東方生還記録   作:エゾ末

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10話 無知な侵入者

 

 

 おれはなんて事を言ったんだ。

 何故これ以上呑むなと萃香に言われていた筈なのに他の鬼に流されるまま呑み、挙げ句には妖怪の山という名前だけでも妖怪どもの巣窟であると分かる場所に単身書状を送り届ける役を請け負ってしまったのだろうか。

 

 おれは馬鹿か。残りの命は後四つしかないんだぞ。

 二十年に一生しか増えないというのに、このペースでは月の皆と会う前に逝ってしまう。

 

 だから、だからこそ今は命を大切にしなければいけないというのに……! 何故おれは! こんな役引き受けた!!

 

 

『流石は自業自得を極めし者です。素直に軽蔑します』

 

 

 翠お前も酔って鬼に関節極めてたろうが。

 他人様に迷惑かけてる時点でお前も同等だこの野郎。

 ていうかおれは迷惑どころか厄介事を引き受けている辺り翠よりも質は良いし! 

 

 

『はーい、私が悪いでーす。熊口さんが全て正しいのでさっさと妖怪の山で野垂れ死んでください』

 

 

 畜生、この怨霊八つ当たりに何も動じない! 

 こういう時に限ってすぐに折れるな! おれと口喧嘩して現実逃避させてくれ!! 

 

 

『嫌ですよめんどくさい。一緒についていってあげてるだけ感謝してくださいよ』

 

 

 そりゃそうだけども。

 一人で行くの心細いんだもん。

 女々しくたって良いじゃない、人間だもの。

 

 

「てことでよろしくね! お土産はあんたが無事に帰ってくることで大丈夫だから」

 

 

 萃香からそんな送別の言葉をもらってから丸一日、おれは天狗という種族が支配する妖怪の山へと赴いていた。

 

 あの宴会____確か三日前か。

 あれでおれが馬鹿を言ったせいでこんな役回りを担う羽目となってしまったが、ここまで来てはもう後戻りは出来ない。

 小包に入った書状を一刻も早く渡してこの山から脱出するのだ! 

 

 

「おい、そこの者止まれ」

 

 

 なんて事を考えながら入山した矢先にこれだよ。

 なんだこの山、警備が確りと行き渡っているじゃないか。

 おれの前に立ちはだかり、槍を構えてくるのは……犬? の妖怪。

 純白の獣の耳と尻尾があり、服装は白と黒を基調とした装束の格好をしている。

 

 

「あー、もしかしてあんたこの山の人?」

 

「そうだ。そしてここは我ら天狗の領域、勝手に踏み入ることは許さぬ。即刻立ち去るのだ」

 

「えっ、お前天狗なのか」

 

 

 天狗っていうとこう、前の世界じゃ山伏姿にピノキオみたいに鼻が長いイメージがあったんだが、実物は全然違うんだな。

 

 

「だからなんだと言うのだ。この場を退かぬと言うのならば食べてしまうぞ」

 

「いや、それは困るな。おれはここの長に話があるから通りたいし、食べられたくもない」

 

「ここの長……天魔様の事を言っているのか」

 

「天魔? うん、知らんけど天狗の頭領が天魔って人ならたぶんそれであってる」

 

「ふん、お前みたいな有象無象、天魔様が相手などされるものか。さっさとこの場から立ち去るのだ」

 

 

 んー、駄目か。

 それもそうか。アポもとらずにいきなり来て社長に会わせろなんて言って会わせてくれる奴なんていない。ましては相手が誰なのかも分からない状態で会わせられる訳もないだろう。

 

 

「おれは人間だが、ここから東にある鬼の集落の使いだ。鬼からこの書状を送り届けるように命じられている」

 

「鬼、だと……!!」

 

 

 おっ、やはり天狗の間でも鬼という種族がどれだけヤバイのか知っているようだ。

 先程まで馬鹿にしたような表情から、悪さが見つかった時の子犬のような表情に変わった。

 

