なんだかんだで一ヶ月程過ぎた頃、おれは松葉杖を使って身動きが取れるまで回復していた。
うん、寿命ブーストで一生分の力を手にしたままだからか、普通の人より大分治りが早くなってる。
「やっぱり皆のふぅふぅが効いたようだね」
「ああ、俺達もやった甲斐があったってもんだ」
おれのいる部屋には連日鬼達が訪れていた。殆どが物珍しさと勇儀との戦闘による功績についての話だったが、その度にご飯を携え、わざわざ息を吹きかけて寄越してきたのだ。
女の鬼は別に良いんだ、皆可愛いし。だけど野郎共の鬼はまじで止めて欲しかった。
おれが変なことを勇儀に吹き込んでしまったのが原因でもあり、野郎共も善意でやってくれていたから断れなかったが、心の中では内心死にそうだった。
「なんだ、結構皆と仲良くやってるじゃないか」
おれが散歩ついでに鬼の集落の地理把握に勤しんでいると、窓から顔を出した勇儀がおれに話しかける。
頬を赤らめて、片手に盃を持っているあたり、酒盛りの真っ最中なようだ。
「おう勇儀! こいつが散歩したいって言うもんだから付き合ってやってんのよ!」
と、おれの隣を歩いていた一匹の鬼が勇儀に回答する。
「そうかいそうかい。それは良い傾向だね。くれぐれも転けたりして怪我を悪化させないよう気を付けてね」
そう言って勇儀は身体を家の中に戻し、中からまた笑い声が聞こえてくる。
「ついてこなくて良いぞ。転けたりなんてへまなんかおれはしない」
「怪我人は黙ってな。俺は再戦を挑むまでお前を介抱すると決めたんだ」
「余計なお世話だし、おれは再戦なんて受け付けないぞ。戦うの怖いし」
一ヶ月前、おれが勇儀に言い渡された命令は、この鬼の群れに身を置くこと。期間は五十年、お互いの同意がない限り鬼の住処から勝手に出た場合鬼全員とそれぞれ一騎討ちをすることになっている。
その中には鬼から勝負の申し出があった場合受けなければならないなんて一言もない。
ルールを破らない限りは身の保証をしてくれると勇儀から言質を取ったんだ。
わざわざ命の危険を犯すなんて馬鹿な事、おれがするわけがない。
「ていうかよく首斬った相手と一緒に散歩できるな」
おれと一緒に散歩をしているのは、以前腕試しでおれが首を斬った鬼と、その友人の鬼の二人だ。
おれが一人で散歩に出掛けようとしたときに出くわし、そのままおれの後をつけてきた。
「あ? そんな細かいこと気にするやつなんてここにゃいねーよ」
「全くもって細かくはないと思うんですけど……!」
首を斬られるなんて一大事以外の何物でもないと思うのはこの集落の中でおれだけらしい。
いかんな、このまま五十年もこいつらと一緒にいたらおれの感覚も絶対おかしくなる。
「……てか、ここの辺りはやっぱり大分荒れてしまってるな」
「これでも整地した方なんだぜ。それだけ勇儀が暴れたらヤバイかって事がわかるだろ?」
この前、鬼との腕試しをした闘技場に来たのだが、回りはあまりの惨状に苦笑いしてしまう。
土俵から客席近くまである二つの巨大なクレーターから地が割れ、周りの地面はでこぼこと人が歩くには向いていない地形となっている。
他にも周りにある家は殆どが半壊していて今では誰も住んでいる様子もない。
おれの意識があるときよりも酷くなってる気がするんだけど……
「お前が気絶した後ぐらいに遅れて軽い地震が起きたんだよ。勇儀が叩きつけた衝撃でな。それで周りの地形が少し歪んちまってよ。あと家は勇儀の三歩必殺の威力が強すぎて萃香が抑えきれなかった影響でこんなになってる」
「そ、そんな事があったのか……萃香が周りの被害がでないよう立ち回ってたんだな。それでこんだけ被害がでてるんだから、ほんとにおれ、全身複雑骨折で済んだのも運がよかったのかもしれないな」
「おう、直接当たってたら今頃お天道さん行きだったろうぜ」
改めて感じたが、鬼ってほんとに化け物だよね。その気になれば世界征服出来るんじゃないだろうか。
いや、まあもしそうだとしても流石に神には勝てないか。神奈子と諏訪子の戦いはこれよりも数十倍壮絶だった。
___さて、ここら辺は地形がでこぼこしすぎて今のおれでは歩くのに苦労しそうだし、Uターンして戻るとするか。
「なあ、疲れたから背負ってくれよ。もう帰って寝たい」
「甘えたことを言ってんな。ま、怪我人には優しくしろって勇儀から言われてるし、しょうがねぇからおぶってやるよ」
「いや、お前ではなく連れの女の鬼に……」
「甘えんな!!」
「いだだだっ!? 乱暴に背負うな馬鹿!!」
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熊口さんが散歩へ行き、家の中には私__超絶美少女の翠と、萃香さんの二人でのんびりお茶を啜っていた。
「生斗がいないと静かだねぇ」
ごろんと寝転び、縁側から顔を出す萃香さん。
「そうですか? 私は静かなのは結構好きですよ」
「私はわちゃわちゃしてるのが好きなんだよ~」
