Ace Combat side story of 5 -The chained war-   作:びわ之樹

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《諸君、緊急事態だ。たった今、サピン空軍がウスティオ北部の山岳地帯上空――通称『円卓』へ向け大部隊を発進させたとの報告が入った。諸君も知っての通り、先日のサピン軍による幹線道路空爆によってノースオーシアからの輸送ルートは使い物にならず、スーデントールから『円卓』を経由する空輸ルートを取ることになっており、既に輸送機は『円卓』へ差し掛かりつつある。間違いない、奴らは輸送機を血祭りに上げるのみならず、『円卓』の制空権を完全に押さえて我が国とウスティオを干上がらせる積りだ。
――だが、そうはさせん。ここで敵の大部隊を退けられれば、空輸ルートは盤石となる。諸君は直ちに出撃し、ウスティオ軍と協力して輸送機の護衛に当たれ。
争覇の地を制するのは我々だ。サピン軍機を1機残らず排除せよ》



第16話 争覇の地(前) - The round table in 2010 -

 (のみ)で大地を削り出したような荒々しく不愛想な山肌が、薄雲を透いて遥か眼下を南流していく。

 11月とはいえ山の季節は早いのだろう、その肌に緑の類は一切見えず、認められるのはただただ地面の茶と岩石の灰色のみ。一際高い山の頂をわずかに覆い始めた雪の白色だけが、殺風景で死の匂いが漂うその光景の、せめてもの慰みだった。

 地は広く、空はそれ以上に広い。空も地も荒涼としたその地を飛ぶのは、普段ならばよほどの物好きか山岳マニア程度だろう。まして戦時下の今となってはそんな奇特な人間がいるはずもなく、閑散としたその空を駆けるのは、レクタの国旗を主翼に記した戦闘機のみ。祖国の命運を背負う――そう言っても過言ではない戦いに立ち向かう10の翼が、山岳深い空を裂いていった。

 

 円卓。

 今、エリク達が飛ぶこの空は、古くからそう俗称されている。

 位置としてはウスティオとノースオーシア州、ベルカ共和国の国境が重なるスーデントール付近を中心とした直径400㎞の地域であり、国境線が現在の形に定まった15年前から――いや、何世紀も前から、この地では幾度となく戦いが重ねられ、その度に国境線が引き直されて来た。一見すれば、何の価値も無い荒涼とした山岳地帯に過ぎないこの地が、何度も戦場になったというのは正直な所信じがたい。この点については、出撃前の雑談で、ヴィルさんからいろいろと聞くことができた。

 

 曰く、その原因はいくつかあるが、大きく分けて二つ。

 一つには、『円卓』の地は地理的に大国同士が街道を介して接しており、主要地域へと迅速に戦力を展開するのに不可欠な場所であるためだという。これは『円卓』というよりはその中に含まれる大都市スーデントールに当て嵌まる要因であり、航空機が発達する前に交わされた戦闘の多くはこれが要因なのだそうだ。ヴィルさんによると、このような場所は戦略論では衢地(くち)というらしい。

 そしてもう一つの理由は、この地に眠る莫大な地下資源である。工業の発展に不可欠なレアメタル類が潤沢に埋蔵されているこの地は、自国の工業の発展の為にも、そして戦略的に優位に立つためにも、その戦略的価値は極めて大きい。これが判明したのはつい最近の話だが、実際に15年前のベルカ戦争の間接的な原因にもなった。

 ともあれ、この地が抱える様々な条件によって、この地が争覇の地へと祭り上げられたのは間違いない。

 

 古くから、数多の血と命を吸って来た『円卓』。

 人は言う。この空では、上座も下座も、国籍も階級も無い。ただ確かな技量と、運と、何より生き残るという強い意志を持った者のみが生き残る。だから『円卓』と呼ばれるのだ、と。

 かつての『ベルカ戦争』でロベルト隊長が飛び、エース同士が覇を争った、戦士のための空。そこへ向かうという現実は今もって嘘のようであり、エリクの目には、眼前の空は見慣れたレクタやウスティオの空と変わらないようにも見えていた。あるいは、これが自信というものなのか。それとも、単に自分が能天気過ぎるだけなのだろうか。

 

《こちらウスティオ空軍空中管制機『イーグルアイ』。空域航行中のレクタ空軍機へ、諸君らの来着に心より感謝する。現針路を維持し巡航せよ》

《レクタ空軍第5航空師団『スポーク1』よりイーグルアイ、誘導感謝する。空域の情報を知らせ》

 

