東方生還記録   作:エゾ末

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7話 鬼の息吹

 

 

「容態はどう? 少しは動けるようになったかい?」

 

「そうだな。動けるようになったらおしめを変えられる事もなくなるだろうよ。わかるか、とんでもなく恥ずかしい上に泣きたくなる気持ちでいっぱいになるんだぞ」

 

 

 勇儀との腕試しから一週間が経った今日この頃、おれは現在萃香が住処にしている家の中でミイラごっこに興じていた。恐らく半年近くこのごっこに付き合わねばならない。

 

 

「それでも勇儀の三歩必殺を受けて全身複雑骨折で済んだのは幸運ととるべきだよ。普通なら痛みを感じる間もなく息絶える」

 

「それをおれは完全にかわしてたんだよ! 左手を犠牲にしてまで方向をずらした筈なのになんでか下から衝撃がくるなんておかしい! 絶対に誰か噛んでるだろ!!」

 

 

 めちゃくちゃ痛かったんだ。一生分の力を手にしたおれの爆散霊弾は米粒サイズですら通常時の頭一つ分の威力と大差がない。

 それを覚悟して勇儀の腕をずらすために左手の力とともに放ったんだ。

 それなのに下から……下からなんて! 勇儀自体は殴ること以外何の動作もしていなかったわけだから、急に下から衝撃がくるのは普通に考えておかしい。解せない、解せな過ぎる! 

 

 

「またそれかい? それだけ勇儀の力が強かったってだけだよ。負け惜しみほどみっともないものはないんだから、素直に怪我治すことに集中しな」

 

「見苦しいですよね」

 

 

 だって、だってさぁ。

 渾身の突きをかわされたと思いきや地面に叩きつけられて一回お陀仏して、その後絶対勝つと意気込んでまた一生使って水増ししたというのによく分からない負け方をしたんだぞ。それで負けを認めろと言われてもそう簡単に首を縦には振れないだろ。

 

 

「だめだこりゃ、拗ねてる」

 

「こういう時の熊口さんはちょっと褒めればすぐに機嫌がよくなるので、適当なこと言ってれば良いと思いますよ」

 

「そうかい……わー、生斗ってやっぱり強いよね。永遠と私達と戦いあおうよ。お酒も呑めるし悪くない筈だよ。こんな提案は本当に力を認めた人間にしかしない事だからね」

 

「嬉しいけど、戦うの好きじゃないからお断りします」

 

「我が儘ですよねー」

 

「ねー、折角人間にして強いのに」

 

 

 くっ、翠と萃香の奴さっさと部屋から出ていってくれないかな。

 喋ると傷が痛むから静かにしてほしいものだ。

 

 はあ、翠には下の世話をさせてしまうし、飯も一人で食えないから食べさせてもらわなければならない。

 一人で何も出来ないのはここまで不便なものなんだな。

 まあ、一日中寝ても怒られないしなにもしなくても飯がでてくる、こんな理想的な生活が出来ていることに少しの感動もある事も事実だ。

 それを悟られたら絶対今後の生活で面倒なことになるため、翠はおれが完治するまでおれの中を出禁にしているまでもある。

 

 こういう、人のありがたみを感じることが出来るのって、なんか良いよな。

 

 

「それじゃあご飯作ってくるから。そこで安静にしとくんだよ」

 

「動けないから安心してくれ」

 

 

 もうご飯時になったのか。

 基本は食っちゃ寝、人が来たらちょっと話す程度の繰り返しだから時間感覚が最近麻痺しかけている。

 

 

 それじゃ、折角だしご飯が出来るまで一眠りするかね。

 出来たら翠か萃香が持ってきて起こしてくれるだろうし。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

「起きな。早くしないと折角の飯が冷めてしまうよ」

 

「……うあん?」

 

 

 時間感覚がわからない。

 少しだけ仮眠を摂るつもりが、いつの間にか熟睡してしまっていたようだ。

 さっきも寝たのにまたすぐに熟睡できるあたり、おれは本当に寝ることが大がつくほど好きらしい。

 

 

「あれ、ていうかあんたは確か……」

 

「ああ、元気してた?」

 

 

 飯を持って部屋に入ってきたのは、おれの骨を隅々まで折った張本人である勇儀であった。

 とっくに怪我は完治させており、腕も切れ目も分からないくらい綺麗に接合されている。

 

 

「全くと言って良いほど元気ではないな」

 

「そりゃ悪かったね。代わりに怪我が治るのを祈って一杯やらないかい?」

 