 

「少し待て、上層部へ報告してくる。それ次第ではお前をこの山への進入を認める」

 

「おう、その辺でゆっくりしておくから」

 

 

 鬼効果は絶大なようだ。

 天狗ですら血相を変えて山の奥へと走っていった。

 上層部というが、天狗にも上下関係があるんだろうな。妖怪なのにきっちりと縦社会を叩き込んでいるなんて、なんか可哀想だな。鬼達を少しを見習ったらどうだ。あいつら皆馬鹿みたいに好き勝手生きて…………いや、やっぱり鬼は駄目だ。見習ってはいけない例日本代表だった。

 

 

『妖怪が皆あの集落の鬼みたいな性格だったらある意味平和なんじゃないですか』

 

 

 そんなことになったら、共存は出来るだろうがパワハラとアルハラの嵐で精神疾患者とアルコール中毒者を量産させることになるぞ。

 

 まあ、そんなことは万一にはあり得ないだろうから、考えるだけ無駄だ。

 おれはさっきの天狗が帰ってくるまで、そこの木陰で昼寝するから、天狗が来たら起こしてくれ。

 

 

『嫌です。熊口さんどうせ起きないんですもん』

 

 

 翠、いつも否定から入るのは良くないぞ。

 たまには私に任せてください! みたいに心強い返事をしてくれるとおれも優しくなると思う。

 

 

『私に任せてください! 天狗が来ても()()熊口さんの安眠を阻害するような真似はしません!』

 

 

 馬鹿馬鹿、阻害しろ阻害を。

 阻害してくださいよ翠さん。こういう時は熊さんも怒らないから。

 

 おーい、翠さーん。おーい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 翠お前やりやがったな。

 

 

『起こしましたよ。でもやっぱり熊口さんは起きませんでした。結果がこれです』

 

 

「上の判断だ。お前を始末する」

 

 

 おれの回りを囲む同じ格好をした天狗達。

 皆がおれに対し武器を構えており、おれが少しでも変な動きをとろうものなら即座に刺し殺す勢いだ。

 

 

「なんでそれならおれが寝ている間に殺さなかった。その方が確実だったろうに」

 

「お前、相手の領地でよくもまあ昼寝をしていたものだ___寝ているふりをしていると警戒していただけだ。だが、それも杞憂だったようだな」

 

 

 ほんと、余裕ぶっこいて寝るなんて何処の大馬鹿野郎だろうね。

 

 ……数は五人か。

 おれが寝ているかどうかも見分けが出来ないような連中ならどうってことない。

 

 

『そう慢心していると足元すくわれますよ』

 

 

 たぶん大丈夫だろ。妖力も弱小妖怪並みだし。

 ま、とりあえず増援が来る前にささっと片付けとくか。

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 天狗達との戦いはすぐに片が着いた。

 おれが霊弾を出せない一般人と勘違いしていたのか、霊弾を即座に放ったら思わぬ形で虚を突くこととなり難なく撃破、現在は空を飛んで山の頂上へと向かっている最中だ。

 

 偉い奴がいるのは決まって高いところにいるというのが定石、場所は分からないがなんか大きい建物があればそこに天魔とかいう奴はいるだろう。

 とにかくそれっぽい建物を手当たり次第に当たっていく。

 霊力も一生分の水増しが継続されているから節約とかの心配もいらないしな。

 

 

「止まれ!」

 

「ごめんなさい止まりません!」

 

「ぐあっ!?」

 

 

 何故だろうか。山の麓で天狗達を倒してそんなに時間は経過していない筈なのに、増援が次々とおれの行く手を阻んでくる。

 

 あまりにも対応が早すぎる。

 空を飛ぶ速度も結構飛ばしているし、ばれないように木々の合間を縫って進んでいるというのに、的確に敵がおれの元へと辿り着いてくる。

 誰かがおれの監視をして他の仲間へ伝達しているのか、そもそもその連絡手段はどうしているのか。

 ……とりあえず今分かるのはこの天狗という種族が、ただの烏合の衆ではないことは確かだ。

 

