最愛の人へ 〜未来への光〜   作:糖也

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第八話 ただひたむきに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願い!ヒロ君しかいないの!」

 

 

「ちょ、ちょっと待てよ」

 

 

連休も明け、しばらくすると学校が始まった。

また勉強だらけの日々に戻らなければならないと思うと、胃が痛くなってしまう。

 

そして冒頭の会話...

放課後に突然おれの前に現れた穂乃果は、説明もなしにそう言い放った。

 

穂乃果の説明を聞くとどうやら父親が用事でしばらく家をあけるため、家の手伝いをしてくれる人を探しているところなんだそうだ。

 

 

「手伝いって...おまえんち和菓子屋だろ?

俺料理とかできないぞ」

 

 

「それは大丈夫だよ。

餡を作ったり、店番をしてもらったり、ヒロ君には簡単なことしか任せないから。

あ、お給料もちゃんと出すよ!」

 

 

...そういう問題なんだろうか。

第一ど素人の俺なんかが手伝ったところで、足を引っ張るのは目に見えてるしな。

 

 

「それじゃ詳しいことはまたメールするね!」

 

 

「あ、おい!」

 

 

用件だけ済ますと穂乃果は風のように去っていった。

俺まだやるとは一言も言ってないんだけどな...

相変わらずあいつは自分勝手だ...

 

 

なんて愚痴をこぼしながら、家に帰るために歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、やることを終えようやく眠りにつこうとしたところで...

 

 

♪〜

 

 

メール受信の音が携帯から鳴り響いた。

差出人は分かっている。

俺はスマホの電源を入れそれを確認した。

 

 

『こんばんは!

放課後の件だけど、土曜日からでも大丈夫かな?』

 

 

やはり穂乃果からのメールだった。

ていうか土曜日って明後日じゃないか...

 

 

「...」

 

 

できるだけ力にはなってやりたいけど、本当に俺なんかで大丈夫なんだろうか...

まぁ最近財布の中身が寂しいと思っていたところで、ちょうどいいといえばちょうどいいんだが...

 

 

そのあと何通かメールを繰り返し、服装や時間などを聞いて眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして土曜日。

俺は言われた通り午後一時に穂乃果の家を訪れた。

格好は私服でいいって言われたけど、服とか貸してもらえんのかな...

まぁきてしまった以上、最後までやりきらないとな...

などと考えをまとめ、ほむらの店の戸を開ける。

 

 

ガララ

 

 

「こんにちは〜」

 

 

「あ、きたきた!やっときた!」

 

 

そう言って割烹着姿の穂乃果が俺に近寄ってきた。

やっときたって...言われた時間ちょうどなんだけど...

 

 

「お母さ〜ん、ヒロ君きたよ!」

 

 

穂乃果が奥に向かってそう声を発すると中から穂乃果のお母さんが現れる。

そしてもう一人、見知らぬ女の子も...

 

 

「紹介するね!

こっちが私のお母さんで、こっちが妹の雪穂」

 

 

穂乃果に妹なんていたんだな...

なんか意外だ...

 

 

「いらっしゃい、あなたがヒロ君ね?」

 

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 

などと社交辞令を交わしていると、おばさんはなぜか俺を不思議そうな顔で覗き込んだ。

なんだろう、格好がまずかったのかな?

 

 

「なんだかどこかで見たことあるような...」

 

 

「お母さん!この人テレビに出てたよ!

ほら、野球の!」

 

 

 

「...」

 

 

「あら本当だわ...」

 

 

その話題で何やら高坂家で盛り上がってらっしゃる。

音乃木坂の野球部は無名校で今年は準優勝まで行ったからな。

そのことはテレビでも取り上げられた。

 

 

 

「え?ヒロ君そんなに有名なの?」

 

 

穂乃果は驚いたようにそう言った。

みんなに知ってもらえてるのは嬉しいけど、なんで一番近くにいるお前が知らねーんだよ。

 

 

「とりあえずこっちに来てくれる?

