東方生還記録   作:エゾ末

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15話 理想の友達

「文がおれの部下?」

 

「はい、天魔様直々の御命令なので、貴方に拒否権はありません」

 

 

 鬼による妖怪の山襲撃から数ヵ月が経過していた。

 その間に鬼達は天狗の技術者と共に新しく自分等の住む家を建て、天狗達もこれを気に新築し、今では山の一部はちょっとした集落が出来上がってしまっていた。

 因みにおれはというと、天狗の一人が使っていた家がこの件により空き家となったので、天魔の了承を経て住んでいる。

 

 いやぁ、技術者の技量もあるが、鬼と天狗に共同作業をさせたら一瞬で家って建つんだな。

 資材も鬼の力なら人の十倍近くの量を運べるし、天狗は風の力を使って木材加工を瞬く間に済ませていった。

 あと皆空飛べるから足場組立とかの作業も省いたりしてたし。

 人間だと物に頼らなければならない事を悉く自らの手でこなしているので、作業時間が大幅に短縮されているのも納得がいくところではあるな。

 

 

「ていうかなんだよお前、今頃になっておれに敬語って。気持ち悪っ! この前までめっちゃため口だっただろ。しかも無駄に上から目線で」

 

「上司に敬語を使うのは常識だと思うんですが」

 

「おれはお前の上司になった覚えはないんだが」

 

 

 天魔の奴もいつの間にそんな事を決め付けたんだが。

 おれに一言ぐらい相談しろよ。

 

 

 鬼と天狗は幾つかの契約があった。

 

 鬼は基本的に天狗社会の干渉はしないが、天狗は鬼の配下であること。

 定期的に宴を実施すること。

 そして天狗が鬼との上下関係を変える場合、一対一の拳のみの勝負で決めること。

 

 最後の一つは完全に鬼の圧倒的自信からくるものだろう。喧嘩ならば喜んで買いにいくような内容だ。

 おれが覚えている契約はこれぐらいで、他にも幾つかあった気がするが、ほんとどうでも良いようなことだった記憶があるので思い出す必要もないだろう。

 

 

「だから天魔様からの御命令なんですよ。貴方はそう思ってなくとも、私はこれから貴方の部下です。なんなりとお申し付けください」

 

「なんなりとって……」

 

 

 おれに部下、ね。

 何十年ぶりだろうか。御崎達以来だよな確か。

 確か最初におれが御崎達の上司になったときって何をしたっけ。

 無駄に血気盛んな奴等だったからなぁ。

 全員まとめて張っ倒して格の違いを見せつけたのは今では良い思い出だな。

 

 

「熊口さん、何にやけてるんですか。気持ち悪いですよ。なんですか、もしかして文さんをいやらしい目にあわせようと目論んでるんじゃ……」

 

「……」

 

「いや違うから。昔いたおれの部下達のことを思い耽ってただから。いやらしいことなんて微塵も考えてないからその軽蔑する目止めてくれます?」

 

 居間でお茶を啜っていた筈の翠がいつの間にか玄関まで来てやがった。

 てか文も何か言ってくれよ。そんな黙ってたらほんとにおれがそんな事を考えてたみたいになるじゃんか。

 

 

「ふん、やはり皆同じか……」ボソッ

 

「んっ? 文なんか言ったか」

 

「別になんでもないですよ」

 

「それよりも熊口さん、観念してくださいよ。ほんとはいやらしいことを考えてたんでしょ。正直にいったら文さんに三発殴らせるだけで済ませますよ」

 

「ああ! だからそんな事考えてないって! 怪しいならおれの中に入って確かめれば良いだろ!」

 

 

 全く面倒な事になった。

 後で天魔には説明をさせることは確定として、まずは文だな。

 こいつには前々から()()()()()()がある。

 

 

「とりあえずあがってくれ。翠、客間にお茶用意しといて」

 

「自分でやってくださいよ。私は熊口さんのパシりじゃないんです」

 

「今日は一杯だけ呑んでいいから。頼む」

 

「も~う、仕方ないですね! 今日だけですからね!」

 

 

 酒癖が悪いからと禁酒をさせていた甲斐もあってか、翠に茶出しをさせることに成功。

 まあ、一杯ぐらいならそんなに酷くはならないだろう。

 この前は一番呑んでた上に積極的に天魔の家を壊しにかかってたからな。

 

