縁側から足を出し、涼みながら剣助を手入れをしている今日この頃、西瓜が食べたいこの季節に冷水で喉を潤し、紫と輝夜姫が年相応にはしゃぎながら庭園を掛ける姿を眺める。
「今日も君の姿は光り輝いてるね。世界で二番目に愛してる」
刀身に接吻をかわし、おれの後ろを通りかかった女中さんに軽く引かれたような気がするが、それはもう剣助が美し過ぎるのがいけないのだから、別におれのせいじゃない。
傷に関しては、過度な運動を避ければいつもと変わらない生活を送れるまでには回復している。
昨日から都の観光ついでにランニングをやり始めたところだ。
「にしても、こんな暑いのによく外で遊べるな」
やはり子供は盛んな時期だからなのか。太陽の日射しが気力を削いでいるというのに、元気よく遊び回っている。
二人ともそんなに年は変わらないというし、気が合うこともあるのだろうが、それでもあんなにはしゃげる程今のおれには元気がない。
見た目だけで言えば完全に大学のお姉さんと中学生の妹なんだけどね。
二人とも大層な美人さんなので、とても絵になる。
カメラマンとかいたらフィルムが切れるまでシャッター押しまくるんじゃないか。
「熊口様も蹴鞠をやりませんか?」
そんな二人をぼーっと眺めていると、此方に気付いた輝夜姫が気に掛けて鞠を持ってくる。
えっ、おれ今やりたそうな顔してたのか?
「いや、暑いから遠慮しとく。お前らも暑さで倒れないよう水分を取ったりして気を付けろよ」
「お心遣い感謝します。これでも私、山育ち故このぐらいの暑さならへっちゃらなんです」
「そうか……ていうか、前にも言ったがおれに敬語なんか使わなくていいって。山育ちならそれこそ敬語とは無縁の生活を送ってたんだろ」
よく山育ちでここまで言葉遣いがなってるのかは不思議でならないが、上下関係でいえば雇われの身であるおれが下なのだから輝夜姫が態々敬語を使う必要性はないだろう。
「おれはあんたの用心棒を任された。つまりそうそう離れることはないんだ。そんな相手にずっと言葉遣いに気を付けてたら息が詰まるだろ」
「そ、そうですか……」
「輝夜ー、何時までそこにいるつもりなの?」
遠くから紫が呼ぶ声が聞こえてくる。
あっと、少し引き止め過ぎたか。
「ごめんな、引き止めてしまったようで。ということで、これからはおれにはタメ口で話してくれよ」
「わかりまし……わ、分かった。それじゃあ私、もう行くから混ざりたくなったらいつでも言ってね」
半ば強引になったが、これも輝夜姫の為だ。
翠のように素でですます口調だったり、大人同士のマナーなら兎も角、輝夜姫の場合明らかに無理している上にまだ子供だ。
そんな相手と話してたらおれまで気を遣ってしまう。
それに、若いうちに自分を抑え過ぎると、将来捻くれた性格になるってもんだ。
「でもまあ、良い子ではあるんだよな……」
お爺さん達が己の命よりも大切にしている理由が分かった気がする。
以前に同じような子に会った記憶があるようでないような気がするが、少なくともこんなに出来た性格ではない事は覚えている。
「刀の手入れですかな」
そんな事に思い耽っていると、後ろからお爺さんに話し掛けられる。
振り向くと猛暑にも関わらず無駄に目立つ、かつ厚着をしたお爺さんが眼に映る。顔中の汗が吹き出している辺り、相当無理して厚着をしているに違いない。
「ええ、別にこの刀は手入れの必要はないんですが、した方がこの子も喜びますんで」
「この子……?」
「剣助の事です。刀に限らず、物には魂が宿ると言われています。他者には分からなくとも、おれには剣助の声が聞こえるんです」
「そ、そうなのですか」
ほら、剣助も手入れされて喜んでいるのか、今すぐ誰かを斬りたいって息巻いてる。
「ダレカキリタイヨー」
「……」
「……冗談ですって。そんな気狂いを見るような眼で見ないでください。熊さん傷ついちゃう」
ブラックジョークは今も昔も需要は殆どないな。
大体引かれるか危険因子として刀を構えられる。
「ごほん……それは兎も角熊口殿。身体の調子はどうですかな?」
「問題なさそうです。次の満月までには身体も仕上げられます」
「おお! それは良かった。怪我が治らぬうちに催し物に出させる訳にはいきませぬからな。それを聞いて安心しました」
後々から気付いた事だが、お爺さんは優勝することに固執している。
何故なら、この上ない宣伝になるから。
おれが優勝すれば、少なからずその雇い主であるお爺さんに皆が注目される。
以前お爺さんに輝夜姫をどうするつもりなのか聞いたことがある。その時にお爺さんは__________
『輝夜姫を尊いご身分である貴族に嫁がせる。それがこのご時世女性にとっての幸せなのです』
と輝夜姫の意思をガン無視した回答をしていた。
あの子もあの子で父上の幸せは私の幸せですとか言っていたし、なんだかすれ違いを起こしているように思えるが、他人の家族の事情に首を突っ込むと何かと面倒事になりかねないので放っておくことにした。
