「娘、何故貴様は我らを嗅ぎ回っていた。まさか帝の間者ではあるまいな」
______悪い夢でも見ているのかしら。
私を拘束している人物と、眼前で話しかけてくる人物が明らかに瓜二つであり、服装も同じ。二卵性双生児なら顔がほぼ同一になるのは分かるけれど、服まで同じなのはどうかと思うわ。
「いいえ、私は帝の間者ではないし、貴方の敵ではないわよ」
「ならば何故私と熊口の話を盗み聞いていた______いやそれよりも、この話を聞いた時点で、貴様を生かしておくわけにはいかん」
「……」
生かしておけないわよねぇ。帝に楯突くなんて、普通ならば軽くても打首獄門だもの。
そんな話を聞かれた見知らぬ相手を、はいじゃあねで帰すような愚行を冒す程馬鹿ではないようね。
「ふふっ、貴方は私を殺さないわ。殺す理由がないもの」
いきなり生斗の関係者だと言っても、そう簡単に信じてもらえはしないでしょう。結局、口先だけの説得なんて高が知れている。
「何故そう言い切れる」
「私は貴方の話を盗み聞くために木陰に隠れていた訳ではないからよ。用があるのは貴方と話していた熊口生斗の方」
それならば、わざと興味のでる話を持ち出して時間稼ぎをする。
生斗が来てくれればこの件はいとも容易く解決されるのだから。
「熊口の回りを嗅ぎまわっているのか?」
「いや、嗅ぎまわっているわけではないわよ。彼は今首を痛めているでしょう。貴方と話している時も、濡れた布を首に押し当てていたから分かるでしょ」
「ああ、確かに冷やしいていたな」
「その怪我を和らげさせるために来たのよ。生斗は私の旅のお供だからね」
私がそう告げても、やはり妖忌は難しい顔をするばかりで刀を下ろす気配はない。
現在の所、私が何と言おうと生斗の関係者である事を証明できるものはない。
結局は本人が来て、私が妖忌に対して無害である事を証明してもらわない限り、私に向けられた刃が下ろされない。
こうなる事を予想して、もっと生斗にこの人と戦った時でしか知り得ない情報を聞き出しておくんだったわ。
「私は生斗の試合を観戦に来ただけのしがない旅人よ。貴方が誰に復讐をしようと、知ったことではないわ」
「口先では何とでも言える。貴様が役人に告げ口しないと言える確証はあるのか」
「あら、口先だけとは失礼ね。話で解決できるものは巨万とあるのよ」
「では、この状況を話だけで解決できるのか」
「断言できるわ。この場を一歩も動かずとも収められる」
まさか強気に答えられると予想していなかったからなのか、隙を見せるほどではないが二人は同時に狼狽する。
反応も全く同じだなんて、益々気味悪いわね。まるで鏡を見ているかのよう……
と、彼らに対して細やかな疑問を抱いたのだが、それよりも先に答え合わせをする時間が来たようだ。
「まあ、解決するのは私ではないのだけれど」
「それはどういう意味だ?」
私の発言に質問で返す妖忌。
だがもう、私がその質問に回答する必要はもうない。
答えはもう、彼の背後にあるのだから。
そして妖忌も、それを察知したのか、腰に携えていた木刀を背後にいる答え____________生斗へと突き付ける。
「あー、さっきから何してんの」
「く、熊口!」
「遅いわよ。あと少しで私の首が飛ぶところだったわ」
早々に手を上げ、敵意はないと表明する生斗。その姿を見て妖忌も突き付けていた木刀を下ろす。
目立った外傷が見当たらない辺り、二回戦は滞りなく勝ち進んだようね。
「とりあえず紫も開放してやってくれ。その子はおれの連れなんだ」
「むっ、だがこやつは我等の話を聞いていたのだぞ」
「その子がまだ童子の時から育ててきたんだ。妖忌の秘密を利用しようかどうかなんて、顔を見ればすぐに分かる」
「わ、私ってそんなに顔に出るのかしら」
自分では分からなかったが、考えている事が顔に出ていたなんて……何故そんな大事な事を生斗はこれまで黙っていたのだろうか。それではもし駆け引きの際に不利になってしまうじゃない。
早急に癖を直すか顔を隠す小道具を用意するかの処置を施す必要があるわね。
「育ての親であったのか……身丈的に歳はそう変わらないように見えるが、熊口の剣術を鑑みるに見た目と実の年齢には差異があるのは分かる」
「まあおれ、よく童顔って言われるし若く見られるのは仕方ないよね」
「童顔ではないし、そう言われてるところ一度も聞いたことないわよ」
息を吐くように嘘ついたわねこの人。これでは妖忌に信じてもらえなくなるわよ、まったく。
「___熊口と娘が知人である事は承知した。この場は一旦刃を退こう。だが、後日場を設けて詳細を聞かせてもらおう。まだ私はこの娘を信用してはいない」
妖忌としても、催し物の最中に騒ぎ立てるのは代表者として都合が悪い。
その上で、理解者である生斗からの発言であれば、確証のない話だとしても刀を収める事は容易に予測出来ていた。
つまり、生斗が来た時点で私の命の保証は確保されているという事ね。
「胡散臭さが滲み出ているからな。妖忌が警戒するのも分かる」
「誰かさんの教育の賜物ね」
漸く私の首に突きつけられていた刀を鞘へと納め、壁に寄りかかって腕組みする妖忌二号。
取り敢えずこの場は切り抜ける事ができたわね。
「それにしても、ほんとお前の霊体って化けるの上手いな。洞窟での時は薄暗かったから騙されたと思っていたけど、明るい場所で見るとより一層見分けがつかないぞ」
「私の半身なのだから当たり前であろう」
霊体、半身……?
