東方生還記録   作:エゾ末

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6話 三歩で確殺

 

 鬼と人間の腕試しが始まる数刻前、ある家屋で二体の鬼が酒を呑み交わしていた。

 

 

「思ったよりも早く帰ってきたね。もしかしてめんどくさいからってその辺にいた人間を適当に捕まえてきたってことはないよね」

 

「まさか。ちゃんと私と戦って見込んだ人間を連れてきたよ」

 

 

 一人は、生斗を鬼の集落へと誘った張本人__伊吹萃香。

 向かいの鬼の質問に対して、はっきりと否定の意を表す。

 

 

「あんたと? 馬鹿を言っちゃいけない。あんたなんかと戦っちゃ人間なんて五体満足じゃいられないでしょ」

 

「それがいるんだなぁ。道端で偶然見つけた人間が、実はとんでもない掘り出し物だったんだ」

 

 

 鼻息を荒くしながら応答し、捕まえた人間を自慢するように話を続ける萃香。

 

 

「まさかね、いくら私が本気を出していなかったとはいえ、顔や横腹は斬られ、左足には風穴を開けられ、終いには鳩尾に剣を突き刺された」

 

「……あんたもあんたで、それだけの攻撃を受けててよく平気でいられるね」

 

 

 萃香の発言に苦笑いする鬼。

 だが、鬼は直ぐ様それ以上の異常に驚愕する。

 

 

「あんたに怪我を負わせるのなんて、この鬼の集落でも限られてるというのに……その人間ってどんな奴なの?」

 

「面白い奴だよ。確か名前は熊口生斗って言ったかな。基本はのほほんとしているのに戦いにおいてはまるで別人のように頭の切れる奴だよ。特に生斗の剣技は少しでも先手を譲るとあっという間に切り裂かれてしまうほど手がつけられない」

 

「萃香、その生斗って奴のこと相当気に入ってるようだね」

 

「そりゃそうだよ。鬼なってこの方、人間に怪我を負わされたことなんてなかったんだもん。それにあの感じだと、生斗はまだ実力を隠しているようだったし。本当の力はきっと____」

 

 

 伊吹瓢の酒を一呑みし、生斗に関して話続ける中、鬼は机に肘を置き、萃香の話を微笑みながら聞き手に徹する。

 

 そんな時間が幾許か経過したとき、萃香の話が一区切りしたときを見計らって鬼が口を開く。

 

 

「是非とも、私もその熊口生斗とやらと戦いたいねぇ」

 

 

 人間としての限界を見定めていた鬼は萃香の話に半信半疑に聞いていた。

 だからこそ自身が戦い、見定めたい。

 そんな言葉が口から溢れる。

 

 

「出来るよ。腕試しじゃ確かあんたが二番手だったよね。それならたぶん、万全な状態で当たってくれると思うよ」

 

「そうかい? 一番手の鬼だって私らの中でも結構な実力者だったと思うんだけど」

 

「脳筋で戦闘技術のせの字も知らない奴じゃ生斗は倒せないよ」

 

「私らも大概脳筋だけどね」

 

 

 しかもこの場にいる鬼はその脳筋を極めた者と言っても過言ではないほどの怪力の持ち主であった。

 

 

「だから()()、あんたもいつも通りに行くと必ず痛い目に遭うよ」

 

「はは、まさか萃香に注意されるとはね。でもね、私は力だけであらゆる敵をねじ伏せてきた。それはこれまでも、そしてこれからも、それを曲げることはしないよ」

 

 

 その鬼____勇儀には信条があった。

 強き者としての、そして鬼としての。

 それをねじ曲げることはつまり、己の存在意義を、鬼としての誇りを捨てているのと同義である。

 例えそれが修羅の道だろうと、嬉々として乗り越える覚悟が、勇儀には出来ていた。

 

 

「はあ、そう言うと思ったよ。でもまあ、それはそれで面白そうだしいっか」

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 眼前には、間違いなく大妖怪であろう鬼が立ちはだかっていた。

 

 服装は、この時代には全くと言って良いほどマッチしない白の体操服のような上着に、紫に赤の柄が入った半透明なスカートを履いている。少しここから遠くて見えないが、何か下に履いているのか、とても気になるが今はその気持ちは隅に追いやっておこう。

 容姿はもう金髪のロングヘアーに深紅の瞳、頭には真っ赤な一本角が生えている。

 会って間もないというのにこの鬼が姉御気質であるということが分かるくらいの雰囲気がこの鬼から伝わってくる。声の発し方がさらにもう姉御気質に拍車を掛けている。

 