明らかに嫌がるようなら、家族間で話し合うよう取繕う手助けぐらいはするつもりだけど。
___________話を戻すが、お爺さんが目立てば、自ずとその娘である輝夜姫にも眼が行く。
輝夜姫の名付け親である御室戸斎部の秋田という氏族が、輝夜姫を見てあまりの美しさに腰を抜かしたという噂は、少なからず都に広まっている。
そこへおれが貴族達の余興で優勝すれば、その雇い主の娘の噂が尊いご身分である貴族達の耳にも届き、この上ない宣伝効果を見込める。
「ほら、これでも飲んで涼んでは?」
「ありがたい。丁度喉が乾いていたところなんです」
そんな企てに気付いたのは、調子に乗って了承してしまって程なくしてだ。そんなすぐに分かることを、最近忘れかけていたおれの悪い癖によって気付けなかった。気付いていればもっと此方の条件を良くするように交渉できたというのにーーまあ、そもそも煽てられなければ受ける気もなかったが。
ていうか特に考えず冷水の入った竹筒を渡したが、意図せずしてお爺さんと間接キスしてしまった。
別に特別に嫌というわけではないが、どちらかというと少し嫌だな。
あまりにも暑そうだから考えよりも先に口が出てしまった。
「この竹筒は熊口殿が作られたのですかな?」
「ええ、不格好ですが、旅の必需品の大抵は作れますよ」
「何を謙遜しておられる。竹細工に関してはわしも精通しておりますが、この竹筒は露店で売られたものと遜色ない程丁寧に作られていますぞ」
まあ、元々都で売られたものを見様見真似で作った物だからな。
壊れては作るの繰り返しをしていくうちに、店のレベルまで作れるようになったって所か。
「熊口殿はまだまだお若いというのに、武術に長け、物作りの才もある。流浪にしておくにはあまりにも勿体ない人材ですな」
「はは、よく言われます」
若いってのは特に言われる。
これでもお爺さんの何十倍も生きてるんですよね。
だが、そんな事を暴露した所で煙に巻かれるか物怪扱いされるかのどちらかなので、ここはお得意の愛想笑いとそこはかとない返答でこの場を乗り切る事にする。
「それでは、わしはこれで失礼します。後で女中に冷やし物でも持ってこさせますので」
「お気になさらずに。おれももう少ししたら屋敷を出て散策でもしようと思ってますので」
お爺さんから手付け金としてもらった分があるから、それで甘い物でも食べに行こうかしら。
あっ、これ紫には内緒だから。あいつには後で土産でも買ってけば良いだろう。たまには一人で街歩きをしたいんでな。
おっと、何かを察したのか、遠くで紫が此方を訝しげに見てらっしゃる。
ここは口笛でも吹いて誤魔化すのが吉とみた。
「ひゅっ、ふっぷす〜」
「……? 放屁の物真似ですかな?」
違うんですお爺さん。私の口笛が下手過ぎてピューと出ないだけなんです……
ーーー
「やっぱり賑わってるな」
川沿いを中心に建ち並ぶ屋台を茶化しながら練り歩くというのも、案外乙なのかもしれない。
ランニングで何度か通った時から、この地区には眼を付けていたんだ。
飯処や甘味処が全然無かったのは少し残念だが、路肩で茣蓙を敷いて露店を開いている物を見るだけでも結構楽しめたりする。
川の両端に植えられている柳も、地盤を固くし川の流れを弱めるためにと実用的理由で植えられている。
人々の知恵により自然に出来上がっていく街並みは、それこそ歴史の教科書で見るような和風で趣のある風景がおれの前に広がっている。
数日ぐらいならこの周りを散策するだけでも飽きることはないだろうな。
といっても、もう日が暮れ始めているから帰るけど。出たのが昼過ぎだったからなぁ。
最後に土産でも買って帰るか。でないと紫が拗ねるし。
「何がいいかな……」
んー、干物とかでいいか。
食べてよし、残った骨を出汁を取るのにも良しの捨てるところがない家庭の味方が喜ばれないわけがない。ふふ、紫が手を上げて喜ぶのが眼に浮かぶ。
「おじさん、その鯵っぽい干物ちょうだい」
「はいよ!」
少し魚臭いが、これもご愛嬌という事で。
これでおれが一人で出掛けた事を咎められることも無いだろう。
「うわっと」ドサッ
「きゃっ」
店主から干物を受け取り、さあ帰ろうと振り返った瞬間、後ろを通りかかろうとしたであろう通行人と不意にぶつかってしまった。
やっばい、これ何処かのお偉いさんとかだったら打首もんだぞ。
「だ、大丈夫か!?」
責任のない流浪の旅をしていた頃なら、もし相手を怒らせて命を狙われたとしても、お詫びだけして都を早々に出て逃げれば何も問題はないのだが、今は雇われの身。おれが不祥事を起こせばお爺さん達にも被害が及んでしまう可能性がある。
「うっ、う……」
おれが倒してしまったのは、どうやら女の子らしい。
見た目は小学生高学年ほどで、他と比べて少しだけ綺麗な着物を着ており、髪も農民らと比べて艶があるのを見る限り、ある程度の身分は保証されているのだろう。
そしておれが手を差し伸べているにも関わらず脚を抑えている辺り、どうやらぶつかった際に脚を捻らせたかもしれない。