私に刃を突きつけていたこの妖忌二号は兄弟ではなかったというの?
そんな私の疑問を余所に生斗と話していた方の妖忌が私達を背に会場へと足を踏み出していく。
「熊口が終わったということは、もう私の順番が回ってきたのだろう」
「あ、そうそう。元々お前を呼ぶために来たんだった」
そういえば妖忌は第一試合からだから生斗の試合が終わればすぐ出番が来るのだったわね。
軽く手を振ってそのまま、半身? とやらを置いてこの場を後にする妖忌。
取り残された半身は、気にすることもなく眼を瞑って腕組みをした姿勢を続けている。
「……んで、なんで紫がここに居るんだ。大人しく輝夜姫と見てろってジェスチャーしただろ」
「あら、間抜けかまして首を痛めた貴方の治療に来たというのに酷い言われ様ね」
「それでお前も間抜けかましたら本末転倒だろ」
「くっ、それは今後の反省点として善処するわ」
図星をつかれ、目線を逸らす私を気にすることもなく、生斗は小走りに近付いてきて私の首にそっと指を押し当てる。
「……はあ、怪我はしていないようだな」
「刀を突き付けられるぐらいじゃ、私の肌は傷つけられないし、つけられたとしてもすぐ治るわよ」
「そういう問題じゃないんだよ」
安堵の息か、それとも呆れの溜息か。
彼の吐いた息について少し気になるところではあるが、そんな事よりもまずしなければならない事を思い出し、少し強めに生斗の手を振り払う。
「それよりも、妖忌の試合が終わればすぐに生斗の試合でしょ。パパっと塗り薬だけ塗ってあげるからあっち行きましょ」
「あっ……ああ」
何故かしょんぼりとした生斗とともに、幹の目立たない位置へと回り、私に背中を預ける生斗。
塗りやすいようにと彼の計らいからか、霊力を纏っていない無防備になった首。
そこへ唐からの渡来人から交渉して手に入れた薬草を調合して作った塗り薬を優しく塗布していく。
霊力を纏ってない人間の首は、面白いくらい簡単に折れてしまうのだから。
「それで、勝てるの」
この勝てるかどうかの疑問は、次の対戦者に向けられたものでは無い。
その次、私ですら息を呑むほどの覇気を纒った剣豪__________妖忌である。
以前は武器の差と地形を利用してなんとか勝つことが出来たと生斗は言っていた。
今回はそのどちらもないと言っても過言ではない。
武器は指定の木刀のみ、地形も無駄に広大で平らな庭園。使えるものといえば一面に敷かれた砂利石ぐらいのもの。
純粋な戦闘技術を要求されるこの催し物において、果たして生斗は以前と同じような結果を望めるのであろうか。
「今のままじゃまず無理だろうな」
「でも、勝算はあるんでしょ」
無謀な戦いはするなと、生斗から教えられた生存知識。
当の本人がその教えを背くような事はしないだろう。
生斗が戦いを続けるという事は、何かしらの勝算があってのこと。
剣術に疎い私ですら分かる妖忌との力量差を前に、彼はどのような戦法を用いるのだろうか。
毒を盛る、同情を誘う、八百長、不意打ち、棄権に追いやる__________
あら、意外に出来る事あるじゃない。
私が携帯している薬は少し調合を変えるだけで毒に変えることができるし、首を痛めてる事を全面的に押し出して同情を誘うこともできる。八百長も弱みを握っている今なら尚の事上手くいくでしょう。完全に信用を失う事になるけれど。
他の案もやりようは幾らでもある。試合外でもやれる事は巨万とあるという事に気付き、かつその具体的な方法を瞬時に考えつく私はやはり天才なのかもしれない。
「裏で動くなら私に任せても良いのよ。高く付くけど」
「お前に任せると人としての一線を超えそうだから止めとく」
「勝ちには貪欲にならなくちゃね」
「非人道的な事をするのは認めるんだな!」
あまり声に出して言えるような事ではないわね。
けれども、戦う上でそんな綺麗事を並べているようじゃ何れ痛い目を見る事になる。時には非情になる事も大事なのよ。
「実際、普通の相手なら紫が考えてそうなやり方でも良いと考えてる。戦いが楽になるのならそれに越した事はないし、別に戦いに美学を持ってる訳でもないしな」
「なら何故?」
「あいつ……妖忌には、なんか卑怯な手は使いたくないんだよ」
妖忌には、と一人に限定している辺り、生斗としても彼を特別視している訳ね。
特別視……要は好敵手として妖忌を見ているって事よね。
戦闘において生存を第一に考える生斗にしては、大分感情を持ち出している方だ。
死の危険性が低いからこそ出来た余裕からなのか、単に剣術使いとしての意地からか。
もしかしたら本人ですら、その真意に気付いていないのかもしれない。
「とんでもなく非効率ではあるんだが、勝つ算段はもう出来ている」
「へえ、それは卑怯な手ではないのよね」
「人によっては卑怯と宣うかもしれない。でもまあ、そう思うのはおれだけかもな。種を知った奴は皆馬鹿だと呆れるだろ、たぶん」
「何それ、かなり気になるんだけど」
そう勿体ぶられるとどうしても聞きたくなってしまうわね。
他者から反則と見られず、今の戦力差を埋める方法とやらを。
そんな私の様子に気付いてか、生斗は続けて口を開く。
「落ち着いたら紫にも話すよ。そういえばまだ言ってなかったもんな」
「何のこと?」
「おれの能力についてのこと」
あれ、生斗って能力とかそういう概念があったの?