 

「……お邪魔します」

 

「おう、ゆっくりしていってくれ」

 

 

 

 

 

 

 __________________

 

 

 ーーー

 

 

「その辺に座ってくれ。正座とかしなくて良いぞ。胡座かけ胡座」

 

「お構い無く。私は正座が一番落ち着くので」

 

 

 以前は大天狗の住んでいた家ともあって、客間の時点で私の家の半分程の広さがあるわね。

 他の妖怪らの家とも離れ、個人で井戸も備わっている好立地にも関わらず空き家となり、それを天魔様は何を考えてか、私の目の前にいる人間ーー熊口生斗に明け渡した。

 

 確かに熊口生斗は鬼の関係者であり、私達天狗よりも立場が上になるということは分かる。

 だがよりにもよって好立地をこんな男に明け渡すのが私には納得がいかない。

 

 私は熊口生斗が嫌いだ。生理的というべきか、この男の一挙一動に腹が立つ。

 なるべく関わりを持たぬよう接触は控えていたというのに、事もあろうに天魔様が熊口生斗の部下となれと申し付けられ、絶望した。

 

 何故私が人間ごときの部下に……これでは、彼奴らに笑われてしまう。あの()()()()()()()()に。

 

 

「それで、単刀直入に聞くが」

 

「はい、なんでしょう」

 

 

 机に肘をつき、面倒くさそうに頭を掻く熊口生斗。

 

 

「お前、おれのことが嫌いだろ」

 

「……はい」

 

 

 やはり態度でバレていたか。

 特に隠そうとしていた訳でもないので、想定の範囲内だ。ただ、こんな真正面から言われたため、少し言葉が詰まってしまったが。

 

 

「そんな即答されたら熊さんの硝子の心が砕けるぞ…………それはともかく、文お前無理してんのが見え見えだ。別に無理させるつもりはねーよ。おれが後で天魔に言って部下になることを取り消させる」

 

「余計な事をしないでください。私の我儘で天魔様のお手を煩わせる訳にはいきません」

 

 

 熊口生斗が天魔様に話を通せば、私はこの男の部下となる任を解かれるだろう。

 しかしそんな事、一鴉天狗である私が天魔様のお手を煩わせでもすれば、天魔様に迷惑となるだけでなく他の上司らに反感を必ず買う。現に熊口生斗は天魔様に対する生意気な態度を取っているということで、大天狗らから嫌われているのだから。

 

 

「あー、そこだよ。おれがお前に言いたいのは」

 

「はっ?」

 

 

 私に言いたいこと? 

 

 

「天魔から文の事は幾つか話を聞いててな。鴉天狗となって日が浅いというのに、天狗の中でも五本の指に入るほどの実力を持っていて、上司として鼻が高いってな」

 

「……」

 

 

 天魔様がそんな事を……

 これまで、私は天魔様にお褒めの言葉を頂いたことがなかった。

 まさか、この男を通して天魔様の本心を聞けることになろうとは……

 

 

「だが、同時に自分一人で抱え込んでいるようで心配だとも言っていたな。

 ここからはおれの見解だけど___文お前、上司から虐められていただろ」

 

「……!」

 

「日が浅いのに実力を持っていて、自分で抱え込む癖がある。上層部の奴等からしたら恰好の的だろうよ」

 

 

 この男は、何を言っている。

 なんでこんな男に私のことを決めつけられなければいけないのだ。

 

 私が上司から虐めを?

 

 ____違う。

 

 私の力に嫉妬をした無能共が、勝手に陰湿なちょっかいを出してきているだけだ。

 

 そんな事、私は一向に気にしてなんかいない。

 

 

「その反応は、図星だな」

 

「貴方は、何が言いたいんですか……?」

 

「自分で抱え込むな、と言いたい」

 

「余計なお世話です。私は別に抱え込んだりなんかしていません」

 

 

 これ以上話したくない、この男から離れたい。

 私がこれまで抑え込んでいたものを、この男は踏みにじろうとしている。

 やめて、私はこれまでそうやって生きてきたのに。

 それを否定されたら私____

 

 

「子供じゃないんだからさ。一人で抱え込むなよ。一応まだおれお前の上司なんだからさ」

 

