”CALL” me,Bahamut   作:KC

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半年も経っちゃいました。お久しぶりです。

本編執筆後に書くだけ書いてあったので供養しときます。


ex2) He is worried about his "JUSTICE"

ピンと張り詰めた静寂の満ちた、天井の高い一室。

 

決して華美な装飾が施されているわけではないが、全体の調和を乱さない程度の壁画や装飾が施されており、神聖な雰囲気を醸し出している。

 

入口から伸びる真紅の絨毯は、部屋の奥に据えられた祭壇の手前まで続いており、初めてその部屋を訪れた人間でもこの部屋が神への祈りを捧げる場所なのだと気づくことができるだろう。

 

部屋の隅々まで清掃が行き届いており、この部屋を管理している者たちの信仰心の高さがうかがえる。

 

天井付近のステンドグラスから差し込むわずかな月の光に照らされた祭壇には、一見すると恐ろしい姿をした――"死の神"が祭られている。

 

その祭壇の下に跪き、熱心に祈りを捧げる長髪の少年がいた。

 

まだあどけなさの残るその姿からは、彼がスレイン法国の誇る特殊部隊"六色聖典"の中でも最強の部隊、漆黒聖典の第一席次――隊長を務める者だとは想像もつかないだろう。

 

目を閉じて只管に祈りを続けていた彼だったが、部屋の扉の外に気配を感じてゆっくりを目を開ける。

そのまま立ち上がり姿勢と服装を正すと、最後に一度祭壇へ向けて礼をする。

 

 

「――スルシャーナ様、どうか我々にご加護を」

 

 

そう呟き、祭壇を後にした。

 

部屋の大扉を開けると、人相の悪い体躯の大きな男と、黒い大きな帽子をかぶり、髪を大きく二つに分けて編んでいる女が待っていた。

 

 

「急かしちまったみたいですまねぇな、隊長。見送りの連中がせっつくもんだから迎えに来たんだ」

 

「構わないよ、セドラン。すぐに支度する」

 

 

セドランと呼ばれた人相の悪い男に軽く微笑むと、少年は二人を連れて薄暗い廊下を歩きだす。

 

おもむろに懐から魔力を帯びた仮面を取り出すと、長い髪をかき上げてそれを装着した。

すると、仮面には歴戦の勇士を思わせる顔つきが浮かび上がり、あどけなさの残っていた彼の顔は面影も残らなくなった。

 

 

「しかしよぉ、脅威度の正確な把握のためとはいえ、隠密の少数任務にコイツを……"占星千里"を連れ出すとは神官長も思い切ったな、オイ」

 

「敵を避けるという意味では彼女の能力は重宝する。それに、接敵時に彼女の守りを万全にするために君が同行するんじゃないか。期待しているぞ、"巨盾万壁"」

 

 

セドランは黙ってついてくる女に振り返り、まかせとけと言わんばかりに自分の厚い胸板を叩く。

女は少々うっとおしそうな表情を浮かべるも、その能力は信頼しているのか、黙ったまま小さくうなずいた。

 

彼らは装備を整えた後、神官長たちに見守られながら戦地――竜王国へと出立した。

 

 

 

 

数日前、エ・ランテルから南下する強大な竜の咆哮が観測されたとの報告が諜報部隊よりスレイン法国神都へと届けられた。

 

伝承に伝えられる破滅の竜王(カタストロフドラゴンロード)の復活か、封印された魔神の再来かと、スレイン法国の上層部は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

事態の正確な情報を得るべく、彼らは漆黒聖典第十一席次である"占星千里"による能力の行使を決定。六大神の残した神器を用いて得られた神託は、脅威を示すものでありながら具体性を欠くものであった。

 

 

恐るべき"何か"により、竜王国が光に包まれる様。

 

 

占星千里は、得られた神託(ビジョン)から流れ込むあまりのエネルギー量に耐えきれず、ほんの一瞬の観察しかできなかった。

 

一瞬の観察からは善性も悪性も見て取れず、ただ一つ、竜王国に恐るべき"何か"が現れる、という予言のみがもたらされた。

先日の竜の咆哮騒ぎとの関係性も不明瞭であったが、件の竜がエ・ランテルから南下していったという情報もあり、この予言の内容と無関係ではないと判断。

急遽、少人数による隠密での諜報活動が行われることとなったのだ。

 