服のサイズ合わせるから」

 

 

おばさんはそう言うと俺を家の中に上げてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうそう上手だよ!」

 

 

俺が店を訪れてから一時間くらいが経過した。

今は穂乃果と二人、厨房で餡を作っている。

 

 

バイト1日目の俺に今日は穂乃果がいろいろ教えてくれるそうだ。

まだ始めたばかりで何もできない俺は店の簡単な仕事、掃除と餡の作り方を教えてもらっている。

バイト経験のない俺からしたら、知り合いの店で働かせてもらえるのは有り難かった。

 

 

「すごいな穂乃果は。

こんなの毎日やってるなんて」

 

 

「そんなことないよ。

それに毎日じゃないし、私あんまり料理できないからお店番くらいしか手伝えないからね」

 

 

以外ではないけど、穂乃果は料理とかしないのか。

 

 

「私も真姫ちゃんやニコちゃんみたいに料理上手くなれたらいいんだけど...」

 

 

やっぱり女子ってのは料理ができるようになりたいものなのかな?

俺は男子だからわからないけど...

でも穂乃果ならなんでもやればできると思うけどな。

 

 

「誰でも最初から上手く出来るもんじゃないさ。

真姫だって、初めはひどかったぞ」

 

 

「え?そうなの?」

 

 

びっくりした顔で穂乃果は聞いてくる。

あいつが料理しだしたのは確か小学校の上学年くらいからだったな。

 

 

 

「そりゃひどかったさ。

俺と父さん二人共が食べた次の日に腹を壊すくらいな」

 

 

そう、今思い返しただけでも腹が痛くなる。

何かにつけてあいつはトマトを使おうとするしな。

今では母さんに料理を習い、見違えるほど上達した。

だから穂乃果も、練習すればきっと上手くなるはずだ。

 

 

「穂乃果が初めて俺の家に遊びに来た時があっただろ?

あの時お前が作ったカレーはすげー美味かったよ」

 

 

「あ、あれは、ヒロくんのお母さんと一緒に作ったから...」

 

 

「それでもさ、あれは穂乃果が一生懸命に作ったから、俺も美味しいと思ったんだ。

まずいものを美味いなんて言わねーよ。

穂乃果も練習すればきっと上手になる」

 

 

嘘じゃない、あの時食ったカレーは本当に美味しかった。

 

 

「今度さ、また俺ん家でなんか作ってくれよ。

今度はカレーじゃないやつでさ」ニシシッ

 

 

俺はそういって笑いかける。

俺も料理できないから、アドバイスなんかはできないかもしれないけど、俺でいいなら穂乃果の料理をまた食べてみたい。

本当にそう思うから...

 

 

「やっぱりヒロくんは優しいね...」

 

 

「ん?」

 

 

静かに呟いたその声は俺には届かなかった。

 

 

「今度また挑戦してみるね!

だからまた感想を聞かせて?」

 

 

そう言っていつもの笑顔を向けてくれる。

いつ見てもその笑顔は子供みたいに無邪気で、それを見るだけでなんだか元気がもらえるみたいだ。

 

 

「ああ、任せとけ」

 

 

俺はそう言って再び作業を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サッサッ

 

 

箒で床のごみをはく、この音も聴き慣れた。

あれから俺が出来ることもなく、仕事といえば店の掃除や餡作りぐらいでお店の方もあまり忙しいといった印象はなかった。

本当、俺必要なのって思うくらい。

おばさんもとても俺に優しく接してくれて、これだと給料もらうのが申し訳ないと思ってしまう。

なんとか自分でやることを探そう。

そう思い、厨房から出ると、

 

 

「ありがとうございましたー」

 

 

お客様を見送る穂乃果の妹さんの姿が目に入った。

 

 

「偉いね、お店のお手伝いなんて」

 

 

「ひゃ!ビックリした!」

 

 

後ろ姿に声をかけると、その子は心底驚いたようにそう返してきた。

確か名前は...ゆ、ゆき..なんだっけ?