「話の途中ではありますが、今日は失礼します。また後日、此方に伺いますので」

 

「おい待て、勝手に止めるな。お前は相談というものを____」

 

 

 ____熊口生斗が私に何か言おうとした時、面白いくらいにあっさりと私の中でなんとか繋ぎ止めていた、ある糸がぷつりと切れる音がした。

 

 

「あんたなんかに!! 私の何が分かるの!!! 知ったような口きくな!!! 二度とその話を私の前でしないで!!!」

 

「……」

 

「あっ、文さ____」

 

 

 その後の記憶は定かではない。

 いつの間にか私は家を飛び出し、気付いた時には遠く離れた大木の木陰で、ただ涙を流していた。

 

 

 

 

 

 _________________

 

 

 ーーー

 

 

「派手に嫌われましたねぇ」

 

「……」

 

 

 お茶を持ってきた翠が、半ば放心したおれに止めの一撃を刺す。

 まさか、ここまで嫌われていたとは……

 

 

「おれ、何か悪いこと言ったか?」

 

「んー、全部じゃないですか? いきなり文さんの繊細なところを無作為に荒らしてましたよ」

 

「そ、そうなのか」

 

 

 いきなり虐めの話をしたのは間違いだったか。

 だが、文の反応を見る限り結構重症な気がする。

 

 ____これはまた一悶着あるな。

 文がおれの部下を任命されたのは恐らく今日。

 妖怪は基本人間を見下している。

 そんな人間の部下となったと分かれば、これまで文を虐めていた連中が黙っている筈がない。

 

 

「翠、文を探すぞ。もしかしたらまた……」

 

「そうですね。私も丁度その事を考えていました。熊口さんと同じ考えをしていたということに若干の不快感がありますが」

 

「そんなどうでもいいこと言ってないで入れ。外に出るぞ」

 

「間に合えばいいんですが」

 

「間に合わせるに決まってるだろ」

 

 

 ジャイアン共がどれだけ早く嗅ぎ付けてくるかによる。

 この予想が杞憂であってくれれば一番なんだが。

 とりあえず急いだ方がいいだろう。

 もしなにもなければ、さっきの事を一応謝ればいいことだしな。

 

 

「さあ! 糸目爺号発車!!」

 

「誰が糸目爺じゃこの野郎!」

 

 

 

 

 

 __________________

 

 

 ーーー

 

 

「おお? そこにいるのはさては、射命丸ではないか?」

 

「どうしたどうした、何故そんなところで泣いておる」

 

 

 ____最低だ。

 今、最も遇いたくない二人に見られてしまった。

 以前から私に突っ掛かってくる大天狗の中でも特に陰湿な行為を繰り返してくる部類の屑達だ。

 

 こいつら、絶対に人間の部下になったことを馬鹿にしに来たに違いない。

 その上こんな醜態を晒してしまった。

 こいつらからすればまたとない機会であろう。

 

 

「まさかあんなに気の強い射命丸が隅でしくしく泣いておったなんてな」

 

「聞いたぞ、お前人間なんぞの部下になったのであろう」

 

「天魔様はよく見ておられる。お前のような愚図は人間様の下につくのがお似合いだ」

 

「……」

 

 

 こんなもの、言わせておけばいい。

 嫉妬にまみれた愚痴等聞くに堪えない。

 

 そんなことは分かっている。

 だけど今日は、何故か大天狗達の言葉の一つ一つに何かしらの痛みを感じる。

 

 

「我等に抵抗するような愚かな真似をするからだ」

 

「他の者同様に身体を差し出せば良かったものを」

 

「そ、そんなの______」

 

 

 いつもと違い、大分調子が狂っていた私は思わず否定の言葉を発そうとした。

 しかしその行為は大天狗の平手打ちにより塞がれてしまった。

 

 

「はて、私は射命丸に発言権は与えたかな?」

 

「いいや与えておらぬぞ。身の程を弁えておらぬようだな」

 

「まるであの人間のようだな。射命丸もあやつの部下になって一日で毒されおったか!」

 

「……くっ」

 

 

 口の端から一筋の血が流れる。

 中々の力で私をぶったようね。

 

 なんで私がこんな目に遇わなきゃいけないのよ……

 

 