 

「こやつを止めろ!」

 

「皆でかかれ!!」

 

 

 それに奥へ行けば行くほど天狗達の服装も変わり強くなってきている。

 一生分のブーストされている今のおれでさえ捌くのにも一苦労だ。通常時であればこの段階でわりと根をあげているかもしれない。

 

 

『この山に入ってからずっとそこらじゅうから視線を感じますね』

 

 

 ああ、それにこの天狗達、他の妖怪達よりも段違いに素早い。

 霊力で眼を強化しても少しぼやけるほどだ。

 萃香ですらぼやけるということはなかった。つまり、天狗は素早さだけは萃香よりも優れている。

 まあ、素早いだけで攻撃自体は軽いし、反射神経やらも強化している今のおれならなんとか対応できるレベルだ。虚を突かれて死角に潜られたらどうしようもないが。

 だがこいつらも速さが自慢だからか皆猪のようにただ突っ込んでくるだけなので対応も容易い。

 皆こんななら楽なんだが……

 

 

「そこの侵入者、止まりなさい」

 

 

 ___っと、それもここまでのようだ。

 先程までの天狗達とは明らかに雰囲気の違う奴が現れた。

 

 ……なんだろうな。最近出くわす強敵は大抵女な気がする。

 黒髪のセミロングに深紅の紅い瞳、頭には赤い頭襟を被っており手には紅葉型の団扇を持っている。服装は先程まで相対していた天狗達とそう変わりないが柄に紅葉が入っていたりと少し変わっている。

 

 あれだな、紅い眼をした女の妖怪はほんと要注意だな、うん。

 

 

「先輩方も馬鹿ね。こんな人間に不覚をとられるなんて。普段は手加減ばかりしているから癖になってるのかしら」

 

「へえ、そうなんだ。あんたもその先輩方のように手加減してくれたら助かるんだが」

 

 

 さっきまで片してきた天狗達は手加減してたってことか。道理で簡単に深傷を負わせられた訳だ。

 

 

「いや、貴方に対してそんなことしたら先輩方の二の舞になるでしょ。だからしない」

 

「大丈夫だって。一回してみ? 案外けろっとやれるかもしれないぞ」

 

 

 いかん、話している余裕はないな。ここで立ち往生すればすぐに増援が来てしまう。

 

 

「なんか強行突破みたいになっちゃいるが、おれはただ書状を送り届けたいだけなんだ。それを邪魔しようってのなら容赦しないぞ」

 

「貴方は今私達の領域を犯してるの。その報いを受けさせるのは当然でしょ」

 

「ならもう帰るからこの書状を天魔って人に渡しといてくれよ」

 

「無理よ、私達天狗はとても用心深いの。その書状に何か仕込まれていたら届けた者が罰を受ける羽目になる」

 

 

 やはり直接届けないといけないのか。

 鬼の使者と知ってあの態度だったからなんとなく予想はついたが、話ができそうな奴でもこれだから他の誰に頼んでも無駄なのだろう。

 

 

「ああもういい、時間が勿体無い。

 本気でいってやるから手加減してかかってこいよ」

 

「ええ、お望み通り本気で相手してあげる」

 

 

 この天狗がどれ程の実力かは知らない。

 天狗の実力自体も今回が初めてと言うこともあり若干の不安はあるが、四の五の言っている暇はない。

 おれはいつも通り相手の隙を突くだけだ。それがどんなに速い相手であれ、今のおれならそれが出来る。

 

 来るならかかってこい。返り討ちにしてやる。

 

 

 

 ___そんなことを考えている間にはもう、無数の切り傷を負っていたことに、この時のおれは気付いていなかった。

生還記録の中で一番立っているキャラ

  • 熊口生斗
  • ツクヨミ
  • 副総監
  • 天魔

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