①話 雨上がりの吉日
清々しい、とは程遠いほどに湿きった天気。
梅雨時であることもあり、ここ数日は天からの恵みが止めどなくおれのいる山道に降り続ける。
自家製の蓑笠も、そろそろ乾かしたいんだが。
「はっ、はっ、はっ!」
何時になったら止むもんかね、この雨。
地が緩んで歩き辛いし、じめじめして気分も暗くなる。
それに視界も悪くなっているからか、人里が全然見つけられていないので、備蓄がそろそろ底をつきそうだ。
猪あたりでも狩ろうかと思ったりもするが、こう雨が続くと気分がな……
「はっ、はっ……きゃっ!?」
「んっ?」
蓑笠で少し聴覚が悪くなってはいるが、今確かに女性の悲鳴が聴こえたような……あれか、おれが最近人と話してなさ過ぎて遂に幻聴でも聴こえ始めた感じか?
「はあ、はあ、くっ」
「随分と逃げ回ってくれたな、この餓鬼が」
「お前は生きてちゃいけねぇ存在なんだよ。今のうちに始末させてもらうぜ。恨むんならお前がそんな『能力』を持ってしまった運命を恨むんだな」
いや、幻聴ではないな。おれの幻聴にむさい男共の声は聴こえないようにできてる。
よくよく見たら、おれの進路方向の奥で樹木にもたれかかった少女が、大柄の男共に囲われてる。
「な、なんでよ! さっきまで仲間って……」
「事情が変わったんだよ。お前みたいな危険因子がのさばってたら危ねえからよ」
「まだ芽の状態のお前なら俺らでも踏みにじれるって寸法よ」
「な、何よ! それってつまり、私が大人になったら勝てないと公言している弱者じゃな______ゔっ」
「言葉がなってねぇな糞餓鬼。死ぬ前に教育してやってもいいんだぞ」
「一緒に大人にしてやろうか? まわして身も心もぐちゃぐちゃにしてやろうぜ」
腹部を思いっきり蹴られ、前のめりに倒れる少女。
その少女の頭を踏みつけ、ぐりぐりと地面に押し付け、両手を拘束しだす男共。
おいおいおいおい、これって犯行現場を目撃してしまってる感じか?
どうする、ほっとく? 見た感じ、こいつ等全員人間じゃないっぽいし、放っておいても問題なさそうだが……
これを見過ごして、果たして
もしあいつがこの場にいたら、見過ごすおれをぶん殴りそうだな。
「はあ、仕方無いな」
「おい、なんだ貴様」
「ぎゃははは、運がなかったなお前、妖怪である俺らに見つかるなんて。なあに心配するな、こいつをまわすのをたんまりと見せつけてから、四肢を引き裂いて食ってやる」
どうせ、気付くには遅い距離までは近付いてしまってたんだ。
選択は元よりなかったしな。
それなら、人助けをして気持ち良く眠れればそれでいいや。
「そこの嬢ちゃん。お前は悪い妖怪か?」
「えっ、わ、私?」
「お前以外嬢ちゃんなんていないだろ。まあ、この中に玉無しがいたら別だけどな」
「何言ってんだこいつは? 急に死が決まってとち狂ったか」
深く被っていた蓑笠を上へ上げ、改めて前を見る。
おれの身長が百七十ちょいだから……うん、みーんな二百は優に超えてるね。
これはやりがいがありそうだ。
「わ、私は悪くない! それに、私は嬢ちゃんでもお前でもない____________紫よ! 何でもいいから助けなさいよ!」
「おう、自己紹介をしてくれるなんて偉いな、紫さんや。だが、人に頼むときはもう少し言い方ってもんがあるぞ」
「なに悠長に話してんだお前は!!」
「なめてんじゃねーぞ糞が!!」
「うわっ、危ね」
手が早いなこいつ等。
そんなんじゃ女に嫌われるぞ……てまあ、少女に対してこの対応じゃ、もう手遅れか。
「紫が自己紹介してくれたなら、おれも言わないと失礼だよな____________おれは熊口生斗って言うんだ。永遠の齢十八だから、そこんとこよろしく」
「今から死ぬ奴の名前なんて知るかよボケがぁ!!」
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ーーー
「痛ったぁ、ほんと最近ツいてないな。まさかとどめを刺そうとした瞬間に滑って転けるなんてな」
「……」
戦闘中だろうとお構い無しに降り続ける雨が、視界を悪くし、地上も滑りやすくなっていたこともあって予想よりも手こずってしまった。
今は近くに廃小屋があったので、そこで少女と自身の応急処置をしている。
「腹は大丈夫か? ちょっと見せてみろ。あっ、別に邪なこと思って言ってるんじゃないぞ。蹴られた箇所次第じゃ内蔵とか肋を折られてるかもしれないからな」
