヴ2フォロー。ニムロッド5はこちらがフォローに回る》

 

 前線指揮を執っているらしいカルロスの声が通信に響き、それを写すようにJ-10Aが1機、翼を翻し回避行動に移る。その背を追う2機のF-16は別のJ-10Aに妨げられ、左右それぞれへ旋回し仕切り直しを図るようだった。目を転じれば、F-16に喰いつかれ被弾する『ディビナス』の後方に別の『ディビナス』が回り込み、フレアを散布して追撃を引き剥がす様も見て取れる。通信を顧みれば回り込んだ方がカルロスの機体なのだろう。前線指揮の様と言い定型を持たない戦術といい、その手法はどこかロベルト隊長にも似ていた。…もっとも、操縦技術は隊長の方が格段に上だったが。

 

 空は概ね互角、地上は対空砲と地対空ミサイル(SAM)で傷付きながらも、ブリザード隊が徐々に戦力を削りつつある。こうなれば空は連中に任せて、対地攻撃で戦果を稼ごうか。

 天を見、地を見て判断を下し、次なる獲物へ向け舵を切ったその瞬間。唐突に入った通信が、その手を一瞬押し止めた。

 

《デル・タウロより各機へ、アーレ橋の北西60㎞地点にウスティオの輸送機編隊を確認した。西回りに大きく迂回し、接近しつつアーレ川沿岸へ接近中。地上部隊を支援する空挺部隊の可能性が高い、警戒せよ》

《ありゃりゃ、そう来たか。横腹を突かれれば、いくら戦車大隊でもマズそうですね》

《く…!こちらニムロッド1、悪いがこちらはウスティオ機の相手で手いっぱいだ。なんとか増援を充てて…》

「待った。ニムロッド1、俺が行く。爆弾捨てて身軽になった『ダガー』なら確実に追いつける」

《エリク!?》

 

 敵増援、複数の輸送機。

 情報の内容を反芻し、予測が脳裏にぴんと来るのを感じて、エリクは答えを待たずして機体を旋回。敵の予測針路である西の方向目指して速度を上げて馳せていった。先の被弾で幾分軋むが、古い機体ゆえか冗長性は現代の最新鋭機より高く、多少の損傷なら問題なく動いてくれる。ひび割れた右キャノピーの外で褐色の地面が歪み、細い機首が見えぬ敵の方を指し示した。

 

 以前にも、こんな状況は覚えがある。対ラティオ戦の初頭、レクタ領内へ橋頭保を築くべく進軍するラティオ機甲部隊を迎撃した時の事だ。確かあの時は、膠着する戦況打破のためにラティオ軍は絡め手から空挺戦車を投入し、こちらの横腹を突こうとしたのだった。それを顧みれば戦況は幾分違うが、側面攻撃のために高速の空挺機を差し向けた可能性は高い。

 

 敵は、空挺部隊。

 脳裏に描いたその結論が正解だとすれば、搭載重量は相当に多い筈である。軽量高速な『ミラージュ』なら、到達前にその背を抑えることは不可能ではない。

 

 咄嗟の判断に後から追いついた説明を加えて、エリクの『ダガーA』は他の通信をも振り切りながら、ひたすらに空を馳せた。

 

《エリク待て!F-16が2機そっちへ向かった!増援もじき到着する、戻れ!》

拒否する(ネガティブ)。増援が間に合わないかもしれないだろ?それに…」

 

 戦果を得ることができる。

 言葉の尻を呑み込んで、エリクはちらりと右を振り返った。戦火が奔る戦場を遠景に朧にしか見えないが、確かに小さな点が二つ、こちらを指して迫っている。

 上等。心に浮かぶはそんな言葉。

 エンジン出力も機体性能もF-16には到底敵わないが、先行した分こちらには距離と初速のアドバンテージがある。余計な機動をせず専一に加速し続ければ、奴らに追いつかれる前に輸送機への到達は可能だろう。輸送機へ攻撃を仕掛け混戦にしてしまえば、追撃を避ける手はどうとでも取れる。

 

 ――見えた。正面、機影6。いずれも大型。直線翼、尻の上がった尾部シルエット、主翼下の4つのレシプロエンジン。オーシア派諸国で導入されている汎用輸送機、C-130の系列と見て間違いない。

 

 兵装選択、AAM2基。目標、先頭のC-130。距離が近づくほどにその巨体の威容は増し、まるで壁のように目の前に立ちはだかる。まして、敵編隊の真横から強襲する今の位置取りならば尚更のこと。速度差と相まって、輸送機6機分の壁は瞬く間に一挙手の距離まで迫って来た。