腕をぱたぱたと振り回す仕草は見た目通りの幼さを感じられるが、実際は私や熊口さんと同じ、いやもしかしたらそれ以上生きているかもしれない。
なのにこの仕草……ああなんて可愛い。抱き締めてその滑らかな髪をわちゃわちゃしたい。
「……萃香さん、なでなでしても良いですか」
「ん~、駄目。なんか身の危険を感じる」
くっ、どさくさに紛れて色々ぷにぷにしようとしたことを察せられてしまったようですね。
私はこれまで、妖怪の全ては悪い者として捉えていました。
人を殺し、泣かせ、奪い、そして食う。
そこには人間味のない、それこそ本当の化け物ような人とは通じ合うような事は決してない存在だと思っていた。
だが、萃香さんや他の鬼達と接してみて、その考えは一変した。
共に笑い、分かり合える。ただ姿形や価値観が違うだけで、人間とは変わりないのだと。
そもそも本当に悪い妖怪は雰囲気や妖力の質が違う。
どす黒く、近くにいるだけで吐き気を催したくなる____あの屑のように。
そんな鬼は、この集落には一人としていなかった。
力加減や少し頭が足りないところが玉に瑕だが、皆気さくで良い人達だった。
腕試しも、人との純粋が楽しみたいという好奇心と、鬼という種族の存在意義を人間に知らしめるためだという。
鬼に限らず、殆どの妖怪は人間の恐怖と創造により作られたもの。
存在を否定されれば力が弱まり、最悪消滅してしまう恐れがある。
それを踏まえると、鬼達に腕試しを完全撤廃させるのは少々酷かもしれない。
まあ、負けたら一生使用人にさせるのは流石に看過できませんが。
「萃香ー、いるー?」
玄関から萃香さんの呼ぶ声が聞こえてくる。
その声の主はとくに萃香さんの了承を得る事もなく、私達のいる居間へと上がってきた。
「あー、いたいた……ん? そこの人間は誰?」
襖を開け入ってきたのは、桜色の頭髪をした少女であった。
二本の小さい角が生えている辺り、鬼であることは間違いないのだけれど……
「あー、華扇? 帰ってきたんだ。そこの子は私の友人だよ。幽霊だから生気吸われないよう気を付けなよ」
「えっ、そうなの!?」
「幽霊なのは本当です。でも生気は吸わないので安心してください」
生気は熊口さん以外は吸ってないので大丈夫です。
あっ、これは熊口さんには内緒ですよ。
「それより萃香。あんたに頼まれてた調査終わったわよ」
「おっ! それでそれで、何処か良い物件あったかい?」
「ええ、ここから南東に行ったところに、中々良いのがね」
良い物件?
この桜髪の女性に対し、萃香さんがその物件とやらを探してもらっているということは分かった。
物件を探しているという事は、萃香さんは何処かに引っ越しをするという事なのだろうか。
「何処かに引っ越しするんですか?」
「んっ? ああそうだよ。この前の腕試しで家が幾つか駄目になってしまってね。折角だし住処を変えようって話になったんだよ」
「それで私がその引っ越し先を探す羽目になったわけ。ほんと、強い奴等のいる場所を探せなんて面倒な条件までつけてきて苦労したんだから」
「ごめんごめん。でもどうせ奪うなら強い奴等と戦った方が楽しいじゃん?」
「私は元々乗り気じゃないんだからね。奪うなんてやり方がまず野蛮過ぎるのよ」
まあまあ、と桜髪の女性を宥める萃香さん。
中々桜髪の方は常識のある方であるようだ。
「それで、優良物件ってのは何処なんだい?」
萃香さんがそう質問すると、先程まで怒り気味な態度をとっていた桜髪の女性は一変し、自信ありげな表情になる。
そして次に話す彼女の発言が、またも熊口さんに面倒を増やすことになろうとは、今の誰もが予想がつきませんでした。
「ええ、ここから南東へ行ったところにある『妖怪の山』という、天狗が支配している山よ」
~オマケ~
屈強な男鬼1「なあ、食事にふぅふぅするだけじゃなく本人にふぅふぅすれば怪我の治りがもっと早くなるんじゃないか」
生斗「止めろ」
屈強な男鬼2「なるほど! それは名案だ!」
生斗「まじで止めて」
屈強な男鬼3「善は急げだ。早速生斗に向かって皆で息を吹きかけてやろうぜ!!」
屈強な男鬼1,2「「おう!!!」」
生斗「いや、ほんと、吐くから! 気持ち悪すぎて! だからやめ、あ、ああああああ!」
生還記録の中で一番立っているキャラ
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熊口生斗
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ツクヨミ
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副総監
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翠
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天魔