東方生還記録   作:エゾ末

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④話 奔放な旅路

 幽香とのお茶会から数年が経過した今日この頃、紫はすくすくと育っていき、おれとほぼ同い年程の見た目まで成長していた。

 

 

「もう妹って言っても通用しそうにないな」

 

「何を言っているの?」

 

 

 見た目は確かに十代なんだが、胸と雰囲気がもうね。

 軽く十代のそれではないよね。成熟してる。

 まさかあの紫がここまで成長するとは思わなかったな。

 

 

「馬鹿なことを言ってないで、今晩のおかずは見つけてきたの?」

 

「おう、今日はご馳走だぞ。なんと小魚二匹だ」

 

「あら、生斗にしては頑張ったじゃない」

 

 

 おれが釣り下手なのは紫も知っており、この短時間で釣れたことに喜んでくれているようだ。うん、九割は嫌味だってわかってますよ、勿論。実際は釣れてないし。あまりにも釣れないから熊が魚を取る容量でなんとかニ匹捕まえられたんだけどね。釣りってほんと難しい。いつまで経っても慣れる気がしない。なのにたまーに大物が釣れることがある。だからやめられないんだよね、釣りって。

 

 

「まあいいわ。私が採ってきた山菜と茸もあるし、山菜汁と串焼きにでもしましょうか」

 

 

 おれが小魚と奮闘している間に、紫は頼んでおいた薪集めだけでなく山菜や茸も集め、さらに火まで炊いてくれていた。

 食材集めは任せとけと啖呵を切っていた手前、物凄く肩身が狭いです。

 食材を集めてくれていたのはありがたいんだけど、熊さんをもう少し信用してください。してたら今日の夕飯二口サイズの小魚2匹だけだったけど。

 

 

「山菜を切るから、生斗は魚の下処理をお願いね」

 

「はいよ」

 

 

 まずは臭み取りからだな。魚はちゃんと下処理をしないと臭みが出て不味くなる。

 

 ____________最近では、こういう風に紫に主導権を握られる事が増えている気がする。

 そろそろ自立してもいい頃なのかもしれない。長いようで短いような、嬉しいようで少し寂しいような、そんな親の気持ちがこの歳で初めて分かった気がするな。

 

 

「なあ紫、お前やりたいことは決まったか?」

 

「……」

 

 

 これから長い人生ーー妖生をどう生きるのか。何も目的も持たずに放浪をするのも悪くはないが、どうせなら目標を立て、それに向かって生きた方が彩りがある。

 おれと別れたその後、何を目標に生きるのか、おれは以前に紫に問いたことがあった。

 それから数ヶ月、頭の回転も早く、決断力もおれより良い紫なら、もうやりたい事の一つや二つ、見つけられている筈だ。

 

 

「……正直、この数年間、言われるまで生斗から自立した後なんて考えてなかったわ」

 

 

 だろうな。おれが聞いたとき、驚いた後にずっと考え込んで結局答えられてなかったし。

 

 

「生斗と都に行って人間達と交流をしたり、時には気の良い妖怪達とお酒を飲み交わしたりもした。あの時の私では到底、考えもしなかった経験をさせてもらったわ」

 

 

 都に行ったとき______紫に旅装束と着物を買ってあげた時か。懐かしい、確か都の屋台で飯を食べていたら、客やら店員から可愛いってべた褒めされて照れてたよな。おれが言われてると勘違いで照れてしまって恥ずかしい思いをしたから鮮明に覚えてる。

 

 

「目標については、実はもう考えているの。ただ、その未来像がどうしても浮かばないの」

 

「未来像が?」

 

 

 一体紫はどんな目標を立てたんだ? 