 

 

「あ、雪穂です、雪穂」

 

 

「そう!雪穂ちゃんだ」

 

 

名前を忘れるなんて失礼もいいとこだよな。

申し訳ないことをした。

 

 

「えっと、ヒロさん..でいいですか?」

 

 

どうやら雪穂ちゃんの方は覚えてくれていたみたいだ。

穂乃果の妹なだけに、この子もどこか抜けているのかと思ったけれど、話して見ると意外としっかり者といった印象だった。

 

 

「敬語じゃなくていいよ。

一応バイトの先輩なんだし」

 

 

 

「い、いや、それはダメですよ。

ヒロさんの方が年上なんだし」

 

 

 

やっぱり礼儀正しい。

姉妹でもどちらかが抜けていると、片方はしっかり者に育つって言うしな...

 

 

「あの...ヒロさんはどうしてバイトを?」

 

 

雪歩ちゃんは俺を見ておずおずと質問をする。

 

 

「あぁ、穂乃果に頼まれたんだ。

しばらくバイトしてくれないかって」

 

 

「あ、そうだったんですか...

すいません、姉が急なお願いしちゃって」

 

 

やっぱり穂乃果とは似ても似つかない。

その礼儀正しさは素直に感心するし、好感が持てる。

本当にいい妹さんだな。

 

 

「でもまさかお姉ちゃんが男の子を連れて来るとは思いませんでした。

しかも有名人なんて...」

 

 

有名人なんて言いすぎだな...

 

 

「多分μ'sが一番大事な時期だから、みんなをあんまり巻き込みたくはなかったんだと思う。

その点俺なら暇だし、ちょうどよかったんだろうな」

 

 

この文化祭で、あいつらはライブを行う。

今はその準備でみんな忙しいはずだ。

その中で穂乃果は練習も家の手伝いもして、一番大変なはずなんだ。

だから俺も少しくらいは力を貸してやりたい。

 

 

「ヒロさんは、お姉ちゃんと付き合ってるんですか?」

 

 

「…!」

 

 

唐突な質問に思わず体が仰け反る。

なんでそんな話になった?

 

 

「ど、どうして?」

 

 

「だってお姉ちゃんのこと、よくわかってるから...

そうなのかなって」

 

 

よくわかってるか...

確かに、μ'sの中では真姫を除いて一番仲がいいとは思う。

趣味も合うし、一緒に遊んでいたら楽しい。

でも今はただそれだけのこと...

 

 

「お姉ちゃんはいつも一生懸命で、一度決めたら曲がらないから...

だから周りが見えなくて、いつもドジばっかりしてるんだけど」

 

 

同じようなことを、誰かに言われたことがある。

そうか、今まで気づかなかったけど、俺と穂乃果はどこか似てるんだ。

 

 

「でも友達や家族のことは、一番大切にしてるんです。

ガサツで食いしん坊で意地っ張りな姉だけど、私はそんなお姉ちゃんを一番尊敬してます」

 

 

穂乃果のことを話す雪穂ちゃんの表情はどこか柔らかい。

きっと口には出さないけど、穂乃果のことが本当に好きなんだと思う。

俺には兄弟なんていないから...

そんなふうに思える相手がいることを素直に羨ましいと思う。

 

 

「ヒロさん...

危なっかしくてドジな姉ですけど、これからも仲良くしてあげてください」

 

 

雪穂ちゃんは俺をまっすぐに見てそう言った後、少しだけ微笑んだ。

本当に姉想いの優しい子だ。

こんなにいい子を見たことがない。

うちのお姫様にも見せてやりたいくらいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのあとしばらく仕事をして、今日のバイトは終了となった。

日払いでお給料を渡そうとおばさんが封筒を渡してきたけど、流石に遠慮してもらえないという意思を伝える。

しかし、おばさんは無理やり俺に給料を持たせて、今日1日のお礼を言ってくれた。

本当にいい人たちだということを改めて感じた。

まぁたまにはバイトも悪くはないかな...

などと考えていると、ジャージに着替えた穂乃果が玄関で靴を履いているのが見える。

 

 

「どこかいくのか?」

 

 

俺がそう声をかけると、穂乃果は振り返った。

 

 

「うん、ちょっと走ってこようと思って」

 

 

時刻は午後の七時。

こんな時間からいつも走ってるのかな...

