東方生還記録   作:エゾ末

97 / 115
⑯話 古代のツンデレ

 

 

 ぼーっと霞がかった意識の中、遠くから人々の忙しく騒ぐ声が聞こえてくる。

 瞼が自然と僅かに開き、微かながら蝋燭の灯火が映り込む。

 

 身体は動く……が、とてつもなく痛い。

 無理して動こうとすれば、また気を失うことになりそうだ。

 

 

「あっ!」

 

「? ……妹紅、か」

 

 

 痛む首を少しずらし、今した声の主の方を見てみる。

 するとそこには、隣で看病をしてくれていたのであろう妹紅が、心配した表情で此方を見ていた。

 

 起きたらそこにはロリ美少女がいた______って、どこかのハーレム系主人公を彷彿とさせる展開だな。

 だがまあ、幼女に対して欲情してしまうような変態ではないので、変な気を起こす気は一切ないが。ていうか起こす気力もない。

 

 

「よかったぁ。もう起きないかと思ったよ」

 

「こう見えて、頑丈なんでな」

 

「頑丈に見える格好じゃないけど」

 

 

 感触的に、恐らく包帯が全身に施されてるね。

 まるでミイラ状態だ。

 これで頑丈なんて言われても確かに説得力はないだろう。

 でも、妖忌の横凪を受けて生きてるのって結構凄いことなんだよ? 普通なら痛みも感じず息絶えるぐらいの代物なのだから。

 

 

「外の騒がしさから察するに、ここは藤原邸で、気を失ってそんなに経っていないとみた」

 

「うん、ここが藤原邸っていうのは正解だよ。でももう一つは残念。生斗が気を失って丸一日経ってるよ」

 

「一日!? ならなんでまだ外は騒がしいんだ? 騒がしさ的に宴会は続いてるんだろ」

 

「そのまんまの意味ってこと」

 

「え、えぇ……」

 

 

 つまり、日を跨いでもどんちゃん騒ぎに耽っていたと。

 従者の人達はさぞかし大変な思いをしてることだろうな。

 

 

「妹紅は行かなくてよかったのか?」

 

「私なんかが行くほど身の程を弁えてないよ」

 

「そ、そんな事はないと思うんだが……」

 

 

 宴会なんだから皆そこまで気に留めないんじゃないだろうか。一日中呑んだくれてるのなら尚の事、幼女の一人や二人紛れていたとしても問題ないだろう。

 いや、酒の場で幼女は少しまずいか。

 

 

「それよりも、ここにいるって事は看病してくれてたんだよな。ありがとな」

 

「い、行き場がなかったからここに来ただけ。看病といってもただ見てただけだし。礼を言われる謂れはないよ」

 

「分かっちゃいないな妹紅は。目覚めた時に身近な人がいてくれるってのは、それほど安心するものはないんだぞ」

 

「そういうものなんだ……」

 

 

 おれが言うのは少し気持ち悪いかもしれないが、経験談なのだから仕方ない。

 目覚めても誰もいないっていうのは、なんだか孤独を感じてしまうものさ。怪我で寝込んでいたときなんかは特にな。

 

 

「それで、おれの試合。どうだった?」

 

 

 まあ、おれの名前を呼んでくれていた時点で結果は分かったも同然なんだけど。

 

 

「あ、あう……」

 

 

 おれの質問に可愛くたじろぐ妹紅。

 この前までツンツンしていた子がたじたじになるとついニヤついてしまうのは、おれだけではない筈だ。

 

 

「な、なに笑ってんの!」

 

「そうかそうか。優勝もしてないおれの名前を呼んだってことは、やっぱり感動しちゃった? 鼻血いっぱい出た?」

 

「してないし出てない! 名前を呼んだのは……そ、その、あいつじゃなんか呼びづらいからやめただけ!」

 

「典型的なツンデレじゃないか!」

 

「つんでれ……?」

 

 

 ここまで典型的なツンデレは久しぶりに見た。

 なんだ、もしやとは思っていたが、こうも明らかなのを見せられたら、おじさんに新たな扉が開いてしまうかもしれない。

 

 

「と、とにかく! 今度からは仕方なくだけど、名前で呼んであげる。ていうかそんなに声出して大丈夫なの?」

 

「ああ、喋る分はな。身体はこの通り____________っつう。少し動かすだけでも激痛が走りますわ」

 

「なら安静にしてなよ。恐らくだけど、あと二日は宴会続くから」

 

「皆身体壊さない?」

 

 

 現段階で二日目に突入しているというのに、もう二日も宴会をし続けるなんて、大体の人潰れるか身体壊すだろ。流石に主催者以外は入れ替わったりしてるよな? 