「馬鹿、怪我してるときに酒なんて呑んだら治りが遅くなるだろ」

 

 

 私なら治るのに、みたいな顔やめてくれ。

 鬼と人間とじゃ身体の出来が違う。

 

 それにしても、まさか勇儀がおれの前に現れるとは。

 今頃強い奴探しに暴れまわってるかと思ってた。

 流石の勇儀も怪我させた人の見舞いに来るぐらいの気概はあるらしい。

 

 

「ほら、飯持ってきたよ。私が食べさせてあげるから、口を開けな」

 

「ふぅふぅをしてくれ」

 

「ん?」

 

「その飯……お粥湯気が出てるだろ。そのまま口に入れたら絶対舌を火傷する。だから勇儀がふぅふぅして冷ましてくれ。いや、してくださいお願いします」

 

「そ、そういうことなら、私でよければするけど」

 

 

 おれの要望に了承し、勇儀はレンゲですくったお粥を口の前に持っていき息を吹きかけて熱を冷ましていく。

 

 そうして漸く湯気が出なくなったを見計らい、勇儀はおれの口にレンゲを持っていき、食べさせてくれた。

 

 ____うん、お姉さんからふぅふぅ&あーんをやってもらえて熊さん満足です。骨折して良かったと改めて感じることができました。

 

 

「何にやついてんだい。そんなにこのお粥が美味しいのなら私も少し貰うよ」

 

 

 そう言って、勇儀はおれが一度口に含んだレンゲを使い、躊躇いなくお粥を一口食べた。

 

 

「おっ、これほんとに美味しいね! あんたの連れが作ったって言っていたけど、あの幽霊もやるなぁ____あっ、悪かったね。ほら生斗口を開けな」

 

 

 そして次は、勇儀が口に含んだレンゲがまたおれの口に運ばれていく。

 所謂間接キス。

 姉御肌で巨乳の勇儀さんと。

 

 ____ふぅ。

 

 

「おれ、生きててよかった」

 

「そうだね。こんなうまい飯毎日食べられるんだから、あんたは幸せ者だよ」

 

 

 勇儀は何か勘違いしているようだが、好都合だ。

 このまま良い思いを噛み締めて生きよう。

 先程まで負けたのがどうとか、これから鬼の捕虜になってしまうのではないかという不安とかも、もうどうでもよくなった。

 

 おれは今お姉さんにふぅふぅしてもらい、そして間接キスをした。

 

 人生の勝利者とはこの事を言うんだな。

 

 

「ほらほら、まだまだ残ってるんだから食べな」

 

「そうだな……そういえば勇儀は何かおれに用があるのか。ただ謝りに来たっていうのなら飯食わせてもらっただけで満足だから気にしなくても良いぞ」

 

「それもあるけど。生斗、あんたの今後の処遇について話そうと思ってね」

 

 

 ああ、処遇ね。煮たら美味いよね。

 でもおれは焼く派だな。

 

 ……はあ、勝者の勇儀が来たのだからもしかしたらとは思ったが、やはりか。

 

 大人しく還してくれる訳ないよな。

 もし勇儀が還してくれるといっても他の鬼がそれを良しとしなさそうだ。

 あのとき鬼達のおれに対して見ていた眼で分かる。

 せめて、戦闘漬けの日々が続かないことを祈るしかない。

 

 

「言っておくけど、もしここに残れとか言われても、おれは戦わないぞ」

 

「なんでさ。折角強いのに、強い奴と戦うのは楽しいもんでしょ」

 

「あのな、おれとお前らとは考え方はまるっきり違うんだよ。自分は好きだから相手も好きだというのはただの押し付けなんだぞ」

 

「ならなんだい? なんで生斗は人間のままそこまで強くなったんだい。その若さでそこまで強いのは、最強を求めた表れじゃないの?」

 

 

 そうか。確かにおれは見た目は十代後半の若造だ。

 だからこそ、鬼達は勇儀の言う解釈をしていたのだ。

 最強を求める____そんな求道者的な考え、これまでしたこと無かったな。完全にお門違いだ。

 

 

「それは違う。おれが剣術やら霊力の修行をして力をつけたのは、強くなるためではなく、生き残るためだ。弱いままじゃ自分すら護れないから仕方なく強くなろうとしただけ。温室で暮らせていたのなら、おれは今も霊力も剣術も身に付けていなかっただろうな。それにおれはこれでも年齢は五十近くあるぞ」

 

「五十!! その見た目で!?」

 

 

