東方生還記録   作:エゾ末

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3.5章 因縁の相手との戦闘
貴方の役目ではない


 

 当たり前の日常なんて、瞬く間に変わっていくのが常だ。

 

()()()()だと感じているもの、平凡だと思っていたものが、本当は非凡の集合体であるのだ。

 

 後悔なんて誰もがしたくはないだろう。

 しかしどんなに用意をしていたとしても、後悔というものは必ずついてくる。

 

 

 ____そして気付くのはいつも、大切な()を無くしてからなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 妖怪の山を抜け出してもう、何年が経過したのだろうか。

 おれと翠は村や都を点々としながら旅を続けていた。

 

 

「お腹空いたなぁ」

 

 

『この前に会った仙人みたいに霞でも食べれば良いんじゃないですか?』

 

 

 

 望んでもないのに日射しは容赦なくおれの皮膚を焼き、出したくもない汗が延々と滲み出てくる。

 山道で珍しく人によって舗装された道が出来ていたから、村が近くにあるのかと思い歩き続けていたが、一向に村に着く様子はない。

 

 

「あー、前に滞在していた時に偶然会ったあの仙人か。確か都にいる権力者に道教を布教するとか言ってたな」

 

『執拗に熊口さんを誘ってましたよね。仙人の素質があるとか』

 

 

 

 確か人間にしては珍しい青髪に天女のような姿をしてたよな。

 仙人といったら頭皮が死滅したよれよれのお爺さんを想像していたけど、ここでもおれの思い描いていた固定観念を打ち崩された。

 

 

「興味なかったからな。それに欲を捨ててまで生きようとも思わなかったし」

 

 

 そもそもおれ、仙人にならなくても能力上安静にしていれば不死身だし。

 

 

「そういえば翠、次の村に着いて滞在の許可が得られたらおれの()()使って良いぞ」

 

 

『おっ、熊口さんから言ってくるなんて珍しいですね。それじゃあお言葉に甘えて使わせてもらいますね』

 

 

「おれが言わなくても勝手に使ってくるからだろ……あれ、急にされたらおれの意識が飛ぶんだからな」

 

 

 

 身体を使わせる、というのは勿論いやらしい意味ではなく、翠におれの身体の占有権を渡し、外でも行動出来るようにさせることだ。

 

 翠は自分では外、というより家の敷地より外に出ることが出来ない。

 何故そのような面倒な縛りがあるのかは不明だが、そんな事もあり放っておくとどんどん翠の機嫌が悪くなってしまう。

 なので定期的にこうやって身体を貸さないと、癇癪を起こされて厄介なので定期的に仕方なく、本当に仕方なーく貸してあげているのだ。

 

 よくよく考え……なくてもめんどくさい奴だよな、この怨霊。

 

 

『全て筒抜けな上で言っている辺り熊口さん、さては自殺志願者なのでは……?』

 

「おれの本心はお前が一番知ってるだろうに、何今更言ってんだか」

 

 

 年がら年中心の声を読まれるおれの身にもなってほしい。

 それで少しでも邪な考えでもしてみろ、この怨霊は容赦なく弄り倒してきおるからな。

 

 これもうおれじゃなきゃ精神やられてるレベルじゃないだろうか。

 

 

「そう考えるとおれって凄いな」

 

 

『はいはい、熊口さんは凄いですよ。でも頭の螺子が幾つか吹っ飛んでいるということを自覚してくださいね』

 

 

「何を言うか。おれのような聖人君子の頭の螺子が外れているわけないだろう」

 

 

『そう自分で言ってる辺りが、もう既に謙虚という螺子が外れています』

 

 

 その言葉、そっくりそのまま翠に返したい。

 こいつ、たまに自分の事を美少女とか容姿端麗とか宣ってたよな。

 ……おい、誰だ似た者同士と言った奴は。熊さん怒るから名乗り出なさい。

 

 

 

『それよりも、もうすぐみたいですよ』

 

 

「何がだ?」

 

 

『村ですよ。この山を越えた先に複数の生気を感じます』

 

 

 

 漸く着く目処がたったか。

 それにしても随分と長く舗装されてるよな、この山道。

 まるで巨大な獣でも引き摺ったような粗さはあるが、この道を見つけた時点で道は続いていたからな。

 誰か余程の物好きが舗装したのか、それともこれから行く村にはそれだけの価値があるか____まあ、考えたところで仕方ないか。

 実際に村に行って確かめてみればいいさ。

 

 

『熊口さん、ちょっと待ってください。少し嫌な予感がします』

 

 

「嫌な予感?」

 

 