竜王国は、長きにわたってビーストマンの軍勢による攻勢にさらされている。

 

戦争ではない。

 

個々の身体能力、そして単純な兵士の数ですら竜王国が圧倒されている現状において起きるのは、双方に被害の起こる戦争ではなく、一方的な虐殺である。

獣共は、竜王国を単なる食糧の群れる狩場としか認識していない。

 

 

竜王国へむかう途中、散発的に遭遇するビーストマンを静かに殲滅しながら、みすぼらしい槍を携えた少年は人類の窮状を憂いて唇をかんだ。

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

身分を悟られぬよう、巧妙に偽装された身分証明を用いて竜王都へと訪れた。

 

衛兵の顔はやつれ、街を見回してもここが国の首都であるとは思えないほど活気のない、寂れた雰囲気の漂う都市。

道行く人たちの顔には生気がなく、生きることに絶望してしまっているような顔。

 

情報収集のために王都内で別行動をとっていたセドラン達との合流場所に向かう道すがら、そんな人々とすれ違うたびにこの国の現状と行く末に気分が重くなる。

 

つい先ほども、ビーストマンの襲来を告げる見張りの鐘がなったところだった。

今回は大きな被害なく撃退ができたようだが、それでも被害はゼロではない。

 

傷つき戻ってきた兵士たちを介抱する市民たちの中には、戻らなかった兵士の中に家族がいたのか――泣き崩れたまま動けなくなる者たちもいた。

 

集合場所にたどり着くと、すでに到着していたセドランがこちらに気づき、控えめに手を上げてこちらへ話しかけてきた。

 

 

「隊長、騒ぎの訳が分かったぜ。さっきの襲撃の対処に、クリスタルティアだけじゃなくリ・エスティーゼの蒼の薔薇が参加していたらしい」

 

「蒼薔薇が?さっきの襲撃をすぐに押し返せたのは蒼薔薇の協力があったためか」

 

「ああ。王国の冒険者組合からの依頼で例の竜の咆哮の原因を特定するためにその足跡を追ってきたんだと」

 

 

スレイン法国としては、人類の守り手たりうる強者は歓迎すべき立場にある。

 

しかし、蒼の薔薇には、陽光聖典の亜人集落殲滅任務を妨害された苦々しい過去がある。彼女たちは根本的には善なる存在のようだが、考えに甘さがある。

 

何もしていない、平和に暮らしているだけの亜人を殲滅するのは倫理的に間違っている―――

 

蒼薔薇のリーダーの少女はそう主張していたそうだ。

 

人類が立たされている窮状、種族としての人類がどれだけ追い詰められている立場であるかを認識していない、彼らから言わせれば()()()()の考えである。

 

亜人達は平和に暮らしながら力を蓄え、人口を増やし――そして足りなくなった居住地や資源の獲得のため、自分たちの生息域を増やそうとするだろう。

 

その際に、弱小種族である人類が標的になる可能性は非常に高い。

 

彼女達には、人類の正しい現状が見えていないだけ。

正しい現状と、スレイン法国の人類の守護者としての立ち位置を示せば、味方として肩を並べることも可能であろうか――

 

神官長たちより、跡継ぎの事をせっつかれている少年は、美しい女性たちのチームであると噂の彼女たちが自分たちの側につく未来をぼんやりと想像してしまう。

 

人を超越した力と、人類の命運をその双肩に負っているといっても過言ではないとはいえ、本人はまだ成人前の若い男である。

 

ほんの少しの甘い妄想を馳せてしまう程度には、彼もまた()()()()なのだ。

 

 

「……隊長、大丈夫か?ボケっとしてるが」

 

「あ、ああ。いや、大丈夫。こっちも軽く探ってみたんだけどな……どうやら、周辺の衛星都市がいくつか獣共に落とされたらしい。本格的に詰んできたようだ」

 

「……本当に?」

 

