東方生還記録   作:エゾ末

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⑪話 砕かれる理想

 輝夜姫の住まう屋敷より更に一際大きい庭園に集められた汎ゆる分野において名を轟かせてきた猛者達。

 貴族の道楽の為、されども己の名誉の格を上げる為でもあるこの催し物において、お遊びできている者は皆無であった。

 

 

「主は誰が勝つと思われますかな」

 

「それは勿論、隻腕の______に決まっておる」

 

「いやいや、______なんかも捨てがたいぞ」

 

 

 ただで見るだけではない。

 誰が優勝するかを賭けるのも貴族の嗜みとして平然と行われている。

 皆はそれぞれが思う最強の人間に賭けの対象としてチップしていく。

 勿論、無名な者は掛率が上がり、知名度の高いものほど倍率が下がる仕組みとなっている。

 

 

「して成金の造よ。御主はどやつに賭けるのかな」

 

 

 貴族の中でも、出元が不明の大金にて成り上がった新参者である造が、ある貴族の一声により注目が集まる。

 

 

「この私め如きが皆々様の会話に割り込む等、滅相もございませぬ」

 

「構わん、申せ」

 

「……私め自身が選んだ代表者でございます」

 

 

 そう造が言い放つと、わっと貴族達が笑い出す。その意味を理解していない造は疑問符を浮かべる。

 

 

「……? 己が最強だと思う者を選出するのでしょう。その者に賭けるのは普通なのでは」

 

「分からぬか造よ。そう易易と誰にも負けぬような人間等そうはおらぬ。それぞれに得手不得手があり、優勝候補であっても勝つ事は容易ではないのだ。それを今出ている組み合わせ表を見て誰が勝つのか頭で予想し、一番確率の高い者に賭ける。それが賭けの醍醐味というものよ」

 

「それに御主が選んだ若造。明らかに出場者の中でも浮いて軟弱ではないか。あれではあの若造が可哀想だ」

 

「ぬっ……」

 

 

 明らかな嘲笑、そして侮辱。

 貴族らから馬鹿にされた造は少し顔を引きつる。

 

 

「あれで最強とは、造よ。御主の目利きは大したものよ」

 

「違いない!」

 

 

 立場上、そうは言い返せない造は密かに拳に力を込める。

 元は農民出の造が宴に呼ばれた時点で、覚悟をしていた事であったが、己だけでなく巻き込んだ生斗まで侮辱された事が、造には苦痛でならなかった。

 

 

「(爺さん、言いたい放題言われてるな)」

 

 

 貴族らが集まっている部屋から少し離れた縁側の柱に寄りかかって事の顛末を聞いていた妹紅は、造を哀れみながら溜め息をつく。

 

 とうに生斗達は妹紅を藤原家へと帰し、それから既に十の日が過ぎていたーー妹紅を送り届ける際、門前で妹紅の母親のあまりにも淡白な対応に生斗だけでなく同行していた紫までもが怒りを覚えたのは言うまでもない。

 

 

「(それも仕方ないね。なんてったってあいつの相手が今回の催し物でも屈指の巨躯を持つ遠謀なんだ。初戦でお爺さん共々晒し物にするつもりなんだろう)」

 

 

 ___________遠謀。

 その体躯は軽く八尺を超えた渡来人。行く手を無くした所をとある貴族に拾われ、今日まで用心棒として活躍してきた。

 その人類最大とも言えるその巨躯から放たれる攻撃はどれも必殺級、直撃すれば如何なる者でも昏倒は不可避である。

 

 

「オ、オマ、オマエガ、オレノ相手カ」

 

「なんで片言なんだ?」

 

 

 そんな遠謀が、木陰で阿呆面をかましていた生斗へとコンタクトを図っていた。

 彼のぎこちない言葉に疑問符を浮かべる生斗であったが、彼の眼をすぐにその意味を理解する。

 

 

「(青眼……西洋人か。よくもまあ、このご時世に生き残って来られたもんだ)」

 

 

 生斗が珍しがる通り、西洋人がこの地で生きられるのはそれ程珍しい事であった。

 このご時世、異国の者______特に西洋人に対して差別的であり、身体的な理由から物怪扱いされる事も屡々あった。

 まあ、そもそも、その巨躯を見て化け物と見られない方が可笑しいのだが。

 

 

「そのプリン頭活かすね。雇い主にでも染められたのかい」

 

「プ、プリン……?」

 

 