 ヴィジョンを見据えている辺り、わりと本気で考えての事なのだろうが。

 

 

「下処理済んだ?」

 

「あっ、すまん、すぐにやる」

 

「こっちはもう煮詰めてるから、早めに済ませてね」

 

 

 話をしている間に、紫は淡々と食事の準備を進めていた。

 いかん、話に夢中で手が止まってしまっていた。

 

 

「まあ、生斗には内緒だけど」

 

「あいだ?!」

 

 

 下処理に戻ろうと小型包丁を手にとった瞬間、紫から思いもよらぬ発言が耳に飛び込んできたため、指を軽く切ってしまった。

 

 

「大丈夫?」

 

「ああ、平気だ。てか、なんで内緒なんだよ」

 

 

 これまで見守ってきたのに、内緒だなんてあまりにも酷だ。

 意地悪極まりない、おれは紫をそんな意地悪するような子に育てた覚えはありませんよ。

 

 

「生斗には、一番に見せてあっ! と驚かせたいからね」

 

 

 そう年相応の笑顔を見せる紫。

 何この子、天使? 妖怪の皮をかぶった天使でしょ。おれには紫の背中に純白の翼が見える。

 

 

「とりあえずは幽香と同じように、海を渡ろうと思うわ。そこで知見を深め、目標をより明確に、そして確実に実現させてみせるわ」

 

「海を渡るね……伝手はあるのか?」

 

 

 幽香は季節風に乗って放浪したというが、紫はどうなのだろう。

 空を飛ぶ技術はもう教えてあるので、問題はないだろうが、肝心の行き先を決めてないと、大分苦労してしまう。

 

 

「勿論、そこまで無計画ではないわよ。以前都で読んだ書物に記された国へ行くつもり。地図はもう頭に入ってるわ」

 

 

 都に限らず、書物があるところには積極的に顔を出し、時には書庫に忍び込んでまで読み漁り、知識を蓄えてきた紫。知識量で言えばもうおれよりも確実に多いだろう。

 おれなんて、読んだ本なんて九割がた頭から抜けていくからな。

 

 

「煮立ってるぞ。そろそろ味噌入れるか」

 

「未醤ね」

 

「いいんだよ、どっちでも」

 

 

 今の時代、味噌が高級貴族の嗜みで食されているこの味噌も、作り方を紫が覚えてくれたおかげで野宿暮らしのおれらでも食卓に並べることができる。

 

 それにしても……海を渡る、か。そういえば一度も渡った事がないな。

 船はすぐ沈没すると聞くし、そもそも言語が通じないだろうから、大分敬遠してるんだよな。紫なら数日あればその土地の言語はマスターしそうだが。頭は至って普通の、どちらかと言うと悪いおれの頭じゃ、数十年はかかるかもしれない。

 

 それに月に行く手掛かりは、この世界で初めに降り立ったこの土地にあるのではないかと、根拠はないが、確かな確信がある。

 

 

「でも、今の話はもう少し先の話ね」

 

「なんでだ?」

 

「もう少しだけ、この旅を続けさせてほしいの」

 

 

 その言葉の真意が、この先の不安をまだ拭いきれていないからなのか、実はまだ明確な目標がないのか。これに関しては紫以外は知りようもない。

 

 まあ、おれが男前で頼りになって優しいから別れたくないのだろう。

 あっ、ここツッコミどころではないからね! 

 

 

「紫がまだこうしていたいのなら、気が済むまで一緒にいればいいさ。お互い、時間は腐るほど持て余してるからな」

 

「そう______それなら後百年は一緒にいてもらおうかしら」

 

「それは流石に甘え過ぎだ馬鹿」

 

 

 紫ならもう一人で十分にやっていける程成長しているから心配ないだろう。

 模擬戦で何度か一本取られるくらいに体術も強くなっているし、妖力の扱いも下手に暴走しないよう制御の仕方も伝授している。

 妖力と霊力とで、若干の差異はあれど、教える分にはそう苦労することでもなかった。

 今思うと、久しぶりに訓練生時代の復習もできておれ自身も良い特訓にもなったし、逆に紫から教わる部分も沢山あり、意外にウィンウィンな関係を築けていたな。

 

 

「ほら、焼けたぞ。飯にしようぜ」

 

「そうね、今装うから少し待ってちょうだい」

 

 

