Ace Combat side story of 5 -The chained war-   作:びわ之樹

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《各員へ通達。我らウスティオ・レクタ連合軍は、これよりラティオ軍が擁するレーザー兵器『テュールの剣』破壊を目標としたオペレーション・『ラグナロク』を発動する。ここで『テュールの剣』をへし折れば、ラティオ東郡は目と鼻の先だ。諸君ら渾身の力を以て、作戦を成し遂げよ。幸運を祈る》


第11話 三日月(メッザ・ルーナ)

 上空警戒の『ミラージュⅢ』が、轟々とエンジン音を響かせている。

 

 時刻、午前10時と20分。三角翼の背に映える空はあくまで青く透き通るようで、今日の快晴を予感させた。

 背には、滑走路に並んだ『クフィルC7』が4機。尾翼のエンブレムに加え、機体左翼には三日月を象った真新しい塗装が施されており、エリク達レクタ空軍『ハルヴ隊』の機体であることを無言のうちに物語っている。

 そして、機体の前に並んだ『ハルヴ隊』4人の前に集うは人、人、人。その誰もが、エリク達に声をかけ、握手をしては次の人へと入れ替わってゆく。その多くは一大作戦に向けて集ったお偉方のようだが、中にはモリスツェフ基地のスタッフやパイロットの姿も混じっている。

 

 敬意、同情、そして形ばかりの激励。人によって握手に込める感情は様々だが、そこにはいずれにも共通して、ほとんど決死隊と変わりない任務を与えられたエリク達に対する複雑な思いが下地に横たわっている。何せ、わずか4機で敵の警戒の隙を突き、『ガルム隊』の道を切り開けというのだ。当然敵の只中に抜け道などある筈も無く、仮にその任を果たせた所で弾薬も燃料も消費した旧式機が生き残れる確率など万に一つもないだろう。

 

 だが、そんな絶望に等しい中で、エリクは不思議と落ち着いている自分があることに気がついた。

 無論、心の表面は今も波が揺らめくようにざわざわと揺れている。敵の配置に変化はないのか。本当に敵が主力に気を取られるのか。僚機は、果たして大丈夫か。気にし始めればきりがない心配事は次々と浮かんでくるものの、その下には不思議と、まるで揺らぐことのない水底のような、覚悟とでもいうべき確とした感覚も感じていた。

 軍人である。どんな状況でも、命ぜられたことはやるしかない。言うなれば、そんな一種悟りのような思いに至ったと言えば最も近いだろうか。隣で如才なく握手に応じるロベルト大尉も、落ち着いた様子で話すヴィルさんも、きっと同じ覚悟に達しているのだろう。唯一クリスだけは人々の中でもみくちゃになり、まるで小動物のようにきょときょとと落ち着きがない。もっとも、慣れない場というのがこの場合大きいのだろうが。

 

 出撃の時間が迫り、人波が遠巻きに離れていく。背を向け行く人々の中に、こちらへ向かう3つの姿を見つけたのはその時のことだった。峻厳な表情を崩さないアルヴィン少佐、相変わらず無表情で小柄なパウラ、今日ばかりは明るい表情も鳴りを潜め、神妙な面持ちのフィンセント曹長。同じレクタ空軍の教導飛行隊、『スポーク隊』の面々である。

 

「…すまないな。私から推薦したとはいえ、極めて困難な任務に君たちを駆り出してしまう」

「なーに、これでも軍の飯食ってますからね。死にそうな目には慣れてます」

「…お前ら、絶対生きて還って来いよ!ウスティオの連中から上等のウイスキーを賭け取って来たんだ、それ飲むまで死ぬんじゃねえぞ!」

「おお、それはいい。当てにサピンのレーズンでもあると最高ですね」

 

 厳しい表情のまま、一抹の情を籠めた少佐の言葉、そしてフィンセント曹長らしい激励。二人と対照的な笑顔で答える隊長達の姿は、とても出撃前の様とは思えない。ややもすれば、スポーク隊の方が落ち着いていないようにすら見える程だった。

 アルヴィン少佐の傍らで、俯いたまま黙っていたパウラが口を開いたのはその時だった。

 

「…期待してる」

「――ああ」

 

 上がった視線は、明らかにこちらだけを見据えたもの。

 あまりにも彼女らしい言葉選びに、思わず苦笑が漏れた。これでもきっと、最大限の激励の積りなのだろう。こんなのでもやる気を奮い立たせてくれるのだから、言葉が持つ力とは不思議なものである。

 せめて、もう一言二言だけでも続けようか。そんな思いも、時計の針がかちりと打ち消していった。

 

「出撃定刻10分前!出撃搭乗員は搭乗せよ!」

「おっと…んじゃ、レクタの意地背負いにぼちぼち行ってきますわ。足腰持つかね?」

「年ですもんね隊長。湿布でも用意させときます?」

「バッカお前40代舐めんな。…なははは、まー行きますか!」

 