 一際大きな山脈を眼下に抜けた所で、聞き覚えのある声が通信回線から響いて来る。年を経たらしい落ち着いた風情とやや甲高いその声質は、いつぞやの戦闘でも管制を受けたウスティオの空中管制官らしかった。優れた索敵範囲と通信能力を誇る空中管制機で遠方から指揮を行っているのだろう、その姿は見渡す限り空のどこにも見当たらない。

 

《状況を伝える。本日1540時、ノースオーシア州スーデントールを輸送機編隊が飛び立ち、ウスティオ方面へと向かった。サピン側はこれを捕捉し、『円卓』上空の進路上に展開。現在ウスティオ空軍機が迎撃に当たっている。貴軍は援軍として加わり、ウスティオ機を支援して貰いたい》

《おーおー、サピン軍も仕事熱心だねぇ。戦況は?》

《全くだ。展開中の戦力はウスティオ機12に対しサピン機20だが、『ガルム隊』の奮戦もあり現在サピン機を圧倒しつつある。…とはいえ、今後も第二次、第三次の追撃が懸念される。サピン軍の波状攻撃に備え、警戒を厳にして欲しい。なお、当該空域は通信混線が入りやすいため、指揮に混乱を生じる可能性もある。万一の場合は各小隊長の指揮に従え》

 

 手元のボタンを押し、広域となったレーダーレンジに、遥か彼方の戦況が映し出される。友軍機を示す青色の三角形と、敵機を示す赤のマーカーが縦横に入り乱れる様は確かに交戦中を示す光景だが、先の情報の割には赤色の数が些か少ない。戦況は概観して青色が赤色を包囲しつつあり、既に戦況は迎撃から駆逐へと移行しつつあるのだろう。それを示すように、赤色のマーカーに一つ×印が重なり、やがてレーダーから消えて行った。

 

《ガルム1、1キル》

《またガルムがやったぞ!これで5機目だ!》

《イーグルアイよりガルム1、ガルム2。まだ先は長いんだ、喰い過ぎて腹を壊すんじゃないぞ》

「…なんて奴らだ。あんなにも一方的に…」

 

 両軍が入り乱れる空戦域へ到達した頃には、既にその様相は駆逐戦ですらなく、一方的な虐殺と化していた。

 逃げ惑うサピンのF/A-18C『ホーネット』。その眼前に機銃を浴びせ、逃げ道を塞ぐ青い翼端のF-2A。そして回避のために急旋回した敵機を、空対空ミサイル(AAM)で食いちぎっていく赤い片羽。統制を失ったサピン機は単機単位でひたすら逃走し、その背をウスティオ機が猟犬のように追っていく。傍目から戦闘を垣間見ただけでも、両軍の間の技量には明らかな差が見て取れた。

 

 『円卓の鬼神』。脳裏に過るのは、彼らの異名であるその言葉だった。

 15年前のベルカ戦争でも、ここ『円卓』では数多の激戦が繰り広げられたという。各国を代表するエースが集い、戦局を左右するほどの大空戦で、常に勝利を収めて名を上げて来たのが、彼ら『ガルム隊』――正確には彼らの先代に当たる二人であった。自由に空を駆ける2機のF-15C『イーグル』が、立ち塞がる全ての敵をなぎ倒し、食いちぎる。神話に謳われる地獄の番犬さながらのその力を前に、味方は勇気づけられ、敵は戦慄し戦意を失ったという。

 今の『ガルム隊』は円卓での空戦の経験はない筈であり、一説にはその腕前は先代に劣ると言われていた。かつてのガルム隊を見たことがあるロベルト大尉も、今の二人は明確に『違う』と言っていたのを覚えている。

 だが、今の光景はどうだろう。空戦性能で一歩譲る戦闘攻撃機F-2Aでありながら、サピンの戦闘機を一方的に蹂躙し、そのほぼ半数を2機で墜として見せたのだ。これが鬼神でなくて、一体何だろう。

 

 ガルム1が駆る青翼の機体が、最後の機体へ機銃掃射を穿ち、その体を虚空に散らす。見事にコクピットだけを狙い撃ったその様を見て、操縦桿を握るエリクの手がぶるりと震えた。凄まじいその技量に思わず武者震いが出たのか、その機動に寒気すら感じたのか。――あるいは、その得体の知れない程の大きな力に、恐怖に近い戦慄を覚えたのか。まるで、あらゆるものを呑み込み千切り飛ばす、轟々と渦巻く竜巻を前にした人のように。

 