これは貴族に限らず不味いことをしてしまったようだ。
「脚を見せてくれ。状態を確認する」
「うっ」
倒れた少女の脚を痛まないように確認してみると、腫れはそれ程酷くないのが分かった。
よかった、どうやら軽く捻った程度で済んでいるみたいだ。
これなら水辺で脚を冷やして安静にしていればすぐに治る。
「ぶつかってしまってごめんな。親御さんは何処にいる? 」
「……」
そう言っておれの手を払いのけ、捻った脚を庇いながら立ち上がる少女は、そのまま振り向きませず去っていこうとする。
「お、おい。その脚で無理に動かしたら悪化するぞ」
「……大丈夫だから」
脚を引き摺り、土に汚れた服を整えようともせず、よろよろと歩くその姿に、どこか生気を感じさせないような、少し不気味さがある。
まるで何かに絶望しているような、そんな気が。
「大丈夫な訳ないだろ。怪我させたのはおれなんだから、怪我の手当ぐらいさせてくれ」
「……余計なお世話だから。ついてこないで」
「余計な事ではないんじゃないか?」
お世話っていうか、しでかしてしまった以上、それを精算しなければ気が済まない。
面倒くさがりとはいえ、それぐらいの常識はおれでも持っている。
「止まれって______うおっ」
肩を掴み、その場を離れようとする少女を引き止める。
するとしつこいと言わんばかりに彼女は溜息をし、此方を振り返ったのだが、その時の彼女の顔を改めて見て、おれは思わず驚愕の声を漏らしてしまった。
「何。どうせあんたも私の眼が異常とかのたまうんでしょ」
おれが驚いたのはまさしく、少女の言う眼の事でであった。
そう、人間では珍しい紅眼を見て、これまでの苦い思い出が脳裏に過ったから。
妖怪で紅眼の者は総じて喧嘩っぱやくて、そして強い。そんな奴らに振り回されたからこそ、少女の眼を見て少し身構えたのだ。
だが、おれが驚いたのはそこだけではない。
「……眼元が腫れてるぞ。もしかして泣いてたのか」
「__________!! 泣いてないから! もう放っておいてよ!」
瞼を何度も擦って腫れ、頬も大分紅くなっている。
それを隠そうとすぐに顔を伏せ、捻った脚を無理矢理動かしてまたその場に倒れてしまう。
「取り敢えず、応急処置だけでもさせてくれ。後はあんたの好きにしていいから」
「……馬鹿じゃないの」
意外に口悪いなこの子。
だが、倒れた少女に対して差し伸べた手を握り返してくれた辺り、手当を受けてくれる気にはなったらしい。
「それじゃあ水辺までおんぶするから背中に乗ってくれ」
「嫌だ」
「強情だなぁ。ほら、遠慮しなくていいぞ」
「嫌だ!」
中々に嫌われてしまっているようだ。
そりゃ気付かなかったとはいえ、突き飛ばして脚を捻らせてしまったんだ。
今回は流石におれが悪いし、大人しく手当だけでもさせてもらおうか。
まさかこの紅眼の少女が、意外な人物の娘であった事を、この時のおれはまだ知らない。
当作品の原作キャラの中で一番印象に残っている人(神)妖
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八意永琳
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綿月依姫
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綿月豊姫
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洩矢諏訪子
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八坂神奈子
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息吹萃香
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星熊勇儀
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茨木華扇
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射命丸文
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カワシロ?
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八雲紫
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魂魄妖忌
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蓬莱山輝夜
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藤原妹紅