休んでいた塀際の樹木には雀の巣があった。
子雀がお腹を空かせ鳴くのを宥めるように、親雀が口に含んだ餌を与える。
それでも足りぬと鳴き続ける子雀を見て、困った親雀はまた餌を取りに飛び立っていく。
以前、遊園地で今は亡き母親にアイスクリームを何度もねだって困らせていたのを思い出し、感慨深い気持ちになる。
大人は我慢しなければならない事が多々ある。だからこそ、それまでの過程で子供も我慢というものを覚えていかなければならないのだが、なにも子供の時からずっと我慢をしなければならない訳がないのだ。
子供は何時の時代も、親に甘えたいもの。
おれの偏見ではあるが、現に一人、甘えられず家出した少女を知っている。
「ソ、ソンナ棒切レデオレノ身体ニ傷ナンテツケラレナイゾ」
そういえばあの時、アイスは買ってもらったけど、食べ過ぎで腹壊して遊園地全然満喫できなかったんだよな。今では良い思い出だ。
__________妹紅はそんな家族との思い出はあるのだろうか。
いや、あの母親の反応からして絶対にないだろう。
思い出といえば侮蔑な発言と嫌悪感にまみれた視線。
それを耐えて耐えて、それでも耐えきれなくて家出したのに、帰ってもおかえりの一つもない。
……あまりにも彼女が不憫でならない。
「安心しろよ。その棒切れでお前は昏倒するんだ」
「フン、イイッテロ」
おれでは妹紅の家庭環境を変えることはできない。
ならば、好きだという格闘観戦で楽しませればいい。
ついでに、車持皇子とやらの代表者をボコボコにして赤っ恥をかかせてやる。
そのために、これまで鈍りきった身体を鍛え直してきた。
「構えて」
主審がおれと遠謀の間に立ち、手を前に置く。
改めて遠謀と顔を見合わせると分かるあまりにも差がある身長差。
まるで小学校低学年対百キロ超級の柔道家の試合のようだ。
傍から見れば明らかに勝ち目のない戦い。
屋敷の中からも貴族達のクスクスと笑う声が此方まで聞こえてくる。
フィジカルの差だけで勝敗を判断する奴は三流って義務教育で習わなかったのだろうか。
主審が前に置いていた手を震わせている。
____________来る。
「始めぇぇええ!!」
「オラアアア!!!」
主審の開始の合図と同時に、遠謀が巨体を活かした体当たりを仕掛けてくる。
あの巨体に見合った金剛力士像のように引き締まった筋肉であれば、ただの木刀では傷もつけられまいと判断したのだろう。
はたまた短期決戦で早々にケリをつけたいのか。
……どちらにせよ、それを油断と言うんだよ。
「脚ががら空きだぞ」
「ンナッ!?」
上半身は、分厚い上腕二頭筋により護られ、頭部も急所となる箇所は肩に護られており、木刀では突破不可能。
だが肝心となる脚は何からも護られていない。
身長差があるとはいえ、無防備の相手の脚に思いっきり足払いをすれば、その巨体もバランスを失い倒れることは必至だ。
案の定体勢を崩し、貴族達のいる縁側まで転げ回った遠謀は、逆さの状態でそのまま柱へと衝突し漸く止まる。
「脚痛った……」
霊力を込めて蹴ったのにも関わらず、おれの脚がジンジンと痛みを訴えている。
だが、あいつの機動力は奪う事が出来た。
「ングッ……!」
「お前の左脚の関節を外した。もう今のような特攻はできないぞ」
本当は折るつもりで関節を蹴ったが、差し込みが甘かったせいで外す事しか出来なかった。それでもまあ、この戦いにおいては充分に及第点だろう。
「コ、コンナモノ、怪我ノウチニハイラナイ!」
本当は痛くて悶絶したいだろうに。
右脚を庇いながらも立ち上がり、前屈みに構える遠謀。
どうやらおれを捕まえれば勝てると判断したのだろう。
実際、遠謀の腕力を持ってすれば、おれが幾ら霊力で身体強化しても、そうは解けないだろう。
ていうかこいつ、無意識に霊力を使いこなしてるし。
強者にはよくある現象だ。
人ながらに人智を超えた力を有してる者は大抵、霊力を知らずに無意識に操っているケースが殆どだ。
遠遠謀もそれの例に漏れず、攻撃箇所であった肩付近には自然と霊力が多く込められていた。
つまり、少しでも油断すればこっちがもっていかれる。
「それじゃあお前からは攻めてこれないだろ」
間合いを測るため、遠謀の周りをうろついてみる。
よし、ここだな。
「顎を叩いて決める。しっかり防御固めとけよ」
周りの貴族がざわめきだす。
何故決め技を露呈させるのか。阿呆なのかと。
___________そんなの決まっているだろう。
遠謀含め、この場にいる者全てを錯乱させるため、敢えて教えたのだ。
その錯乱は自ずと効果を発揮する。
「決メサセル、モノカ!」
前屈みの姿勢から上半身を護る、ボクシングの基本のような姿勢へと変える。
こう、言葉だけでも此方の
……でもまあ、顎を打って決めるつもりなのは本当なんだが。
「……!!」
木刀を低く構えた状態のまま遠謀に向かって肉薄する。
あちらの脚が駄目になってるのだから、此方から向かわねば埒が明かないのは勿論の事、遠謀の今の構えは下からの攻撃に甘い。
受けよりも攻めの方が優位を取れると判断したからだ。
間合いに入ってもあちらからの攻撃は来ない。
一発様子を見るという判断なのだろう。
それならば此方にも手がある。
「グゥッ!!」
遠謀の横腹に一太刀、スパァンと心地の良い音ともに打たれた箇所が腫れ上がる。
こりゃ痛い。受けるのがおれだったら転げ回るだろうな。
そんな激痛の中でも尚、護りの姿勢を解かない遠謀。
賢明だな。
その脚では碌な拳撃はできない。地に脚つかない手打ちでの攻撃がおれに通じないという事を、この短い戦いの中で遠謀は学んでいるようだ。
下手にでれば先程の二の舞になる。