『よいではないか。別に関係を持ったからといって射命丸に不利益はなかろう』

 

『大天狗である我等に媚を売る機会であろう』

 

『なに、どうしても嫌とな』

 

『なんと愚かな……』

 

 

 これは、私がこいつらに初めて関係を迫られた時記憶____

 事あるごとに女天狗を食い漁る節操なしの大天狗二人組。

 それなりの地位にいるため、関係を迫られたら身を委ねるしかない道はない。

 

 だが、私はどうしても嫌だった。

 こんな屑共なんかに身を委ねるぐらいなら自刃をした方がましだと考えていたからだ。

 

 でも、なんかもう、どうでもよくなってきた。

 なんでそんな事のためにこんなに我慢しなければならない。

 そう考えてしまうとこれまで意地を通していたのが馬鹿馬鹿しくなってくる。

 

 大人しく身を委ねていれば、陰湿な虐めを受けることもない。

 

 なんでだろうか、こんなこと昨日まで考えもしなかったのに。

 ___ああ、あれか。熊口生斗が私を論そうとしたときに切れた糸か。

 なんかもう、どうでもよくなっちゃった。

 

 

「んっ? 射命丸の眼に光がなくなったぞ」

 

「漸く観念したか。最初からそうしていれば良いものを」

 

「そっちを持ってくれるか? こいつを私の屋敷まで連れていく」

 

「おう任せろ。女の子を運ぶのはおれ、めっちゃ得意なんだ」

 

 

 力なく倒れ込もうとした私の両肩を掴み、大天狗らは私を運び出そうとしている。

 わざわざ人目を気にするなんて、屑のわりに臆病なのね。

 …………あれ、今横から聞いたことがある声が___

 

 

「でも、連れていくのはおれの家だな。生憎お前の家はもうないんだよ。いやこれから無くなるって言った方が正しいか」

 

「 何を言って____誰だ貴様!」

 

「んっ、おれ? おれは熊口生斗さん。永遠の十八歳、随時彼女募集中だよ」

 

 

 私の左肩の支えていたのは、もう一人の大天狗ではなく、先程私の支えの糸を切った張本人ーー熊口生斗であった。

 

 

「私の連れはどうした!? 先程まで私の隣に……」

 

「ああ、そいつなら後ろで剣と尻が合体して昇天してるよ」

 

 

 私ともう一人の大天狗が後ろを振り向くと、熊口生斗の言った通り、尻に光る剣の刺さった大天狗が力なく横たわっていた。

 

 

「貴様あぁ、あっ?」

 

「敵前で余所見するなんて素人か」

 

 

 激昂した大天狗が熊口生斗に攻撃を仕掛けようとしたときには既に、彼は大天狗の首元に霊力剣を突き付けていた。

 

 

「なに人の部下に手を出そうとしてんだ」

 

「うっぐ__! 違う! 射命丸と同意の上での事だ! 貴様にとやかく言われる筋合いなど____うぐあああ?!!」

 

「そうか。嘘しか吐けないのならその口はいらないよな」

 

 

 大天狗が戯れ言を宣う前に、熊口生斗の剣が奴の頬を斬り裂いた。

 

 

「こっちは一部始終見てんだよ。お前らが文に平手打ちしてるところもバッチリな」

 

 

 私と話していた時と大分声質が違う。

 もしかして、彼は今怒っているの……? 何故? なんのために?

 

 

「おい萃香、お前も見ただろ」

 

「ああ、この眼でしかとね。こんな屑が天狗社会に紛れ込んでいたとはね。こいつら以外にもまだいそうだし、こいつらを見せしめにしようか」

 

 

 そして後ろには、いつの間にかいた鬼の萃香様が大天狗を紐で縛り上げていた。

 

 

「な、ないをふるふもりか!?」

 

「なーに、これから私達と楽しい殴り合いに参加してもらうだけさ。後、それが終わったら名誉の印として集会所の真ん中に吊るさせてもらうね」

 

「おい萃香、こいつも忘れてるぞ」

 

「あっ、そうだそうだ。生斗に掘られた天狗も共犯だったね」

 

「人聞きの悪い言い回し方するんじゃない」

 

 

 大天狗から解放され、私は力なく尻餅をつく。

 二人組を担いで萃香様はそのまま何処かへと去っていき、残されたのは私と熊口生斗の二人だけとなった。

 