「……大丈夫よ、今はもう、痛くない。それに私、妖怪だから」
「ああそうかい、なら身体拭け。そのままじゃ風引くぞ。知ってるからな、妖怪といえど風邪は引くらしいぜ」
自家製バッグから布を取り出し、紫に投げ渡す。
勿論、妖怪が風引くという情報は真っ赤な嘘だ。少なくとも妖怪の山の連中は年中無休でピンピンしてた。
「怖く、ないの?」
「なにが?」
「わ、私の事が怖くないの? 妖怪なんだよ?」
ああ、そのことか。あまりにもおどおどしてたから、普通の少女だと見間違えてたよ。いや、妖怪だとは一目で分かったけど。
この時代の人間ではまず見ない、軽くウェーブのかかった金髪ロングの時点で察しがつく。
茶色だったり青色だったり、妖怪の髪の色は結構派手で分かりやすい。
「ああ、すまん。お前よりも怖ーい妖怪には、これまでに数え切れないほど見てきたし倒してきたからな。今更紫を見て怖いなんて思えんさ」
「馬鹿、にしてるでしょ!」
なんだよ、怯えたり怒りだしたり忙しいやつだな。
おれはただ怖くないよ、て伝えたいだけなんだけどな。
それを素直に言えって? 素直じゃないのがおれの性分なんだからしょうがないじゃない。
「それで、紫はなんであんな大男達から追いかけられてたんだ?」
「んぐっ……!」
先程、紫はあの男共の事を仲間だとか言っていた。
恐らく、これまで何らかの理由で行動を共にしていたのだろう。
それがある理由で仲違いを起こした。
「どうせ貴方も、理由を聞いたら襲ってくるわよ」
「能力のことか?」
「うっ、何故その事を……」
「いや、大声で男達が話してたからな。流石に予想がつくだろ」
それにこの少女から発せられる妖気。
そこらの妖怪とは比較にならないほどの気配を感じる。
これ程の妖力の持ち主なら、あの男共も軽く一蹴出来たと思うんだが。
「別にどんな能力か分かったところで、殺したりなんかしねーよ。紫がおれを殺しにかかってこない限りはな」
「そ、そんなこと……しないわよ」
荷物から干し肉を取り出し、霊力で生成したナイフで半分にし、紫に渡す。
「いらない」
「折角拾ってやった命なんだ。食わなきゃお前は餓死して、おれの助け損になってしまうだろ。安心しろ、毒は入ってないから」
干し肉を齧り、毒がないことを証明してみるが、一向に紫は食べる気配がない。
さっきからずっと俯いたまま、何かを考え込んでいる様子だ。
まあ、一日断食したぐらいじゃ死にはしないか。
「まあ、深く詮索はしないけど。もう夜も近いし、おれはもう少ししたら寝るぞ。んで、明日になったらここを去るから、後は紫の自由にすればいいさ」
咀嚼しながら、おれは藁を敷いて簡易布団を作り、そのまま寝そべる。
はあ、じめじめするのほんと嫌だな。サラサラなお布団が恋しい。
「あ、貴方は、危機感というのはないのね」
「あっ?」
「だって、妖怪の私を背にして無防備を晒しているもの」
そういやそうか。
うっかりしていたな、紫の言うとおり危機感を欠けていたかもしれない。
「んじゃ、紫はおれを襲うのか?」
「お、襲うわけないじゃない。命の、恩人なんだから」
ボロボロの布切れのような服を掴みながら、そう述べる紫。
そんなに強く掴むと破れてしまうのではないだろうか。
「なら大丈夫だな。紫も早く寝ろよ」
「えっ、え? そんなので信用できるの?」
「なんだよ、お前は信用してほしいのかほしくないのかどっちなんだ」
「いや、そういう問題じゃなくて……そんな簡単に私を信用してくれる、理由があるの?」
理由? そんな事態々聞くなんて意外と疑り深いんだな。
「理由は別に大したことはないぞ。
紫はこれまでに良くしてもらった妖怪達に雰囲気が似てるから、その借りを返してるだけってところかな」
「良くしてもらった妖怪……? そんな妖怪いるわけ無いじゃない。妖怪は人間を襲い、人間は妖怪を畏れる。それが摂理なんじゃないの」
紫の言うのも一理ある。
妖怪は人間の畏れの具現化であり、その畏れという存在意義がなければ力は弱まり、最悪消えてしまう。
そんな中、妖怪と人間が仲良くするだなんて、普通なら考えられないだろうな。
「世の中は広いってこった。それに紫だって、人間であるおれに助けられて、少なからず恩義は感じてるだろ?」
「それは、そうだけど……で、でも______」
「まあ、紫にも何れ分かる日が来るさ」
