東方生還記録   作:エゾ末

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⑩話 見積もられた約束

 

 

「これで良し。後はあまり動かさないよう安静にしておくことだな」

 

 

 川から水を汲み上げ、患部を冷やした後に布で圧迫したはいいが、この子はこの状態で一人で家に帰られるのだろうか。

 今は夕暮れ、直に闇夜が訪れる。

 早めに家に帰さないと親御さんも心配するだろう。

 

 

「ウチは何処だ。ここで放っておくのもなんだ、送るぞ」

 

「ほんとあんた、お節介焼きだよね」

 

「日暮れに怪我させて、まともに動けない子供を放っておくことを無責任って言うんだ。別にお節介焼きって訳じゃない」

 

 

 依然として不機嫌な表情をする少女。

 瞼の腫れも大分癒え、本来の可愛らしい顔を窺えるようになってたのに、そんな強張ってたら台無しだぞ。

 

 

「あんたの家に泊めてよ」

 

「はっ?」

 

「怪我をさせた責任を取るんでしょ。一日ぐらい泊めてよ」

 

「あのなぁ……」

 

 

 急に何言ってんだこの子。

 まだ年端もいってないのに大分ませてるな。会って一時間ちょっとの男の家に泊めてほしいなんて普通頼むかね。

 

 

「家出か?」

 

「……」

 

「なら悪いことは言わん。素直に謝って帰ったほうがいいぞ。こういうのは時間が経てば経つほど言いづらくなるんだからな」

 

 

 家出少女ってところか。

 それなら泣いてた事に関しても合点がいく。

 さしずめ、親とつまらない事で喧嘩して家を飛び出して来たってところだろう。

 

 

「……彼処に私の居場所なんてない」

 

「そう思ってるのは案外お前だけかもしれないだろ。親御さんは心配してると思うぞ」

 

「だって、誰も追いかけてくれなかったもん」

 

「え"っ」

 

「屋敷を飛び出したとき、父上は兎も角、母上すら追い掛けてくれなかった。使いの者を出そうともしてくれてない」

 

「い、忙しかったからじゃないか? きっと今は探しに来てくれてる__________」

 

「忌み子だっていつも母上に言われ続けた。父上からは言葉を交わした事すらない。どうせいなくなって清々してるんでしょうね」

 

「あ、ああ……」

 

「ねえ、これでほんとに心配してくれてると思う? 私に居場所なんてあると思う?」

 

 

 どうやら、マジモンの可哀想な子と絡んでしまったようだ。

 普段から精神的に追い詰められていて、愛を確かめるために家出したのに、追いかけてくれさえしなかった。

 

 

「……」

 

 

 そんな親がいるのか。

 何を思ってこの子を産んだんだ。

 我が子に対して、なんで忌み子とほざける。

 望まぬ出産だから? この子の眼が紅眼だから? 

 

 そんなのが言い訳になるか。

 

 子供は大人を、特に身近にいる親を見て育つ。

 だからこそ親は責任を持たないといけないというのに、何をそんな自己中心的な発言が言えるのか、この子の親の精神状態が理解できない。

 

 

「……今日だけだぞ」

 

「ありがとう……って、なんでそんな怒った顔をしてるの? あんたが最初に絡んできたことでしょ。今更逆キレされても困るん____________」

 

「明日、お前の親御さんに会わせてくれ。少し話がしたい」

 

「つ、告げ口する気?」

 

「いや、違う。ちょっと大人の話をするだけだ」

 

 

 本当は、他人の家に口出しはしない方がいい。

 実際身近にも、輝夜姫の家も少し偏った価値観があるのを黙認している。

 だが、この子の場合は明らかにおかしい。

 誰かが正さなければ、この子の環境はいつまでも変わらない。

 なーに、少しだけこの子の親にちょっと喝を入れるだけだから何も心配はいらない。

 この子の親がいくらお偉い身分だろうと、流浪にのおれには関係ない。指名手配されようともどうせ十年ぐらい経てば廃れるし大丈夫だろう。

 

 

「それじゃ、ほらおんぶ」

 

「だから嫌だって」

 

「その脚で無理するなって、ほらほら」

 

「子供扱いするな!」

 

 

 子供扱いって。子供だろうに何を見栄張ってるんだか。

 まあ、この子に自分で歩く意思があるのなら、腰にくるが肩を貸す程度で済ませておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 __________________________________________

 

 

 ーーー

 

 

「なに私に内緒で都を散策した挙げ句、見ず知らずの少女をお持ち帰りしてきたのに怒ってるのよ」

 