だが遠謀、その構え、いつまでも通じるのはグローブをつけた拳だけだぞ。
「!!!」
「ガァァア!!?」
その分厚い腕で顔をガードしていたとしても、骨の構造上隙間は必ず開いてしまう。
そして互いの間合いまで接近した状態で袋叩き状態。構えを変え、腕の隙間から喉元に突きするには絶好のチャンスだろう。
喉元に深く刺さった木刀。
腕越しから遠謀の吐き出された大量の唾がおれの顔面に付着する。
これで防御が甘く____________
「なっ____________」
脚絡み、だと。
突いた木刀を引き、次の剣撃へと移行しようと脚を動かそうとしたとき、外れていた左脚をおれの右脚へと絡めていたのだ。
この体勢はまさか…………!!
下を向いてしまっていた顔を前へと戻すと、そこには既に、右腕を深く構えた遠謀の姿が眼に映る。
最初から、脚を絡めるために突きを誘って__________
「オラアアア!!!」
体重をおれの脚へとかけることにより全体重の乗った右拳がおれの顔面に向かって飛んでくる。
直撃すれば頭は軽く吹き飛ぶだろう。飛ばなくても首の骨は確実に折れる。
まさか、罠をかけたつもりが、張られていたとは……
これは一回死ぬことは覚悟しなければならない。
おれの命は今五つ。少し痛手だが受け入れる他あるまい。
そう覚悟を決め、眼を瞑ると、ある一筋の光が差し込んでくる。
______ボクシングの構え。唾。滑る……!!!!!
「逝った!」
貴族の誰かが、ガッツポーズでもかましそうな歓喜の声を上げた。
遠謀の右拳がおれの頬を捉え、そのまま打ち抜いていく。
誰もがおれの顔が吹き飛ぶのを予想したであろう。
しかし、その振り抜かれたにも関わらず、骨が折れる音はおろか、ズルッといったような期待外れな音が庭園に響き渡る。
「ス、スリッピング、アウェー……」
「ナンデ____________ガブッ!?」
____________スリッピングアウェー。
相手の攻撃にあわせ、顔を背けることにより受け流すボクシングの技術。
遠謀のボクシングの構えと、顔が
おれの顔は先程、遠謀の吐き出された唾により滑りやすくなっていた。そのおかげで威力が分散し、この回避方法の成功率を上げてくれたのだ。
ただ、やはりいきなり大成功というわけにもいかず、首に少し鈍い痛みを感じる辺り、軽い鞭打ち状態になったかもしれない。
「あの遠謀が、やられた……?」
予想外の感触に呆けた遠謀の顎に、斬り上げで脳震盪を起こしておいた。恐らく、顎も割れてる。
相手が態々隙を見せてくれているのに、打たないのは失礼に当たるだろうーーあっ、今の皮肉ね。
「しょ、勝負あり……」
主審も呆気に取られながらも、弱々しく勝敗の合図を出す。
はっきり言って、おれも危なかった。完全にイキり散らしていた。脳筋相手はこれまで巨万と相手をしてきて、今回のような虚を突かれるようなこともなかった。
油断はしていないつもりでも、これまでの経験則から力量に合わせた戦い方をしてしまっていたのだ。これを油断していないと誰が言えようか。
結果がこの始末。無傷で済ませるつもりが首を痛める結果となった。
……この催し物、思ったより一筋縄ではいかないかもしれないな。
でもまあ、取り敢えず一勝。後三回勝てば優勝だ。
首の痛みは待機時間中にできるだけ処置して戦う分に気にならないようにするしかない。
「御主、油断したな」
「ああ、完全にな……って誰だあんた」
戦いを終え、待機所へと戻る最中、柳に寄りかかった蓑笠を被った男に呼び止められる。
「覚えておらぬか。私だ」
蓑笠を上へとずらし、顔を晒す男。
「お前は……!」
その顔は、あまりにも腹の立つ、この催し物で最も遭いたくない顔であった。
当作品の原作キャラの中で一番印象に残っている人(神)妖
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八意永琳
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綿月依姫
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綿月豊姫
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洩矢諏訪子
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八坂神奈子
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息吹萃香
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星熊勇儀
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茨木華扇
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射命丸文
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カワシロ?
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八雲紫
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魂魄妖忌
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蓬莱山輝夜
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藤原妹紅