 後方、大丈夫。まだ遠い。

 正面、照準よし。

 機体がロックオンを告げる。

 右目がコクピットを見定める。

 指が、致命の刻を撃つ。

 

 ――発射。

 主翼下に生じた噴射の衝撃を意識する間もなく、エリクは急速に接近する6機の側面へ機銃掃射を仕掛けながら、輸送機の間をすり抜ける。

 音速。

 衝撃波。

 衝突一歩手前の至近距離。

 ひび割れたキャノピー一杯になったC-130の前を強引に突破し、その後方に一際爆炎が爆ぜる。右旋回から振り返ると、AAMを2発同時に喰らった先頭のC-130が胴体を両断し、細かな破片に別れて地へと墜ちていく様が見えた。割れた胴体から転げ落ちるのは、砲塔を持った鈍色の塊。車種こそラティオのものと異なるが、間違いなくオーシア製の空挺戦車の姿だった。

 ここまでは、読み通りである。迂回して来た伏兵はウスティオの空挺部隊であり、軽量の機体を活かして追撃を受ける前に輸送機1機を撃墜せしめた。

 ――だが。エリクはその時まで、唯一の誤算に気づかなかった。墜落してゆくC-130を見定め、視線をさらにその向うへ向けた時。そこに引き離した筈のF-16が2機、予想を上回る速度で肉薄して来ていることに。

 

「何っ!?」

 

 速い。

 そう言葉が浮かんだのは、機体がロックオンアラートを鳴らすのにわずかに遅れた頃だった。右旋回を2/3ほど終えた所でロックオンアラートは耳障りなミサイルアラートへと変わり、機体がその鏃に捉えられたことを叫び続けている。

 まずい。このまま旋回を続ければ、ヘッドオンの状態でミサイルに相対することになる。

 思惟に先立ち働く反射で、エリクは右へ傾いたまま咄嗟に機体を右ロール。同時に操縦桿を斜め手前へと引き、機体を急速下降に入らせた。急降下の速度上乗せと急上昇で慣性に乗ったミサイルを振り切り、追撃をやり過ごす肚だ。

 だが、カナード翼を持ち一定の運動性を持っていた『クフィルC7』や『グリペンC』ならいざ知らず、果たしてこの機体でそこまで機敏な動きが可能だろうか。

 

 遥か先に大地が広がる。

 ミサイル、計4基、後方。エンジンの放射熱を正確に追尾して来ている。

 速度が上がる。

 高度が下がる。

 まだ、まだだ。十分に速度を上げてから引き上げなければミサイルは振り切れない。

 高度、1500。操縦桿引き上げ。

 ――遅い。加速が枷となり、機首は容易に上がらない。

 機体が軋みと警戒音の悲鳴を上げる。

 ミサイルアラートが迫る。

 死が迫る。

 上がれ。

 上がれ。

 上がれ――。

 

 瞬間、白くなる視界。身を包むふわりとした浮遊感。気づけば視界一杯に空が広がり、機体は水平から上昇に戻っている。

 ミサイルアラート、なし。どうやら危うい所で機体が引きあがり、ミサイルを振り切ったらしい。これまでの機体と同じ要領で操縦していたためか、相当に危うい所だった。

 

 見上げれば、輸送機は5機、頭上遥か。ウスティオのF-16はこちらを追撃するためか、斜めを指しこちらへ降下を始めている。その速度は、心なしかやはり従来機より少し速い。おそらくあれは、レクタにいたころに耳にしたF-16Cの改良型たるF-16C Block60――正式採用名F-16Eだったのだろう。推力や電子機器を強化したF-16シリーズの最新鋭型で、空力性能を維持したまま燃料増加が可能なコンフォーマルタンクを搭載可能と聞いたことがある。思い返せば、先程一瞬相対した時、正面のシルエットが微妙に大きい気もした。

 

 ともあれ、こうなるといよいよもって対戦闘機戦は不利である。せめてあと輸送機を2機は落としたいが、あの護衛2機を前にして果たしてどれだけできるか。

 見上げた目を、左翼へと走らせる。いくつかの弾痕が穿たれた中で、目に映えるのはたった一つの三日月、そしてそれを導くような星。『V』の思いを宿した、今の自分の象徴。

 

「…ま、やるしかないよな」

 

 ふ、と口元に笑みを刷き、エリクはフットペダルを踏んで機体に再び加速をかけた。引いた操縦桿の角度そのままに機首は仰角を描き、その鼻先にF-16Eを、そしてC-130を見定める。

 護衛を処理しないままの対輸送機戦は確かに危険である。だが今は、たとえリスクを冒してでも金を得る必要がある。どんな汚い金でもいい。それが報復の力になるなら、喜んで危険を踏もう。

