東方生還記録   作:エゾ末

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⑦話 なよ竹のお姫様

 身体が重い。

 少女を背負っているからというのもあるが、何よりも血を流し過ぎた。

 何がすぐに治るだ。結構な重症じゃねーか。

 服を破いて止血を試みても、動いたら結局滲んで地面を紅く染め上げていく。

 

 

「はあ、はあ、ぐっ、はあ」

 

 

 妖忌の奴は、おれが少女を連れて出てくる時には居なくなっていた。

 あの状態でよく動けたもんだと思ったが、よくよく思えばあいつは半分人間じゃないし、普通の人間の定義に当てはめるものではないのだろう。

 

 

「はあ、はあ、はあ」

 

 

 息づかいが荒い。

 少女を背負っているからというわけではない。ただ単に、疲れた。

 先程までは強敵相手に興奮していたからか、特に気にしていなかったが、今になってその興奮も解け、どっと疲れが襲いかかってきている……おそらくだが、剣助を使った代償もある。霊力だけでなく体力までも奪われてるのかもしれない。

 

 こんなに長かったっけ。

 来るときはそうかからなかった気がするが、今は体感でも数時間歩いたかのような感覚だ。

 

 

「危なくなったら、逃げてくるんじゃなかったの」

 

「姫!」

 

 

 下を向いて歩いていたから、彼方からの接近に気付かなかった。

 いつの間にか、おれの側まで来ていたんだな。

 

 

「危なくなかったから、逃げなかったんだよ」

 

「嘘を言いなさんな。ほら、手当をするから仰向けになりなさい」

 

 

 紫に少女を渡し、言う通り横になる。

 

 

「ああ、なんと感謝を言えば……」

 

「少し黙っててくれる。絶賛私の連れが生死の境を彷徨ってるの」

 

 

 応急救護の術を以前に教えた事があるが、紫は独学である程度の医療技術を身につけている。傷口を縫うのは朝飯前だ。

 

 

「痛く、しないでね」

 

「それは無理なお願いね。ほら、布でも噛んで我慢なさい」

 

 

 でもまあしかし、この世界にはまだ麻酔の技術はない訳で。

 治すとはつまり、それ相応の痛みが____________

 

 

「あああ! 痛っ! ちょ、いっった!!」

 

「なによ、ただ傷口を拭いただけじゃない。これからもっと痛い事するんだから覚悟しなさいよ」

 

 

 あっ、駄目。これ想像以上にきつっ、あっ、ああ、ああああ! 

 

 

 

 この後、無事あまりの痛さに気絶しました。

 疲れもあったし、痛みを感じることもないしこれで良かったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_______________________________________________________

 

 

 ーーー

 

 

 ここまで傷付いた生斗を見たのは初めてだ。

 彼はこれまで、妖力の扱い方を教えてくれる師匠のような存在であった。

 そんじゃそこらの人間や妖怪では、彼の戦闘技術を活かした闘いを前にしてはまず太刀打ちできない。

 そんな彼をここまで傷付けた人物。恐らく私が介入する余地などなかっただろう。

 それを分かっていたから、生斗は端から戻るという選択肢を放棄していたのかもしれない。

 

 まだまだ、私では力不足であるということを実感する。

 能力もまだ全然使いこなせていないし、妖力の使いこなし方も全然生斗から盗めていない。

 

 

「お嬢さん、武士殿を背負っていては疲れるであろう。彼には恩がある。ボロボロではあるが駕籠に乗せてやろう」

 

「結構よ。私の手に届く所に置いておきたいの」

 

 

 ならばせめて、今私にできる事をする。

 もしまた先程戦った奴みたいな強敵が現れたときに、生斗だけでも救えるように。

 今こんな所で死なれては困る。まだ何も彼に恩返しが出来ていないもの。

 

 

「ごふっ!」

 

 

 肩に生斗の吐いた血反吐がつく。

 布で彼の口を拭き、ずれた位置を修正するために彼を背負い直した。

 思ったより怪我の度合いが酷くなりつつある。

 彼が眼を醒ませば、後は霊力を用いて自然治癒力を高めれば傷口は多少ましになる筈なのだけれど……

 なるべく急がねば縫ったとはいえ傷口から感染症を引き起こす可能性もある。

 

