東方生還記録   作:エゾ末

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③話 花妖怪とお茶会

 

「幽香、か……?」

 

 

 忘れもしない。その真紅の瞳に、何を考えているのかもわからないその不敵な笑顔、話しかけられまで一切気付かないほど静かな、それでいて圧倒的な妖気。

 

 

「あら、覚えてくれていたのね。熊口生斗」

 

「此方こそ覚えてくれて嬉し……くはないな。今からでも忘れてくれて構わないぞ」

 

「ふふ、それにしてもまた別の女の子を連れてるなんて、結構たらしなのね、貴方」

 

「そうだけどそうじゃないんだよな」

 

 

 これが単純なデートならどれほど良かっただろうか。

 前回は護衛で、今回は子育てで連れてるからな。

 

 

「そして、その子……」

 

「!!」ビクッ

 

 

 幽香の視線がおれから紫に換わると、紫は怯えながら、おれの背後に身を潜める。

 そりゃあんな眼光で見られたら怖いよな、おれも隠してはいるが内心絶望に苛まれつつある。

 

 さて、どうするか。

 相手は戦闘狂、いつ昔の続きをしましょうと言ってくるかわからない。

 逃げようにもおれ一人でもだいぶ厳しいのに、紫を連れてとなるとまず無理だろう。

 

 紫だけでも逃がせるか。

 いや、幽香はどんな原理かは知らないが植物を操っていた。

 それを使われでもしたら足止め出来る自信がない。

 

 

「ふーん……貴女、名前は何て言うの?」

 

「わ、私?」

 

「そうよ。そこの可愛らしいお嬢さん」

 

 

 木から飛び降り、おれらの眼前にふわりと着地する幽香。

 急に距離を詰められた事に比例して、幽香の死角で剣助の鯉口に手を掛ける。

 

 

「……紫。貴女は、幽香よね。生斗が言うにはだけど」

 

 

 だが、幽香は攻めてくる様子もなく、紫に興味を持ったようだ。

 妖力は出さないよう教えてたはずだが、やはり大妖怪には見抜かれてしまっているということなのだろうか。

 

 

「そう、紫というのね。人間、ではないわよね」

 

「あまりいじめないでやってくれよ。まだ紫は妖怪になって間もないんだ」

 

 

 顔を近付け、紫を深く観察しようとする幽香の前に手を置いて制止させる。

 

 

「まあ良いわ。昔の誼みってことでここは一つ、お茶でも如何かしら」

 

「お茶?」

 

「この地から海を超えた国で頂いた茶葉があるの。きっと二人とも気に入ると思うわ」

 

 

 お茶、か。随分と久しぶりな単語を聞く。

 そんな趣向品、口にしたのは月移住計画実行前日だった気がする。

 今思うととてつもない贅沢をしていたんだな。

 それよりも幽香、さらっと海を渡ってるって言ったな。まあ、最後に会ったのが二百年以上前のことだし、別に不思議なことではないが……

 

 

「安心なさい、別に襲ったりはしないわよ。今日は別にそんな気分ではないし」

 

「気分次第では襲ってるんだな」

 

「それはそうよ。妖怪は気まぐれなのよ」

 

 

 それは妖怪ではなく、幽香の性分なんじゃないのか。

 

 

「それで、どうするの?」

 

 

 幽香から敵意を感じない。

 それを紫も感じ取っているのか、先程まで掴まれていた服に力を感じない。一時は服が千切れてしまうんじゃないかってぐらい勢いよく掴んでたからな。

 幽香の場合、気配を消すのが上手いから敵意を感じなくても要注意なのだが、ここで断れば間違いなく機嫌を損ねてしまうだろう。

 それなら、下手に断らないほうが得策かもしれない。

 

 

「分かったよ。丁度喉も乾いてたし、幽香に聞きたいこともあるしな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

「人間である貴方が私達のように長生きしていることに関しては、特に驚いてないわ。だって貴方、首を吹き飛ばされても生きてたもの」

 

「あー、そういえばそんな事もあったな」

 

 

 幽香に連れられるまま、おれらは目的地であった蒲公英畑の前にてお茶会に興じていた。

 月明かりに映る黄色の大地。趣味で作ったと言ってた手前、そんなに規模はないだろうと思っていたが、想像以上に広大で少しばかし驚いている。

 

 

「そ、それはもう人間ではないんじゃないの?」

 

「何を失礼な事を言ってるんだ紫は。おれは至って健全な人間だよ。妖気も纏ってないだろ」

 

