東方生還記録   作:エゾ末

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⑧話 幼稚な交渉

 

「この度は、我が姫の危機を救っていただき、感謝を幾らして足りませぬ。わしらに出来る事ならば何なりとお申し付け下さい」

 

 

 どうやら、気絶してから二日も経っていたらしい。 

 まだおれはふかふかの布団にいる訳だが、おれが起きたことを聞きつけた輝夜姫のお爺さんが、態々見舞いに出向いてくれている。

 

 

「そんなに畏まらないでください。おれはただ美味いものが食べたいからと、そこにいる紫の探求欲求を満たすために行動しただけなので」

 

「生斗、そんな馬鹿正直に言うものではないわよ。そこはこう、困ってる人を助けるのは当然ですってぐらいは建前でも言っておかないと」

 

「弱ってたお爺さん相手に交渉を持ち出してた時点でそれは流石に無理あるだろ」

 

 

 弱みを盾に相手を揺するって、完全にヤクザの手口だからな。

 それを振りかざした時点で偽善ぶったって相手には何にも響きやしない。

 

 

「頭を上げてください。要はおれらが好きでやった事ですから」

 

「……かたじけない」

 

 

 顔を上げ、改めて対面するお爺さんとすぐ斜め後ろにいるお婆さん。

 以前輝夜姫を攫われていたときと比べ、明らかに二人とも心底安心したように顔が緩んでいる。

 

 

「姫はわしらにとって命よりも大切な天からの授かりものなのです。熊口殿にはそれ相応の礼をさせて頂きたい」

 

「それじゃあ当初の予定通り、この都でも評判の良い料理を____________」

 

「その程度では到底釣り合いませぬ!」

 

「え、えぇ……」

 

 

 おれはそれで良いって言ってるのに。

 なんでこのお爺さんは拒否しちゃうの。そんなんじゃ人生損してしまうぞ。

 

 

「わしらの命よりも大切な姫を身を呈してお守り下さった熊口殿には、是非とも姫の用心棒をお任せしたいのです」

 

「え、えぇ……」

 

 

 二重でえ、えぇ……を繰り返してしまうことになるとは。

 いや、それってお爺さんの願望であっておれの願望とはまた違うよね? 

 

 

「熊口殿は職に付かず流浪の旅を続けておられると紫殿から聞き及んでおります」

 

「おい紫お前」

 

「……」プイッ

 

「こっち向け年齢詐欺」

 

「お互い様でしょ」

 

「姫の用心棒を引き受けて下さるのであれば、職に付くことができますぞ。勿論、この屋敷で衣食住保証し、見合った給金も用意致します。その金で毎日この都でも五本の指に入る料亭で食事することも可能でしょう」

 

 

 紫の奴、おれが寝ている間に好き勝手あることない事このお爺さんに吹き込んでいるようだ。

 

 

「いいじゃない。ここ最近禄な飯にもありつけてない上、ずっと歩きっ放しだったんだし。たまには腰を下ろしたって誰も咎めないでしょ。別に急いでる旅でもないんだし」

 

「まさか紫、お爺さんに職に付かせるよう誘導したのお前じゃないよな?」

 

「そんなわけないでしょ。幾らここに出てきたご飯が美味しかったのと大きいお屋敷に住めるからって生斗を売るわけないじゃない」

 

「完全に売ってる奴の台詞だということを理解してます?」

 

 

 なんてこった、紫の奴目先の娯楽に眩んで育ての親であるおれを売ってしまうとは……誰を見て育ったのやら。

 

 それが本当ならお爺さんがおれを雇おうとしていることにも合点がいく。

 職につけて衣食住事足る上に高い給料もくれる。

 聞く分にはどう考えても優良物件。断る理由が見当たらない。癪だが、紫の言う通り急ぎの旅ではないしな。

 

 

「……お爺さん。何かおれに隠してます?」

 

「ぐっ、な、何の事やら。わしらはただ熊口殿に良かれと思っての提案をさせてもらっているのですぞ」

 

 

 顔に出やすいな。

 あまりにも事が運び過ぎていると思った。

 いくら娘の危機を救ったとはいえ、偶然出くわした見知らぬ人間に、自らの命よりも大切な娘を側に置いておくのには少し違和感があったからな。

 もしかしたらおれの知らない所で、また紫に悪知恵でも仕込まれてるかもしれない。

 

 

「顔に出過ぎよ。それに別に隠すことでもないでしょ。正直に言ったら?」

 

「ゆ、紫殿がそう言われるのでしたら……」

 

 

 ほーらやっぱり。どうせ紫が一枚噛んでると思った。

 知識人の紫が農民出のお爺さんと話が意外にも合って毎日のように話してるって輝夜姫から聞いていた時から、絶対何か企んでるだろうなと思ってたんだ。

 

 

「あの剣士を退ける熊口殿の力量を見込んでの事です。次の満月となる日に、尊いご身分である貴公子達が催す宴に招待を受けているのですが……」

 

「なんだか嫌な予感がするんだけど」

 

 

 少し考えなくとも何か厄介事に巻き込もうとしてるよね。

 嫌だよおれ、そんなのに巻き込まれるぐらいならほんとに飯食うだけでおさらばしたいんだけど。

 

 

「余興にて各々が推薦する力自慢を戦わせるという催し物があるのです。是非とも熊口殿に参加して頂きたい」

 

「あー、絶対に断ります」

 

 

 何が楽しくて自ら殴り合いに参加しなければならないんだ。

 これまで必要最低限な戦闘以外は避けて生きてきたおれにとって、余興如きのために身を削る事があまりにも馬鹿馬鹿しくてやる気は微塵もない。

 別に戦闘狂である訳でもなければ、力を誇示したい訳でもないし。

 

 