「本国の近くもそうだったが……やはり各地のモンスター共の行動が活発化しているようだ。獣共もその影響を受けてか知らんが一気に攻め入ってきたらしい。陽光聖典を呼び戻して本国の守りにあたらせたのは正解だったようだな」

 

ルーイン殿は少々不満だったようだがな、と付け加え、少しだけ現状を顧みて考え込む。

 

「問題の竜は竜王都から東のほうに向かっていったらしいが、この国の最東端の砦はすでに落とされてしまっているようだ。これ以上の深追いは危険かもしれないな。それよりも、このままいくと間違いなくこの国は滅ぶ。そうなった場合、次に獣共の猛威にさらされるのは我々の可能性が高い。早急に本国に戻ってこの件を報告するべきだろうな……」

 

 

この国は間もなく滅ぶ。

 

さらりと隊長の口から出た予想に、巨盾万壁も占星千里も息を呑む。

今のところ、この国が人類の生存領域とビーストマン達の戦線における防波堤となっている。

その防波堤が今崩れ去り、その猛威に本国がさらされようとしているのだ。

 

戦争状態にある隣のエルフ国とのことを考えると、頭が痛いでは済まない状況になりつつある。

 

日々状況が悪化していく現状に、今は亡き神々に縋りたい気持ちでいっぱいであった。

 

 

(神よ、どうかこの国をお救いください……)

 

 

わかってはいる。神に救いを求めるだけでどうにかなるわけではない。

少年は六大神を深く信仰しているが、最後には彼らがすべてを丸く収めてくれる、とまで妄信しているわけではない。

 

神々は、滅びるはずであった人類に抗うだけの力と時間を授けてくださった。

その先の命運は、自分たちの手で切り拓いていかねばならない。

 

頭ではわかっていても、救いを求めずにはいられない。それだけ、立場的に少年と人類は追い詰められていた。

 

軽く息を吐き、甘い考えを振り払う。

 

ひとまず、本国に戻らなければ。

 

 

「脅威の確認も重要だが、我々はここで倒れるわけにはいかない。準備を整え、明朝には一度本国に報告に戻ろう。獣達の侵攻に備えなければならない」

 

 

そういって、今晩の拠点へと向かう。

明日もまた強行軍になりそうだ。

しっかりと疲れを癒さねばなるまい。

 

 

 

 

 

日も落ち、夜も更けて月が傾き始めたころ。

 

物々しい雰囲気と、周囲から迫る重圧に気づき目が覚めた。

急いで装備を整え、巨盾万壁と占星千里と合流し、周囲を一望できる建物の屋根に降り立つ。

 

周囲に広がるのは絶望の光景だった。

 

 

360度、見渡す限りの獣、獣、獣の群れ。

かがり火を手に、今にも圧倒的な数の波でこの都市を飲み込まんとしている、敵意の塊。その数、推定20万。

 

巨軍万壁も顔を蒼くして周囲を見回し、占星千里はもはや半泣きだ。

 

 

漆黒聖典は個の力に優れた部隊だ。

隊員一人一人の力は間違いなく英雄の領域にあるだろうし、人類最強の部隊であるという自国の評価は決して間違ってはいないだろう。

 

だが、あくまでも個の力である。

 

圧倒的な数の前では、いずれ消耗し倒れる。

 

とびぬけた実力を持つ隊長一人であれば敵を打ち払いながら問題なく自国へと撤退できるであろうが、巨盾万壁と占星千里(仲間の二人)はそうもいかない。

 

この場で隊員を失うわけにはいかない。

どうするべきか頭をフル回転させていると、ふいに占星千里から袖を引かれた。

 

 

「た……隊長。あそこ、市民が集まってる。その上には、女王もいる……始原の魔法(ワイルドマジック)を使う気、かも」

 

 

彼女が指し示す先を見ると、確かに多くの市民が王城下の広間に集まり、その上の演説台には普段と違う装いのドラウディロン女王がたたずんでいる。

 

彼女の法国での呼び名は、"真にして偽りの竜王"。

 

彼女の持つ生まれ持った異能(タレント)は、真なる竜王の証である始原の魔法(ワイルドマジック)の使用を可能にするものであるとされている。

 