 

 

「すごいな」

 

 

「ううん、そんなことないよ。

でもあともう少しでライブだからね、頑張らないと」

 

 

靴の紐を結び、穂乃果は立ち上がった。

 

 

「悔いは残したくないから...

だから自分にできることは全部やっておきたい。

私は、μ'sが大好きだから」

 

 

「...!」

 

 

なんだろう...

この気持ちは...

自分のことでもないのに、妙に嬉しいと感じる。

穂乃果のその言葉に光を感じた。

いや、本当はわかってたんだ...

同じくらいとは言わないけど...

俺もμ'sのことを大切に思ってるんだって...

 

確かに初めは真姫が参加したからそう思ったんだと思う...

一歩踏み出したあいつにはどうしても成功して欲しくて...

みんなと何かを成し遂げて欲しくて...

でも今は違う...

学校のために立ち上がった彼女たちを本当にかっこいいと思って...

俺にはない輝きがそこにはあったから...

だから羨ましいとも感じたし...何よりも嬉しかった...

彼女たちが作り出す世界に、俺も希望を感じたから...

 

 

「それじゃあ行ってくるね。

今日は手伝ってくれてありがとう」

 

 

そう言って穂乃果は玄関から出ようとする。

 

 

「ちょっと待っててくれ」

 

 

「...?」

 

 

彼女たちがこの先、どんな風になるのか見てみたい。

少しでもいいから力になってやりたい。

俺にとってはもう、それほどにμ'sの存在は大きいから...

 

 

「俺も付き合うよ。

ちょっと着替えてくるから待っててくれ」

 

 

「...いいの?」

 

 

「あぁ、穂乃果がよければだけど」

 

 

穂乃果は嬉しそうに振り返った。

 

 

「それじゃあ、一緒に行こう!」

 

 

そしていつものこいつらしく、明るい笑顔でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガチャ

 

 

服を着替え、穂乃果と二人玄関から走り出した。

あたりはもうすっかり暗くなっている。

 

 

「毎日走ってんのか?」

 

 

「うん、一時間くらいだけど」

 

 

二人足並みを揃え、夜の街を駆け抜ける。

決して早いペースではないけれど、長距離を走るのにはこのくらいのペースがちょうどいい。

それと隣に穂乃果がいるからか、真姫とはまた違った安心感がそこにはあった。

 

 

「これからは俺も付き合うよ...

お前があんまり無理しないように、雪穂ちゃんにも頼まれたからな」

 

 

「本当に!?」

 

 

穂乃果は嬉しそうに俺に問いただした。

 

 

「本当は一人で走るのは心細かったんだ...

こんな時間だし、みんなを誘うのも迷惑かなと思って」

 

 

俺でよければ付き合うよ...

お前が前を向いて頑張ってる限り、俺もずっと...

 

 

「ヒロくん...

ありがとね」

 

 

「ん?」

 

 

走りながら穂乃果は横で小さく呟いた。

 

 

「別にいいさ、俺も暇だったしな」

 

 

「ううん、それもだけど...

今までも支えてくれてありがとうってこと...」

 

 

俺は何もしてない。

支えたなんて思ってもいない。

だって俺が何もしなくても、お前らは十分よくやってるから。

 

 

 

「また明日も一緒に走ってくれる?」

 

 

ああ、当たり前だよ...

μ'sのリーダーとして、誰よりも頑張るお前をこれからも俺は隣で支えてやりたいから...

いや、理由なんてものはいい...

ただ誰よりもひたむきな穂乃果を、俺はずっと見ていたいとそう思うから...

 

 

「任せとけ!」

 

 

俺がそう返すと、穂乃果は満面の笑みを俺に向けてくれた。

その笑顔に、一瞬ドキッと鼓動が高鳴る。

 

 

「よーし!

なんだかやる気が出てきたよ!

ヒロくん!神社まで競争ね!」

 

 

そう言って穂乃果は俺を置いて全力で走り出した。

 

 

「おい!待てよ!」

 

 

俺も穂乃果に追いつこうと、出遅れて後ろ姿を追いかけた。

 

 

 

 

 


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