《スポーク1よりウスティオ機へ、これより合流する。見事な手腕、堪能させて頂いた》

《…これは、お恥ずかしい。こちらガルム1。スポーク1、そしてレクタ軍の皆さん、救援ありがとうございます》

《PJ、そんな時はもっと誇っていいもんだ。お前の叔父さんは落っこちそうな程はしゃいでたぞ?》

《イーグルアイより各機、敵第一波の全滅を確認。よくやった。あと5分で輸送機編隊が空域に到達する。油断なく護衛に当たれ》

 

 管制官の言葉を裏付けるように、北西の空には黒い影がいくつも遠望できる。レーダーで確認する限り、その数は実に16機。うち6機は大型のC-5A『ギャラクシー』、残る10機はC-130H『ハーキュリーズ』であり、レクタ・ウスティオ両国が要する物資量の多さ、ひいては陸路輸送路を失った両国の窮地を如実に物語る姿と言っていいだろう。2国分の物資を賄うにはこれだけでは到底足りないが、今必要なのはいつ得られるか分からない大量の陸路輸送より、すぐに入手できる少量の空路輸送という訳である。

 16の機影は徐々に大きくなり、やがてその巨躯で空を圧する程になってゆく。それらと入れ違った所で先頭のスポーク1は機体を旋回させ、輸送機編隊の右翼側へとその位置を向けていった。パウラ、ロベルト隊長に続いて、エリクも操縦桿を倒して機体を旋回させてゆく。

 並行して飛ぶと、C-5の巨体はまさに圧巻の一言である。全長は『グリペンC』のざっと5倍、主翼を含めた全幅に至っては7倍…いや、もっとあるだろうか。鉄の鯨のようなその威容を前にすれば、小さな『グリペンC』などはまるでコバンザメである。大きく膨らんだその腹には、きっと『グリペン』のパーツも積載されているのだろう。

 追い越しざま、こちらを向いたC-5のパイロットが手を振っているのが見える。こちらもそれに応えるべく手を振った瞬間、横殴りの強風に機体が揺れ、危うく操縦桿を握り直す破目になった。

 

《イーグルアイより各機、サピン軍第二波接近中。方位190、距離5000。ウスティオ-オーシア国境線上空を接近中と見られる。機数は12、機種不明》

《何だ、国境上空を堂々と抜かれてんじゃねえか。防空部隊は寝てんのか?》

《ツイスト1、私語が過ぎるぞ。現在サピン軍がソーリス・オルトゥス方面に進出しており、ウスティオ軍はそちらの迎撃に手一杯である。何としても諸君らのみでサピン軍を迎撃するんだ。輸送機には部品だけでなく補給物資も積んであるんだ。これを落とされたら一週間はビール無しだぞ》

 

 敵機接近の報に、空気が緊張を帯びて張り詰める。敵機の方向はほぼ真南、こちらの進行方向に近いため、相対速度を考えればあっという間に攻撃圏内に入ってしまう。もし敵が長距離ミサイル装備機や高速の迎撃機であった場合、初撃で輸送機を狙われる可能性も無い訳では無い。すなわち、先手を取れるか否かが、輸送機部隊の生死を分けることになる。

 同様の結論に達したのだろう。冗談めかしたやりとりも一瞬、こほん、と一息加えた管制官は、改めてその甲高い声を回線へと吹き込んだ。

 

《敵の出方がまだ分からないため、半数を護衛に残す。スポーク隊以下、レクタ軍の10機は迎撃に…》

《待った、こちらガルム2。敵の出方が分からん以上、半数も割くのは危険だ。12機程度なら、俺達だけで十分だ》

《無茶を言うな。先の戦闘でミサイルを消費しているんだぞ》

《敵の波状攻撃がいつまで続くか分からないんだろ?戦力を温存しておくに越したことはない。俺達なら大丈夫だ、機銃さえあればどうとでもなる。だろ?ガルム1》

《はい!我々にお任せを!》

《………スワロー隊、ガルムの支援に就け。ただし両隊とも指示あればすぐに戻るよう。いいな》

《十分!じゃ、行くか。PJ!》

《はい!》

 

 わずか2機で敵編隊殲滅の自信を滲ませるガルム隊に対し、他に反駁の言葉は無かった。事実先ほどの戦闘ですら、彼らは敵機の過半数を叩き落として見せたのだ。ミサイルを消費しているとはいえ、彼らならばやりおおせて見せるのでは。それを周囲に認めさせる点で、彼らは確かにエースパイロットなのであろう。ウスティオの命運をたった二人に賭け、絶望的な戦場へと向かった15年前の連合軍も、こんな気持ちだったのかもしれない。

 15年前の戦争でも戦況の転機となったここ円卓の空で、連合国を背負った『鬼神』へと想いを馳せる。知らず知らずに、エリクは自身の姿を、かつて空を飛んでいたであろう15年前のパイロット達へと重ねていた。