いきなり分かれと言っても、頭の硬そうな紫にはまだ理解してもらえないだろう。
それなら、別に無理に説こうとする必要はない。どうせ今日限りの関係だしな。
「んじゃ、おれは歯磨きしたら寝るから、紫もさっさと寝ろよ。夜行性なら無理にとは言わないけど」
「……寝る」
歯ブラシもお手製、といっても馬の毛とかではなく、柳の小枝を使った歯木という代物だが。
旅を始めてから、色んな村や都に行っては必要必需品を自分で作れるよう精進してきた甲斐があったってもんだ。
今ならこの歯木も、材料があればものの数分で作れる自信がある。
これまでの苦労をしみじみと感じながら、歯を磨くため一旦小屋から出る。
「雨、全然止まないな」
夜で周りはよく見えないが、音でどれだけの雨量が降っているのかは分かる。
これはまた、明日は泥だらけの旅になりそうだな。
いい加減、一度腰を下ろせる場所を見つけたいもんだけど。
ーーー
「すぅ……すぅ……」
歯磨きを終え戸を開くと、小屋の端の方で縮こまった状態で寝息を立てる紫の姿が目に映る。
こんな短時間で熟睡しているところを見ると、今日は相当疲れていたようだな。
「不用心なのはお互い様だな」
こんな美少女、普通の男なら襲ってるところだぞ。
おれは聖人だから襲いませんがね。合意のない夜這いはNG案件です。
……と、馬鹿な事を考えてしまったが、
「この格好じゃ、ほんとに風邪引くぞ」
ドテラを紫に被せると、心なしか少しだけ紫の表情が緩やかになった気がする。
まあ、梅雨時だからか、少しまだ肌寒いからな。
おれはまあ、寝辛いが蓑があるから寒さは大丈夫だろう。
んじゃ、おれもさっさと寝るとしようかね。
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小屋の隙間から差す日差しは、昨日の雨とは打って変わって晴天を報せる合図となる。
おれは久々の晴れに歓喜し、早々に身支度を整え、小屋を後にした。
そう、したのだが____________
「なんでついてくるんだよ」
「わ、私の勝手でしょ」
昨日助けた紫さんが、何故かずっと後をつけてくるんです。
助けてください、美少女にストーカーされてます。
「そ、そもそも、助けたらそのままなんて酷いじゃない。一度手、を出したのなら、最後まで責任持ってよ」
「はあ……おれにそんな事する義理はないだろ」
おどおどしている割にかなり図々しいな紫のやつ。どっかの怨霊みたいだ。
「だとしても、無理矢理でもついていくから」
「うーん……」
今の紫に身の拠り所がないのは、なんとなく分かる。
だから無理にでもついてこようとしているんだろう。
一人だとまた昨日のように襲われてしまうから。
紫程の妖力の持ち主なら一人でも……
____________いや、それは違うかもしれない。
「紫、お前何歳だ」
「何歳……かはわからない。ただ、目覚めたのは四日程前よ」
「よ、四日前?!」
四日前て、ほぼ幼児じゃねーか。
それでも言葉は使える辺り、人間から妖怪に転生したパターンっぽいな。本当はどうかは知らないが、四日程度で普通に会話が成り立つほど話せるのは流石におかしい。それこそ、超弩級の天才かでないと不可能だ。
それじゃあ力の使い方も何も知ってるわけないよな。
いや、それよりも紫程の妖力の持ち主が、無理に使おうとして暴走させでもすれば、それこそ沢山の人間や妖怪が死ぬ事になりかねない。
「こ、これはとんでもない奴を助けてしまったかもしれない……」ボソッ
そんな紫を放っておけないし、放っておくわけにもいかない。
この世界を生き抜く術がなければ、紫は野垂れ死ぬか、周りを巻き込む大惨事を巻き込みかねない。
「……分かった、ついてこいよ。その代わり、おれの指示は必ず言うことを聞くこと。それだけは約束しろよな」
「……!! わ、分かった!」
まさか、百五十年ぶりにまた誰かと旅を共にすることになるとは、思いもしなかったな。
ま、一人で黙々と旅するより、誰かと一緒の方が、幾分かはましになるし、ポジティブに考えていこうではないか。
あれ、これ浮気にならないよな?
だ、大丈夫だ。おれに邪な気持ちはないし、保護という名の大義名分がある!
当作品の原作キャラの中で一番印象に残っている人(神)妖
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