その使用には多くの民の魂をすり潰す必要がある、正真正銘の"切り札"であるということは間違いない。

 

極限まで追い詰められたこの状況で、切り札を切る決断に至ったのであろう。

致し方のない事である。

 

 

「……始原の魔法(ワイルドマジック)の威力が確認できるのはありがたい。発動を確認次第、その影響を調査し……混乱に乗じて本国へ帰還しよう」

 

「いや、隊長。様子がおかしい。女王の周りが騒いで……女王も崩れ落ちちまったぞ」

 

 

遠いため、女王の正確な表情は読み取れない。

しかし、明らかに絶望の表情であるように感じられる。

 

膝から崩れ落ちたままの女王は、そのまま何かに縋るように祈る姿のまま、動かなくなってしまった。

 

 

「想定よりも敵の規模が大きかったのか……?このままだと―――」

 

 

マズい。そう口にしようとした彼の口は、突如として感じた遥か上空の恐ろしい気配に反応して固まってしまった。

 

思わず視線をその方向に向けるが、月明りも届かぬ暗雲に隠され姿は確認できない。

 

急に言葉を切った隊長を不審に思い、彼の見る先を占星千里が目で追うと――

 

 

「――――ヒッ」

 

 

彼女の体を恐怖が支配する。()()()()()()

 

体からは力が抜け、不安定な足場に立っていた彼女はそのまま落下しそうになった。

それに気づいた巨盾万壁がとっさに倒れる彼女を受け止める。

受け止めたものの、彼女の顔からは血の気が引き、呼吸は荒く大量の汗をかいている。

 

 

「お、オイどうした!?」

 

「……あれだ」

 

 

視線を空に向けたまま、隊長がつぶやく。

 

巨盾万壁が視線を向けたその先には――

 

 

暗い空にポツンと輝く、青白い球体。

よくよく見れば、隙間なく術式の仕込まれた魔法陣であるとわかる。

 

巨盾万壁には、魔法の心得がない。

ゆえに、あの魔法陣にどれだけの魔力が込められているかを感じ取ることはできない。

しかし、チリチリと肌を刺すような存在感は感じ取ることができる。

 

次々と術式が重なり、見る見るうちに球体が大きくなっていく。あれは、マズいものだ。

 

大きく成長した球体は、一瞬の赤い脈動と共に――まるで殻を破るように内側から破壊された。

 

姿を現したのは、雄々しい竜。

彼らの見たことのあるどの竜よりも大きく、荒々しい姿をしていた。

 

 

 

まき散らされる咆哮と威圧感に、気を失いそうになる。予言にある破滅の竜王(カタストロフドラゴンロード)の出現か、個人の判断で神器であるこの槍を使うべきか。

 

 

「占星千里!あれの難度が見えるか!?」

 

 

半ば叫ぶように問いかける。

占星千里は、顔から血の気が引きすぎてもはや土気色だ。

最初は荒かった呼吸も、過呼吸を通り越して細く浅い呼吸になってしまっている。

 

 

「な、ッ……難度、二五〇以上、……ヒッ……せ、正確には、視、視えない、視たく、ない……」

 

 

しぼりだすようにそう呟き、目を覆って動かなくなってしまった。

巨盾万壁が何とか落ち着かせようと鎮静効果のある香を使用しているが、あまり効果はないようだ。

 

……あるいは、効果が出た上でこの状態なのか。

 

現れた竜は大きな咆哮の後、その口を大きく開いた。

開いた口の上には、周囲から夥しい魔力を集めて作られた小さな太陽。

 

ビリビリと空気を揺らし、赤く輝く魔力の帯を束ね、宵闇だったはずの周囲を赤く染め上げている。

 

隊長はなぜかこの光景がまるで物語の出来事のように――どこか他人事のように感じられた。

 

ハッと、正気に戻って焦って神器の槍を構えようとした瞬間、太陽がはじける。

 

 

 

光と、熱と、閃光が――全てを塗りつぶした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

息を吸い込むと肺が焼けそうな熱量を感じる。

 

思わず閉じた目を開き、辺りの惨状を伺う。

意外にも、眼前の王都は直前の姿を保っていた。

 