 

 話を聞くと幽香は、ありとあらゆる土地、というより花のある場所を転々と旅をしているらしいーーこの蒲公英畑もその旅の途中で寄ったらおれらと出くわしたとのこと。

 今振る舞われている茶葉や容器もそこで手に入れたらしいが、どうにも懐かしい味がする。

 味はおれのいた世界で言うと紅茶、容器は完全に西洋風の洒落たティーポットセットだ。

 

 

「それに長生きって……これまで詮索してこなかったけど、生斗って何歳なの?」

 

「馬鹿、永遠の十八歳だって初めて会ったときに言っただろ」

 

「少なくとも、私と初めて会ったのは二百年以上前ね」

 

 

 駄目だ、紫があり得ないものを見るような目でおれを見てる。

 なにちゃっかり裏情報を暴露してくれてんだ幽香め。

 そういうデリケートな情報は伏せるのがマナーって知らないのか。

 

 

「や、やっぱり、人間にしては人間離れしてると思った。価値観も人間の思考とズレてるもの」

 

「紫さんや。人間、いや生物の価値観は生命の数だけあるんだよ。勝手な決め付けはするもんじゃない」 

 

 

 でもまあ、普通の人の一般的な思考と少しズレてるのは自覚している。

 これはもう、生まれたときからの性分だし、直せそうにないし直す気もないが。

 

 普通は妖怪と仲良くしようなんて、誰も考えないだろうし。それよりも怨恨の方が多いんじゃないか。

 

 

「首を吹き飛ばした妖怪とお茶を飲み交わす時点で、大分頭はおかしいとは思うけどね」

 

「幽香、お前は紫の肩を持つんじゃない。間違った知識を紫に植え付けてしまうだろ」

 

「あら、私は客観的に物を申してるつもりよ」

 

「幽香の言ってることは私も尤もだと思うけど」

 

 

 ふふ、と紅茶を啜る幽香に、怪訝げな表情でおれを見つめる紫。

 

 

「年齢に関してもだけど、首を飛ばされても生きてて、妖怪を忌み嫌ってない。なのに妖気は一切ない。生斗は本当に何者なの……?」

 

「別に、紫が思ってるほど複雑なもんじゃないぞ」

 

 

 ただ、神に生き返る特典を与えられて転生したと言っても通じないだろう。

 なら、伝わる範囲で話せばいい。

 

 

「人間も妖怪と同じで、能力者ってのは稀にいるだろ? おれはその中の一人で、普通の人間よりちょっと丈夫で長寿なだけだよ」

 

「長寿って、それ人間の理を逸脱してるんじゃない?」

 

「仙人とか魔法使いとか、どちらかというとその部類になるかもな。考え方によっては、おれもお前らと同じ妖怪になる」

 

 

 寿命や力、姿形等、妖怪と人間とを区別する定義は幾らでもある。

 何百年経っても身体的に成長しないおれは、傍から見れば妖怪と言われても文句は言えないだろう。

 だが、おれの力の気質は完全に人間のものだ。人間と妖怪とで、力の気質は大きく異なる。

 

 霊力は怪奇を祓う力を持つ。いわば妖怪特効のようなものだ。

 対して妖力は、妖怪にとっての力の源であり、人に畏れられれば畏れられるだけ増幅するーー種族にもよるが。

 

 要はおれが考える人間と妖怪の区別は、力の気質って事だ。

 相手の力の気質を見れば、幾ら緑髪でナイスボディーなお姉さん系や金髪生意気美幼女だろうが騙されることなく妖怪だと分かる。

 

 ……自信満々に語ってはいるが、化け狐に一度だけ妖力を霊力に見えるよう化けられて痛い目に遭った事があるのは内緒だからな! 

 

 

 

「妖怪に対しても、前に言ったと思うが以前良くしてもらった妖怪達がいたんだよ。それ以来別に妖怪だろうが人間だろうが、何も変わらないんじゃないかと思ってな」

 

 

 遥か昔、山ができる程殺害した奴がどの口で言ってるのかだけどな。

 あれは国の皆を護る為と割り切ってはいるが、今でもたまに脳裏に蘇って自責の念に駆られる。

 

 

「それってもしかして、わ____________」

 

「少なくとも、幽香は違うから安心しろ」 

 

 