『いや、根拠はないんですが、何故か胸がざわつくんです』

 

 

「勘ってやつか」

 

 

 おれは特に何も感じないけどな。

 だが、翠の勘は無下にしていいほど命中率が低いわけではない。

 前に野宿をする準備をしていたときも同じような事を言って実際に野獣の襲撃を受けた事がある。

 

 一応だが、何時でも逃げられるよう靴紐を結んでおくか。

 

 結構あるんだよな、排他的な村が。

 村に入ろうとする輩を容赦なく武器を使って追い払ってくる。

 余所者をそう易々入れたくないのは分かるので、その時は諦めてその村を後にするが、気分的には優れなくなるよな。

 折角見つけた村なのに、武器を構えて出ていけと怒号の声をあげられる。

 気分がよくなるわけがない。

 

 最近ではその村で困っていることの解決や農作業等を手伝うことを条件に出すことによって、滞在させてもらえる確率をあげることは出来たが。

 

 それでも悪徳な村はあるんだよな。妖怪が出て困ってるので退治してくれと条件として出されたので退治したら、その瞬間から村人の態度が一変して村から追い出された事もあった。

 

 

『大丈夫です。その村にまた災いが起こるよう呪いましたから』

 

 

「お前、いつの間にそんなことしてたのか」

 

 

 本当は止めるべきなんだろうが、そう考えるとあのときの鬱憤が一気に晴れやかになったので、したくはないが翠に感謝しよう。

 

 

 さあ、無駄話はこの変にしておいて、早くこの山を越えないとな。

 急がないと日が暮れてしまう。

 

 

 

『気を付けてくださいね。熊口さん、貴方の命は()()()()()んですから』

 

「そんなの分かってるよ」

 

 

 結構気軽に命を消費させているおれを戒めさせてるんだろうな、翠は。

 確かにストックは残り少ないが、もう少しすればまた一つ増えるから大丈夫だろう。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『何が大丈夫ですか。見ている此方の身にもなってくださいよ』

 

 

「なんだ、珍しく心配してくれてるのか? 遂にデレたかこの怨霊め」

 

 

『熊口さんが完全に死んでしまったら私も成仏してしまうからですよ。勘違いしないでください』

 

 

 はいはい、今更取り繕っても無駄だって。

 やー、熊さん困っちゃうな~。

 

 

『村に掛けたのと同じ呪いかけてもいいですか?』

 

 

「馬鹿野郎、そんな事したらおれが死んでしまうので止めてください」

 

 

 

 

 いつもこのように翠と無駄話をしながら旅をするのが意外に心地好い一時だと感じるのは、おれがマゾだからなのだろうか。

 

 傍から見たら独り言を延々と話しているやばい奴だけど。

 

 こんな日がいつまでも続くのではないかと、この時まで考えていた自分がいた。

 

 そんな甘い考えが通用する世の中ではないと分かっていたのに。

 

 結局その考えは、目的地である村へ着くと同時に崩れ去る事になるのだが、この時のおれは知る由もない。

 

 

 

 

 

 ______知りたくもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

「貴様を捜していたよ。この村を根城にして本当に良かった」

 

「……」

 

 

どうやら、相当な事が起きてしまったらしい。

 

村の入口には誰一人としていなかった。

おれが大声で村内に呼び掛けても誰一人として反応する者がいない。

人の気配はあるのに、と不思議に思ったおれが村内に足を踏み入れたとき、()が突如として門付近にあった藁の山から現れ、瞬く間におれの左腕を持っていったのだ。

 

 

 この妖力……いや霊力か? 以前とは比較にならない程どす黒いオーラがあるが、前に感じたことがある。

 

 

『……こいつです。こいつで間違いありません』

 

「ほんとかよ……」

 

 

 欠損部の出血を抑えるために霊力を集中させ止血を試みる。

 この処置により幾分かはマシにはなったが、それでも血が止まる気配はない。

 

 ……いや、そんなことはどうでも良い。

 目の前にいる奴の姿は、人間とは到底思えないほど鍛えぬかれており、身長は優に二メートルは越え、身体も薄赤色に染まっている。

 これが人間と妖怪の力が融合した姿か____

 

 

「貴様のせいで、私はこのように姿を代え、この穢れた大地に留まらなければならなくなった」

 

「何を、言っている」

 

「ふむ、知らないのも無理はあるまい。前の私とは外見も違えば声帯も違う」

 

 

 こいつはおれの事を知っている? 