 

「貴方達の向かっている都の位置を教えてくれる」

 

「……? 何故だ」

 

 

 後は安全な場所で横にし、傷口を清潔に保てさせれば良い。

 医療用器具が充実していれば、あの場で留まっても良かったのだが、不幸にも布どころか糸すら若干足りなかった。

 やはり都まで行き、十分な処置を施す必要がある。

 だが、都までまだ時間が掛かる。こんなにちんたら歩いていたら夜が明けてしまう。

 

 

「先に貴方の屋敷に行かせて。私なら貴方達よりも早く彼の救護が出来る」

 

「お嬢さんがか? 武士殿を背負っている状態では直ぐに動けなくなるぞ」

 

「私は生まれた時からずっと旅を続けてきたの。その辺の女子と一緒にしないで頂戴。彼の生死が掛かってるの。お願いだから教えて」

 

「う、うむ。すまない、そこまで言うのであればこの地図をお嬢さんに託そう。ここにわしの署名がある。門番に見せれば屋敷に入れるであろう」

 

 

 地図を受け取り、老人に軽く会釈をして私は今持てる限りの速さで大地を掛ける。

 

 

「はっ、はっ、はっ」

 

 

 走っているだけでは、数刻かかるだろう。

 急いでいるのに、そんな時間を費やしている時間はない。

 

 やはり、私の能力を使うしかない。

 

 寝ているとはいえ、生斗の前で己の能力を晒すという事はしたくなかった。

 私の能力を知って彼の態度が変わるのが怖かったから。

 親代わりともいえる存在に、刃を向けられるのが、どうしても耐えられないから。

 もしそんな事が本当に起きたのなら、私は死を受け入れかねない。

 

 生斗がそんな人間でないことは分かっているのに。

 仲間に裏切られた幼少の記憶が、私の脳裏にこびり付いて離れない。

 

 

「……大丈夫、死なせないから」

 

 

 私の背中に、生暖かい液体が滴り始める。

 もう、私の服まで侵食する程出血しているのね。

 

 過去がどうであれ、ここで生斗を助けない理由等ない。

 周りはもう人目は無い。大分あの一行から距離を取ることができたみたいだ。

 

 

「____________開いて」

 

 

 私がそう告げると、ゆっくりと空間に裂け目が開き始める。

 子供が一人入る程の大きさまできたときに、裂け目の開きが止まる。

 今の私ではここまでが限界ね。

 ぎりぎりだけれど、なんとか生斗を先に入れれば大丈夫そうね。

 

 

「早く起きて美味しい物食べましょ」

 

 

 もしこの件で生斗に私の能力が知られてしまおうがしまいが、いずれ素直に全てを話そう。

 これは彼に対して私の義務だ。

 結果がどうあれ、別れは必ず訪れるのだから。

 今なら、不安はあるが生斗を信じられる。

 だってこんな美少女である私を手を出さないんだもの。いや、それは単に生斗が枯れているだけか。

 

 少し生斗の顔が強張ったような気がするが、私はお構いなしに境目へと彼を放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ーーー

 

 

 眼を開いた先にあったのは、緑に溢れた自然ではなく、加工された木材が張り巡らされている木造の天井であった。

 

 どうやら、あのお爺さん等の目的地である屋敷に運ばれていたらしい。

 新品の畳の香りがする。

 おれが今いる部屋には今のところ誰もいないようだ。障子から差す光を見る限り、まる一日寝ていたわけではなさそうだが。

 

 

「流石は紫だな」

 

 

 痛みはまだあるが傷口は綺麗に縫合されており、上から包帯が巻かれている。微かに包帯から薬草の匂いがすることから、以前紫が独自で作っていた塗り薬を塗ってくれたらしいーー因みに効果は不明、多分実験台にされてる。

 今のご時世、消毒という概念を持っているのは、紫とおれぐらいだろうな。

 

 

「あんたは…………」

 

 

 布団から抜け出す気は更々無く、折角ならと腕枕をして寛ごうとすると、見計らったかのように向かいの障子が開く。

 