 心の底に名残惜しさ一つ、エリクは踵を返して愛機の方へと脚を進めてゆく。陽光を照り返して煌めく『クフィル』の機体が、今日は言いようも無く頼もしい。

 整備員が常以上に丹念に清掃したのだろう。コクピットには、泥どころか塵一つ落ちていなかった。

 

《あー、あー、通信テステス、小隊内通信テス。》

「隊長?」

《いいかお前ら、他の奴らは悲壮感溢れること言ってくれてたが、あんな『エクスキャリバー』もどきのために心中してやることはねぇ。危なくなったら迷わず脱出しろ。…隊長として厳命する。どんなに無様でもいい。命だけは持って帰れ》

「…へへ、言われなくてもですよ。華の二十代、まだ死にたくないですしね」

《あの『ベルカ戦争』でも運よく生き残ったんです。まだまだ運だって残ってますよ》

《……!はい、生きて還ります!……絶対!!》

 

 多くの言葉が、エリクの胸に入って来る。目を閉じれば、浮かんで来るのは多くの顔。操縦桿に籠もる力は、今日はどこかいつもより力強く感じた。

 

《第二次攻撃隊、発進せよ》

 

 通信の声に押されるように、ロベルト大尉の『クフィル』が滑走路へと滑り出してゆく。エリクもそれに倣いながら、視線を不意に横へと向けた。

 滑走路の脇に並ぶ、帽子を振る整備員の列。後方に佇む、『ガルム隊』を始めとした多くの機影。そしてハルヴ隊のすぐ後ろ、2機並んだスポーク隊の『タイガーⅢ』。

 機体が、滑走を開始する。徐々に加速して風を孕んでいく機体が、声を、残影を、後ろへと残して速度を得ていく。

 ふわり、と尻に感じる浮揚感。

 ちらりと向いた後方警戒ミラーの中で、緑の迷彩の『タイガーⅢ』は既に小さくなっていた。

 

******

 

 遠い空に五筋の光軸が奔り、ついで蒼穹に爆炎が刻まれる。

遥か彼方ということもあり、飛び交う機影がどちらのものかは判別がつきがたい。しばしば入り混じる通信の声だけが、数㎞を隔てたその混迷を唯一物語っていた。

 

《バスター5撃墜!》

《くそったれ、『テュールの剣』か!…ラティオ編隊直上、突っ込んで来るぞ!》

《こちら『スポーク1』、カルクーン!上は任せろ、全機とにかく動き回れ!動く相手にレーザーはそうそう当たらん!》

《ウスティオ軍め、レクタまで従えて調子に乗りやがって…!!》

《『バンディエーラ・トリコローリ』、爆撃機を優先して照射しろ!レクタ軍機はものの数じゃない、ウスティオ機に注意するんだ!》

 

 飛び交う声を再び光軸が割き、大型の機影が爆炎に沈む様が遠目に見て取れる。上空に生じた幾つかの光は、レクタの護衛機とラティオの迎撃機の戦闘によるものだろう。一つ、二つと光は炎と煙に変わり、空色を背に爆発の華を咲かせている。

 厄介なことに、通信には明らかにラティオのものも混ざっているのが聞いて取れた。高出力のレーザーを絶えず照射し、空気中の分子の電離が促されたために空域の電位が不安定になり、混線をもたらしている。事前にオペレーターはそう推測していたが、エリクには何のことかさっぱり分からなかった。いずれにせよ、相手の状況把握には役立つ反面、めったなことを口にしてはこちらの目論見も露見してしまう。注意しておくに越したことはないだろう。

 

《佳境だな。そろそろ行くかね》

《ハルヴ隊の皆さん、本当は我々も同道するのが筋ですが、今回ばかりは敵中突破をお願いすることになります。…申し訳ありません》

 

 侵入ルートへと機首を向けたロベルト大尉に向けて、後方を飛ぶ『ガルム1』から通信の声がかけられる。翼端を青く染めたF-2Aの翼下には最大量まで対地ミサイルが懸架されており、さながら空飛ぶ攻撃陣地を思わせた。わずか2機で『テュールの剣』の戦闘能力へ打撃を与えるためとはいえ、流石のF-2Aでもいささか過積載のきらいがある。

 

《なーに、道は綺麗に清掃しとくから、空き次第急いで来て下さいな。きっちりあの剣、へし折って下さいよ》

《はい、必ず。――ご武運を》

 

 後へと継いで残すのは、短いそんな言葉。それだけを後に残し、4機の『クフィル』は増槽を捨て、弾かれたように低高度へと馳せ飛んでいった。ここから先にはラティオの防衛陣地と『テュールの剣』、敵以外にない砲火の渦中。目の前に現れる機影は、全て破壊すべき敵である。

 高度、わずかに500。地形追従レーダーが迫る丘陵の合間を読み、計器と正面を行き来する目が状況を読み、緊張と高揚で研ぎ澄まされた神経が敵の殺気を読む。耳に届く一定のリズムを保った呼気の音は、未だわずかな乱れも無く、糸一本で繋ぎとめた緊張と深い集中を物語っていた。

 