 

「……なんで」

 

 

 何故止めた。

 

 私と関係ないはずなのに。

 

 なんで私を助けた。

 

 

「なんでって……」

 

 

 漸く諦められたのに。

 

 どうして。

 

 

「どうして、私の()を切った貴方が……」

 

「糸?」

 

 

 私の発言に疑問符を浮かべる。

 だが、それも時間と共に理解したのか、掌に拳をおいて成る程と呟く。

 

 

「お前のその今にも切れそうだった糸のことね。事実、おれがちょっと言っただけですぐに切れただろ」

 

「……」

 

 

 切れそうだった____

 私が繋ぎ止めていた糸が、そこまでも解れていたというのか。

 

 ……でも、確かにそうだ。

 これまで我慢してきたのに、部外者に少し言われただけで切れたりするなんて、元々もう限界だったのだろう。

 

 

「なあ知ってるか。お前の言うその()っていうのはな、結び直すことだってできるし、数を増やして切れにくくすることだって出来るんだぜ」

 

「糸を……増やす?」

 

 

 糸を増やすなんて、どうやったら出来るというのよ。

 

 糸とは、心を、精神を己の身体に繋ぎ止めるためのものだ。

 その心が荒めば荒むほど、その糸は解れ、やがては切れる。

 

 人には人の糸の強度は違えど、複数あるわけではない。

 その糸を増やすなんて、私は知らない。

 

 

「『友達になろう』。これだけで良いんだよ」

 

「友達に、なろう?」

 

 

 友達になろう? 

 それでどうやって増やそうというの? 

 

 分からない。私には、この男が言っていることが一向に理解が出来ない。

 

 

「文、お前はこれまで人との繋がりを持たず孤独に生きてきたんだろ。だから誰にも頼らず助けも必要としていなかった」

 

 

 なんでそんなこと貴方が分かるの。

 前にも言ったのに。

 知ったような口を聞くなと____

 

 

「糸を増やすのはな。人との繋がりだ。どんなに辛いことがあっても、信頼しあえる仲間がいれば、糸は決して切れない。だからお前はまず友達を作れ」

 

 

 友達なんていらない。

 私はこれまでそうして生きてきたのだ。そして、これからも。

 

 ____だから一度壊れかけたのではないか。

 

 私の意識の中で二つの意見がぶつかり合う。

 

 そんなことはない、これからだってやっていける。

 この男さえ、この男さえ邪魔していなければ今日だって!! 

 

 …………そんな事ないって、自分が一番知ってる癖に。

 

 

「といっても、これまでしてこなかったことをいきなりやれって言われても難しいよな____今回は特別に実践で見せてやるから、耳をかっぽじってよく聞いておけよ」

 

「……えっ」

 

 

 熊口生斗はそう言うと、尻餅をついた私の視線に合わせるようにしゃがみこみ、改めて私の名を呼んだ。

 

 

 

「射命丸文、おれの友達になってくれ」

 

 

 

 私と、友達に……? 

 な、何を、ふざけたことを言っている、の? 

 

 私と貴方は、部下と上司の関係で、それでいて妖怪と人間で____

 

 

 ____あれ、なんで私、泣いているのだろう。

 

 分からない、なんで勝手に眼から出てくるの。

 止まらない、見せたくない。こんな姿、この人の前で晒したくない。

 

 

「私、私……」

 

 

 友達なんて欲しくない。そんなもの邪魔でしかなく必要ないはずなのに。

 

 なんで、こんなにも嬉しいと感じる私がいるの? 

 

 

 ……分かった。私がこの人が嫌いな理由。

 

 いや、嫌いではない___羨ましかったのだ。

 上下関係という柵に囚われず、己の思う道に生きる彼が羨ましくて嫉妬していたのだ。

 

 

 私が、そんな彼と友達になれるのか。

 ずっと一人で抱え込んで、一度壊れかけた私なんかが、この人と友達に。

 

 私は、私はこの人と____

 

 

 

 

 

 

 ____友達に、なりたい、のかも。

 

 




捕捉:文さんは20年ほど理不尽な虐めを受けていました。

生還記録の中で一番立っているキャラ

  • 熊口生斗
  • ツクヨミ
  • 副総監
  • 天魔

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