 

 2機のF-2Aと4機のF-16Cが南の空へと鼻先を向け、やがて見えなくなってゆく。距離と相対速度を考えれば、敵編隊と戦端を開くのは時間の問題だろう。ミサイルの多くを使い尽くしたガルム隊が主力を張る以上、敵機の撃退にはそれ相応に時間を要する点が、不安と言えば不安ではあった。

 

 やがて、その不安は的中することになる。ガルム隊が敵と交戦を開始した、わずか数分の時を挟んで。

 

《イーグルアイより各機、緊急電。敵第三波、方位270より急速接近中。機数16。よほどこちらに補給物資を渡したくないらしい。レクタ各機、迎撃をお願いする》

《古典的な囮戦術という所か。スポーク1、了解した。ハルヴ、サテリトゥ各隊続け》

 

 狙いすましたかのような――いや、事実狙ったのであろう敵機襲来のタイミングに、エリクは思わず舌打ちを鳴らす。アルヴィン少佐の言う通り、サピン軍は南の囮でこちらの護衛機を引き剥がしたのだろう。機数からも、遮二無二こちらへ接近している様子から見ても、本命はおそらくこちら。万一を考えると、急いでその矛先を逸らさなければ鈍足の輸送機は一たまりも無い。

 増槽を捨てたスポーク1が右へと急速旋回し、次いでパウラが、隊長がそれに倣う。  ハードポイント選択、増槽投棄。燃料、胴体内部タンクへ移行。燃料経路変更の確認を行う暇も惜しく、エリクは操縦桿を右へと倒して、『グリペンC』を迫る敵機の方向へと向かわせた。

 相当に敵の速度は速いのだろう、既に『グリペン』のレーダーにもその姿が捉えられつつある。黒と緑に彩られたレーダーサイトの中で、敵のうち12機は前方に広く配置され、残る4機がやや遅れている恰好が見て取れた。機種は、まだ判別できない。

 

《距離が2550を割り次第、高機能中距離空対空ミサイル(XMAA)で先制攻撃を仕掛ける。各機、左右へ広がり射線を確保せよ》

《エリク、念のためだ、2セルに分かれるぞ。いつも通りクリスと組め》

「了解。機位、2セル隊形に移行します」

 

 今回は純然たる空対空ミッションが予想されたため、『グリペン』の兵装はXMAA4基にAAM2基と、対戦闘機戦を意識したものとなっている。隊長の指示に従い、後方にクリスを就けた状態でやや右方向へと間を広げながら、エリクは火器管制モードを選択し、安全装置を解除した。

 射程距離が850前後のAAMはいわば近距離専用の切り札だが、XMAAに関しては射程距離2550、おまけに4目標同時追尾能力を有する強力な兵装である。同じ長距離兵装でも、命中まで母機からのレーダー誘導を必要とするセミアクティブ空対空ミサイル(SAAM)と違って母機からの支援を必要としない――俗にいう『撃ちっぱなし能力』を有する点からも、現代の空戦における切り札と言って差し支えないだろう。敵射程外からの一方的な攻撃がどれだけの脅威を持つかは、説明するまでもない。

 

 敵編隊、真正面ほぼ同高度。後続の4機のみやや上空。相対針路では互いの速度が上乗せされ、レーダーに表示される目標への距離は見る間に数字を割っていく。

距離4000、3800、3600。求める姿が肉眼でも捉えられ始める。西の空の彼方、傾き赤みを帯びた夕日を背に、浮かぶは先鋒と思しき12の黒点。

 ヘッドマウントディスプレイ(HMD)上で、黒点に四角いマーカーが重なる。識別、言うまでも無く赤――サピン機。

 距離3500、3400。あと一挙手でこちらの『槍』が届く、間合いのぎりぎり一歩外。

 

《各機、発射用――》

《…!敵機ミサイル発射!!》

「なっ!?…くそっ!」

 

 瞬間、鳴り響いた警報に血が沸騰した。

 発射、どこだ。

 警報緒元、正面。敵編隊。

 ちっ。

 舌打ち一つ、操縦桿を右手前へと引き上げる。後方にクリスがいる以上チャフは使えず、今は機動で引き離す他ない。

 アラートの間隔が狭まる。

 カナードが急角度を取り、それに沿った機体が敵へ腹面を向けながら鋭角を描く。

 視界から消える敵機、ミサイル、白煙の軌跡。

 息を詰めること、一瞬。

 ごう、と風が吹き抜けるのと、警報が消え去り、後方にいくつか爆発の衝撃が奔るのは同時だった。

 