 そんなに急ぐことはない。

 ただ、いつまでもこの旅を続けさせる訳にもいかない。

 紫には紫の妖生があるのだから。

 それにおれのような途方のない旅のお供をいつまでも付き添わせるのは良くないだろうしな。

 

 

「身、少ないわね……」

 

「ほ、骨詰まらせるなよ」

 

 

 次は釣り竿じゃなくて手掴みで捕まえよう。

 そう心に強く誓うおれであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

「竹から産まれた人間?」

 

 

 とある山の定食屋。

 そこは民宿も営んでおり、久々に寝床につくことができた早朝の事であった。

 

 

「そうさ。なんでもこのあの山を越えた集落に住む造が竹から女子を見つけたって話さ」

 

 

 給仕のお婆さんが、世間話にとおれと紫に話しかけてきた内容が、なんとも奇々怪々なもので信じ難い。

 

 

「それは果たして人間なのかしらね」

 

 

 紫が箸を止め、怪訝げにお婆さんに問い掛ける。

 

 

「さあ、もしかしたら物怪の類かもしれんね。瞬く間に成長しているとも聞くでな」

 

 

 どこかで聞いたことがあるな。竹から産まれたという御伽話があったような……うーん、思い出せん。前世での記憶だろうが、ここ最近ボケてきたのか、前世の記憶も大分朧気になってきたんだよな。親兄弟の顔ですらもうぼんやりとしか思い出せない。

 

 

「まあ、人を襲わないのなら別にいいんじゃないの」

 

 

 興味ありげな紫を傍目に漬物を頬張り、茶を啜って一息つく。

 

 

「なんだ、行きたいのか」

 

「生斗は気にならないの? 一体どんな人間なのか普通興味が沸くでしょ」

 

 

 若者特有の好奇心というやつか、こういった気になるものが出来ると確かめないと気が済まないんだよな。

 

 

「いや、おれも若者だから興味あるよ」

 

「若者だからは要らないでしょ。ていうか生斗、貴方若くな____________」

 

「いや、『若者』だから興味あるよ」

 

「爺でしょ」

 

「あら、何言ってんだい。お兄さんも十分若いじゃないか」

 

「えへへ、ありがとうございます。奥さんもとってもお若いですよ。よく別嬪さんだって口説かれません?」

 

「あらやだ〜、褒めても何も出ないわよ!」

 

「ははは」

 

 

 付き合ってられないと食事を再開する紫。

 こうやって見知らぬ他者とのコミュニケーションを取るというのも、旅の醍醐味の一つなんだから、もっと楽しまないと。

 

 

「それじゃあ見に行くか。奥さん、あの山を超えた集落に居るって言ってましたよね?」

 

「そうさ、噂を聞く限りじゃね」

 

「えっ、寄ってくれるの?」

 

「どうせ行く宛もないしな。物資補給もしたいし、ついでにその竹から産まれた女の子ってのも拝見するがいいさ」

 

 

 おれも若いから興味あるしな。 

 もしかしたらその人間が月に行く鍵を持っているかもしれないし。

 こういった怪異には危険を侵さない程度に関わるようにしてきた。今回もその中の一つとして考えればいいだろう。

 

 

「ありがとうね、生斗」

 

「今度都行ったら飯奢りな」

 

「……ありがとうね、生斗」

 

「おれではなく紫が奢るんだからな!?」

 

 

 くそ、復唱で会話をゴリ押すという高等技術を早くもパクられてしまった。紫、恐るべし! 

 

 

 

 いつも通り駄目で元々の、もとより紫の好奇心を満たすため旅の経路を決めたのであったが、この決断がお互いに転機が訪れる事を、この時のおれと紫はまだ知る由もなかった。

 

当作品の原作キャラの中で一番印象に残っている人(神)妖

  • 八意永琳
  • 綿月依姫
  • 綿月豊姫
  • 洩矢諏訪子
  • 八坂神奈子
  • 息吹萃香
  • 星熊勇儀
  • 茨木華扇
  • 射命丸文
  • カワシロ?
  • 八雲紫
  • 魂魄妖忌
  • 蓬莱山輝夜
  • 藤原妹紅

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