 不意に、対地レーダーが地表の反応を拾う。数にして5、いや6。距離1600、正面右手の丘陵の脇。機位を確かめ、エリクは頭に叩き込んだ地形図からその位置を照合した。間違いなく、最初の関門であるラティオ軍の対空陣地に違いない。

 

「2時方向、目標確認」

《ここまで来たらもう後戻りはできねえな。全員(ハラ)括れ》

 

 目線を前へと保ったまま、エリクは操縦桿のボタンを操作し、兵装の安全装置を解除する。

 今回は対地攻撃が主な任務でもあり、乗機『クフィル』の武装はそのほとんどが対地装備で固められていた。9か所あるハードポイントの内、それに属さないのは先ほど投棄した増槽1つと自衛用の短距離空対空ミサイル(AAM)のみ。残り6か所のうち4か所には無誘導爆弾(UGB)が、残る2か所には小弾頭をまき散らす特殊な爆弾であるところの自己鍛造小弾頭爆弾(SFFS)を装備する形となっていた。

 ヴィルさんやクリスの機体も同様の装備だが、唯一ロベルト隊長機だけは、SFFSの代わりに滑走路破壊用特殊爆弾を2基4発搭載している。事前情報によると、一部の防衛陣地や『テュールの剣』本体には野戦滑走路が設けられており、護衛機を随時離着陸させて対空警戒を行っているという。そこで、対空陣地の撃破後に、ロベルト大尉は敵陣の奥深くまで侵攻し、ラティオ軍野戦飛行場に打撃を与えるという任務も帯びることとなった。

 滑走路破壊用特殊爆弾は投弾と同時にパラシュートを展開し、地面に垂直になった所でロケットに点火。滑走路に深く突き刺さった後に爆発し大きなクレーターを形成するという、いわばミサイル的特性も持ったものである。わずか4発とはいえ、滑走路を使用不能にすることは不可能ではない。

 

 ともあれ、まずは眼前の目標である。

 

 兵装選択、UGBハードポイント2か所。

 ヘッドアップディスプレイ(HUD)の表示が対地爆弾のものへと切り替わり、機体軸と着弾予測円を示す薄緑色のラインが映し出される。

 迫る地形が、大地が、陣地が脅威を告げる。隊長の言う通り、ここまで来ればもう後戻りはできない。

 小さな基地施設が眼前となり、緑と褐色の大地にクリーム色の舗装色が映える。

 着弾予測円、固定。目標、向かって右の対空砲。

 射程――今。

 

《行くぞ!『ガルム』の道を切り拓く!!》

「応!!」

 

 機体の速度を背負って、翼下から放たれたUGBが弧を描いて落ちてゆく。

 唐突な敵機の出現に呆気に取られたのだろう、その頭上を通過する瞬間となっても、対空砲弾の1つすら打ち上がることはない。

 通過、轟音、風圧。それらに見舞われたラティオの対空陣地に、最後に降り注いだのは各機から2か所6発ずつ放たれた、漆黒の爆弾の雨。

 エリク達が遥か過ぎ去って後、後方に幾つも生じた爆炎は、その小さな敷地を黒と赤の二色だけに塗りつぶしてしまっていた。

 

《なんだ…?第15対空陣地、通信途絶》

《最外郭の陣地だ、構うな!…くそっ、『テュールの剣』の冷却が追いつかん!第3次迎撃隊上がれ、前面のウスティオ軍を防ぎきるんだ!》

 

 戦闘の狂騒と混乱が、正確な状況把握を妨げているらしい。彼らの切り札である『テュールの剣』の乱用により、通信に混線障害が起きているのもそれを後押ししている様子は、通信口に怒鳴るラティオ軍人の声からも察することができた。

 

 残る目標は、3か所。先と同様の対空陣地、レーダー施設と続き、『テュールの剣』本体の手前に大型の防衛陣地が存在するという構図である。レーダー施設の破壊を確認した時点で後方の『ガルム隊』が突入し、一気に敵本拠へ肉薄するという手筈という訳だ。距離としては次の対空陣地との間がやや狭く、一方でレーダー施設へは少々隔たっているため、事前の取り決めでは次の陣地を撃破したのち、攪乱のために一時減速。頃合いを見計らい、レーダー範囲内へ一挙に突入することになっている。

 

《次だ。各機UGB用意、一回で行くぞ》

 

 丘を左旋回で抜けた先に、次の陣地が広がっているのが見えた。事前情報では地対空ミサイル(SAM)3基が配備されているというが、それでもその規模は小さく、せいぜい対地目標の反応も7つほどしか確認されない。

 先と同じ要領で、兵装に残るUGBを選択する。

 高度を下げ過ぎては、こちらにも爆風の被害が生じる。一瞬高度計に目を奔らせ、エリクは僅かに機体の高度を上げた。機体の挙動に随うように、着弾予測円もふわりと宙へと浮かび上がる。

 針路よし、目標射程圏内まで少し。

 このまま――。

 

《…!隊長!ヘリが上がってきます!》

《…Ka-50か!俺が引き受ける、そのまま投弾しろ!》

「チッ!このタイミングで…!」

 

