天狗の長を務めている天魔は、いつも家に引きこもりがちである。
天狗達を束ねるゆえ、そう何処へでも行けないのもあるが、本人が大がつくほどの家好きであるため、たまの休日ですら家を出ずじまいとなっている。
「だからそこにつけこんで悪さをする奴が現れるんだぞ!」
「藪から棒にどうしたんじゃ!? 」
「ずっと家に引きこもってるから、天狗達の近状を把握出来てないんだよ。どうせ大天狗の都合の良い報告だけで済ませてたんだろ」
「うぐっ、た、確かにわしも現場に顔を出すことは滅多にないが……」
その被害者が文だ。
天魔もその事を薄々気付いておれを差し向けたようだが、本来は気になったのなら直接天魔自身が文にコンタクトを取るべきなのだ。
おれなんかの言葉よりも、天魔が言う方が絶対に効果的なのだから。
「今日はとことん天狗社会素より、天魔自身の意識改革をさせてやるからな」
「そ、そんな!」
鬼と天狗との間に情勢の不干渉があるが、おれはそんなの関係ない。
おれは鬼でもないし天狗でもない。
おれは一個人として天魔に口出しさせてもらう。
翠と萃香を無理矢理置いてきたのも、変な茶々を入れられて話が進まなくなるのを防ぐためだ。
「まずは引きこもることを止めろ。たまにでもいいから外に出て天狗達の様子を見に行ってやれ。それだけでも天狗達の意識は変わる筈だ。この前の文の件だって、天魔にも非があるんだからな。ていうかお前絶対薄々気付いてておれに差し向けただろ。分かってるんだからな。そもそも天魔は____」
まさかおれが人に説教をする日がくるとは思わなかった。
だが今回の件で正さねばならない事が幾つもあり、それを改善せねば文のような被害者がこれからも現れてしまう。
その悪い種はいずれ天魔自身の身を滅ぼすことにもなりかねない。
まだ大事には至ってない今ならば、改善の余地は残されている今ならば、おれは旧敵として天魔に説教という名のアドバイスをする。
おれだって一度は小部隊の隊長を務めていたんだ。そこで学んだ知識を天魔に共有するぐらいはできる。
「天魔自身にも天狗達の体制を考えてるのは分かる。だが組織としてではなく個人をよく見ることだ。そして報告の幅を広げろ。一定の上層部にだけ報告をさせれば意見が偏る場合もあるからな。例えば何かやらかした奴と報告する奴が癒着していればねじ曲げた報告がされたりもする」
「ほう……」
天魔もこれまで一人で天狗達を取り纏めてきたのに、ぽっと出のおれに説教をされるのは気分がよくないだろう。
なのに、天魔は眉に皺を寄せることもなく、顎に手を乗せ興味深そうに聞いてくる。
中々に珍しい反応だ。前におれが上司に少しこうしたらどうかと意見しただけで怒鳴られたというのに。
器が違う、んだろうな。
真の上に立つ者は下の者の意見を聞き、それが正しければ改善を図る気概がある。
その点で言えば天魔は上に立つ資格を持った逸材なのだろう。
「____おれがここに来て改善をした方がいいと思った事だ」
「ちょっと待て、今頭で整理しておるのでな」
「ああ」
この後おれが言った改善点を、天魔と二人で具体的な改善策を考えていたが、そんな重大なこと一日ではとても足りず、今後上層部も含めて会議を催す事になった。
うん、言ったはいいがちょっと面倒なことに巻き込まれてしまった。
おれから言い出した手前出席を断ることはできないので、おれその会議には参加になっている。
まあ、仕方ないか。動かずして改革等出来よう筈もないしな。
それにおれから言い始めた事だ。この件に関しては責任を持たなければならない。
「もうすぐ夕飯時じゃの。どうじゃ、詫びも兼ねてここで食べていかんか?」
「いや、飯時には帰ると行ってしまってるからな。悪いが今日は帰る」
「そうか……今回の件は色々と迷惑をかけてしまって悪かったの。それに驚きもした、まさかあの飄々とした熊口が組織の体制に異義を申し立ててきたことにの。それにその指摘が中々に的を射ているときた」
「前におれも組織に属してたからな。その時と天狗社会の良い点と悪い点を比較してみただけだよ」
「おかげで我ら天狗という種族が、また一つ格を上げることが出来る。より良い環境が整わねば成長など出来よう筈もないしの」
天魔に物を言う天狗は恐らくいなかったのだろう。
故に天魔は一人で組織を纏めあげる必要があった。
個人のみでの体制はいずれ限界が来る。文の件はその限界を越えた先で起きた事に過ぎないのだ。
だからこそ、これからはそんな絶対王政を廃止しなければならない。
「それじゃあ帰るわ。見送りお願いな」