 急に襲ってきた挙げ句、実際に二回殺されたのに「あ〜、あんな美女に何度もやられて気持ちいい、こりゃ妖怪と人間の区別なんてどうでもいいわ」なんてならないだろ普通。常識を弁えてほしい……んっ? お前も非常識だろって? 馬鹿め、神の間でポテチ食べたりタメ口だったりしてはいるが熊さんは至って常識人だからね。常識人と打ったらもしかして熊口生斗? ってでるくらいだから。熊さん嘘つかない。

 

 

 

「……まだ、私なんて言ってないわよ」

 

「『わ』まで出かけてたぞ『わ』まで」

 

 

 おれが意地悪気味に問い詰めると、幽香はプイッと余所見し、小さくだが頬を膨らめさせた。

 

 ……いや、あんた。そのギャップはいかん。いつもは妖艶で何を考えているのか分からないミステリアスなキャラなのに、そんな子供らしい一面を見せ付けられてしまっては、本気でときめいてしまうではないか。

 殺される、誰とは言わないが何処かの怨霊に殺されてしまう! 

 

 

「それで、紫はどうしたいの。熊口生斗の話を聞いて貴女はどう思った?」

 

 

 明らかに話題逸しの発言だが、幽香の言うように紫がどうしたいのか少し気になる。いつ暴走するか餓死するか分からない存在である紫が、心変わりしておれから離れたいと言われると困るしな。

 

 

「私は……分からない。でも」

 

「でも?」

 

「生斗は大分ずれてるけど優しい妖怪だって分かったから、少し安心した」

 

「人間な!」

 

 

 紫の回答を聞くと、幽香は紅茶を口にし、

 

 

「ふふ、なら熊口生斗に一緒に旅をし、色んな経験をなさい。そして強くなるの。精神的にも、妖怪としての力も。それでね、貴女が誰にも負けないと自負できるぐらい強くなったら____________是非私と手合わせして頂戴ね」

 

 

 微笑みながらとてつもなく物騒なこと言い出したぞこのサディスト。

 

 

「最後の所絶対要らないだろ戦闘狂」

 

「あら、今回私が貴方達を見逃す条件よ。これが駄目なら今から私と素敵で魅力的なリアルファイトが始まるけど」

 

「紫、応援してるぞ。頑張れ!」

 

「お、大人として恥ずかしくないの!?」

 

「おれは永遠の十代だ」

 

 

 紫も将来大妖怪となるだろうし、多分大丈夫だろう。

 おれはもう、幽香と戦いたくない。

 

 

「私が戦ってきた人間の中ではまだ貴方が一番よ。妖怪も含めたら十番目ぐらいだけど。あの土地にいるヴァンパイアという種族はとても強くて楽しかったわ」

 

「もしかして幽香、花探しの旅じゃなくて強者を求める旅なんじゃないの?」

 

「そして紫、貴女の潜在的能力は、これまで誰よりも高いと見たわ。自信を持ちなさい」

 

「う、うん」

 

 

 おれの事はスルーなんですね、はい。

 自分のためとはいえ、あの幽香が他人を激励するなんて、なんだか意外だ。

 まあ、最初に会ったときは早恵ちゃんが若葉を毟って怒ってたから、幽香の本来の姿は意外と温厚なのかもしれない。戦闘狂だけど。

 

 

「後、花は大事にしてあげてね。無下に踏みにじったり子供たちを無理に引き抜いたら駄目よ。そして摘む時は感謝するの。でないとこの蒲公英畑を荒らそうとした奴らみたいに粉微塵にするから」

 

 

 やはり花妖怪ということもあって、花を愛してるんだな。

 

 

「そんな事を言われなくても、こんな綺麗な花達を無下にする訳ないじゃない」

 

「ふふっ、約束よ」

 

「いい話だなぁ」

 

 

 と鼻を擦りながら二人を傍観していたが、本来の目的を完全に忘れていたおれ達は、幽香と別れた次の日に見事村から追い出されてしまったのは言うまでもない。

 

 

「ねぇ、生斗。喉乾いたー。あと歩くの疲れたからおんぶしてよ」

 

 

 そして紫がこの日以降、更に生意気になりました。

当作品の原作キャラの中で一番印象に残っている人(神)妖

  • 八意永琳
  • 綿月依姫
  • 綿月豊姫
  • 洩矢諏訪子
  • 八坂神奈子
  • 息吹萃香
  • 星熊勇儀
  • 茨木華扇
  • 射命丸文
  • カワシロ?
  • 八雲紫
  • 魂魄妖忌
  • 蓬莱山輝夜
  • 藤原妹紅

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