 クリスの通信に、視線が思わず跳ね上がる。

 陣地の上空には、確かに小さな機影が二つ。機体上部にローターを設け、機体側面に小さな翼を持ったその姿は確かに戦闘用のヘリコプター。それも、隊長の言を信じるなら以前も見たKa-50『ホーカム』とのことだった。以前の例を見るまでも無く、AAMの搭載が可能な戦闘ヘリであり、動きが鈍重な今となってはその脅威はけして低くない。

 

 敵機の機首と翼がちかちかと光る。

 敵機、発砲。ミサイルアラートが鳴り響く。

 ロベルト隊長がミサイルを回避する。

 『ハルヴ1』、機銃発射。炎に包まれた『ホーカム』1機の回転翼が弾け飛ぶ。

 残った『ホーカム』が機銃を放つ。

 投弾位置。

 曳光弾。距離、至近。

 ぶつかる。

 

 反射的に倒した操縦桿。傾く予測円に爆弾が吸い込まれるように向かっていく。

 左右それぞれに分かれ、陣地上空を擦過する4機の『クフィル』。その後方で立ち上った黒煙は、しかし咄嗟の回避で狙いを外したためだろう、陣地の全てを破壊するに至らなかった。

 

《こ、こちら第9対空陣地!低空侵入したレクタ機に攻撃を受けている!『クフィル』が4機、左翼に『斧』の塗装のヤツだ!》

《バレたか。こうなりゃ時間ずらしにのんびりしてる訳にもいかねぇな。エリク、俺は止めを刺してくる。ハルヴ3と4を連れて先にレーダーを潰してくれ》

「…了解!」

 

 くるりと反転するロベルト大尉の『クフィル』を残し、エリクは機体を再び加速させる。

 大尉の言う通り、既にこちらの存在と進路が露見してしまった以上、ラティオ軍機の迎撃を受けるのも時間の問題である。ガルム隊の侵入ルートを切り拓くことを考えると、こちらの進路上に敵機が現れるのは作戦遂行上大きな問題となる。事こうなれば、時間との勝負といって良かった。

 

 雁行の3機が、樹を掠めるように低空を滑り抜けてゆく。後方の爆発が冷めやらぬ中、遥かに見える白い皿のような設備は、明らかに対空警戒用のレーダー。ここからは丘も起伏が乏しく、目標への攻撃を妨げる地形は少ない。それは裏を返せば、レーダー波を遮る盾も最早ないことを意味している。すなわち、もはや猶予はない。

 

「ハルヴ3、ハルヴ4、レーダーは機銃で仕留める!対空砲に気を取られるな!」

《了解!》

 

 レーダーの左右に設けられた対空砲がぱらぱらと光を放ち、曳光弾が機体の傍を駆け抜けてゆく。

 炸裂音、衝撃。破片が爆ぜ、キャノピーの左側にヒビが入る。それでも30㎜の照準は、白いレーダーから眼を逸らさない。

 引き金に応えるように、機体下部に振動が響く。

 移動目標ならいざ知らず、『クフィル』の30㎜機銃は対地攻撃において優れた火力を叩き出す。吐き出された機銃弾にレーダーは瞬く間に食い散らかされ、一瞬走った火花によってその機能を失った。

 

《第5レーダーサイト反応消失!》

《間違いない、さっきの『斧持ち(メッザルーナ)』だ!早く戦闘機を向かわせてくれ、『テュールの剣』まで突破されるぞ!》

「ハルヴ2よりガルム1、レーダーサイトを破壊した!もう来てくれ、出口はしっかり繋いで見せる!」

《ガルム1了解。ありがとうございます!これより進発します》

《ハルヴ2、上空から敵機が降りて来ています。機数8》

 

 反射的に見上げた空に、黒い影がいくつも浮かぶ。その数、確かに8。まだ遠く機種までは見定められないが、こちらへ鼻先を向けて急降下するその様は、明らかにこちらの迎撃を意図したものだった。可能ならば排除して後顧の憂いを断ちたい所だが、この空域に下手に留まれば『ガルム』の存在がばれてしまう。

 背が(つか)えている以上、エリクにできることは一つしか無かった。

 

「――振り切って突破する!何とか、最後の敵陣地を…!」

 

 もはや敵に見つかった以上、極低空を維持する必要性は薄い。エリクは操縦桿を引いて高度を1200前後に保ち、ひたすらに『クフィル』を加速させた。最深部へ侵入しているこちらが攻撃針路を取り続ければ、後方を狙う敵機もさらに後方の『ガルム隊』への警戒は必ず疎かになる。当然ながらハルヴ隊は周囲から狙われることにもなるが、今はただ、その道を作ることに専念すればいいのだ。そう、たとえ命を捨てる覚悟をしてでも。

 

『命だけは持って帰れ』

 

 耳の奥に、出撃前の隊長の声が蘇る。

 隊長、そうは言っても、この敵の数です。命の一つや二つ賭けないと…少なくともそう覚悟しないと、こんな敵の渦中で平静保ってなんていられませんよ。

 大丈夫、覚悟だけです。そう簡単に死にはしませんから。

 