「いい加減わしの家の構造を覚えたらどうじゃ? そう何度も迷うような物じゃあるまい」
迷うんだよそれが。新築になってより一層天魔の家は迷路になってる気がする。
「まあよい、少しはわしも動かねばならんしな、ついていこう。ついでにわしも熊口の家で飯を食うても良いか?」
「んー、良いんじゃないか。翠の奴いつもちょっと多めに作ってるし」
「おおそうか! 常々翠の料理の評判は聞いておったのでな。これからの飯が楽しみじゃ」
「どこから翠の料理の評判が広まったんだよ……」
噂が出るということは誰かが翠の料理を食べたということになる。
あいつ一人だと家から出れない筈だ。
いつの間におれ以外の奴に飯を作ってたのだろうか。
文は今日食べたばかりでそれから天狗の長である天魔の耳まで届くのは早すぎるし……まあ、どうでもいいか。翠の奴が誰に手料理を振る舞おうがおれには関係ない。
「んっ、熊口お主、なんかムスッとしとらんか?」
「してない、断じて」
「いいやしておったぞ。さては嫉妬しとるんじゃろう!」
「する理由がない!」
天魔の茶化しに付き合う必要はない。
なんでおれが不機嫌にならなければいけないんだ。
あ、あれだ、夕飯時で腹が空いてるから機嫌が悪いだけだ。
決して翠が知らない奴に手料理を振る舞ったのに嫉妬しているわけでない。
「ほら、もう辺りも大分暗くなってきたし行こうぜ」
「分かっておる」
「あっ、たぶん萃香もおれん家いると思うから、絶対に酒は呑むなよ。呑んだら二人とも出禁だからな」
以前二人が酒を交わして家を倒壊させた実績があるからな。
おれん家を同じようにされては溜まったものじゃない。
「そうか萃香も来ておるのか。あやつの伊吹飄の酒は美味いんじゃがなぁ」
「それでも駄目、呑むなら外で呑めよ」
「月見酒か! それもまた一興じゃな!」
酒呑む気満々じゃねーかこの老害。絶対この前起こした事全く反省してないだろ。
なんとか飯の間までは両者に酒を呑ませるのを控えさせねば、冗談ではなくおれの家が壊されるぞ。
「絶対、家の中で呑むんじゃないぞ」
「三度言うでない。わしも前回しでかしたことは反省しておるでな」
「ほんとかぁ?」
にわかに信じ難いが、天魔がそう言うのなら黙っておこう。
流石に組織のトップである者が、過ちをそう何度も繰り返すようなことはしないだろうし。
若干の不安はあるが、天魔を信じることにする。
「それなら早く行くぞ。あまり遅くなると翠が怒るからな」
「待っとれい、すぐ支度する」
ーーー
「お~、やっと生斗帰って来たんだね」
「熊口さん! 腕相撲しましょう腕相撲! 腕へし折ってあげますよ!」
「……なんでお前ら呑んでんだよ」
なんか妙に嫌な予感がすると思ったら、もうこいつら出来上がってしまっている始末だったとは。
「むっ、もう呑んでおるのか」
「天魔? 家から一歩とたりともでやしないあんたが珍しい。家でも爆破されたのかい?」
「そう何度もわしの家を壊されてたまるか。翠の作る飯を頂こうと思ってな」
「生憎つまみしか作ってないんですよね、良かったら今から作りましょうか?」
「よいよい、翠も気持ちよく呑んでるところで仕事を増やされたくもないじゃろう。わしは少食じゃから、つまみだけでも十分満腹になる」
「おれはつまみぐらいじゃ足りないんだけど」
「熊口さんはその辺の雑草でも食べといてください」
「たんまりとお裾分けしてあげるから口開けな。石ころ一杯入れてやる」
「まあまあ、実は生斗が出掛けてからすぐに鴨を締めてたからさ、それで鴨鍋でもしようじゃないか」
鴨鍋と言えば、初めておれと萃香が会った時に振る舞われた料理だ。
あの時は極度の飢餓状態であったこともあるが、とても美味しかった記憶がある。
ていうか肉自体この世界では大変に貴重で、そうそう食べられることないわけで。これからあの鍋が食べられるというだけでも涎が顎を伝うのを感じる。
「熊口さん汚いですよ~」
「煩い、おれは腹が減ってるんだ。涎の一つ垂れても仕方ないだろ。てかなんでお前ら酒呑んでんだ。この前禁酒させてただろ」
「昨日言ってたじゃないですか~、文さんのお茶出ししたらお酒呑んでも良いって」
「鬼に酒を呑むななんて、息をするなと同義、つまり死ねって言ってるようなもんだよ」
「そうじゃよな~、わしも同じじゃ! 好きなところで好きに呑む、だから酒は美味いんじゃ」
「お前それで家倒壊させてただろ……」
そういえば翠にそんなことを言ったような……いや、待てよ。確かあれ、一杯だけって事だったよな。辺りの空き瓶を見る限り、絶対一升瓶以上呑んでるだろ。
