私達鬼が妖怪の山へと移住計画を立て始めてから二週間後、漸く生斗の怪我が完治した。
「さあぁ来おぃ! おれに腕ぇへし折られたいやつだけならびなぁ!」
今は完治祝いで私の家で軽い宴会を催しているのだが、生斗が思ったよりお酒が弱く、二、三杯呑んだだけでこの様。誰彼構わず腕相撲を仕掛けては惨敗している。このままじゃ何れまた腕折れるのではないだろうか。
「ぐわあぁ!?」
「がはは! 生斗お前力弱いなぁ!」
これで五敗目。いい加減落ち着くよう言っておいた方が良いのかもしれないが、これはこれで面白いので止めないでおく。
「いい加減にしなさい。治ったばかりの身体に負担をかけるものじゃありませんよ」
「いいじゃん華扇! ほら腕相撲しようぜ腕相撲!」
「一回頭を叩いた方が落ち着くのかしら」
「滅相もございません、そんなことされたら私の首が吹き飛んでしまいます」
止めないで置いたのに、お節介やきの華扇が首根っこ掴んでその場から私の元まで生斗を引き連れてくる。
「あんたも止めなさいよ。鬼と人間じゃ地力がまるで違うのだから、純粋な力勝負を挑ませたら生斗が負けるに決まってるでしょ」
「これも交流の一環だよ。これから長い付き合いになるんだから、こうやってお互いを親密にするには良いと思うけどね」
「そうだぞ! おれはこの腕相撲によって皆と仲良くなれた、気がする!」
「酔っ払いは黙ってなさい」
すっかり保護者になってしまっている華扇から生斗を受け取り、横に座らせる。
「あ~あ、手の甲から血が出てしまってるじゃないか」
「唾つけときゃ治るだろ。それよりも酒呑もうぜ酒!」
「これ以上呑んだらあんた明日地獄みるよ」
「もう手遅れでしょ。でもこれ以上呑ませたらほんとに危険だから呑ませないようにね。私はこれから彼処で馬鹿やってる奴ら抑えてくるから」
「いいんだよやらせてりゃ。宴ってのはこう騒がしいのが良いんじゃないか」
「限度ってものがあるでしょ。このままじゃあんたの家も潰れるわよ」
そう言って奥で騒いでいる鬼達を止めにいく華扇。
ほんと、世話焼きなんだから。
「なあ、萃香。華扇ってほんと良い奴だよなぁ。鬼の良心だよ良心。あんな常識人他にはいないぞ」
「私は?」
「鬼の幼女枠筆頭」
「……ん~と、それって褒めてる?」
「ああ、勿の論褒めてる」
幼女という単語に少しの突っかかりがあるが、褒めているのなら素直に受け取っておこう。
私は鬼の幼女枠筆頭! ___うん、これから敵と出くわしたらそう名乗ってみよう。
「そういえば、翠はどこ行ったんだ?」
「ああ、あんたと同じように酔って鬼に関節極めてるよ」
「あいつも大概馬鹿力だからなぁ。よくもまあ鬼相手に極められるもんだ。そろそろ止めなきゃほんとに折るぜあいつ」
「大丈夫じゃない? そろそろ____ほら、華扇が止めに入って……」
「……引き剥がせていないな」
「あんたの怨霊、どんな馬鹿力してんだい。鬼に力負けしないなんて相当でしょ」
なんてことを話をしつつ、生斗に水を飲ませて介抱する。
なんだろう、私自身こういうことあまりしてこなかったからか少し新鮮な気分だ。
「……悪いな、少し落ち着いてきた」
「気にしなさんな。久々だと要領忘れて呑み過ぎる奴は結構いるからね」
「いや、まあほぼ半強制的に呑まされたのが原因なんだけどね。特に勇儀に」
「変な賭け事始めるからだよ」
確か色々やってたよね。双六やら丁半やら……殆ど生斗がぼろ負けして一気呑みしていた記憶がある。
「それにしても、ここの連中はほんと気の良い奴らばかりだよなぁ。前に遭遇した鬼の影響ってのもあるけど、鬼って奴は殺戮の限りを尽くすこの世の理不尽を敷き詰めたような奴らだと思ってた」
「なんだいそれ……それよりも生斗も気に入ってもらえたようで良かった。これから長い付き合いになるんだ、ここで擦れ違うようじゃこの先不安だからね」
「擦れ違うものなら絶対に血に目に遭うだろうな」
「誰が?」
「おれが」
思ったけど、生斗って結構図太いところもあれば、自分の力を過小評価するところがある。
これは一言言っておいた方がいいかもね。
「あんたは強いんだから、どんと構えてりゃ良いんだよ。喧嘩吹っ掛けられようものなら全員まとめてぶっ飛ばすって勢いで行かなきゃ」
「腕相撲で全敗して惨めに利き腕痛めているおれにそれを言うのか」
「あ、あんた結構気にしてたんだ。さっきまでけろっとしてたから気付かなかったよ」
意外に自信があったんだろうね。
それなのに完膚なきまでの惨敗を喫する。そりぁ卑屈になるのも頷ける。
「ほらほら、落ち込んでないでなんか食べな!
