何日が経過しただろうか。
私は、ある人間と共に果てのない旅を続けていた。
「なあ知ってるか。鼻くそって、空気中の汚れと鼻内の粘膜が鼻水となり、それが乾燥したものなんだぜ」
聞いてもいない、下品な知識をなんの突拍子もなく言う彼は、私に命令することもなく、休憩の合間等に力の使い方や生きる術を教えてくれた。
行く宛もなく、生きる術の持たなかった私は、それに縋った。
彼は私を詮索するようなこともせず、まるで私にとって都合の良い人物を演じているかのようで、少し気味が悪くなったりもした。
ただ、なんとなくだけれども、彼が善意で私を保護してくれているのは分かる。
お人好し、といえばいいのだろうか。
以前に彼は、私の力が暴走したら困るからと保護した理由を語ってくれた。
それは恐らく、自分ではなく赤の他人や私の事を指している。
これまで出会った人間や妖怪は保身に走り、私を始末しようとしてきたというのに。
「せ、生斗。紐が切れた」
「んっ? おうおう、待ってな。すぐ替えを用意するから」
髪留めの紐が切れ、纏めていた髪が笠からはみ出てくる。
私の髪色は、他とは違うため異端がられる傾向があるとのことで、いつも髪を纏めた上で笠を被らされている。
そうでもしないと、人間の里の前で追い返されてしまうからだとか。
「これでよし」
「あ、ありがとう……」
文句の一つも言わずに纏め直してくれる彼も、私の能力の事を知ったら、襲ってくるのだろうか。
前に行動を共にしていた妖怪達も、人間から命からがら逃げてきたところを助けてもらった。なのに私の能力を知った途端急変し襲ってきた。
信用はできない。
私にこの、
「話を聞くには、もうすぐ村に着くそうだから頑張れよ。そこで二日ほど滞在してもらえるよう掛け合ってみるから」
彼は旅人兼便利屋として村を転々としていた。
手先は器用な方ではないらしいが、家具作りや土器も作れるぐらいには工芸に長けている。
本人いわく、全て経験から体に染み込ませるまで練習した成果とのこと。
見た目的にまだ十代後半だというのに。この人間も苦労をしてきたということなのだろうか。
「ほら、話してる間に見えてきたぞ。笠被り直せよ」
「う、うん」
私は、これからどうすればいいのだろう。
このままこの人間にずっとついていくわけにはいかない。
妖怪と人間とでは寿命に圧倒的な差がある。
この人間がいなくなったら、私は何を目的に生きていけばいいのだろう。
そもそも一人で生きられるのだろうか。
先の事を考えれば考えるほど、気分が沈んでいく。
「ほら、ぼーっとしてないで行くぞ」
彼の声を聞いて我に返る。
そんな先の事を計画もなしに悲観して何になるのだ。
馬鹿な事を考えるのではなく、今を必死に生きる事が大切だ。
そう自分の中で言い聞かせ、私は首をぶるぶると横に振った。
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ーーー
「蒲公英畑の妖怪?」
とある農村についたおれと紫は、滞在許可を得る為、村長のいる屋敷へと来ていた。
「そうだ。特段儂らに被害があるわけではないのだが、夜な夜な性別の判別のつかん悲鳴が聞こえてくるらしい。そのせいでここの連中は蒲公英畑のに近付こうとしないのでな。その原因を調べてくれないか? さすれば、暫くの間村の滞在と空き家を貸してやる」
「は、はあ」
この村の前村長が趣味で植えていたという蒲公英畑。
今の時期だと、黄金の畑と言われるまでに壮観な景色を拝めるとのことだが、村長の言ったような奇怪な事象により人が寄り付かなくなっているらしい。
悲鳴ねぇ。
妖怪か、殺人犯か、愉快犯か。
どちらにせよ、そう簡単にこの村の滞在はさせてもらえないようだ。
まあ、便利屋を名乗ってしまってるんだ。そう簡単に出来ませんとは言えないよな。
「分かりました。早速今晩調査に向かいましょう」
「おお、やってくれるか」
「ですが、少しばかし妹に飯を与えてはくれませんか。ここ最近、歩きっぱなしでろくにありつけていないのです」
「そうか、それでは早速用意させよう。御主も腹を空かせているであろう。飯を食わねば戦はできないからな、御主の分も用意させよう」
だが、この村の村長は人が出来ている。
普通の村は、余所者に無償で食事を出してくれたりはしない。
それが依頼を受けた後であれ、まだ何もしていない者に食わせる飯などない。
あっ、因みに紫は妹に設定にしている。兄弟で旅をしているという設定は、結構老人達に受けがいいんだよな。
「ありがとうございます。ほら、紫も」
「あ、ありがとう、ございます」
それにしても、蒲公英畑とはまた洒落たもんがあるんだな。
前の世界でも画像でしか見たことがないし、調べるついでに観光と決め込むのも良いかもしれない。
とりあえずまずは腹拵えだ。
紫を連れてこの方、ろくなもの食べさせてあげられてなかったし、これを機に人間の食事を覚えさせられるだろう。
おれとともに行動する以前も、大したもの食べてなさそうだしな。
ーーー
「人間の食事はどうだったか」
「……美味しかった」
食事が終わる頃には辺りは夕暮れを迎え、おれと紫は休む場もまだ設けられてもいない為、一足早く蒲公英畑へと向かっていた。
紫には悪いが、おれ自身味付けが微塵もされておらず、焼き加減もいい加減でお世辞にも美味いとは言えなかったな。