 

 

「皆これぐらいなら大丈夫だよ。酷い時は一ヶ月続く時もあるんだから」

 

「なんかもう、ある意味狂ってるよね。一ヶ月も宴会して何が楽しいんだか」

 

「色々あるんだよ。その行事を祝う意味で盛大にする為とか、宴の場の雰囲気に乗じて御上に媚び売ったり、新たな政治目的に利用したりとか」

 

「……わりと汚いとこまで知ってんだな」

 

「しょっちゅうこの屋敷で宴会してるからね。嫌でも分かってくるよ」

 

 

 妹紅はまだ子供だ。

 年端のいかないそんな子が、大人の生々しい政略の一環を否が応でも目に付く環境に、少なからず同情の念が湧く。

 おれが妹紅と同じぐらいの歳の時は、大人の事情など考えたこともなく、同年代の友人と当時の流行りであった遊びに興じていた。

 環境も身分も、境遇の何もかもが違うため、一緒にするのは間違ってはいるのだろうが、今の妹紅は、大人になった時に子供の頃の記憶で心から良かったとは言えないのではないか。

 

 

「……なあ、妹紅」

 

「なに?」

 

「おれの試合、面白かったか?」

 

「お、もしろい?」

 

 

 おれの質問にキョトンとなる妹紅。

 少しの間呆けた顔をした後、妹紅は頬を紅く染めながらもじもじと下を向く。

 

 

「……うん」

 

「____________そうか」

 

 

 なんだか、妹紅を見ていると放って置けなくなってしまう。

 これまでは、そんな事なかったような気がするが。

 もしかしたら、紫を拾ってからかもしれないな。なんだか最近、恵まれない子供を見つけると自分が出来る事ならしてやりたいと思ってしまうおれがいる。

 何れ孤児院でも建ててしまうんじゃないだろうか……

 

 

「今度、またウチに来いよ。看てくれたお礼もしたいし、同年代ぐらいの奴等がいるから気が合うんじゃないか? 」

 

「えっ……」

 

 

 実際、大人びてはいるが紫も年齢的には妹紅と大差はない。

 輝夜姫に会わせるのは少しお爺さんに渋られるかもしれないが、同性だし大丈夫だろう。

 折角知り合いに同年代がいるんだ。こんな大人に囲まれて生活してきた者同士、何かと積もる話もあるだろうしな。

 

 

「……行きたくない」

 

「あん? なんでだ?」

 

 

 あれ、断られるとは予想だにしてなかった。

 んー、でもまあ、確かに生娘を家に誘うのは流石にまずかったか? 

 別にやましい気持ちがあって言ったわけじゃないが、他者によって捉え方は違うからな。少し軽率な事を口走ったかもしれない。

 

 

「だって……あの屋敷にいると、甘えてしまうから」

 

「はあ?」

 

 

 甘えてしまうから、て。

 いや、分かるけれども。

 どれだけこれまで妹紅が我慢してきたのも、短い付き合いであれ痛い程分かる。

 母に疎まれ、父の愛情を受けれず、汚い大人達に囲まれた空間で我儘も言えずただ耐えてきた。

 

 

「あのな。子供が我慢をしなければならない道理なんてないぞ」

 

 

 我慢をする事を日常と化し、甘える事による欲求を抑えてきたことも分かる。

 だとしても、大人でさえ妹紅のような環境に身を置けば何れ壊れてしまう。

 子供大人以前に、人間は孤独に耐え続けられるようにできていないのだから。

 

 

「……でも、私」

 

「おれが思うに、妹紅は要領が悪いな」

 

「要領?」

 

「息抜きするのがな」

 

 

 いつまでも張り詰めるのは心にも身体にも悪いに決まっている。

 実家で息抜きできないのなら、別の場所で息抜きすれば良いのだ。

 

 

「これまで息抜きする場所も相手もいなかったから仕方なかったかもしれないが、折角そのタイミングを作れるんだ。それを利用する手はないだろう」

 

「……」

 

「後は気持ちの切り替えだよ。気を張る場所と、抜く場所を弁える。子供の妹紅には少し難しいかもしれないが、それも経験しながら身につけりゃいいんだ」

 

「こ、子供じゃないし! 気持ちの切り替えぐらい私にだって出来る!」

 

「よし、なら今度ウチに来れるな」

 

「えっ」

 

