_____なんだ……身体が思うように動かない。
……ここは何処だ。
おれはさっきまであの屑野郎と……
『熊口さん、______しましょうね』
この声は……翠か?
翠、そうだ翠だ。あいつが話始めたときに急に意識が飛んだんだ。
ここは何処だ、翠お前はおれに何をしたんだ。
『……』
答えろ! 村の皆は、あの屑は今どうなっているんだ!
「翠!!」
咄嗟に起き上がると、そこには見慣れない物置小屋のような部屋が眼に映る。
「ここは……」
左腕はないが、止血はされており、欠損箇所は綺麗に包帯が巻かれていた。
翠は____あいつがいるときの妙な感覚がない。
あいつ一人で外を出歩ける筈がない。
きっと側にいる筈____
「こいつは……」
玄関口には、鍬を持ったまま倒れている村人がいた。
呼吸音がしている辺り、死んではいないようだ。
……まさかあいつ!!
「ぐっ!?」
ある最悪の予想が脳裏を過ったおれは、急いで立ち上がろうとする。
しかし、それは口から出た大量の血により阻まれてしまう。
いや、予想ではない。確信だ。
あいつは一人で、あの屑を倒そうとしている。
「ふぅ、ふぅ! がはっ!」
お前は被害者だ。
これ以上自分を傷つけようとするなよ。
なんでおれに任せてくれない。
……事の発端は、おれにあるというのに。
あの時お前は、おれは悪くないと言ってくれた。
でも結局、おれが関わっていた。あの屑はおれへの復讐のために見境なく国や村を荒らして回った。
なんでこんな応急処置までしてくれたんだ。
本当は、おれの事も憎い筈だろ……
『熊口さん、______しましょうね』
「!!?」
朧気な意識の中、翠がおれに言ったであろう別れの言葉。
その発言を、恨んでいる相手にするであろうか。
……おれは、酷い勘違いをしているのではないか。
こんなところで、悔んでいる暇はあるのか_____いや、ある筈がない。
まだ遅くない筈だ。
翠がそう早くやられる訳がない。
ならば、急いでおれも駆けつけなければ。
翠がおれの事を恨んでいるかなんて、あの屑を倒してから聞いても遅くはない。
それにあの発言が本当なら、翠は_____
「う"っ……」
とりあえず、この身体では、すぐに駆け付けるのは無理そうだな。
一度リセットするか。
____さあ、褌引き締めるぞ。
______________________
「ここまで食らいついてきたのは貴様が初めてだ」
「くっ……」
額に青筋を浮かべ、拳を握り締める副総監に、先程よりも若干存在が薄くなりつつ翠。
「(少し掠れただけでこの威力……直撃すれば一溜まりもないですね)」
「(ちょこまかと小賢しい奴め。これでは奴に蓄積ダメージを流せん……こうなれば____)!!」
お互いが思考する中、先に行動を起こしたのは副総監であった。
「ふんっ!」
その踏み込みは大地を震わせ、その巨躯から放たれる体当たりは全てを吹き飛ばす。
眼と鼻の先……寸でのタイミングで翠はかわすが、体当たりの風圧により態勢を崩してしまう。
「(速い……!)」
初撃は元々布石でしかない。
その証拠に初めから外すのを前提としか思えないほどの早さで切り返し、翠に向かって再度突撃しており、既に人一人分の距離まで肉薄していた。
「足元ががら空きですよ」
「ちっ!」
目前まで迫ってきていた副総監に、何も驚く様子もなく翠は崩された体勢を利用し、地面についた左腕を軸に肉薄してきていた副総監の脛を蹴り抜く。
「……怨霊であるというのに、物理で攻めてくるのだな」
「意外に多いですよ。首を絞めたりなぶり殺したりする怨霊は」
副総監は気付いていない。
翠が攻撃と同時に呪いをかけているという事実に。
だが、その効果も大妖怪の力と副総監自身の強靭な肉体により効果をほぼ無効化されてしまっているため、本人は呪いをかけられていないと思い違いをしているのだ。
「(これまで熊口さんで練習してきた精神汚染や状態異常も効果なしですか。まあ、想定内です)」
呪いを解き、自身の霊力へと変換させていく翠。
その間に副総監は立ち上がり、再度身構える。
「何をぼーっとしている。背中を見せていたのだぞ、好機ではなかったのか」
「あっ、すいません。あまりにも無様に転けたので、罠だと思ってました」
「……貴様は、余程の命知らずのようだな。ただで済むと思うなよ」
「もうとっくの昔に死んでるので、自分の命の尊さなんてとうに忘れてしまってますよ」