 何故だ、融合した屑屑の記憶を覗いたからなのか。

 それだとしても、いきなり左腕をもぎ取られるいわれはない。

 

 

「私の名は……と言っても、貴様のような鳥頭では覚えていないだろう_____

 

 ____月移住計画実行時に貴様が歯向かった“副総監”と名乗れば分かるだろう」

 

 

 副、総監_____

 

 忘れもしない。あの時、妖怪達が都に攻めるよう画策し、実行させた人物。

 己の歪んだ選民思想のとためならば大量虐殺も厭わない真正の屑。

 

 

 ____ああ、全てが合点がいった。

 だからこそ、煮えたぎっていた怒りが更に膨張していく。

 

 

「完全に逆恨みじゃねぇか」

 

 

 妖怪大戦でおれは犯人が副総監であることを依姫に話している。

 こいつの言い掛かり的に、恐らく事の顛末はこうだろう。

 月移住後、おれの証言の元調査が行われ、副総監が画策していたことが判明し、月から追放された。

 そして偶然にも出くわした屑屑の精神を乗っ取り、大妖怪の力を持って密告したおれに逆恨みし、今日まで村を荒らしておれを捜し回っていたってところか。

 

 

 …………反吐が出る。

 そのせいで幾多の人間が犠牲になった。生きることを懸命に享受しようとした人達の未来を踏みにじり、こいつは逆恨みを果たそうとしている。

 

 罪悪感は勿論ある。もしおれがあの時、依姫に密告しなければ、皆______翠は、犠牲にならずに済んだというのに。

 

 ならば、だからこそ、おれが決着をつけなければならない。

 己で蒔いた種ならば、責任を持って摘むのがおれの責任なのだ。

 

 

「んぐっ!!?」

 

 

 

 やらなければ、おれが、おれ、が…………

 そんな意思とは裏腹に、おれの脚は膝から崩れ落ち、立つこともままならない状況に陥ってしまう。

 

 

 

「やっと効いてきたか。常人ならば卒倒する筈なのだが」

 

「っっ!!」

 

 

 怒りにより誤魔化されていたからか、ついぞ動くまで自身の体調の変化に気付けていなかったようだ。

 

 ……腕をもがれた際に毒を盛られたか。

 この屑野郎、戦い慣れている。

 その技術を身に付けるまでに、一体どれ程の人間を犠牲にしてきたのか。

 

 

「何故貴様が睨む、熊口部隊長。睨むのはこの私の筈だ。我が計画を挫いた分際で小癪だぞ」

 

 

 お前こそ何をほざいている。

 おれの方こそ、睨む権利がある。

 護ろうとした者を奪い、大切な者達の人生を無茶苦茶にした。

 恨む相手が同一人物だったという事実以外、こいつに存在価値はない。

 今すぐにでもこの世から葬り去りたい。

 

 なのに、身体が言うことを聞いてくれないのは何故なんだ。

 

 ゆっくりと近付いてくる副総監。

 相手から接近してくれるまたとない機会である筈なのに、霊力剣すらまともに生成することができない。

 意識も朦朧としてきた。目や口から、恐らくは血であろう液体が止めどなく流れ出てくる。

 

 

 

「そう簡単には死なさんぞ。死なない程度にいたぶってやる。そうだな、手始めに目玉でもくり抜くか。そしてお次は全身の皮を剥いで火炙りにしてやろう。

 朧気な意識の中、己がこの私に歯向かったことを後悔しながら死ぬのだぞ」

 

 

 周りに視線を感じる。それも周りに点々と建つ家からだ。

 恐らくはこの村の住人。

 ここにいる奴らも、この屑の被害者だ。見放すわけにはいかない。

 

 

「ぐあぁああ!」

 

 

 力を振り絞り、血反吐を吐きながらなんとか立ち上がる。

 

 

「精神力だけは立派なものだ。そうでなければ殺し甲斐がない」

 

 

 この状態でどうすれば切り抜けられる? 

 命を使えば毒を消すことはできるのか? 

 いっそのこと一度死んでみるか? 

 

 勝つにはどうすれば良い。

 こいつを前に逃げるという選択肢はおれにはない。

 逃げればここに残る住人が酷い目に逢うかもしれない。

 やるしかないんだ。おれがやらなければ、これまで犠牲になった人達、そしておれ自身のけじめをつけることができない。

 

 

『____熊口さん、少しお借りします』

 

 

 …………翠、お前何を言って______

 

 

 そうおれが翠に質疑を投げ掛ける前に、おれの意識は突如として途切れてしまった。

 

 

 

 

 

「その役目は貴方ではありませんよ。熊口さん」

生還記録の中で一番立っているキャラ

  • 熊口生斗
  • ツクヨミ
  • 副総監
  • 天魔

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