 はっきり言ってお姉さん系の一つのジャンルとしてとてもありだと思います。

 

 だが、今はそんな悠長なことを考える余裕はない。

 おれは生きるために勝たなければならないのだ。

 いくら好みだとしても、そこは無慈悲に霊力剣で斬らせてもらう。

 

 斬る前にボコボコにされる未来しか見えないけど。

 

 

「なんで二番手からあんたのような鬼が出るんだよ」

 

「見ただけで相手の力量を弁えられるなんて、流石は萃香の見込んだ人間だね。

 後順番はくじ引きで決めた事でね。正直一番手以外はいつも出番がなかったから諦めてたけど、あんたのような奴が現れてくれて暇に潰されずに済んだよ」

 

「あんたほどの妖力と雰囲気があればどんな奴だって分かるよ。

 ならなんで二番手なんて数字引いてしまったんだ!!」

 

「そんなこと言われてもねぇ」

 

 

 萃香の場合、雰囲気が完全に子供のそれだったから油断してしまったが、この鬼……勇儀と言ったか。勇儀は粉う事なき大妖怪だ。姉御肌とは別に、近くにいるだけでも肌がピリピリするような威圧感がある。

 先程戦った鬼がまるで赤子かのような圧倒的力量さが肌身だけで感じることが出来るとは……

 

 

「さあ、かかってきな。石なんてわざわざ投げなくても、私からは動かないから必要ないよ」

 

 

 相手のやる気は満々、おれのやる気はどん底の淵。

 なんでおれ、こんな戦わなければならないんだろう。

 

 

『仕方ないですよ。運が悪かったんです。熊口さんならそれを受け止め、そして乗り越えられることができると私は信じてます。いや、乗り越えてもらわないと取り憑いてる私も消えちゃうのでなんとしてでも勝ってください。ほら、目突きですよ目突き』

 

 

 おい翠、前半良かったのになんで後半で台無しにしてんだ。

 汚いぞ翠、とんでもなく! まあおれも隙があれば積極的に狙っていくけども! 

 

 

『人を汚いというくせに自分は普通にやるってことは熊口さんもとてつもなく汚いってことですよね。心も身体も』

 

 

 身体は余計だ! 

 昨日どっかの怨霊に身体拭いてもらったみたいだからそんなに汚くはないはずだぞ。

 

 とりあえず少し腕の臭いを嗅いでみる。

 

 ……うん、無臭だ。

 

 

「……敵前で何やってんだい」

 

「匂いチェック」

 

「そ、そうかい」

 

 

『ほんと敵前でなにやってんですか!! 馬鹿なんですか貴方!』

 

 

 いいだろ別に。相手も自分から攻めないって言ってたし。

 

 

「だけど、流石に油断しすぎか」

 

 

 匂いチェックも終わり、改めて霊力剣を生成し霞の構えをとる。

 横振りではなく突きに特化した構えだ。

 まずは相手の急所を突いて動きを鈍らせる。

 それで隙ができれば御の字、とにかく斬りまくる。

 そして足の踏ん張りが効かなくなったところで霊弾か蹴りで土俵外へ吹っ飛ばす。

 

 熊さんの脳内戦闘では確実にどこかで失敗すると思うが、そこは臨機応変で対応していくしかない。

 

 

「怪我するけど恨むなよ。この剣は痛いからな!」

 

「人間が大した口振りだね。その威勢、まとめて私がねじ伏せてあげるよ!」

 

 

 

 

 _________________

 

 

 ーーー

 

 

 ……私は夢を見ているのだろうか。

 地面に叩きつけられた生斗と、喉元に霊力剣が突き刺さった勇儀。

 このような惨状はほんの一瞬のうちに行われていた。

 生斗が低い姿勢で勇儀に肉薄し、突きを繰り出したところを勇儀が合わせて奥襟を掴み力の限りに地面へ叩きつけたのだ。

 生斗はうつ伏せに倒れたまま動かず、土俵を越え私達のいる観客席近くまで大きなクレーターが出来上がっている。

 

 完璧に合わせていた。

 

 勇儀は元々奥襟ではなく顔面を掴もうとしていた。

 それを寸でのところで首を動かし避けてみせた生斗はやはり常人を越えた反射神経を持っていると言っても良い。

 だが疑問なのが何故勇儀の首に霊力剣が刺さっているのか。

 勿論勇儀は生斗の突きを避けていた。だというのに叩きつけ、顔をあげる頃にはもう霊力剣は勇儀に刺さっていたのだ。

 私からでは丁度叩きつける瞬間が死角になっていたため生斗の動きを見ることができなかった。

 

 

「ぐっ……」

 