「こいつら…!舐めるな!!」

 

 このまま、いいようにさせて堪るか。エリクは歯を食いしばってGに耐えながら、フットペダルを押し込み、同時に操縦桿を左手前へと引き上げた。

 カナードが互い違いの角度を取り、先代『クフィル』では考えられないほどの小半径で機体が旋回する。空気を捉えた翼は横波に乗るように機体を回転させ、『グリペン』の小柄な体は右上方旋回から強引に正面を向いた背面飛行へと軌跡を戻した。

 天地が逆さまとなった背面機動の、真正面。そこには、依然針路を変えず直進する12の機影が映っていた。

 距離、1900。兵装、変わらず――XMAA。

 

「FOX1!!」

 

 HMDのマーカーがロックオンを示す朱に染まった瞬間、エリクは操縦桿のボタンを押し、XMAAを4発同時に撃ち放った。

 

 白煙、そして銃声。

 距離こそややあったとはいえ、音速機同士の相対戦では、多少の距離など無いに等しい。ミサイルは音速を越えて瞬く間に敵機へと殺到し、目標のうち2機を真正面から貫いて、黒煙とともにその肢体を虚空へと散らして行った。身を捩って緊急回避に入った1機も、すれ違いざまに打ち込んだ機銃で煙を噴いている。

 背面のまま敵編隊を潜り抜け、その後方で左旋回に入るべく、エリクは操縦桿を手前へと引き上げる。回転の連続でくらくらしそうな視界の中、見上げた空ではレクタの『ミラージュF1』が2機、炎の中に沈んでいった。

 

《チッ、噂に聞いたレクタの『三日月』か!小国と思ってたが、なかなかやる》

《ク…!サピンの『タイフーン』か。高機能長距離空対空ミサイル(XLAA)装備とは、私としたことが見積もり損ねたな》

 

 磁場を持つ鉱物資源を多く含む関係上、『円卓』では混線が発生しやすい。アルヴィン少佐の声にサピン軍機らしい通信が混じるのを聞き取りながら、エリクは失った高度を補うべく機首を上げた。仰ぎ見る限り、前衛のサピン機は3機減って9機。一方こちらはサテリトゥ隊の2機を失ったため8機と言う所か。敵機はいずれもこちらと入れ違った所で旋回し、追撃を仕掛けんと反転したこちらと相対する姿勢を取っている。本命は輸送機の筈だが、まるでこちらをここで足止めするかのように。

 

 ――まさか。

 

 そこまで思い至り、エリクははっと遥か頭上を見上げた。反転したこちらの上空、後衛に控えていた敵の4機は悠々と頭上を抜け、反転した敵編隊の上を通り過ぎていく。デルタ翼に大型のカナードを設けたその姿は、確かにサピンの『タイフーン』。しかし、その機体は赤色に染められ、その主翼を黄色い十字が貫いている。灰色系統の他の機体と違い、夕日を背にしたその姿は、まさにサピンを象徴するような鮮やかな色彩だった。

 向かう方向は、当然ながら真東。無防備の輸送機が飛ぶ、本命の方位――。

 

《各機、そのまま踏ん張っててくれよ。必ず俺達で連中を叩き落として見せる。――エスクード1、交戦(エンゲージ)》!

「しまった…!隊長!スポーク1!敵4機、頭上を抜けます!」

《分かっている!…く、まんまと嵌められるとは…!》

《エリク!クリス!お前らだけでもヤツを追え!ありゃ中々厄介そうだ…!》

「了解!ハルヴ2、追撃に入ります!飛ばすぞクリス、遅れるな!」

《え、あ、ちょっと待って下さい先輩!》

 

 目まぐるしく変わる戦況に、迷いを交える余裕は無い。アルヴィン少佐やパウラが敵編隊へと突入したのに合わせ、エリクはスロットルを全開にまで押し込んで、『グリペンC』を紅色の4機向けて追随させ始めた。右後方には、クリスの機体が遅れじと付いて来る。

 

 しかし、速い。

 元より、エンジンを一つしか積んでいない『グリペンC』に対し、『タイフーン』は強力なエンジンを2基も搭載しているため、加速力や上昇力では勝負にならない。おまけに先程の機動で高度を失ったため、敵の方が500は上に位置取っていることから、降下して加速を行う手も封じられている。徐々に距離を引き離され、頼みのXMAAも使い果たした今となっては、敵を目の前にしていても何一つ手を出すことができない。

 くそ。堪えかねた悪態が、口中に跳ね回る。

 敵機との距離は既に2000を超え、彼方には輸送機の大きな機影が見え始めていた。

 