「別に怒ってないし、その言い方だと勘違いされるかもしれないから止めなさい」

 

 

 屋敷へと帰ると、門前で待ち構えていた紫が、呆れたような顔をしながらおれを咎める。

 

 お持ち帰りといえばお持ち帰りなんだが、ただ単純に保護という形で預かってるだけだから。

 

 

「いや、あんたさっきから怒ってるよ」

 

 

 少女までそんなことを言う。

 そんなにおれ顔に出てるのか。鏡がないからなんとも言えない。

 

 

「お爺さんはまだ起きてるか? 一応断りを入れておかないといけないからな」

 

 

 もう太陽も沈み、辺りには月明かりはあるものの殆どが影に覆われている。

 この時間帯はもうお爺さん達は寝る準備を始めているから、若干怪しいところがある。

 

 

「いや、まだ起きてたわよ。さっきも私を心配して見にきてくれたし」

 

「そうか。それじゃあ早めに行かないとな」

 

 

 今は少女も大人しくおぶられてるし、そんなにお爺さんの部屋まで時間はかからないだろう。

 

 

「因みに、なんで紫は態々門前で待ってたんだ?」

 

「そんなの、お土産のために決まってるでしょ」

 

「だと思った。ほら、土産」

 

「えっ……」

 

 

 ずっと手に持っておくの結構辛かったが、紫の喜ぶ顔が見れておれは満足です。

 あれ、してない? いやいや、何だこれみたいな顔してるが、ほんとは喜んでるんだろ、熊さん知ってるよ。

 

 取り敢えず土産を受け取って嬉しさのあまり固まっている紫は置いておいて、少女を連れてお爺さんのいる部屋へと急ごう。

 

 

「(若い女性へのお土産に干物って……この人、女心微塵も理解していないな)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

「いんやまあ、家出ですか。あまり感心しかねますな」

 

「そう言わずに。この子にも深い事情があるのです。一日だけでも泊めてあげられませんか」

 

 

 やはりというべきか、腕を組んで渋るお爺さん。

 日も落ち、蝋燭の火が頼りとなるこの四畳半の部屋で、少女とともに頭を下げる。

 

 

「泊めるだけならば一向に構わないのですが……」

 

 

 部屋ならば幾らでもあると、呟いた後にお爺さんは顔を下に向ける。

 

 

「お嬢さん、名前はなんと言ったかな」

 

「……」

 

 

 まずは身元を知ろうと、少女に問いかける。

 あー、そういえば忘れていたが、おれもまだこの子の名前聞いてなかったな。

 

 

「……妹紅。車持皇子の娘だ」

 

「車持皇子殿ですと!?」

 

 

 車持皇子? 誰だそれ。

 やけにお爺さんは驚いているが、名前を出されたところでここらのお偉いさんの事に関して微塵も興味のないおれは疑問符しか浮かばない。

 

 

「だ、誰ですかね、その餅ついてそうな方」

 

「無礼ですぞ! 天皇から直々に藤原の姓を賜った鎌足氏の次男、藤原不比等殿のことです!」

 

「お、おう、そうなんですか」

 

 

 そう言われてもピンとこないんだよなぁ。

 だが、天皇から名前を貰ったって事は相当高いご身分であることは間違いないようだ。

 

 

「今回熊口殿が出られる催し物の主催者の御一人でもあります」

 

 

 まじですか。宣伝する予定のご身分の人達の娘を連れてきてしまったって事か。

 なんたる偶然か、それとも神がかり的な運命なのか。

 

 

「くまぐち……」

 

「あっ、そういえばおれも名乗って無かったな。

 熊口生斗、今を生きるピチピチの十八歳です」

 

「……あんた、そんな並の身体であの催し物に出るんだ」

 

「並とは失礼な。脱いだら結構凄いんだぞ。かぐ___________ごほん」

 

「かぐ?」

 

 

 そういえば輝夜姫がおれの身体を洗ってくれたのはお爺さんに内緒だったな。

 思わず口が滑ってそれに関しての冗談を言うところだった。

 

 

「多分死ぬと思うよ。私が見る限りじゃ、皆あんたより横にも縦にも大きさが違う」

 

「分かってないな妹紅さんや。闘いってのは何も体重や身長だけで決まるものじゃないんだぞ」

 

「そしてその誰もが都で名の知れた猛者達。豪腕の______に、首狩の______なんかも出る。あんたのような田舎者が立ち入る余地なんてないよ」

 

「く、熊口殿……」

 

 