「気持ちの切り替えが出来るんだろ? なら妹紅がウチに来たってなんの問題もないじゃないか。それに甘えてしまうって言ってたしな。なに、熊さんの胸で良ければ飛び込んできてもいいぞ」

 

「誰が飛び込むか! この阿呆!!」

 

「あぶっ!?」

 

 

 両手を広げて迎え入れる準備を済ませていたら、妹紅さんに平手打ちされました。

 妖忌の斬撃並みに痛いです。

 

 怒った妹紅は障子を不躾に開け、おれのいる部屋から去っていく。

 

 

「子供なんだから遠慮なんかしなくてもいいのに……」

 

「子供じゃない!」

 

「うおっ」

 

 

 出ていったと思ったらただ障子の裏に回っただけか。

 

 

「今度、行ってあげるから高級茶菓子を用意していてくれよな!」

 

 

 そう言って今度こそドタドタと走り去っていく妹紅。

 あの様子なら、前に怪我させてしまった脚はもう完全に治ったようだな。

 

 あっ、そういえば妖忌はどうなったのか聞くの忘れていた。

 紫達ならもう帰ってるだろうから心配はいらないが、妖忌はおれが気を失う前に意識を断っていた筈だーーそれを確認してからおれも気を失ったのだから。

 顎に思いっきり叩き込んでしまったからな。そのまま意識を取り戻す事が無くなる可能性だってある。

 半人半霊である妖忌なら恐らく大丈夫だと思うが、一応安否だけでも確認しておきたい。

 ……でもまあ、どうせすぐに()()が来るだろうし、その時に聞けばそれでいいか。

 

 

「身体いってぇ……」

 

 

 動けない事もないが、やはり超絶痛い。

 動かそうとする度に突き抜けるような鋭い痛みが走ってくる。

 だが、身体を酷使し、妖忌の剣撃を受けてこの程度の代償で済んだのなら儲けものと考えたほうが良いだろうな。

 もう少し寝て身体の回復を待つのも一つの手だが、この怪我の具合は一日や二日で完治するようなものではない。雇い主よりも位の高い人の館でこれ以上治療で長居するのは申し訳が立たない上、雇い主であるお爺さんに迷惑を被る事態になりかねない。

 身体が動くのならば、多少は無理をしてでもこの屋敷を出るべきだ。この怪我なら無理に宴会に参加する必要もないだろうし。

 

 霊力により身体強化を図り、自然治癒力を高める。そのおかげか、はたまたプラシーボ効果かは知らないが、少しだけ痛みが和らいだ気がする。

 

 

「ん〜、これは屋敷に戻ったらまた寝たきり老人の生活に巻き戻りだな!」

 

「なに嬉しそうに言ってるの。気持ち悪いわよ」

 

「おっ、そろそろ現れる頃だと思っていた」

 

 

 なんとか立ち上がり、震える脚に鞭を打ちながら部屋を出ると、その角で待ち構えていたであろう紫がおれの独り言を盗み聞きしていた。

 気持ち悪いとはなんだ。おれはただ一日中ゴロゴロしていいという明るい未来に胸を躍らせていただけだというのに。

 

 

「肩貸すわよ」

 

「ああ、ありがとな」

 

 

 紫の肩に手を回し、体重の幾らかを預ける。

 拾った時はまだおれの腰ぐらいの身長しか無かったのに、たった数年で肩を組めるまで成長した紫の姿を見て、改めて時が経つのは早いものだと実感する。

 

 

「あら、傷でも痛むの?」

 

「それもあるけど、なんだかな……」

 

 

 不意に涙腺が緩むのも年のせいだろう。

 嬉しいようで悲しいような__________会ったときから今まで生意気極まりない紫だが、そんな奴でも情は当然湧く。

 普段は生意気でも、物を教え、それができるようになった時なんかは本当に嬉しそうに笑うんだ。

 最近では色々余計な知識をつけて小賢しくはなったが、今でもたまに見せる紫の笑顔は昔を想起させ、おれの心を穏やかにさせてくれる。

 

 それに、最近では紫に助けられてばかりだ。この前の怪我の治療然り、今然り。

 昔はおれがいないと何も出来なかったのに__________

 

 

「あっ! これが親孝行というやつか!」

 

「そんなに大声出せるのなら肩貸す必要はないわね」

 

「いるいる! いります! あいたたたっ!」

 

 

 思わず興奮して声を張り上げてしまったが、おかげで痛めていた横腹に激痛が走るわ紫がおれの腕を外すわで散々な目に遭ってしまった。

 