「……喋れないだろ。適当に投げたんだけど、運よく当たってくれたな」

 

「!!?」

 

 

 なんと、あの攻撃を受けて尚、生斗は何事も無かったかのように立ち上がってきたのだ。

 あんな攻撃、原形を留めていられるだけでも凄いことだというのに、生斗は悠々と首を鳴らしながら起き上がってくるなんて……

 ましては投げられている最中に霊力剣を投げた? 最後の悪足掻きみたいなことをしてまさかの成功したってこと? そんな防御を捨てた行為なんてしてなんで無傷なの。私ですら致命傷になりかねないほどの威力は間違いなくあった筈なのに。

 

 

「な”んでう”ごげる”」

 

 

 首から霊力剣を抜き、治癒力を高めながらなんとか声を出す勇儀。

 

 

「何でだろうね。当たり所がよかったのか、骨も内蔵も皮膚もなんともないよ。あっ、精神的にはちょっと泣きたい気分だけど」

 

 

 当たり所が良いとかの話では済まないと思うんだけど。

 

 

「それじゃ、あんたが回復しきってないうちに攻めさせてもらうぞ。地形は変わったが、土俵の枠はぎりぎり残ってるだろ。さっさとあんたを場外敗けにして、おれは平穏な旅に戻らせてもらう!」

 

 

 そう言い放ち、先程よりも膨大な霊力を身に纏った生斗。

 やはり、私と戦った時はまだ本気ではなかったんだね。

 

 

「……ッ……!!!」

 

 

 一気に跳躍し、勇儀との距離を詰める生斗。

 それに勇儀がまた合わせ、肘打ちをお見舞いをする。

 それは生斗の顔面に命中したかに見えたが、身体を回転させ衝撃を受け流すことにより回避。

 そのまま霊力剣の柄頭で勇儀の脇腹を打つ。

 予想外の攻撃に苦悶の表情になる勇儀。

 だが怯まずに横振りに拳を振る。そこへ合わるように生斗はしゃがみこみ、霊弾を数発生成し勇儀の顔面に直撃させる。

 

 視界が霊弾の直撃により一瞬失い、硬直する。

 

 生斗はその隙に土俵外へ退き、()()()霊弾を生成し勇儀に向かって放つ。

 その時既に視界を取り戻した勇儀は難なく避けようとする____が、霊弾が横を通りすぎようとしたとき、勇儀を巻き込んだ大爆発が起きた。

 

 これは、私のときに使っていた爆発する霊弾だ。

 

 大丈夫、あれぐらいであれば勇儀はやられない。

 かなり痛いけど。

 

 

「(これで終わるなんて端から考えてねぇよ!)」

 

 

 砂煙の中突き進んでいく生斗。

 

 私の眼ならその砂煙の中であっても二人の動きを捉えることはできる。

 

 中では霊力剣を振るう生斗と、刃の側面を上手く叩き折る勇儀の姿が目に映った。

 

 だが、生斗の剣は瞬時に再生される。

 折れても構わず振ってくる剣に勇儀の手が追い付かなくなる。

 利き手が使えないとはいえ、人間である筈の生斗の手数が、鬼の勇儀より勝っているというのか。

 現実には生斗の霊力剣により着実に傷を負っていく勇儀の姿がある。

 

 そして砂煙が収まる頃には、肌が焼け焦げ切り傷だらけになった勇儀の姿が他の鬼達の前に現す。

 それにあわせて生斗も後ろへと退いて体勢を立て直す。

 

 

「おい、まじかよ。あの勇儀が……」

 

「強いぞ、あの人間!」

 

 

 思わず息を呑む鬼達。

 絶体絶命、このままでは回復を待つ前に生斗によって倒される。

 

 それでも尚、勇儀は笑っていた。

 

 

「ははは、やっぱり萃香の言ってた通り痛い目に遭ってしまったようだね」

 

「はあ、はあ……喉、治ったんだな」

 

 

 誰が見ても劣勢であることは明らかであった。

 

 ___だが、勇儀の力はこんなものではない。

 

 

「さあ、ここからが本番だよ。私はまだピンピンしている」

 

 

 おれだったらとっくに何回か死んでるぞ、と言わんばかりの呆れた表情になる生斗。

 呼吸を整え、再び構える。

 

 

「(何度も吹き飛ばす努力をした。だというのに一歩とて後退させることが出来なかった……ったく、()()の命を費やしたってのに)ほんと、お前らって化物だよ。どんなに傷を与えても勝てるイメージが全く沸かない」

 

「こんなに私を傷つけておいて、何を言ってるんだい」

 

「なっ!!!?」

 