 おれの経緯よりそっちに眼が行ったか。

 まあ、十代の若造が実際は五十近くのおっさんなんて言われたらおれでも驚く。

 

 

「ちょっと特殊な体質でな。神から恩恵を受けてな、一応不老なんだ」

 

 

 死んでも生き返るということは伏せておく。

 壊しても直ぐに直ると分かれば、鬼達が容赦しなくなるかもしれないからな。

 

 

「へぇ、そんな人間がいたんだね。珍しい……確かにそういえばその頭にかけてるやつに神力を感じるね。生斗が言ってる事は本当かもしれない」

 

「本当のこと言ってるんだから、変に怪しむんじゃないよ」

 

 

 変に突っ込まれるとぼろが出そうだから、早々にこの話を切りたい。

 

 

「そういえば、彼処にいた人間達はどうしたんだ。おれの前に戦ったおじさんは? ちゃんと元いた場所へ送り届けたか?」

 

「ああ、あんたの要求通り、それぞれの村へ送り届けたよ。あのおじさんは怪我を手当てして一昨日の朝方に私の仲間の荷車に乗ってここを出発した筈だよ」

 

 

 話題逸らしとして、人間達の安否を確認したんだけど、良い具合に上手くいった。

 

 そうか、おじさんも無事だったんだ。

 両脚が折れて頭も打ってたから心配してたんだ。

 ていうか、おれとおじさん入れ違いを起こしてしまってたのか。

 おれ自身起きたのは一昨日の夕方頃だから、おじさんはもう遠くにいってしまっている。

 

 

「そうだ、おじさんから伝言を受けてたんだった。『君を残してしまい本当に申し訳ない。せめて無事であるよう毎日祈るから、どうか生きてくれ』だそうだよ。あれ? ちょっと言ってたのと違ったかな……まあ、確か内容はこんな感じだったよ」

 

 

 おじさんとはもう一度、次はゆっくりと話をしたかった。

 若者を生かすため、自ら死地へと脚を踏み出し、己が瀕死の重体となっても決して諦めようとしなかった。

 そんな肝が据わった人はそうはいない。

 是非ともこれまでどんな生き方をしてたのとか語り合いたかったけど、入れ違いで会えなくなってしまったのなら仕方ない。

 おじさんを此処に戻すのも悪いし。

 

 

「……あっ」

 

「どうした、勇儀」

 

「話すのに夢中で、飯のこと忘れてしまってたね。すっかり冷えちゃってるよ」

 

「いいよいいよ。おれ元々猫舌だし、冷えてるぐらいが丁度いい」

 

「すまないね。今度茶菓子でも持ってくるよ。ほら食べな」

 

「ふぅふぅしてくれよ」

 

「何言ってんだい。もうこれ熱くないよ」

 

 

 いや、ふぅふぅは元々、冷やすと言うよりも勇儀が息を吹きかけることに意味があるんだ。

 ということを言ってしまえば間違いなく勇儀から汚物をみるような奴を目でみられそうなので、言わないでおく」

 

「本音がだだ漏れであることを自覚してないようだね」

 

 

 あっ、しまった。

 

 

「軽蔑なんてしないよ。ただ教えてくれよ。なんで私の息を吹きかけることに何の意味があるんだい?」

 

 

 勇儀のこの表情……ほんとに疑問に感じている表情だ。

 よ、よかった。察しのいい奴(どっかの怨霊とか)だったら一発で終わっているところだ。

 よし、ここは適当なことを言って誤魔化してやる! 

 

 

「う、うん。勇儀姉さんの力を貰おうとね! 知らないのか? 怪我してる人の食事の時にふぅふぅしてあげれば、怪我の治りが早くなるんだぜ!」

 

「そ、そうなんだ! 初めて知ったよその話! そりゃあ良い話を聞いた。これから毎日してあげるよ。それで早く治してまた私と戦おうじゃないか!」

 

「戦いません」

 

 

 信じたよこの鬼。純粋過ぎて熊さん少し心配になるんだけど。

 まあ、実際それで元気が出ているわけだし、嘘ではないしな! 

 

 

「えっ、食事に息吹きかけたら怪我の治り早くなるの!?」

 

「なわけないじゃないですか。熊口さんのでまかせですよ」

 

 

 

 この後、影で見ていた翠の暗躍により、屈強な男の鬼達のふぅふぅ地獄を受けることになったのはまた別のお話。

生還記録の中で一番立っているキャラ

  • 熊口生斗
  • ツクヨミ
  • 副総監
  • 天魔

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