 

「っもう、怪我人なんだから大声出さないでよね」

 

「け、怪我人って分かってるなら腕離さないで」

 

 

 ずり落ちて、膝から倒れたおれを引き上げ、腰に手を回してくる紫。

 今度はしっかりと支えてくれるようだ。

 

 

「貴族らに挨拶は要らないわよね」

 

「ああ。自分で言うのも何だが、目立ち過ぎてしまった。今宴会場に顔でも出せば必ず面倒な事になる」

 

「そう言うと思った。後で先に帰ったとお爺さんに伝えておくわ。生斗はどうせ他の貴族に興味はないんでしょ」

 

「興味がないって訳じゃないが、鞍替えする気はないからな」

 

 

 位の高い連中からの勧誘を断って目を付けられるのも面倒だし。誘われる前にコソッと帰るのが得策だ。

 まあ、後で文で来たりすればこの行為はあんまり意味をなさないがーーいや、あるな。貴族の連中のウザ絡みに付き合わないで済む。

 何が楽しくて上から目線の年寄り達と呑まなきゃいけないんだ。誰よりも年を取っているであろうおれが言うのもなんだけどさ! 

 

 

「それを見越して実はもう門の外に荷馬車を用意してるの。揺れると思うけど、我慢してよね」

 

「うっ、なんで荷馬車なんだよ」

 

「しょうがないでしょ。私達の金銭じゃこれが限界なの。先に帰るのも言ってしまえば此方側の我儘。お爺さんにお金をせびるのもおこがましいでしょう」

 

「それはそうなんだが……」

 

 

 荷馬車って結構揺れるんだよな。

 薬と霊力による身体強化により幾分かは傷の痛みを抑えてはいるが、恒常的に訪れる振動に身体がどれだけ持ってくれるかどうか。

 いやまあ、我慢すれば大丈夫なんだが、痛いのはなあ……

 

 

「ほら、止まってないで歩く!」

 

「あただだ!? 怪我人をもう少し労って!」

 

 

 畜生、これもまた屋敷でゴロゴロするための試練と考えるほかあるまい。

 人目にさえつかなければ空飛んで帰れるんだけどなぁ。

 

 

「あと、荷馬車の中に輝夜もいるから、話し相手頼むわよ」

 

「ええ? なんで輝夜がいるんだよ。あの子はもう屋敷に戻ってなきゃ駄目だろ」

 

「一度戻ったわよ。荷馬車を用意する時にまたついてきたの。あの子が神妙な顔付きでお願いしてきたもんだから断れなくてね。分かるでしょ?」

 

「可愛いは正義を遺憾なく全力で発揮してるな」

 

 

 あの顔でお願いされたらついつい了承してしまうのは分かる。

 だが、バレたときに損をするのはおれらなんだから、そこは心を鬼にしなければならないというのに紫は……。

 でもまあ、やってしまったのは仕方ない。おれだって輝夜姫にお願いされたら断れる自信はないし。

 

 

「(本当は、屋敷外で生斗と二人で話せる状況を作ってほしいって話だけど。生斗にそこまで話す必要はないわよね)」

 

「今度からは輝夜姫の我儘はあんまり聞いてやるなよ。今はそんなにでも、どんどん過度な要求をされていくんだからな」

 

「分かってるわよ。私も輝夜には、これで最後と念を押しているわ」

 

「それならいいんだが」

 

 

 よし、紫にも注意を促したことだし、全身の痛みに耐えながら輝夜姫と雑談と決め込むとしましょうかね。

 

 

 ____________それに、おれも輝夜姫には()()()()()()()ことがある。

 

 

「あっ、そういえばおれと戦った相手、妖忌はどうなった?」

 

「ああ、あの人なら対戦後一時間ほどして起きてそのまま行方を眩ませたわよ。なんか『修行が足りない』とか言ってたらしいわ」

 

 

「まじかよ……」

 

 

 ほんと、妖忌って奴はタフだよな。

 次遭った時にはもう実力差を大分つけられてるかもしれない。

 

 

 

当作品の原作キャラの中で一番印象に残っている人(神)妖

  • 八意永琳
  • 綿月依姫
  • 綿月豊姫
  • 洩矢諏訪子
  • 八坂神奈子
  • 息吹萃香
  • 星熊勇儀
  • 茨木華扇
  • 射命丸文
  • カワシロ?
  • 八雲紫
  • 魂魄妖忌
  • 蓬莱山輝夜
  • 藤原妹紅

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。