 苦笑、一つ。ふ、と息を吐き出して、見据えた瞳にもはや笑みの残滓はない。

 睨んだ先には、下方に見える最後の陣地。そしてその後背、さらに数㎞先に聳える『テュールの剣』。巣を護る兵隊蜂のように周囲には絶えず戦闘機が舞い、未だに塔の先端から放たれる光軸が空を灼いている。防空陣地には野戦滑走路も設けられているらしく、垂直離着陸機らしい小さな機影も1つ2つ上がり始めていた。

 

《う…後ろ、喰われます!『フィッシュベッド』『ファルクラム』各4!…ろ、ロックオン警報が…!!》

「くそ…!クリス、攻撃を断念して回避行動に移れ!攻撃はこっちで受け持つ!」

《で、でもそれじゃ先輩が…きゃあっ!?》

「…クリスッ!!」

 

 焦燥した声が爆発音に途切れた時、エリクは血の気が引くのを感じた。後方、8機。被弾音。

 まさか。

 叫ぶが早いか、エリクは攻撃のことも一瞬忘れて後方を振り向いた。

 距離1500に満たない距離を猛追する敵機。やや間を開き投弾体勢に入るヴィルさん。その下方で、クリスの『クフィル』は火を噴いて編隊から落伍しつつある。幸い直撃ではなかったようだが、あれでは機体はもう持たない。

 

「クリス、脱出しろ!もういい、十分だ!」

《げほ、ごほっ…!ごめんなさい先輩、あたし、あたしっ…!!》

「いいから!!命を持って帰るんだ!」

《グスッ…――はいっ!!》

 

 クリス機のコクピット付近に煙が爆ぜ、キャノピーが吹き飛ぶ。射出座席で空へと弾き出された小さな人影は、次いで開いたパラシュートに吊るされて、堕ち行く『クフィル』と対照的にふわりとその体を宙へと舞わした。

 ほっと胸をなで下ろすも一瞬、エリクはその煙に紛れ、『クフィル』を斜め下方へ降下させ始める。狙いはその先、『テュールの剣』を護る最後の対空陣地。西側に滑走路を擁し、数多の対空砲とSAM、高射砲で身を固めた、これまでとは比べものにならない最後の防壁。

 

 兵装選択、SFFS2基。激しい対空砲火の中でHUDの照準が変化し、Iの字を縦に長く伸ばしたようなものへと切り替わってゆく。

 SFFSは金属の小弾頭を内部に持ったクラスター爆弾の一種であり、その真髄は広大な攻撃範囲にある。すなわち、照準の縦のラインがその散布範囲を示し、その範囲にあるあらゆるものへ金属の小片が降り注ぐという訳である。小弾頭そのものは爆弾ではないので爆発を伴わないものの、対空兵器やレーダーの破壊、作業人員の戦闘能力を奪う程度は訳なくしおおせられる。

 

 高射砲弾が炸裂する。

 爆炎が視界を塞ぎ、曳光弾が目の前を遮る。

 正面、ミサイル警報。天を指す矢がこちらを指向する。

 チャフ散布。狙いを見失った鏃が穂先を逸れ、あらぬ方向へ飛んでゆく。

 炸裂。

 近い。視界の右の端に炎が上がる。

 自分の機体ではない。自らの右主翼、そのさらに先の1機。

 ヴィルさんの『クフィル』。

 

「ヴィルさん!?」

《なんの、まだまだ!投弾用意ですよ、エリク中尉!》

「……!応!!」

 

 破片を散らし、炎を纏い、それでもその翼は止まらない。存念を振り払い、エリクは眼前の敵に、剣を護るべく最後に聳える壁へと意識を集中した。散布帯予測範囲の中に納まるのは、対空砲とSAM2基、そして駐機しているYaK-38。

 HUD上のデジタル表示が、ぐんぐんと数値を下げていく。機体を急降下させていることに加え、元より加速が乗っているのだ、その速度は驚く程に速い。互いの距離が近づく程に射撃も正確さを増し、エリクの機体の装甲を見る間に削り取ってゆく。

 1200。

 1100。

 1000。

 互いに、必中。外さない距離。

 

「…っ()ぇ!!」

 

 高度が3桁に至った瞬間、エリクは操縦桿を思い切り引き上げ、次いで投弾のボタンを押した。

 翼の下からがちりと音が響き、重量物を脱した反動で機体が上へと跳ね上がる。速度を得た機体の背に襲いかかるは殺到する機銃弾、レーダー波の警戒音、そして――爆発の衝撃。後方警戒ミラーの中では、小弾頭が地上へ雨のごとく降り注ぎ、あらゆる地上兵器に穴を穿って誘爆の炎を盛んにまき散らしている様が映し出されていた。弾薬に引火でもしたのだろう、最後に生じた爆発の威力は凄まじく、上空に滞空していたYaK-38を粉々に吹き飛ばして、黒と赤の領域を辺りへと広げ続けている。

 