《ニコラス少佐、後方に機影2》

《さっきの『三日月』の片割れか。…ほっとけ、俺達の獲物はデカブツだ。各機XLAA用意。先に護衛機を一掃するぞ》

《敵機4機、友軍を突破。護衛部隊、迎撃に当たれ》

 

 意図的とすら思える敵の混線が、こちらの焦りを助長する。くそ、どうすればいい。このままでは。

 4つの機影の向かう先では、護衛に就いていたウスティオのF-15Cが4機と、F-16Dの2機が旋回して、赤色の『タイフーン』と相対する針路を取っている。迎撃のためには最短針路を取らざるを得ない為だろうが、護衛機の彼らは敵が長射程ミサイルを搭載していることを知らない。

 

「ウスティオの護衛機、正面はダメだ!XLAAが…!!」

《各機、FOX3!》

 

 エリクの声をかき消すように、敵機から紡がれる宣告の声。

警戒を告げることも叶わず、『タイフーン』から非情にも放たれた4筋ずつの長槍は、尾を曳きながら正面の6機へと殺到していった。

 

 至近かつ相対のミサイル回避が困難なことは、皮肉にも先程エリクが実証している。ウスティオの6機のうち4機は瞬く間に爆炎の中に散り、辛うじて回避したうちの1機もなす術無く機銃の束に穿たれて、蜂の巣となって爆散していった。4機のタイフーンはひと塊となったまま輸送機編隊へと突っ込み、早くもC-130Hを1機血祭りに上げて飛び去ってゆく。

 

《せ…先輩!輸送機が…!》

「畜生…!今度はさせるか!高度を取って、奴らが肉薄する瞬間を狙い撃つぞ!」

 

 彼方で反転に入る4機を尻目に、操縦桿を引いて輸送機の上方へと機首を向ける。クリスも同様に、右後方に控えたまま、輸送機編隊の上約700の辺りへと位置取った。先ほどはこちらの位置が低く、急降下での追撃が封じられていた。ならば、敵が攻撃針路に入るタイミングを見計らい、こちらも急降下で一撃離脱を行えばどうか。『グリペン』もデルタ翼機である以上、並みの機体より加速性能は優れている。

 

 来た。

 今度は輸送機編隊の左方向から、先程同様4機がひと塊となって突っ込んで来る。その速度は速いが、思った通り、目標へ向けて一直線に突っ込んで来る。

 斜め下方、相対距離概ね2500。わずかな加速でミサイルの射程に収められる好機。

 

「今だ!」

 

 操縦桿を右へ、次いで前へと倒し、機体を斜め下方へと吶喊させる。スロットル開放に加えて降下速度も載り、速度計は見る見る数値を引き上げてゆく。

 捉えた。

 敵機予測進路上、斜め上方から敵編隊と交わる絶好の位置取り。相対距離は既に2100を切り、1900を割り、1700台へと入ってゆく。

 HMD上のミサイルシーカーが敵の姿を追い始め、やがて迫るその機影へと重なる。

 『至近かつ相対のミサイル回避は困難』。それを今、お前達にも教えて――。

 

《見積り損ねたな、『三日月』!》

「……っ!?」

 

 奔る声。『見られた』感覚。

 迂闊な手に自らを呪ったその瞬間は、既に遅かった。

 エリクの『グリペン』がAAM射程まで近づくのに二拍早く、『タイフーン』は横倒しになり、カナードを僅かに引き上げたのだ。

 たとえ変化が僅かでも、高速機動の際には著しい影響を与える。まして、こちらも攻撃針路の立て直しが効かない至近距離では尚更のこと。

 エリクが慌てて操縦桿を倒したその時には、既に4機はその下方を斜めに横切り、横合いからC-5の胴体を食いちぎっていった。敵が空域に留まらず、一撃離脱で過ぎ去ったのは言うまでもない。その戦術は、憎らしいほどに徹底していた。

 

《また1機やられたぞ!護衛機、何をしている!》

《む、無茶言うな!あんな速いのに追いつけるか!》

《…せ、先輩…!》

「…糞、くそっ!!次だ、今度はヘッドオンで仕掛ける!」

 

 はらわたが煮えくり返る――否、沸騰した血管が体中をのたうち回るような、屈辱と怒りをないまぜにしたような感覚が肚の中に渦巻く。これまでに無い激しい感情の中で、エリクは遮二無二に操縦桿を動かし、紅の4機の姿を追った。