 妹紅の言葉を聞き、お爺さんが弱々しくおれを呼ぶ。

 明らかに弱気になってるじゃないか。なんでおれではなくお爺さんが自信なくなってるんだ。

 

 

「お爺さん、こういう時は堂々と構えていてくださいよ。お前ならいけるって背中を押してください」

 

「そ、そうですな! 熊口殿なら行けます! 」

 

「根性論で済む話じゃないよ」

 

「く、熊口殿ぉ……」

 

 

 そんなに情けなく名前を呼ばれると、おれまで不安になってくるじゃないか。

 前は散々熊口殿ならば余裕で優勝できますとか豪語してたというのに。

 

 

「まあ、なんとかなるだろ。妹紅も悪戯にお爺さんを困らせるなよ」

 

「わ、私はただ事実を言ったまでだし」

 

 

 泊めてもらう相手を不安がらせてどうするんだ。

 

 それにしても、どうするかなぁ。

 明日、妹紅を家に送り届けた後、その親に説教でも垂れてやろうと思ってたんだが、まさかお爺さん達がコネを狙っている相手だったとは。

 先程まで軽く頭に血が登っていたから忘れていたが、今のおれは雇われの身。そんなおれが相手が誰であれ不祥事を起こす訳にはいかなかった。

 

 ……そういえば、気になることがあった。

 

 

「そういえば妹紅、やけに今回の催し物の出場者の事に詳しいようだが、もしかして人が戦いを見るの好きなのか」

 

「そりゃ好きだよ。殺し合いを見るのは嫌だけどね。強者同士が勝利を掴むために必死に頑張る姿が、私には輝いて見えるんだ。それにどちらが勝つかわからない戦いは手に汗握るでしょ?」

 

「……そうか」

 

 

 急に眼を輝かせはじめたな。先程までずっとムスッとしていたというのに。

 

 ならば都合がいい。

 おれでは妹紅の家庭環境にとやかく言える立場ではない。

 だが、妹紅を楽しませる事ならできる。

 

 

「なら、おれが妹紅が興奮しすぎて鼻血を出すような戦いをしてやるよ」

 

「無理だって。あんたじゃ手も足もでないに決まってる」

 

 

 他人のいざこざに関わると禄な事は無い。

 だが、一度その人が哀れに感じると口出ししそうになるのは、おれの悪い癖なのかもしれない。

 ほんと、良い癖の一つや二つあってもいいんじゃないか。

 

 結局は妹紅本人で解決していくしかないのなら、それを支える糧になれるよう、おれも努力しよう。

 ほんと、馬鹿な事してるなとつくづく自分でも身に沁みて感じてるよ。

 

 

「それじゃあ、約束してくれよ」

 

「……約束?」

 

「名前。おれは生斗って言うんだ。もしおれが優勝したら、これからはあんたではなく生斗って呼んでくれ」

 

「そんなこと……?」 

 

 

 まずは名前を覚えてもらわないとな。

 さっきも一応名乗ったが、覚えてもらえなさそうだったから、改めて言わせてもらおう。

 

 

「さあ、妹紅殿はお腹は空いておられますかな。夜更けも近い事ですし、軽食になりますがすぐに用意させますぞ」

 

「あ、ありがとう」

 

 

 妹紅から了承を得ると、お爺さんはニッコリと微笑み、女中を呼ぶ為に部屋を出る。

 

 

「悪い事言わない。棄権するか早めに負けた方がいいって」

 

「心配してくれるのか? 意外に優しいんだな」

 

「一方的な虐待は見たくないだけ」

 

 

 大分妹紅からは低く見積もられるようだ。

 怪我をさせた相手を心配するなんて、余程おれが弱者に見えるらしい。

 

 

「まあ見とけって。優勝できるかは分からないけど、それなりの試合はしてやるよ」

 

 

 そう言って妹紅の頭をポンポンと叩く。

 おれの返答に不服そうな顔つきになる妹紅であったが、答え合わせの時期は近い。

 その不服そうな顔が満面の笑みになるよう頑張るさ。

 

 子供、元より人というのは、暗い顔をするより明るい顔をしてた方が幸福なのだから。

 

 

 

当作品の原作キャラの中で一番印象に残っている人(神)妖

  • 八意永琳
  • 綿月依姫
  • 綿月豊姫
  • 洩矢諏訪子
  • 八坂神奈子
  • 息吹萃香
  • 星熊勇儀
  • 茨木華扇
  • 射命丸文
  • カワシロ?
  • 八雲紫
  • 魂魄妖忌
  • 蓬莱山輝夜
  • 藤原妹紅

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