生斗は強い! この私が保証するから!」
と、励ますように生斗に向けて拳を突きつける。
___だが、生斗はそんなことも気にせず、いつの間にか私の手から取った伊吹瓢の酒を呑んでいた。
「あー! あんた馬鹿じゃないの!?」
「うん、これ凄く度数高い。一口で目の前が朦朧としだした」
「元々朦朧としてたでしょ!」
あ~あ~、服にまで酒を溢して勿体無い。
これはもう二日酔いじゃ済まなくなるんじゃないかい?
とりあえず、生斗にまた水を飲ませ落ち着かせる。
「ほら、吐きそう? それなら茂みに行くよ」
「大丈夫大丈夫! まだまだおれは行ける……うっぷ」
「……行くよ」
これは一度吐き出させた方が楽になるね。
下手に動かすと一気にこの部屋が汚物まみれになりかねないから、庭にでて隅の方で吐かせよう。
そう考えつつ、私が生斗を慎重に運ぼうとしたとき、私の前に勇儀が立ちはだかって来た。
「どうしたんだい? 今回の主役を連れ出そうとして」
「生斗の顔を見て」
「ん~、あー、今にもやばそうな面だね」
「ど、どこがやばそうな面だ。こんなスマートな面そういないぞ」
「生斗、あんたは黙ってて___勇儀が呑ませ過ぎるからだよ。丁度良いし茂みまで持ってくの手伝って」
「あいよ」
生斗も大概酔うとなにしでかすか分からないから少し怖い。さっきもいつの間にか私の命よりも大切な伊吹瓢取ってたし。
今度からは呑ませるのも少し自重するようにした方が良さそうだ。
ーーー
「……度々すまないな。これはおれが片しとくから、萃香達は宴会に戻ってくれ」
「生斗、あんたはこの後水を飲んでもう寝床につきな」
「わかった」
「それじゃ、私らは戻るよ」
生斗も落ち着きを取り戻したことだし、その場で自分の吐いたものを片している生斗を横目に、私と勇儀は宴会の場へと戻る。
「そういえば萃香、私はあんたに用があって来たんだ」
「ん、なんだい?」
私に用とは、わざわざ宴会の場で言うことでなければあんまり聞く気にはならないが、私と勇儀の仲だし、仕方なく聞くだけは聞いてやろう。
「さっき他の鬼らと呑んでたときにさ、とある話になってね。
今度根城を乗っ取る予定の『妖怪の山』、何も言わずいきなり攻め込むのはあまりに卑怯じゃないかって」
「んっ、確かにそれは一理あるね」
そうか、確かに
もし私達が攻め入るときに飯時や宴会が行われていたら、彼らの実力を遺憾なく発揮することなく私達に敗れるだろう。
それじゃあ面白くない。
相手の実力を引き出し、ぶつかり合い、そして叩き潰す。
それこそ戦いの醍醐味というものだ。
「ならどうする? 妖怪の山を乗っ取りにいきますよ、って書状でも送る?」
「そう、それなんだよ。私達の案の中で一番それがまともだったからそうしようって決まったんだよ」
「こ、これがまともなんだ」
「没案としては代表一人が妖怪の山を攻めるってのとか天狗を一体捕まえて周知させるとかあったよ」
んー、そりゃその二つは没暗になるね。
一人だけ良い思いをするのは狡いし、わざわざ天狗を一人捕虜にするぐらいなら、ぱぱっと天狗の長に書状送って周知させた方が早いし確実だ。
「それでね。そこで問題がでたんだけど」
「なにが?」
「誰がその書状を送るのか」
あー、そこか。
ここにいる鬼達は皆戦闘狂だ。
誰が行こうと絶対に抜け駆けするだろうーーたぶん、私も。
最高級の主食をつまみ食いするような行為、我慢している皆が黙っておかないだろう。
だからといって皆でいけばその場で乱闘が起こるのは目に見えてるし……
「これは、結構難儀な問題だね」
「そうなんだよ。結局私達だけじゃ解決しなかったから、萃香にも聞いとこうと思ってね」
「簡単な話、私達が戦うのを我慢できれば済む話なんだけど……」
「我慢出来るわけないよ、私達だもん。鬼の特性は鬼が一番分かってる」
強い奴が目の前にいたら戦いたくなるのが鬼の性。
しかも華扇が勧めてきた相手だ。絶対に我慢出来ない。
「あっ、そうだ。華扇に行かせたらどうなんだい? 華扇なら私らとはちょっと違うから我慢も容易でしょ!」
「さっきそのこと華扇に言ったら『何度私をパシるつもりよ』って突っ返された」
頼みの綱である華扇も既に詰んでいたか……
使用人の人間達も皆還しちゃってるし、これでは攻めこむことが出来ない。
「誰か自制できる奴が他にいれば良いんだけど」
「話は聞かせてもらったあぁ!」
「えっ、誰____生斗!?!」
誰を飛脚役にするか勇儀と一緒に頭を抱えていると、先程まで庭の隅で片付けをしていた生斗が酒瓶を持った状態で現れた。後ろには数人の鬼を引き連れている。