 ヘッドオン、側面からの強襲、擦過直後の隙。いずれも高速ですれ違う『タイフーン』の翼を捉えることは叶わず、その度に輸送機が1機、また1機と抉り取られるように落とされてゆく。怒りはやがて絶望へと変わり、落ちてゆく輸送機の姿一つ一つが、エリクの胸に敗北感という傷跡を刻んでいった。

 

 やはり、俺はエースでも何でも無かったのか。敵にいいように翻弄され、打つべき手も見いだせないまま全滅まで指を咥えているしかないのか。

 ――だが、だからといって何ができる。もう切り札のXMAAは無い、隊長達もガルム隊もまだこちらへ駆けつける余裕もない。肝心の『グリペン』も、加速力では『タイフーン』に到底敵わず、たとえ加速が乗ったとしても巧みに針路を避けていく。連中もそれを知っているのだろう、もはやこちらの存在を歯牙にもかけず、縦横無尽に輸送機を貪っていた。目標の輸送機を全滅させるまで、この反復攻撃は続くに違いない。

 そう、目標を――。

 

「…!」

 

 瞬間、絶望の闇に一筋の光が閃いた。

 そうだ、俺は思い違いをしていた。連中の目的はあくまで輸送機であり、かつ一撃離脱で1機ずつ落としていかなければならない以上、別に追わずとも敵は輸送機へ向かってくるのである。速度で勝る敵に、高速戦闘で向かうことがそもそもの間違いだった。

 

 ロベルト隊長は、敵を観察し弱点を見いだせと言っていた。

 連中の戦術は、4機ひと塊となり、加速力を活かした徹底した一撃離脱戦法。裏を返せば、敵を分散させたり、加速を活かせない状況に持ち込めば、その戦術は威力を失うことになる。『グリペン』は軽量小型であり、格闘戦ならば勝機はこちらにあるだろう。――つまり、いかに連携を乱して加速を殺すか、敵の編隊を断ち切るかにかかっている。そのためにはこちらの位置取りのみならず、敵の進入方向の察知が欠かせない。

 

 必要なものは、こちらの位置取りと敵の針路察知。

 そしてこちらの手札は、格闘戦に優れる『グリペン』の長所と、クリスの存在。

 

 夕日が地平線に接し、空が徐々に夜色に染まり始める。エリクは夕日の中で翼を翻す紅の4機を見定め、下腹に込めた力を、蓄えた熱を吐き出した。

 

「クリス、輸送機の上方1000に占位して、敵機の進入方向を見定めろ。今度は俺一人で攻撃を仕掛ける」

《え…?で、でも、それはさっき失敗して…!》

「いや…高速戦闘で奴らに付き合うのは、もう止めだ。俺は、『グリペン(コイツ)』の力と、お前を信じる」

《え…?》

「時間が無い、奴らがまた来るぞ!」

《りょ…了解!》

 

 戸惑った声を返すも一瞬、それを思わせない鋭い機動で、クリスの『グリペンC』が高度を上げてゆく。その下方で、エリクは機体をゆっくりと旋回させ、迫る敵機との距離を見定めた。その速度は巡航速度をやや下回り、先程までの高速戦闘が嘘のように遅い。

 

 連中が見せたカナードを利用した針路変更は、こちらも高速で、かつ一定の距離を隔てて初めて可能な芸当である。音速を越えた状態ではカナード稼動角度を抑えなければ破損を招くため、せいぜい10度にも満たない角度しか進路変更はできないと見ていい。それでも先程のようにこちらの攻撃を回避できたのは、長距離から進路変更を行うために針路予測が困難だったため、そしてこちらも高速だったゆえに機位の修正が間に合わなかったためである。

 それならば、敵の進路を直前まで僚機が見定め、速度を落とした『グリペン』の格闘戦能力を活かしてその針路に回り込めばどうか。

機体の性能、仲間の存在、そして何より自分自身の技術と誇り。その全てを籠めた策に、エリクは想いを賭けた。

 

 『タイフーン』が旋回し、輸送機編隊の右前方から直進のコースを取る。

 方位045、距離2400、まだ遠い。

 機体が横倒しになり、向かって左にコクピットの突起が移る。

 どくん。鼓動が徐々に早鐘を打つ。

 距離、2000。

 夕日が赤い光でコクピットを照らす。

 西にサピンの国旗のような夕日が沈み始め、東に闇の黒色が滲んでゆく。

 彼方の山の端に先端を覗かせるのは、細く鋭い切っ先――三日月。

 

《敵編隊変針、ベクトル方向270!》

 

 『タイフーン』の軌跡が緩やかに弧を描き、その鼻先が編隊最右翼のC-5を指す。

 先ほど手を振りあった、あの機体。

 どくん。血が沸騰し、心臓が熱を滾らせる。

 距離、1500。

 1300。1200。

 