「なん、とか…」

《すみません、エリク中尉。私の機体はそろそろ限界のようです。お先に脱出しますので、また後でお会いしましょう》

「ヴィルさん…。了解です。敵兵にくれぐれも気を付けて」

《エリク中尉こそ、命を大事に。――それでは》

 

 右翼側、炎に翼を包まれた『クフィル』が、右へと旋回して徐々に高度を下げてゆく。程よくラティオ陣地から離れた辺りで脱出する積りなのだろう、機体の挙動はクリスと比べても危なげない様子に見受けられた。高度は十分に保っている所から、脱出の危険も少ないだろう。

 ――問題は、自分の方だ。

 

「ハルヴ2よりガルム、目標への到達ルートクリア!…早く来てくれ、道はじきに閉じるぞ!」

《凄い…!ハルヴ2、ありがとうございます!あと1分で当該空域に到達!》

「了解。…1分か、長いな」

《くそ、第2防衛陣地、戦闘能力喪失!空軍は何をしていたんだ、『斧持ち』が1機抜けて来たぞ!》

《うるさいな、どうせ手負いの1機だ。尊敬の念を持って、嬲り殺してやるさ》

 

 狂騒の中に生じた、一瞬の虚。ラティオの通信を流すように聞きながら、エリクはまるで他人事のような面持ちで周囲を見やった。

 高度、概ね1300。クリスを撃墜した8機は対空砲火の巻き添えを避けていたのか、今は2000程度の距離を保って左右後方に4機ずつ旋回している。眼下からは、辛くも誘爆を逃れた野戦滑走路からYaK-38『フォージャー』が2機。眼前わずか1㎞程度には『テュールの剣』が聳え、その後方に位置する野戦飛行場からは固定翼機が絶えず離着陸している様も見て取ることができた。方やこちらはロベルト隊長が遅れ、ヴィルさんとクリスは撃墜され、わずか1機。それもAAM2発のみしか装備せず、機銃弾と破片の銃創で満身創痍の旧式機というおまけ付きである。1分も撃墜を免れれば、奇跡としか言えないだろう。

 

 さて。考えるのは苦手だが、たった一人とあっては指示を待つ訳にもいかない。周囲の敵意を見定めて、エリクはしばし頭を巡らせた。

 ガルム隊侵入経路を開くという最低限の役割は果たした以上、最も理想的なのはこのまま脱出、ないし離脱することである。だが、脱出した所でここは敵地のど真ん中。離れた位置で脱出したクリスやヴィルさんと違い、脱出後も戦闘に巻き込まれることは十分にありうる。最悪、ガルム隊の空爆に巻き込まれてそのままお陀仏しかねない。逃げるにしても、下手な方向に逃げればガルム隊の存在が察知され、攻撃の成功率を下げることにもなってしまうだろう。

 それなら、できることは一つである。

 どんな手を使ってでも、1分間逃げおおせる。それ以外に、選択肢は無い。

 

「泣けて来るな。悪いな、相棒。もうちょっと頑張ってくれ」

 

 ぽん、と計器盤を軽く叩き、エリクは愛機へと声を向けた。

 思えば、パイロットとして着任してからこのかた、この『クフィルC7』はエリクにとって最初の、そして唯一の乗機だった。既に旧式となって久しい機体だが、この機体に命を預けて乗っていたエリクにとっては、いわば無二の相棒だったと言っていい。どんな任務でも、どんな窮地でも、こいつは常に応えてくれた。

 

 左右両翼後方から、ラティオの戦闘機が迫って来る。右側がやや早いのは、MiG-29『ファルクラム』で構成された編隊ゆえだろう。遅れた4機のMiG-21『フィッシュベッド』は、こちらの回避の隙を狙い撃つ積りに違いない。

 伸ばしていた手をそのまま下げ、正面計器盤のボタンを押す。

モード表示、『CM・PLUS(コンバット・プラス)』。最早満身創痍となった『クフィル』に残された、最後の切り札。経戦時間と引き換えの、出力強化機構――。

 

「行くか。最後の晴れの舞台だ」

 

 エンジンの唸りが高まり、エンジン回転計がぐんと針を振り切る。それは、まるでエリクの声に『クフィル』が応えてくれたかのようだった。

 

 右後方、ミサイルアラート。

 チャフ、次いでフレア散布。同時に操縦桿を左へ倒し、『クフィル』を左旋回させる。

 曳光弾、擦過。ミサイルが遠ざかり、その後を機銃弾が、次いで『ファルクラム』が過ぎてゆく。

 続くミサイルアラートは真後ろ、『フィッシュベッド』4。

 フレア散布、残数わずか。同時に左ロールからの背面下降。逆さになった天地の中で、4筋の煙が尾部を掠めて遠ざかる。

 『ファルクラム』、上方で旋回、次いで下降。低空域へ逃れたこちらを追う姿勢。ち、と舌打ち一つ、操縦桿を引いて機体を引き起こす。高度わずかに600。

 接近警報。

 正面。

 しまった。思わず口内に言葉を噛む。

 真正面わずかに上方に、機影2。失念していた、後から離陸していた『フォージャー』。その鼻先は完全にこちらを向いている。

 増速。チャフ散布、残量ゼロ。真正面から攻撃を避けて下方を抜ける針路を取る。どのみち機銃が機首下方に設けられている『クフィル』では、機首を上げた所で上方の敵には届かない。