 

 生斗に向かい、爆発跡地のような地面を抉り方をしながら肉薄をする勇儀。

 あまりの速さと一歩一歩の踏み込みにより発生する爆発のような音と砂埃に生斗の顔は驚愕の色に染められ、なんとか空を飛んで避けようと試みる。

 

 だが、一瞬の硬直が命取りとなり、足首を勇儀に捕まれてしまう。

 

 

「離せ!」

 

「あんたに離せるもんかね!!」

 

 

 勇儀の掴んだ腕を斬るが、それでも離れる様子はない。

 そのまま勇儀は最初に繰り出したのと同じ、生斗を力の限りで地面に叩きつける。

 

 本日二度めの地鳴りとともに生斗の口から声にならない嘆き声が聞こえてくる。

 

 先程とは違い、無傷で済んではいないらしい。

 だが、首を手の甲で防御し、確りと受け身をとっていたこともあってか、見た目ほど怪我を負っている様子もない。

 叩きつけ自体も、生斗が勇儀の腕に怪我を負わせていたことにより軽減されているのもあるかもしれない。

 

 その事を理解しているからか、勇儀は追撃にと生斗に向けて四股の要領で踏み潰さんと足踏みをする。

 構えが大きい故、負傷はしても身体は動かせた生斗は、その攻撃を転がることによって回避。

 その間に生成した数本の霊力剣を勇儀に向かって放つ。

 

 

「___っく!!」

 

「はあ! はあ! がはっ! 」

 

 

 数本のうち一本が勇儀の額を掠め出血。しかもその傷は割りと深かったのか、瞬く間に左目を血の膜で覆い、勇儀の視界の邪魔をする。その隙に生斗は立ち上がりすかさず霊力剣を構える。

 

 

「はあ!!」

 

 

 それでも勇儀の猛攻は止まらない。

 目にも止まらぬ殴打をなんとか受け流す生斗。

 

 

「(重すぎる! 威力が強すぎて流しきれない!!)」

 

 

 受け流すとは聞こえは良いものの、実際は霊力剣は折れ、受け流しきれない分の威力は腕に負担がかかっている状況である。

 避けようにも生斗の避ける方向へと瞬時に切り返し、追撃を加えてくるということを察知しているのだろう。

 だから危険を伴ってでも勇儀の体勢を崩す方向に持っていっているのだ。

 

 結局、生斗自体も受け流す際に威力を流しきれず体勢を崩しているわけだから、あまり効果的ではないけどね。

 

 

「ははは! 受けに回ってちゃ私には勝てないよ!!」

 

 

 殴り、蹴り、肘打ち、頭突き。

 あらゆる部位での攻撃を加え続ける勇儀に、生斗は防戦一方を強いられていた。

 

 恐らく、隙はあれど威力が異常過ぎて隙を突く体勢まで持っていく暇がないのだろう。

 苦虫を噛んだような表情で、痺れる腕をなんとか動かして受けに徹する。

 

 そしてついに、勇儀の拳が生斗の顔面を捉えた____かに見えた。

 

 顔をずらし、拳を滑らせる生斗。汗と勇儀の血により滑りやすくなっていたのか、特に負傷もなく生斗はそのまま差し出された腕を掴んだ状態で勇儀の懐へと飛び込む。

 

 

「はあ! はあ!! 歯ぁ食い縛れ!!」

 

 

 脚を軽く払い、片足が少し浮いたところに、生斗は勇儀を腰に乗せて背負い投げた。

 

 鬼達一同がおお! っと感嘆の声をあげるような見事な一本背負い。

 綺麗に決まったその技は、勇儀を仰向けの状態で地面へと叩きつける。

 そんななか生斗は霊力剣を生成し、掴んでいた腕とは逆の利き手を斬って落としてみせた。

 

 

「ぐっ!」

 

「はあ、はあ……」

 

 

 勇儀の腕を土俵外に蹴り飛ばし、再生不能にする。

 だが、そんなことどうでもいいと言わんばかりに勇儀は倒れた状態で足蹴りを生斗の顔面に向かって放つ。

 その攻撃をなんとか避け、生斗は又も距離をとる。

 

 

「痛いねぇ。綺麗に投げられた上に腕を斬られるなんてね。嬉しいのやら悔しいのやら」

 

「はぁ、はぁ(嬉しくは絶対ないだろ。腕斬られてんだぞ……)」

 

 

 まさか生斗がここまでやるとはね。

 大分息切れが激しいようだけど、ここまで生斗は地面に叩きつけられたこと以外ほぼ外傷はない。

 それに対して勇儀は身体中が剣による無数の傷によりぼろぼろである。

 他の爆発する霊弾についてはもうほぼ完治しているというのにこの傷つきよう……流石の勇儀でもそろそろ体力の限界が来てもおかしくないはず。

 