「熊口殿ならば必ずや勝ち抜く事が出来ます!」

 

「おれはほんとにやりませんよ。利益に対する不利益がでか過ぎる」

 

「勝つまでも参加するだけでもいいのです。欲を言えば勝って貰うのが理想なのですが……」

 

「それなら別におれでなくてもいいでしょ。出るだけならそこら辺に浮浪者にでも金を積んで頼めばいい」

 

「ある程度の実力者でないと駄目なのです。相手はあの貴族が選出する刺客達、そんな相手に素人を出そうものなら笑い者どころか爪弾きにされてしまう。ある程度の実力者なんて、都に来たばかりで農民出のワシらでは伝手がないのです」

 

 

 無駄に豪華な服装をしていたから忘れていたが、お爺さん達もここに来て数日しか経ってないんだったな。それならこの人の言い分も分からなくはない。

 

 ……ある程度の実力者ね。

 それならおれ以外でも適任がいるじゃないか。

 

 

「紫、丁度いい腕試しが出来る機会が出来たじゃないか」

 

「私を出そうたって無駄よ。それは最初に出た案で、最初に省かれた案でもあるの」

 

「な、なんでだ?」

 

「それは____________」

 

「参加資格が武術者であり、そして女禁制となっているのです」

 

「はあ?」

 

 

 女は問答無用で参加出来ないって。

 男女差別にも程があるんじゃないのか。女性の武術者なんてこの世界でも探せば幾らでもいるだろ。催し物なんだからそんな変なルールなんて作るなよ。

 

 

「生斗の言いたい事は分かるわ。だけど、貴族側からしたら、余興で女性が痛めつけられる姿を催しとして出すわけにはいかないって所なんじゃない」

 

「力量で劣る女性は、そうなる確率が高くなる。余興としての配慮とすれば、文句は言えますまい。最も、尊いご身分である貴公子相手に文句を言えるのはそういないのですが」

 

「ん〜む」

 

 

 確かにその配慮を考えると言えるものも言えなくなる。この時代じゃまだ男尊女卑、男は力仕事で女は家庭を守るのが当たり前だという風潮が浸透しきっている。

 逆に女性を出してボコボコにされでもしたら、主催者側が叩かれる可能性だってある。

 

 

「だから熊口殿しかいないのです!」

 

「いや、おれはやらないですけどね」

 

「強く、勇ましく、そして格好のいい熊口殿が出てくだされば、きっと人気になる事は間違いないのです!」 

 

「強く、勇ましく、そして超絶美系でモッテモテ……だって?」

 

「そ、そうです! そこで優勝でもすれば都中の貴族の娘達の耳に入り、恋文が後を断たないこと間違いない筈」

 

 

 駄目だ。これは絶対に罠だ、そうに決まっている。

 こんなおだてて褒める典型的な罠におれを引っかけようとするなんてあまりにも浅はか過ぎる。おれを舐めてるのか? 何百年と生きるをおれをおだてただけで話に乗るわけがないだろう______

 

 

「そ、そうかぁ? いやいや、そんなことないってぇ〜」

 

「(効果覿面ね……発案したのは私だけど、こうも簡単に引っ掛かるのは、正直連れとして恥ずかしいわ)」

 

 

 あー、うん。あんまり面と向かって褒められたことないから、耐性がないんですわ。

 頭で分かってても調子に乗ってしまいます。

 

 

「わしの見込みでは、あの剣士を倒した熊口殿程の実力があれば優勝は他愛もないでしょう。その程度の事で名誉も美味い飯も職も住処も手に入る。受ける以外の選択肢があるでしょうか」

 

「……無いな? よくよく考えたら断る理由なさ過ぎますわ!」

 

「おお! 受けてくださるか!」

 

 

 名誉は別にいらないが無いよりはあった方が融通がきく。

 美味い飯も屋根のある場所で寝るのも大分久しい。

 それを提供してくれるお爺さんの頼み事を断る理由なんて無いだろう。

 

 

「(いつもの生斗なら絶対に受けない。それも踏まえて後ニ手程交渉手段を用意していたのに……)完全に調子に乗っちゃってるわね」ボソッ

 

 

 なんか紫がボソリと呟いたような気がするが、まあどうせちょろいとか言ってるだけだろうから無視しておこう。

 

 

「んじゃ、勇ましい熊さんは傷を癒やすのに専念して、次の満月の日までに身体を作っておきますか」

 

「流石は熊口殿! 考え方がまさしく強者のそれですな!」

 

「ま、実際強者ですし? それぐらい当たり前ですわ!」

 

 

 チョロインと呼んでくれ。なんかもう、どうとでもなれって気分だ。

 絶対後でやめておけば良かったと後悔するんだろうなぁ。

 でもまあ、実際どうにかはなるだろう。寝たきりで鈍りきった身体を元に戻せば、そんじゃそこらの温室育ちに負けやしない。

 

 

「あっ、そうだ。そういえばお爺さんに聞きたいことがあるんでした」

 

 

「んっ、なんですかな?」

 

 

 戦いによる心配よりも、覚醒めてからずっと気になってる事があったんだった。

 お爺さん達が来てくれたのなら、ついでに聞いておいた方が、今後のおれとしての立ち回りも分かる。

 その疑問とは____________

 

 

「貴方達は、輝夜姫をどうするつもりなんですか?」





チョロイン……?

当作品の原作キャラの中で一番印象に残っている人(神)妖

  • 八意永琳
  • 綿月依姫
  • 綿月豊姫
  • 洩矢諏訪子
  • 八坂神奈子
  • 息吹萃香
  • 星熊勇儀
  • 茨木華扇
  • 射命丸文
  • カワシロ?
  • 八雲紫
  • 魂魄妖忌
  • 蓬莱山輝夜
  • 藤原妹紅

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