翠の減らず口に、青筋を浮かべる副総監。
元々が短気である彼には、素で毒舌を吐く彼女の言葉だけで、堪忍袋の緒を切れてしまったようだ。
「面白い。貴様には、熊口部隊長に与える予定であった
「どうせこれまでの攻撃に毛が生えた程度の代物でしょう。半分なんてせこい真似せず、全部私に当ててみたらどうです?」
言っていろ______と、副総監は呟くと同時に、周りに円形に配置した弾幕を繰り出す。
「一つ一つが我が怨念を敷き詰めている。当たれば熊口部隊長と同じ目に遭うぞ」
生斗が戦闘不能にまで追い込まれた毒の正体は、副総監の呪いによるものであった。
その正体を知っていた翠だからこそ、生斗の全身を犯しつつあった呪いの進行を止めることが出来たのだ。
怨霊にとって呪いは専門分野であり、解く方法も熟知している。
しかし、そんな彼女でさえ生斗の呪いを解くまでには至れなかった。
それほどまでに副総監の呪いは強力であるため、これから襲い掛かる弾幕の全てを避けなければならない。
「(怨霊に呪いですか。良い皮肉ですね)」
密度の高い弾幕であれ、そこには隙がある。
針に糸を通す以上の繊細な機動力が必要とするが、そんな心配など、翠は何ら感じていなかった。
あるのは、副総監に渾身の一撃を叩き込む意思のみ。
「逝けぇ!!」
副総監の号令とともに放たれていく呪いを含んだどす黒い弾幕が放たれていく。
「!」
一歩判断を誤れば直撃し、瞬く間に次々と着弾させてしまう恐れがある高密度の弾幕を、神経をすり減らしながら前進していく翠。
目前には闇に紛れながら高速で飛び交う弾幕、常人どころか生斗が眼を霊力で強化しても避けるのが困難である代物であるのだが、幽霊である翠の視覚は人間の頃とは似て否になるものであり、副総監と同じく闇夜でも的確に弾幕を捉えることができる。
「何故当たらぬのだ!?」
闇夜に紛れ高速で飛び交う漆黒の霊弾。シューティングゲームで言えば鬼畜難易度といっても過言ではなく、これまでにこの弾幕を攻略された記憶の無い副総監は、思わぬ事態に焦りを見せる。
「まさか、これがとっておきなんてことはないですよね」
「!! ……安心しろ、これはただの前座に過ぎんわ!」
より一層に弾幕の密度と速度を上げ、迎撃に当たる副総監。
それに対して最小限の動きと霊弾で退けていく翠。
時には緩急をつけ、時にはブラフの弾幕を、極めつけには不可避の弾幕を加えているにも関わらず、彼女を止めるには至らない。
「(弾幕の弱点は力が分散すること。不可避であれ、一点に焦点を当て攻撃を加えれば、自ずと活路は見えてくるものです)」
「くぅ!!」
遂に翠の霊弾が副総監に着弾し始める。
「(重い……!!)糞がっ!」
何重もの分厚い弾幕を掻い潜り、正確無比の霊弾が副総監に襲い掛かる。
肘、鳩尾、左太腿、脇腹__________一発一発が殺意の込められており、当たる度に副総監は後退りし、弾幕が乱れ隙が生まれる。
「!!」
そして遂に、翠が待ち望んでいた好機が訪れた。
「があああ!」
副総監の顔面に、霊弾が直撃したのだ。
彼の視界が一瞬、衝撃と共に失われるこの瞬間、翠にとってまたとない好機、乱れた弾幕をすり抜け距離を詰める。
「こんにちは、屑野郎」
目頭を押える副総監の前へと肉薄に成功する翠。
まだ完全に戻らぬ視界をなんとか稼働させ、彼女の朧げな姿を認識した副総監は、
「くくっ、貴様はこの私に近付きたくて弾幕を掻い潜っていたのか。それなら幾らでがばふ!!?」
「もう、喋らなくてもいいですよ。疲れるでしょう」
裏拳で副総監の顎を打つ翠。
間髪入れずに肘で鳩尾を貫き、あまりの激痛に退いた副総監の側頭部に回し蹴りをお見舞いする。
「ごひゅっ!?」
左によろめく副総監を助長するが如く、喉輪で押えながら力任せに頭から地面に叩きつける。
後頭部の衝撃と喉を押さえつけられることにより呼吸困難に陥った副総監の口から人から発声しえないような奇声が上げられる。
「これで終わりです。せいぜい………………!!?」
渾身の右拳で、副総監の頭部を潰そうとした翠は、ある異常事態に気付く。
副総監の右腕が、先程までとは比較にならないほど黒く変色し、膨張していたのだ。
「(まずい!)」
翠自身、これまで経験したことのない悪寒が走り、副総監の背中を蹴って距離を取る。
「はあああ!!」
ただがむしゃらに、振り下ろされた副総監の右腕が地面へと深く突き刺さる。