 ミサイル、擦過。爆発。その合間を縫うように、機銃弾が『クフィル』の翼を穿ってゆく。

 

「ぐっ!」

 

 衝撃。数十センチ側を貫いた閃光が左のカナード翼を弾き飛ばし、破片がコクピットの中を跳ね回る。

 喰らった。近い。しかし、怯んでいる暇は無い。

 2機の『フォージャー』の下を抜け、エリクは操縦桿を引き機体を急上昇させる。

 だが鈍い。動きが遅い。元より運動性をカナード翼で補っているデルタ翼機である、その要を失えば、機動性の低下は目に見えている。

 後方、2…いや、4。反転した『ファルクラム』。上昇で速度が落ちたこちらへ、機銃弾が殺到する。

 

()ッ…!く、そっ…!!」

 

 咄嗟に急旋回へ舵を切るも、曳光弾の筋は『クフィル』を打ち据えてゆく。いくつかの銃弾は機体を貫通し、補助翼が弾け、主脚がへし折れ、機体が黒煙を噴き始めた。

 熱い。

 脚と額にぬるりとした感触が感じられる。汗とはまた異なる、熱を持ってゆっくりと溢れるその感覚はおそらく流血。跳ね回った破片が当たるか突き刺さるでもしたのだろうが、今更場所を確かめる余裕は無い。

 

 正面、機影4。『ファルクラム』の隙を補うべく近づいていた『フィッシュベッド』。

 先の被弾で方向舵も損傷したらしく、旋回すらままならない。しかしヘッドオンとなれば、こちらは間違いなく撃墜される。

 ここまで、か。

 血が汗と混ざり目にでも入ったのか、赤みを帯びた視界でエリクは時計をちらりと見やる。

 交戦開始から1分経過まで、あと――10秒。

 

《よくよく引っ掻き回してくれたもんだ。――ここまでだ、『斧持ち』!》

 

 操縦桿を引き、機首を上昇させる。

 敵機との距離、目算で2000。数秒もあれば互いの射程に入ってしまう距離である。ただでさえ速度が落ちた状態から上昇すれば、当然速度はさらに落ちる。最も投影面積が大きくなる機体の腹を晒したその姿は、敵機に取って恰好の好餌に見えたことだろう。

 

《悪あがきを…!この針路ではミサイルは当たらん、機銃で狙い撃つぞ》

 

 通信の混線が、敵の挙動を(つぶさ)に伝える。おそらくは機首を上げ、こちらの予測進路上に機銃をばらまく積りだろう。不思議な集中と静謐の中で、エリクの脳裏には彼我の距離が、位置が、思惑が描かれる。

 好機。

 こちらがわずかに高位を保ち、敵がまっすぐ直進する、今。

 操縦桿を押して機首を水平に戻し、何もない虚空へとエリクは引き金を引いた。

 

《何!?まだ動くのか…!?》

《…!図られた!両翼に開け!!》

 

 初速が遅く、銃弾も重いため、『クフィル』の30㎜機銃は20㎜『バルカン』と比べて対空用途には不向きとされている。一つには、その重さゆえに弾丸がエネルギーを失いやすく、20㎜より手前で弾道が落ちてゆくためである。言い換えれば、直射で目標を狙う場合、有効射程がどうしても短くなってしまうのだ。

 30㎜は、確かに直射には向かない。しかし、もし目標が『こちらに直進し』かつ『こちらの下方にいれば』どうか。速度を失い弧を描いて落ちてゆく銃弾の軌跡が丁度目標の進路と交わった場合、それは本来ならば不可能な筈の射程外(アウトレンジ)攻撃となりはしないか。まして、機銃を機体下部に設け、発射位置が低い『クフィル』ならば。

 

 偶然か、それとも意図か。『クフィル』から放たれた機銃弾は弧を描き、山なり弾道を取って敵編隊の斜め上方から降り注ぐこととなった。遠距離ゆえに照準の正確さは望むべくもないが、1、2発が『フィッシュベッド』の主翼を穿ち、狼狽えた隊長機が散開を指示している。

 

 エンジン回転数、増大。『コンバット・プラス』機構で出力を強化したエンジンが、最期の咆哮を上げる。

 目標は、左へわずかに迂回し、こちらをヘッドオンで仕留めんと機体を翻す『フィッシュベッド』。

 操縦桿を左へ倒し、機体をロールさせる。方向舵が効かない以上、ロールと自重を利用して方位を変える他は無い。逆さまになった天地の中で、エリクは操縦桿を引いて背面下降。上昇する『フィッシュベッド』と相対した。