巨盾万壁も占星千里も、蹲ってはいるものの死んではいないようだ。

何が起きたのか、周囲を見回して愕然とした。

 

 

 

王都を囲んでいた獣の群れが見当たらない。

 

 

奴等が踏みしめていた大地ごと、灰塵に帰してしまった。

仲間たちもそれに気がついたのか、唖然として周囲を見ている。

 

構えていた槍を下ろし、空に留まる竜を見上げる。

竜は、満足したかのように一際大きな咆哮を上げ、周囲をゆっくりと見回す。

何かを見つけ、少しだけそれを見つめた後、ゆっくりとこちらを向き――

 

 

――目が合った。

 

 

ゾワリ、と身体中を悪寒が這いずり回る。

竜は目を見開き、こちらを少しの間眺めた後、体を青い粒子に変えて空へと溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 

消えた竜の痕跡を探し、数日間王都の周辺を探索したが、めぼしいものを見つけることはできず、そのまま本国へと帰還した。

一連の出来事や、周囲を探っている数日のうちに竜王国の中で生まれた新興宗教に関する報告を受け、スレイン法国の上層部は苦言を呈した。

 

 

推定難度二五〇を超える新たな竜王の出現を危惧する者。

 

真なる神たる六大神を置き、ぽっと出の神を信仰する民を愚かという者。

 

探し出し、神器を用いて支配下に置くべきであると主張する者。

 

支配などとんでもない、即時の討伐をするべきであろうと主張する者。

 

人類に対する明確な敵対がない以上、静観を貫くべきだと主張する者。

 

結局のところその足跡が辿れなかったため、竜に対して何かができるわけではないが、この会議で出てきた言葉の多くは現れた竜と竜を信仰し始めた国民への否定的な意見であった。

 

 

結論の出ない会議が続く中、隊長は王都を去り際に見た竜王国民たちの晴れやかな、救われたような表情を思い出していた。

 

王都へ訪れた際には誰一人として見せなかった、未来へ生きていこうという希望の光を灯した瞳。

 

六百年前、人類の窮状を六大神が救った時に――のちのスレイン法国民達が見せたであろう姿と、彼らの姿は違うのだろうか。

 

竜王国を離れる際に少しだけ晴れていた少年の心は、会議が終わるころには元のように曇っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「竜の神に会ったんだって?」

 

 

会議を終え、曇った心を抱えたままぼんやりと自室へと向かって歩いている少年に、カラフルな立方体の玩具をいじりながら、目線すら向けずに話しかけてきた少女。

 

左右で瞳と髪の色の違う、どこか人間離れした雰囲気を持つその少女は、スレイン法国における個の最高戦力にして人類の切り札、番外席次。通称、絶死絶命。

英雄級揃いである漆黒聖典を一人で相手取ることすら可能な隊長を、一方的に嬲れるだけの実力を持った存在である。

 

 

「……ええ。もっとも、その竜自身が神を名乗ったわけではありませんが」

 

「ふーん。難度二五〇超えなんだって?」

 

「占星千里はそう判断しました。恐ろしすぎて直視したくない、とも」

 

「それはすごいね。ね、討伐するなら私にやらせてよ」

 

 

ギラリ、と左右で違う色の瞳が初めて光を宿し、少年を見据える。

 

並の者であればそれだけで動けなくなってしまうであろう眼光の中で、狼狽することなく少年はため息を吐いた。

 

 

「消えた後の足取りはつかめていませんし、少なくとも今回は人類に対して益となる行動しかしていません。討伐を決めるのは早計です」

 

「なんだ。つまんない」

 

 

そう言い残すと、興味を失った彼女の瞳は再度光を失い、手元の玩具へと視線を戻した。

カチャカチャとつまらなさそうに玩具をいじりながら、少年に背を向けて去っていく。

 

暗い廊下の先へと消えていく少女の背中を見つめながら、消え入るような声で呟いた。

 

 

「……他人の信じる神を奪うことが、正しい行いなのだろうか……」

 

 

誰の耳にも届くことなく小さく響いた彼の問いに、答える者はいなかった。

 

 

 




隊員たちの人となりやらなにやらは全部捏造です。

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