「おい翠、お前」
「まだ一杯もお酒呑んでませんよ~。これは水です水。でなきゃこんなに呑めないですよ~」
「こんな酒臭くて濁った水があってたまるか」
清酒でもあるまいしその言い訳には無理があるだろ。
ていうかどこからこんなに酒を持ってきた。
おれの家には前に住んでた天狗が置いていった一瓶程度しかなかった筈なのに……いや、どうせ萃香の仕業だろ。
霞になって天狗達の貯蔵庫からかっさらってきたに違いない。
「待てよ、囲炉裏はここにあり、食事を摂るには室内でしか食べることができぬ。それじゃあ酒が呑めぬではないか!!」
「なんで? ここで呑めばいいじゃん」
「お前らそれでこの前やらかしただろ。家の中じゃ呑ませないぞ」
「え~ケチ!」
「玉の小さいやつじゃよな」
「人の楽しみを奪うなんて熊口さん最低!」
「お前ら人じゃないし、一度暴れられたらおれどころかこの山で止める事のできるやつなんていないからな」
勇儀ならもしかしたらと思ったが、もしあいつが立ち会ったら対処すべき敵が四人になりそうだ。
華扇ならちゃんと止めてくれそうだが……流石に三人相手じゃ部が悪いだろうな。
やっぱりこいつらに暴れられたら止める術はないから呑ませるのは駄目だ。
「家の事なら大丈夫だって! 同じような失態を何度もおかす馬鹿はしでかさないから!」
「わしも一介の妖怪を統べる者として、そんなことは決してないことを約束する」
「熊口さん、信じるということを覚えましょ」
こいつらどんだけおれん家で呑みたいんだよ。
他の家行けよ、それなら存分に酒を楽しんでくれても良い。
折角の優良物件だというのに……
くっ、そんな物欲しげな眼で此方を見るんじゃない。
おれは絶対、ぜっったいにここで呑むのを許さないからな。
何故かは知らないけど皆がおれに向かってじりじりと近寄ってきたってそれは覆らない。
あれ、なんでおれの両腕掴むの。ちょ、実力行使は駄目だよ。話し合いで決めよ、暴力は何も生まないから。ラブアンドピースだよほら、皆!
「こうなったら勝負だよ。これで私達に勝ったらここで呑むのをやめたげる」
「どうぞお好きに呑んでください。心より歓迎します」
しかし回り込まれるのが運命というもの。
呑んでも良いと言ってるにも関わらず飯前の軽い準備運動も兼ねてと託つけて無理矢理勝負という名の鬼ごっこをすることになりました。
勿論、散々追いかけ回された挙げ句鍋が出来上がったと同時に捕まりました。
絶対萃香達のやつ、遊んでやがった。
こっちは懸命に逃げていたというのに! 許せん!
「やっぱり鍋をつつきながらの酒は最高だね」
「酒はどんなときに呑んでも美味いものじゃ」
「私今幸せで成仏しそうです」
だが、三人のそんな幸せそうな顔を見て少し穏やかな気持ちになるおれがいる。
おれもこいつらの以前の失態を過剰に意識し過ぎていたのかもしれないな。
これぐらい和やかな感じで済むのであれば、今後も飲み会を開いても良いかもしれない。
そんな感想を胸におれは三杯目にして夢の世界へと誘われていった。
いつもなら呑めばテンションが上がるんだが、鬼ごっこで動き回ったおかげで睡魔が先にきたようだ。
まあ別に寝てしまっても大丈夫だろう。
三人も暴れないと約束してくれてたし、翠の言うとおり信じてみようじゃないか。
次の日、眼が覚めたときにはおれの家は無くなっていた。
「すまん、ちょっと四股を踏んだら壊れてしもうた。その前に熊口は救出したんじゃ、どうか許してくれんか」
「まあ大分古かったし仕方ないね! 今日の昼からでも新設作業に取り掛かるから安心しな!」
酒の入ったやつの言うことは信じるな。
そいつの言う大丈夫は決して大丈夫な訳がないのだから。
とりあえずおれの中で三人にハウスブレイカーの異名を授けました。
生還記録の中で一番立っているキャラ
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熊口生斗
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ツクヨミ
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副総監
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翠
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天魔