まだ何もしてない者にはこれぐらいが限度なのか、はたまた味付けの概念があの村にはないのかは定かではないが。
「今度、都についたらもっと美味いもの食べさせてやるよ」
都へ行くなら物売りでもしようか。自作の日用品を出店でもして売れば金が入る。
どの世界でも、日用品の便利グッズは需要があるのだ。
結構孫の手なんかは人気があるんだよな。
そうだ、手に入れた金で紫に新しい服を買ってやろう。
解れは直してはいるが、未だにボロボロの布切れを着せているのが現状だ。流石にそれだと目立ってしまうのでドテラを貸してあげているが、そろそろちゃんと服装を用意させたいしな。仕立て屋なんかに行けば紫に似合うのがあるだろう。
「……うん」
と、都についたらの紫コーディネートに花を咲かせていると、遂に辺りは暗闇に覆われていく。
だからと言っても月明かりがあるから、おれでもある程度の視界は確保できている。
「生斗、一つ聞いてもいい?」
「んっ、なんだ?」
「なんで生斗は、私にそこまでしてくれるの? た、確かに責任もてとは言ったけど、ここまでしてくれるなんて、思ってなくて……」
急に何を言い出すかと思えば、そんな事か。
いや、そうだよな。紫からすればそう疑問に思っても仕方ないか。
「この世界の連中がどうなのかは知らないけど、まだ右も左も分からない子供を放っておけないだろ。それが保護する余裕があるなら尚更な」
食事面はともかく、一人ぐらいなら外敵から護ることなら出来る。それに紫には言わないが、長年一人旅をしていると、人肌恋しくなるもんだからな。
「心配すんな。お前が自立するまで面倒見るから」
「わ、私は妖怪なんだよ? 人を襲うかも、しれないのに……?」
「まあ、普通なら妖怪を匿ってるのがバレたら、おれも危ないかもな」
追い払われるどころが、打首になる可能性のが遥かに高い。まあ、その前に速攻で逃げ果せるが。
「でも紫、おれの考えはな。人間も妖怪も同じなんだよ。どっちにも良い奴と悪い奴がいて、お互い悪い奴が目立って見えて忌み嫌ってる。おれは妖怪でも良い奴をいっぱい知ってる」
妖怪は人間とは比較にならないほど力も強いし、異端の術を使う。
だが、人間の負の想像が生み出した化生だとしても、結局は人間が生み出した者。
生まれ持った性により、人は襲えど話せば分かる奴もいる。
「だから紫、お前は良い奴でいてくれよ。そして、人間の良い所を見つけてくれ。おれが紫に望むのはそれだけだよ」
紫は何れ大妖怪となる。
その時、人に災いを降り注ぐ存在となるのなら、おれは紫を斬らないといけない。それが、育てる上でのおれの責任だ。
「____________心配しないでよ。生斗の手を汚すような事には、させないから」
紫はおれの発言の意味を理解していたようだ。
この子は、本当に頭が回る。おれの教えた事は全て一度聞いただけでその倍以上を経験値として蓄えられるような子だ。
立派に自立してくれる日も、そう遠くはないだろう。
「因みに、良い奴に私は入るのかしら」
「「!?」」
突如として、上空から聞こえた声に、おれと紫は驚愕し、一斉に上を見上げる。
するとそこには、樹木の分け目に腰を掛けた、緑髪の女性が不敵に微笑みながら此方を見下ろしていた。
その瞳には見覚えがある。
いや、顔も服装も、その日傘にも見覚えがある。
「幽香、か……?」
正確には、
②話 思い出の花(妖怪)ですね。
当作品の原作キャラの中で一番印象に残っている人(神)妖
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八意永琳
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綿月依姫
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綿月豊姫
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洩矢諏訪子
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八坂神奈子
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息吹萃香
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星熊勇儀
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茨木華扇
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射命丸文
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カワシロ?
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八雲紫
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魂魄妖忌
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蓬莱山輝夜
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藤原妹紅