まあ人間にしては長生きなのも特殊といえば特殊だけれども。
能力もそれに関係しているのかしらね。いや、関係していない方がおかしいか。
「ま、楽しみにしておくわ。私と輝夜は屋根の上で高みの見物を決め込んでるから、その勝つ算段とやらを披露してみなさいな」
塗り薬の上に包帯を巻き終え、ポンと生斗の肩を叩いて治療を終えたことを伝える。
「なんかスースーするな。まるで湿布貼ってるみたいだ」
「シップ?」
「いや、なんでもない」
施術箇所に手を当て、軽く首を回し状態を確認する生斗。
生斗はよく独自に呼称している物や事象を口に漏らすことがあるのよね。
言及しても全然教えてくれないし。
「うん、これなら問題なく戦える。態々ありがとな」
「それじゃあ今度都の観光連れてってね。前に一人で観光してるんだから案内ぐらいできるわよね?」
「んー、美味い干物屋なら知ってるけど」
「干物はもういいわ」
自分から進んで治療に来ておいて見返りを要求するのは些か図々しいとは思うが、そんな事気にする間柄でもないし別に良いか。
そもそも、生斗に遠慮なんてする必要がないわね、する価値がない。したところで気持ち悪がられるだけだし。
「それじゃ、私は戻るわよ。そろそろ行かないとお姫様がへそを曲げてしまうわ」
「もう曲げてるんじゃないか?」
「その時は生斗が可愛いって言ってたと伝えればすぐに機嫌を取り戻すでしょ」
「なんでおれなんだよ。まあ、可愛いっていうのは事実だけど……いや、可愛いより少し綺麗の方が勝ってるか?」
こういう所で鈍感だからこれまで独り身なんじゃないの____________と、声に出してしまえば流石に拳骨が飛んできそうなので心の内に留めておく。
「そろそろ妖忌の試合も終わりそうね」
「あいつにしては時間が掛かってるみたいだな」
「それぐらいの敵が対戦相手だということよ。生斗もくれぐれも油断しないように」
注意を促し、小さく手を振りながら不機嫌になっているであろう輝夜の元へと足を踏み出す。
「あっ、ちょっと待ってくれ」
「まだ何かあるの?」
「一つ疑問に思ったんだけど……」
しかしその足は生斗によって阻まれてしまう。
私に疑問なんて、言い出したら霧がないんじゃないの。
「途中からしか聞いてないから詳細は知らんが、なんで妖忌と話している時、態々長引かせるような話し方をしてたんだ。紫なら早々に刀を引かせる事ぐらいは出来たんじゃないか」
引いた、のかしらね。あの状況、あの疑り深い妖忌のような相手だと、一人で刀を引かせるとなるとちょっとした博打を打つことになるでしょう。
私はあくまで安全策を取ったまで。
___________でもまあ、確かに必要最小限の会話で生斗を待つ方向に持っていけたのは事実ね。
なのに、長話をする事を選んだ。その理由は私が一番理解している。
「そんなの、私が話好きだからに決まってるじゃない」
なんだそりゃ、といった顔付きで呆れる生斗。
口は災の元と言われてるぐらいだし、そういう意味では危険を伴っていたのかもしれないわね。
でも、さっさと話を済ませてしまうのなんてつまらないじゃない?
「それじゃ、検討を祈ってるわ」
「ああ、泥舟に乗ったつもりで安心して見といてくれ」
「それ、安心する要素ある?」
また馬鹿な事を言って……他人の事はあまり言えないけれども。
一悶着起きてしまったけれども、一先ず目的の治療は達成出来た。
後は生斗が優勝してくれるだけ。
妖忌に勝てるかどうかは彼に一任するとして、そのやり方には興味を唆るものがある。
これまで謎であった生斗の能力を知る事ができるのだから。
取り敢えずまあ、輝夜を宥めながら観戦さてもらうとしましょうかね。
当作品の原作キャラの中で一番印象に残っている人(神)妖
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