 距離、900。

 700。

 機首を引き、敵機の腹の下を潜り抜けるコースを取る。

 AAM、発射。敵機はわずかに揺らぐも一瞬、フレアを放出してその矛先を逸らす。

 時に、距離500。

 防御の為に、敵の意識がわずかに逸れた、ほんの一瞬の機。

 馳せ違う、銃撃の応酬。

 

 機銃の搭載位置と口径は、些細ながら時として勝負を決する。

 腹下をすり抜けるコースを取った『クフィル』に対し、機首側面に機銃を設けた『フィッシュベッド』の火線は交わることなく擦過する。一方で、下方に火線を展開した『クフィル』は敵機を丁度正面から捉え、30㎜弾をその機体へと刻み込む結果となった。

 

 至近の爆発が、エリクの『クフィル』を揺らす。粉々になった『フィッシュベッド』の左右前方で、残った3機は慌てたように急旋回に入っていった。

 

《パロケット1が墜とされた!》

《馬鹿な…!くそ、逃がすな!嬲り殺せ!!》

 

 被弾した主翼が黒煙を引き、残ったカナードも脱落してゆく。周囲の敵は、しめて9機、いずれもこちらを方位する体勢。満身創痍と言うもおろか、スクラップ寸前となった『クフィル』の中で、しかしエリクは充足した笑みを浮かべていた。思わず声を上げて笑ってしまいたいくらい、今の気分は心地よい。

 なぜならば、ほら。南の空に、機影が3つ浮かんでいるのだから。

 

「もうこっちは限界です。後、任せますよ。――隊長」

《了解だ、エリク。後は任せな。――ありがとよ、お前のお蔭だ》

《ハルヴ隊の戦いを無駄にはしない…!『ガルム1』、交戦(エンゲージ)!》

《あんがとな、『ハルヴ2』。まるで昔のあいつを見てるみたいだったぜ。――『ガルム2』、交戦!》

 

 空域へと滑り込む、3つの機体。その航跡に触れた敵機は、一つ、また一つと爆炎に変わって落ちてゆく。一航過で2機、針路を妨げる敵をさらに3機。大鎌を振るうがごとく戦力を削り取るその様は、まさに鬼神だった。

 

《3機抜けた!》

《くそ、司令部へ緊急電!南方直掩中隊壊滅!敵機『テュールの剣』へ侵攻中!》

《あの塗装は…間違いない、『円卓の鬼神』だ!》

《馬鹿な……。い、急いで野戦飛行場から迎撃機を上げろ!攻撃機でも損傷機でもいい、とにかく奴を止めろ!!》

《ガルム隊が突破した!連合軍、一気に押せ!!機甲部隊は前進し、防衛陣地を排除せよ!》

 

 ラティオ軍の恐慌が、通信を揺らし続ける。ロベルト大尉は東側へ針路を取り、敵の野戦飛行場へと舵を取っていくのが見えた。事前の手筈通り、滑走路の破壊に赴くのだろう。迎撃機の発進さえ防げれば、あとは勝ったも同然だった。

 戦闘の狂騒が去った空で、エリクはボロボロになった愛機を今一度見やった。既に計器は殆どが機能を停止し、残弾もほとんど残っていない。飛行に必要な能力の殆どを失い、鉄屑のような姿となって、辛うじて空に漂うその姿。それが、エリクには何故かこれまで見たすべての機体の中で、最も美しい姿に見えた。

 

「ありがとう、相棒。誰が何と言おうと、お前はこの世で最高の戦闘機だ。今まで、ありがとう。――じゃあな」

 

 光が明滅し、機能を半ば失っているHUD。機体の命を物語るようなそれを最後に撫で、エリクは脱出レバーを引いた。

 キャノピーが吹き飛び、射出された座席から体が放り出され、一瞬後にパラシュートが花のように開かれる。吹き荒れる風は冷たく、汗と血に濡れた体にはいっそ心地よい。

 

 彼方で光軸が輝き、そのたもとを潜り抜けた2つの機影が聳える城塞へ肉薄してゆく。

 轟音、爆炎。

 炎と共に高層の塔がへし折れ、噴煙の中に沈んでゆく。その上を悠然と舞う2機は早くも目標を見定めたのだろう、再び高層目がけて降下し、残る塔すらもその牙で噛み砕くべく翼を翻していった。

 

 断末魔を刻む『テュールの剣』。そしてその傍らに咲いた、炎で象る愛機の墓標。

 血で濡れた掌を掲げ、エリクはその全てに敬礼を送った。

 




《作戦参加総員、よくやった。諸君の奮闘の甲斐もあり、ラティオ軍最大の要衝『テュールの剣』の戦闘力を大幅に奪うことに成功した。占領こそ叶わなかったものの、最早脅威とはならないだろう。陸軍は引き続き拠点を確保し、『テュールの剣』を含めたラティオ中郡の制圧に全力を注ぐことになる。航空部隊の諸君においても、引き続き油断なく職務に邁進して貰いたい。
なお、未帰還のパイロットに関しては、現在展開中の陸軍が救助ならびに捜索を行っている。待ち遠しいだろうが、祝宴は彼らが戻ってからだ。いいな》

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