「あんたさてはまた呑んだね! もう寝てなって言った筈だよ!」
「まあまあ、良いじゃないか。俺らが間違えてまた呑ませちまったんだ」
「あんたらねぇ……」
何もう潰れている生斗に呑ませてんの。
だが、それに断らず呑んだ生斗も悪いのであまりこいつらを責めることは出来ない。
「そんなことはどうでも良いんだ! 萃香と勇儀! お前らなんとか山の妖怪どもに攻めますよって書状送る人探してるんだって?」
「そうだけど……まさか、生斗が行ってくれるの?」
「その通り! おれは以前、翠のいた国との敵国に対して書状を送り届けた実績がある! 飛脚としては申し分ないとは思うけど」
「おお! そうなのか!」
「え~それほんとなの?」
「このおれに嘘という文字はない!」
なんだろう、嫌な予感がする。
だが確かにその実績は大きい。人間の国間での足軽を務めた事があるのならば、これほど頼もしいものはない。
「ねえ、翠ちょっと来て」
「ん~、何ですか~?」
部屋の隅で酒瓶を抱えてうたた寝していた翠を起こし、私の方へ誘導する。
「生斗の言っていた国間で書状を送り届けたっていうのは本当なの?」
念のため酔っている状態の生斗だけの証言では信用がならないので、翠にも一応聞いておく。
「本当ですよ~、その時も確か熊口さんがでしゃばって行ってたようなー?」
どうやら生斗の言っていた事は本当のようだ。
翠も結構酔ってはいるが、二人が口裏あわせる事もなく飛脚を務めていると言っている辺り本当のことなのだろう。
「翠ありがと。ちゃんと暖かくして寝なよ」
「は~い」
それであれば生斗が妖怪の山へ書状を送り届けてくれるのは願ってもない申し出だ。
ていうか適任がもうこの集落には生斗しかいない。
でも、う~ん。生斗、絶対に酔った勢いで言ってるだけだよね。
「良いじゃないか。本人が行くって言うのなら行かせても」
そんな私の悩みとは裏腹に勇儀はもう任せようという勢いでいる。
「でもねぇ」
「酒の勢いで馬鹿を言ったツケを自身が拭うだけさね。私達が変に悩むことじゃないよ」
「おう任せとけ! この熊さんがちゃちゃっと書状を送り届けてくるからよ! そしたらまた宴会開こうぜ!!」
「おっ、それ良いね。もし無事帰ってこれたら私の盃で酒を呑ませてあげるよ」
「今呑ませて」
「今呑んだらあんた死にそうだから駄目」
……それもそうか。勇儀の言う通り生斗は自分の意思で行くと言っているのだ。下手に私が止めるのも無粋だね。
ほんとは素面の時に決めた方がいいんだろうけど、その時に生斗が了承してくれる保証はない。今のうちに決めておくべきだろう。
「よし、それなら生斗。この件はあんたに任せるよ。書状は私達の方で何とかするから、あんたはちゃちゃっと天狗の長にその書状を送り届けてきて」
生斗程の実力があればたぶん無事に帰ってこられるでしょ。
ていうか私に傷をつけることができる奴がそう簡単にやられるのも困る。
「よっしゃあ! 萃香からも了承を得られたぞ! 見たか! お前らよりおれが優秀ってこった!」
「くぅ! 萃香、こんな奴よりも俺が適任だ! 俺が行く!」
「いや、私が!」
「変に張り合うんじゃないよ。適任が生斗なだけだからね」
……なんで生斗が行くって急に言い出したのか分かった。誰が優秀か引き連れていた鬼達と張り合ってたようだね。
それですんなり私が了承したからこんなでかい態度をとっているんだ。
でもまあ、これが原因で生斗が面倒事に巻き込まれた事は間違いない。
明日は二日酔いと面倒事の二段重ねで絶対に頭を抱えることだろう。
よし、明日は翠と一緒に二日酔いに利く食事を用意して元気つかせてあげようかね!
そんなことを考えつつ、生斗を拳骨を食らわせて寝かし付ける私であった。
あっ、この拳骨は呑むなと言ったのに呑んだ罰ね。
生還記録の中で一番立っているキャラ
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熊口生斗
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ツクヨミ
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副総監
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翠
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天魔