その瞬間、副総監を中心に地面が盛り上がっていき、そこから生まれた亀裂から真空波が結界内に放たれていく。
「あぐっ!?」
「ま"だごの"でい"どでずむ"どおぼう"な"よ"!!」
突如として現れた無数の真空波が、回避の遅れた翠に襲い掛かる。
「……!」
「ふんっ!!!」
姿を消すことによりなんとか回避する翠。
彼女が何度か見せたそれは、己の存在を一時的にこの世とあの世の境に送る危険な技であり、一度に多量の霊力を消費してしまう危険な技。
しかし_____
「うぐっ!?」
「ごの"私に"同じ手な"ど温い"わ"!」
そんな危険な技であっても、既に喉の修復を終えつつある副総監に見切られてしまっていたのだ。
先程のお返しにと言わんばかりに、掴まれた喉元を強く押さえられ、翠は苦悶の表情を浮かべる。
「咄嗟に出る既見の回避技など、読むに容易い」
「ぐっ!」
翠の力は、鬼に匹敵する。
そんな彼女が、喉元を締めてくる腕を両手で握り締め、顔面に蹴りを入れても尚、副総監は揺るぐ気配はなかった。
「はがっ!?!」
「締める手を強めるだけで薄くなっていきおる。これは良い余興だ」
消えて回避しようにも、今しがた使った反動で使用する事が出来ない。無理に使用すれば、それこそ二度とこの世へは戻れなくなる。
「あああ!!」
「良いぞ、もっと喚くのだ。これから更に叫びたくなるよう『これ』を見せてやろう」
「!!」
足掻き悶える姿を見て、恍惚とした表情をする副総監。
先程見せた右腕が再度筋肉の膨張を生じ始め、既に人差し指の第一関節のみで優に成人の頭程の大きさがあるほどであった。
「先程宣言したであろう。
「うぐぅっ!!」
副総監の言い放っていた『とっておき』とは、呪い付きの弾幕ではなかった。
副総監が受けてきたダメージの蓄積を、何千、何万年と蓄積させてきた恨みの力を、翠一人の身体で受け止める。
そんな事が可能か否かどうかは、彼女自身が一番よく分かっていた。
「さあ、暴れろ。さもなくば軽く消滅する……?」
遂に追い詰めた相手を痛ぶろうと、締める力を強める副総監。
そんな彼だが、ある不可解な点に気付き、その表情に濁りが生じる。
「何故足掻きを止める。本当に逝くぞ」
「ぐぅっ!」
「苦しみのあまり足掻く気力さえ無くなったか_____いや、貴様の眼は死んでいない」
喉元を抑えられているため、話すこともままならない翠であったが、両腕を駆使しなんとか指一本ほどの隙間を開け、
「さっきも、言いましたが、半分なんて、せこい、真似してないで、溜めてる全てを、だしなさいよ。でないと、後悔、しますよ」
「何を馬鹿なことを言っておる。後悔するのは、喧嘩を売る相手を間違えた貴様の方だぞ」
開けた隙間を直ぐ様抑えられ苦悶の表情を見せる翠。怪我はなくとも痛みは人間と同様に感じるため、窒息することはないが、終わることのない苦しみが襲い掛かる。
だというのに、彼女は苦しみながらも笑みを見せる。
「煽りなど受けんぞ。先程決めていた通り、とっておき_____これまでこの私が生涯受けてきたダメージの半分をくれてやる」
副総監の右腕の筋肉が膨張を始め、それに比例して血管は浮き、肌の色が青黒く変色する。
「この腕に触れたとき、貴様は終わるだろう。何か言い残すことはないか」
「うっ……」
喉元を掴んだ腕に力を込め、最後の発言すらも許さない。
「ぐふふっ、言い残すことはないようだな。ならば____さようならだ」
膨張した右腕を構え、翠の頭部へ狙いを定める。
そして副総監の右腕は、有無を言わさぬまま無情にも振り下ろされた_____
「一つ言い忘れていました。受けるのは私ではありませんよ」
_____かに見えた副総監の右腕は、翠ではなく制御を失った自身の左腕へと直撃していた。
生還記録の中で一番立っているキャラ
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熊口生斗
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ツクヨミ
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副総監
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翠
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天魔