《変針なし、方位固定、直進!…先輩…!!》

 

 縋るようなクリスの声が、エリクの背を、腕を押す。

 距離1150。1100。AAM射程内に至る、二拍外。

 もはや互いに針路の立て直しは効かない、短刀で刺し違う距離。

 瞬間。

 

「――見切った!!」

 

 操縦桿を握った手が電光のように動き、『グリペン』の機体が右方向へと急旋回する。

 相対するその眼前、既に距離1000を割ったその先には、4機の『タイフーン』。

 奇しくも夕日を背にした赤色の機体と、三日月を背負う『グリペン』。互いの色と意地を賭けた、一瞬の相対。

 

 フレア、チャフ、同時散布。

 一拍遅れて放たれた正面のミサイルが、狙いを外れて擦過してゆく。

 風圧、そして破裂音。沈黙を保っていた機首の30㎜が咆哮を上げる。

 目を見開いた敵の隊長機と一瞬視線が交わる。

 

 轟音とともに、すり抜けてゆく衝撃。

 息の詰まる数秒を経て、旋回と共に顧みたその先。4機ひと塊となっていた敵機は、鏃を外した輸送機を避けるように、各個バラバラとなって旋回の弧を描いていた。

 

「よし…!クリス!どれでもいい、敵機に張り付いてかき乱せ!格闘戦に持ち込むんだ!」

《了解です!たぁっぷりお返ししてやりますからね!!》

《ち…、何て奴だ。あのバカを思い出すな…!連携を崩された、各機参集!》

《こ、こちらエスクード3!無理です、敵機に張り付かれました!》

 

 徹しきった戦術は強いが、一度崩されれば脆い――定型の戦術を持たない『ハルヴ隊』において、ロベルト隊長が常々言っている言葉である。今その薫陶は形となって実証され、敵のうち1機はクリスの『グリペンC』に追いまくられ、左右にデタラメな旋回を重ねていた。その背を狙う1機へ向け機銃掃射を浴びせると、その『タイフーン』もまた急速旋回で身を翻していく。速度は回避行動のためにすっかり失われており、持ち前の加速力を活かすことはもはや叶わないであろう。

 

《なんとか五分に戻ったようだな…。こちらイーグルアイ。現在殿(しんがり)を残し、ハルヴ1、2およびスポーク隊、ガルム隊がこちらに戻りつつある。三方向より包囲し、残存する敵部隊を殲滅せよ》

 

 安堵の息を吐き出す管制官の声に、エリクは束の間我に返り、正面のレーダーへと目を落とす。その言葉通り、西には4つ、南には2つのマーカーが示され、その先端は確かにこちらを指していた。

 

 夕日が半ばまで沈み、空が『グリペン』の左翼と同じ色へと染められてゆく。

 沈みゆく太陽の残照で、円卓の山肌は、まるで血を吸ったかのように赤く染まっていた。

 

******

 

 『円卓』交戦域より南南西方向。距離にして60㎞ほどを隔てた、ウスティオ-オーシア国境線上空。左手に五大湖、彼方に戦空を控えたその空に、西から照らす太陽の残滓が、4つの小さな機影を影絵のように投影している。

 

《デル・タウロ、状況を》

《こちら空中管制機デル・タウロ。既に第二次・第三次攻撃隊は戦力の4割を喪失。エスクード隊、アルマドゥラ隊を含む、一部の部隊が孤立している》

 

 管制官の言葉を証明するように、血に染まった円卓の空で、彼方に黒煙が遠望できる。先の情報にあったアルマドゥラ隊の残存機だろう、ウスティオの機体に啄まれるように弾痕を刻まれたその姿は、遠目にも満身創痍となっているように見えた。

 

《了解した。これより空域に進入、友軍機の撤退を支援する。全機、深追いはするな》

 

 尾部に噴射の光を帯び、4つの機影は機速を速めて北へと馳せる。

 葉巻型の胴体、胴体と比して小さな切り欠き三角翼、そして切り立った機首。旧態依然としたMiG-21タイプそのものの姿だが、主翼付け根の膨らみと、翼端を切り欠いたような黒い塗装、そして尾翼に記した蝙蝠のエンブレムが、その姿を一際際立ったものへと変えている。

 

《ニムロッド1、交戦》

 

 MiG-21UPG『ディビナス』――またの名を近代化改修モデル21-93。

 眼前に敵機を控えた黒翼の機影は、まるで獲物を見定めた狩人(ニムロッド)のように、『円卓』の空へと忍び入った。

 


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