 

「あら、お起きになられたのですね」

 

 

 そこには、桶を持ったあの時の竹少女がいた。

 恐らくはおれの包帯の換えと傷口の洗浄に来たのだろう。

 

 

「なんでお嬢さんが看病してるんだ」

 

 

 この子はお爺さんから姫と可愛がられており、屋敷まで作らせるほどだ。そんな過保護に近い扱いを受けている彼女が身元の分からないおれの看病なんて、許すはずがないと思うんだが。

 

 

「父上には内緒です。自ら紫に申し出て、傷の手当をさせて頂いております。助けてくださった貴方様に失礼を働いてしまったので……」

 

「失礼? なんかしたっけ」

 

「貴方様を洞窟で見たとき、気を失ってしまったでしょう」

 

「あー、あれか。いや、目醒めて急に血塗れの蛮族みたいな格好した奴が目の前にいたらそりゃ当然の反応だろ。別にお嬢さんが気にする事じゃない」

 

「それでも、です。上半身だけで良いので、身体を起こして頂けますか?」

 

 

 美少女の更に上位互換のような存在に身体のケアをしてもらうのは、正直恥ずかしくて顔を直視出来ないな。

 それでも傷口の処理はきちんとしておかないと後々酷い目に遭うのは明確、ここは素直に指示に従おう。

 

 

「包帯、外しますね」

 

「お手柔らかに頼みます」

 

 

 ほんとは一人でも出来るが、折角やってくれると言うんだ。お言葉に甘えて楽をさせてもらおうか。

 お嬢さんが包帯を慣れた動作で巻き取っていき、みるみるうちにおれの裸体がお嬢さんの前に露呈していく。

 なんだろう。なんだかいけない事をしているみたいでむず痒い。

 

 

「大分傷口も塞がってきていますね。紫ももう少ししたら抜糸出来るとも言っていました」

 

「そういえば紫はどうしたんだ?」

 

 

 目醒めてからそう時間は経っていないが、連れがいないのは気になる。

 ないとは思うが、あいつが妖怪とバレたりとか面倒な事になってなければいいんだが。

 

 

「紫は今父上と話されてますよ。意外と話が噛み合うみたいで」

 

「へぇ、紫の奴上手く打ち解けられてるのか」

 

 

 特に何かあった訳ではないのは安心した。

 そういえばこの子も紫の事を呼び捨てにしている辺り、紫のコミュニケーション能力はおれよりも高いのかもしれない。

 

 

「御名前……」

 

「んっ?」

 

「貴方様の御名前を、お聞かせ願いますでしょうか?」

 

 

 腕を拭く手を止め、おれに視線を送るその眼はまるで万物を引き込み、魅了し惑わしてしまう程美しく、そして危険だ。

 直視し続けてはいけない。

 そう判断したおれはまるで照れ隠しのように顔を明後日の方向へ向け、頭を掻いた。

 

 

「生斗。紫からもう聞いてると思うが、おれは熊口生斗って言うんだ」

 

「熊口……生斗、殿___________」

 

 

 そうおれが応えると、彼女は少し疑問気な表情をしたが、すぐに元の表情へと戻る。

 今、何かを隠したような____________

 

 

「ふふっ、素敵な御名前ですね。実は私もついこの前、秋田様より名を授かったんです」

 

「どんな名前なんだ?」

 

 

 おれの身体を拭く手を止め、改めて正座をする。

 その状態のまま軽くお辞儀し、彼女はまたしてもおれの記憶に覚えのある事を言い放った。

 

 

 

「申し遅れてしまい、大変申し訳ございません_____________

 

 

 

 

 

 

 _______________私め、なよ竹の輝夜と申します」

当作品の原作キャラの中で一番印象に残っている人(神)妖

  • 八意永琳
  • 綿月依姫
  • 綿月豊姫
  • 洩矢諏訪子
  • 八坂神奈子
  • 息吹萃香
  • 星熊勇儀
  • 茨木華扇
  • 射命丸文
  • カワシロ?
  • 八雲紫
  • 魂魄妖忌
  • 蓬莱山輝夜
  • 藤原妹紅

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