 破滅的な希望を胸に、まっすぐな瞳は敵を射る。

 距離、概ね1400。来るなら来い。撃つなら、この心の臓目がけて撃って来い――。

 

 射るがごとく向けた視線、右目の正面を馳せる2機。

 その2機の機首が不意に翻り、エリクの正面に機体の下部を晒したのはその時だった。どういう訳か、F-16Eは機首を引き上げ水平に戻らんとしている。

 

「…!?」

《ったく、なんでアタシがレクタ野郎の尻ぬぐいなのさ!まだ首はあるかい、三日月モドキ!》

「あんたは…!」

 

 女の声と同時に頭上をミサイルが過ぎ、バレルロールを以てF-16がそれらを回避する。どうやら、F-16は接近する『ディビナス』を察知し、そちらへの対応を優先したらしい。

 あの女はニムロッド隊の2番機の…確かフラヴィと言っただろうか。出撃前のブリーフィングで軽く話したきりだが、気の強そうな黒人の女だったと覚えている。その口ぶりから察するにカルロスに命令されて来たのだろうが、何にせよ今は好機だった。F-16は回避行動で機動を乱し、こちらの先を遮るものは無い。

 

 上昇する機体、照準の中心にはC-130の大きな下腹。鯨と見まがう巨大な図体と相まって、到底外しようのない距離。

 引き金が30㎜弾を吐き出し、照準器の中心目がけて殺到する。元より、まともな対空装備を持たない輸送機では高威力の30㎜機関砲に耐えられる筈もない。

 まるで食い散らかすかのように、コクピット下を穿ち抜いてゆく曳光弾。

 C-130の脇を抜け、宙返りに入った『頭上』で、そのC-130は健全な姿を保ったまま、命を消すようにゆっくりと高度を落としていった。

 

「いい所に来てくれた。この調子であと4機行くぞ」

《馬鹿言うんじゃないよ、こちとら今ので弾切れだ。とっとと逃げるんだよ!》

「機銃が残ってれば十分だ、護衛機2機ならなんとかなる」

《よく周りを見てみなよ、三日月モドキ。レーダー無いからって、ルーキーでもあるまいし》

「…何?」

 

 機首を下げ追撃に入りかけたエリクの手を、辛辣なフラヴィの言葉が押し止める。

 周り――。そうか。

 意識の外に置いていた要素に遅ればせながら気づき、エリクは改めて上空から周囲を見渡した。

 北からは、増援のウスティオ機と思しき機影が複数。片や、南からは第二波に当たるサピンの戦闘機がいくつも空に浮かんでいる。それらを見定めたらしく、眼下のC-130とF-16Eは針路を逸らし、増援のウスティオ機と合流する構えを見せていた。

 

 目の前の戦果に集中するあまり、失念していた。あくまでこの作戦では、自分たちは波状攻撃の第一波に過ぎなかったのだ。互いの増援が来るであろうことは元々織り込み済みであり、第一波で敵を駆逐しきれるとはそもそも不可能だったと言っていい。

 

 『逃げるよ』。短く通信に乗った声に従い、エリクは無言で操縦桿を傾けて、先行する『ディビナス』に機体を追従させた。既に北の空ではウスティオ機が増槽を捨て、サピンの第二波に備える体勢を取っている。

 

《復讐だなんだと拘るのはいいがね、程々にしときな。『徹しきっては身を亡ぼす』。ウチの隊長の信条さ。…でないとあんた、死ぬよ》

「………」

 

 教え諭すような声に、エリクは反射的に眉を顰めた。

 徹しきらなければ、復讐は成し遂げられない。戦果を挙げ、金を稼がなければ、そのための力を得ることも覚束ない。無言だけを答えに返し、エリクは黒翼の機体の背を静かに追っていった。

 

 171号線の沿線で、砲煙がいくつか上がり始める。

 豊穣の地を血と鉄で濡らす戦いが、地上でも繰り広げられているに違いなかった。

 




《諸君、ご苦労だった。諸君の奮闘により、アルロン地方に侵入したウスティオ機甲部隊を押し返すことに成功した。情報によるとウスティオは前線に多数の航空部隊を集結させ、レクタ空軍もこれに呼応しているという。おそらくはこちらの迎撃態勢を考慮し、空軍を主体とした制空戦を以ての侵攻作戦に方針転換したのだろう。――すなわち、作戦の『第一段階』は達成されたと言っていい。
本土防衛戦は始まったばかりである。引き続き緊張を維持しながら、任務に励んでほしい》

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