 髪染めが半端な事を遠回しに指摘した生斗であったが、聞き慣れない単語が出たことにより首を傾げる遠謀。

 

 

「ソ、ソンナ事ハドウデモ、イ、インダ」

 

「あっそう」

 

「オマエ、キ棄権シロ。ムダナ殺生ハシタクナイ」

 

「殺生?」

 

「オオレノ攻撃ハ、スベテヲ砕ク。オ、オマエデハ一発叩イタダケデ死ヌダロウ」

 

 

 拳を握り締め、前に突出す。

 その拳は生斗の顔面よりも大きく、傷だらけであった。

 ただそれだけでも、幾多の戦いをその拳で制してきたのだと分かるほどに、壮大な傷が彼の拳には刻まれていた。

 

 

「お前、苦労してきたんだな」

 

「ナ、何故労ウ? オレハタダ______」

 

「この傷なんて相当痛かったんじゃないか。よく後遺症に残さず済んだな」

 

「イ、イヤ、ソコハ実ハタマニ少シ痛ムンダ……」

 

「そりゃもしかしたら神経傷つけたりしてるかもな。あんまり無理するなよ」

 

「ソソレハ無理ダ。マスターニハ恩義ガアル」

 

「そうか……」

 

 

 遠望はこの時、少なからず困惑していた。

 これまで対敵してきたどの者とも違った、少し異質______いや、平和ボケした雰囲気を持つ生斗に、彼は怪訝気な感情とともに、安心感を感じてしまっていたからであった。

 

 これまで彼に対して心配する者など居なかった。

 皆は彼を恐怖の眼差しをし、力を求めてくるばかりで己の事等考えられもしなかった。

 

 海難に巻き込まれ漂流し、以前までの家族との暖かい思い出のみを胸にこれまで生きていた彼にとって、この地に来て初めて、地元民の無償の優しさに触れた瞬間でもあったのだ。

 

 尤も、生斗はただ何も考えず思った事を口に出していただけであるのだが。

 

 

「おれ、熊口生斗って言うんだ。悪いけど、棄権するつもりはないぞ」

 

「……オレハ、エ、遠謀ト呼バレテイル」

 

 

 本当は、彼には故郷に戻る事があれば別の名がある。

 だが、この地において、とある貴族と主従関係を結んだ際、その名を捨てる事を命ぜられていた。

 故に彼は遠謀と新たに与えられた名を使う。

 

 

「……ウラ、恨ムナヨ」

 

「他人の心配より、自分の心配しとけ」

 

「ソノ言葉、オ、オマエニハ言ワレタクナイ」

 

 

 軽い冗談が通じた事で、お互い微笑み合う二人。

 生斗が手を遠謀の前に置いたのを見て、彼は照れくさい様子で頭を掻きながら反対の手で握手する。

 

 ____________その瞬間、遠謀はとある事実に打ち震えた。

 

 

「ナッ……!」

 

 

 相対的に華奢に見えた生斗の手が、まるで人の皮膚ではないような、別種のような硬さと感触を有していたのだ。

 

 

「コ、コノ手ハ一体……?」

 

「手? ……ああ、これか」

 

 

 すぐに握手していた手を引っ込め、臨戦態勢に入る遠謀。

 得体の知れぬ物を仕込んでいるのかと脳裏に過った彼は、全身から汗が吹き出す。

 

 

「この手綺麗っぽいだろ? 再生力高めたりして無理矢理治癒させた賜物って言ったら良いんだろうか。そのせいで手の平の皮が異様に分厚くなった上に肌質がここだけおかしくなってんだよな。まあ、剣を持つ分には滑り止めになって持ちやすいからいいんだけど」

 

「ソードソルジャー、ナノカ?」

 

「そうそう、ソードソルジャーよ私」

 

 

 生斗は剣術を嗜んでいる。

 その上で豆だこ等で手の平はよくボロボロとなっていた。特に生き返る度身体の異常はリセットされるため、彼の手の平は頻繁に血だらけとなっていた。

 その度に霊力で再生力を高め、皮膚を無理矢理再生させては剣を振る毎日を続けた結果、今のような気色の悪い感触の皮の分厚い手の平が完成していたのだ。

 

 霊力云々は兎も角、その手の平が鍛錬により自然と身についたものだと理解した遠謀は、思わず唾を飲み込む。

 

 

「遠謀、お前の拳がこれまでの生き様を語るように、おれはこの手の平で語らせてもらう。油断するなよ」

 

 

 遠謀の眼の前に己の手の平を見せつけ、そう豪語する生斗。

 

 

「ア、アア……オレハモウ、オマエニ油断ハシナイ」

 

 

 先程の緩い雰囲気から、殺伐とした空気へと変わる。

 

 相手に対して棄権を勧める遠謀は、傲慢ではあったが優しい男であった。

 このまま緩い雰囲気のまま戦えば恐らく彼は全力を出す事は出来ないだろう。

 

 それを知ってか知らずか、生斗は彼に褌を締め直させた。

 

 それでも生斗は、やる気に満ちた遠謀の顔を見て微笑む。

 

 それは余裕からくるものからなのか、それとも彼を気に入った故の事だからなのか。

 それを知るのは当の本人である生斗のみであった。

 

 

 

 

 

 

___________________________________________________

 

 

 ーーー

 

 

「もうすぐ始まるようね」

 

「わ、私も来てよかったの紫? 父上からは嫁に嫁ぐまで屋敷の者以外と顔を合わせるなと言われてるんだけど」

 

「大丈夫よ。この羽織には視線除けの術を施してるから」

 

「何それ凄い。紫ってば天才過ぎでしょ。これなら大手を振って散歩できるじゃない」

 

「そう、私は天才だからもっと褒めなさい」

 

 

 

 庭園を一望出来る屋敷の屋根の上で、催し物の行く末を見守る私と輝夜。

 勿論輝夜の親には内緒で連れてきている。今頃屋敷では大騒ぎしているかもしれないわね。

 それもこれも輝夜が行きたいと駄々をこね始めたのが行けないのだから、私は別に悪くないわ。

 一応お爺さん達を納得させる言い訳は考えているけれど、連れ出さない方が良いのは当然、この子の場合、隠れ蓑をしていたとしても目立つ可能性が極めて高いため、油断が出来ないのよね。

 

 

「あの人なんか強そうじゃない?」

 

「あれは駄目ね。見掛け倒しの木偶の棒よ。でも……」

 

「でも?」

 

「こう遠目で見ると、あの中で一番弱そうなの、どう見ても生斗なのよね」

 

「そ、それ、紫が言っちゃうの……」

 

 

 生斗はいつも、戦闘に入るまで気が抜けてるように見えるから、仕方ないといえば仕方ないのだけれど。

 あの状態の生斗の実力を見破るのは中々に至難の業だわ。

 

 

「あっ、紫見て。あの人、なんだか他の人達と雰囲気か違わない? 私が見るに、あの人が優勝最有力候補ね」

 

「あれは______」

 

 

 蓑笠を深く被っているため、顔を拝める事はできないが、確かに独特の雰囲気をかもちだしている。

 身長は高いが、周りと比べると生斗の次に低く、腰には今回の催し物指定の木刀を携えている辺り、剣術を用いる事は確かなようだ。まあ今時素手で戦う人間の方が少ないのだけれど。

 

 いや、それよりも気になる事がある。

 

 

「第一試合からいきなり私が目利きした蓑笠牛蒡侍なのね」

 

「語呂が良いわね、それ」

 

「でしょう? 私ってば名前付けの才能があるかもしれないわ」

 

「主に不名誉な方のね」

 

 

 何よー、と怒る輝夜を横目に、私は蓑笠侍を観察する。

 

 やはり、見覚えはない。

 だが、気配は感じた事がある。

 もしかしたら顔を見たら思い出すかもしれないが、それもこう離れては対戦相手に委ねる他ない。

 一体、この歯に挟まったようなこの不快感は何なのかしら……って駄目ね。例え方がいつの間にか生斗と同じように下品になっている。気を付けなければ。

 

 

「___________えっ……」

 

 

 そう、心に戒めていた時であった。

 ただ一瞬、瞼を閉じるのと同じ位の単位で、眼を離している間に、蓑笠侍の対戦相手は地に伏していた。

 

 

「流石牛蒡! そのくらいやってもらわないと逆に困るわ!」

 

「輝夜……貴女見えていたの?」

 

「も、勿論! こう、ガーッとやってこうしてこう! とやって相手を昏倒させてたわ」

 

「……見えてなかったでしょ」

 

「ゆ、紫こそ見えなかったんじゃないの?」

 

「不覚にも余所見をしてしまっていたわ」

 

 

 相手は両手に木製の盾を持った大柄の男。背格好的に以前は野盗を生業としていたのだろう。

 見るからに防御面に厚い相手を瞬殺___________これは一波乱起きそうね。

 

 

「あっ、気付いた」

 

「え?」

 

 

 塀際の木陰で試合を見ていた生斗が漸く私達が来ていることに気が付いたようだ。

 隠密の術を掛けてるのに気付くなんて、私が美しすぎたのが裏目に出てしまったようね。

 

 驚いた様子で此方を見ている生斗であったが、一度溜め息を吐き、静かにしておくようにと口の前に人差し指を置く。

 言ってももう遅いと判断し、取り敢えず静かに見ておくようにという生斗なりの妥協案なのだろう。

 それについては、元よりそのつもりでいるから安心しなさいな。

 

 

「なんて素敵なのでしょう……」

 

「……? 誰の事を言っているの?」

 

「熊口様の事よ。あれ程素敵な方が他に誰がいるのよ」

 

 

 私の耳が可笑しくなってしまったのだろうか。

 輝夜が今、生斗の事を素敵だとトンチンカンな事を言い放ったように聞こえたのだけれど。

 

 

「熊口様は見ず知らずの私を身を呈して護って下さった上に、それを盾にすることもない。何より、誰に対しても気を使える度量がある。これ程素敵な方はこれまでに会ったことがないわ」

 

「素敵、ねぇ」

 

 

 これまで、生斗と一緒に旅をしてきたから分かる。

 輝夜が思っている程、彼は出来た人間ではないと。

 身を呈すというのは結果論であり、端から瀕死に陥るまで戦うつもりなどなかった。

 助けた事を盾にしないのも調子に乗って盾にできない状況を自分で作ってしまったからーー本当はそれを盾にする気満々だったのよね。

 

 ただ一つ、当たっているとしたら皆に気を使う度量があるという事。

 

 私が彼に拾ってもらえたのも、他の人妖に迷惑を掛けない為かつ、妖怪となって日の浅い私を保護するため。

 喋り相手が欲しかったからだと彼は言っていたが、明らかに不合理であるのには間違いない。

 輝夜にタメ口で話すように促したのも、妹紅の生活環境に怒りを顕にしていたのも、彼は全て自分の為と宣うが、その理屈だとほぼ全ての人間が利己主義者に分類される事になる。

 

 生斗は自分の為と言いながら、不合理で自分にマイナスになるようなことを平気でする男だ。

 

 だからこそ、救われる人がいる。

 そして私もその一人。

 

 そう考えると、生斗は確かに人によっては素敵な人になるのかもしれないわね。

 普段が抜けてるからいつも忘れそうになってしまうわ。

 

 

「でも、それを生斗には言わないでよね。絶対あの人、調子に乗るから」

 

「言えるわけないじゃない! 恥ずかしい!」

 

 

 輝夜がやけに生斗の前で猫被ってる理由が分かったわ。

 なんだか、家族同然に育ってきた私からすると少し複雑な気持ちになるわね。

 

 

「熊口様と旅が出来たら、きっと楽しいんだろうなぁ」

 

『見ろよ紫、この芋虫が今日の主菜だ。なんと蟋蟀もあるぞ!』

 

「ねえねえ紫、熊口様はやっぱり旅の途中でも頼もしかった?」

 

『すまん……昨日食った茸がどうやら当たったよう_____げ○○○▲○!?』

 

 

 輝夜が抱く理想と、私が目の当たりにした現実が交互に繰り返されることにより、より複雑な気分になる。

 

 

「も、もうこの話は止めて試合に集中しましょ。ほら、次の対戦も見応えありそうよ」

 

「えー、教えてよー」

 

 

 はぐらかすように試合に集中するよう促したが、輝夜はまだ話足りない様子。

 もう思い出したくない旅の記憶を呼び起こさせないで頂戴……

 

 

 

 

 そして順調に催し物は進んでいき、遂に一回戦最終試合となる生斗の番が回ってくることとなった。

 

 

 

当作品の原作キャラの中で一番印象に残っている人(神)妖

  • 八意永琳
  • 綿月依姫
  • 綿月豊姫
  • 洩矢諏訪子
  • 八坂神奈子
  • 息吹萃香
  • 星熊勇儀
  • 茨木華扇
  • 射命丸文
  • カワシロ?
  • 八雲紫
  • 魂魄妖忌
  • 蓬莱山輝夜
  • 藤原妹紅

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