 

「楽しいよ。こんなに楽しい夜は萃香と殴りあった時以来だ。こんな気持ちの良い夜はいつまでも明けないでほしいもんだね」

 

「はあ、はあ、はあ」

 

 

 ……ふっ、要らぬ心配だったようだね。

 勇儀に限って体力切れで負けるなんてことはあり得ない。

 斬られた腕もとっくに止血が済んで、今にも戦いたそうにうずうずしているし。

 

 

「そろそろ私のとっておきを見せてあげようじゃないか」

 

 

 そう勇儀の言う()()()()()

 それこそ必殺技と呼ぶにふさわしい代物であることは間違いない。

 

 

「(来てみろよ。どんな攻撃でも避けてやる。大技ほど空振った時隙が多いということを身をもって教えてやる)」

 

 

 生斗もやる気十分なようだ。

 深呼吸をし、構えをとると先程までの荒い呼吸とは打って変わってまるで呼吸を忘れたかのごとく静かにそこへ佇む。

 

 

「良い面構えになったじゃん。それこそやり甲斐があるってもんだよ。あっ、そうだ。萃香、周りの建物倒壊しないよう頼むよ」

 

「はいよ」

 

 

 勇儀がこれから繰り出すであろう技は、恐らくここら一帯を更地にする程の威力がある。

 私の能力で土俵外の衝撃を散らさなければ、此処にいる人間らは全滅、鬼の大多数も痛手を負うことになることは必至だ。

 

 私の了承を得てニヤリと笑うと、勇儀はない筈の拳に力を入れる。

 

 すると、勇儀からとてつもない量の妖力が溢れだし、相対していない私ですら冷や汗をかく。

 勇儀のやつ、いつまでも続けたいと言ってたくせに()()()つもりだね。

 でもまあ、ここまでしてやられてしまったら自分の本気を見せたくなる気持ちは分かるよ。

 

 

「『三歩必殺』」

 

 

 勇儀が一歩、生斗に向かい前進する。

 そう、たった一踏み、そんな動作一つで大地が歪み、大気が震える。

 鬼達はこれから何が行われるか察知したのか、酒瓶を片手に私の後ろへと退避していく。

 

 

「あんたらねぇ……」

 

「萃香すまない。あの攻撃の被害を最小限に収められる萃香の後ろが一番安全なんだ」

 

「おい人間達、お前らもこっちに来い。そんなとこいたら死んじまうぞ」

 

 

 揃いも揃って情けない。こんないたいけな少女の後ろに避難するなんて。

 少しは恥ずかしいとは思わないのかね。

 

 まあ、そのことについては今はどうでもいい。

 

 たった一歩踏み込んだだけでこの有り様、生斗も内心怖じ気づいてるのではないだろうか。

 

 

「(死んだわ)」

 

 

 駄目だ、全てを諦めた眼をしている。

 だけど、そんな悠長なことをしていたら間違いなく死ぬことになる。

 そんなことは生斗も分かっている筈だ。

 

 

「この技は種類があってね。ほんとは三連打で決めるんだけど、生斗にはとっておきの一撃で終わらせてあげる」

 

「終わる、つまり死ぬってことか」

 

「死ぬかどうかはあんた次第だよ。ただ、私は加減しない」

 

「泣いていいですか」

 

 

 ___二歩目。

 一歩目よりも大きな地響きとともに地形が変化していく。それに比例するかのように勇儀の利き腕に膨大な妖力が集められていった。

 

 こ、これはいくら私でも瞬時に散らすことは出来ないかもしれない。

 そうなってくると、私が()()を張らねば、大変なことになってしまう。

 

 

「さあ、覚悟しな。これで立っていられたのなら、あんたを元いた場所へ還してあげるよ」

 

「還す気がないことは十分伝わった。絶対に生き抜いてやる」

 

 

 そしてついに、勇儀は二歩目の脚で土を蹴り飛ばした。

 

 

 瞬時に勇儀は生斗の懐へと到達すると、

 

 

「三歩目____」

 

「!!!」

 

 

 ただ強く、ただありったけの力を溜めた左腕を生斗に向かって振り下ろした___

 

 

 ____が、その腕は生斗の手の平に生成されていた爆発する霊弾によって方向をずらされてしまった。

 

 生斗へ放たれる筈だったその攻撃は、生斗自身の左腕を犠牲にすることでほんの少しだけ方向がずれ、空振りになってしまったのだ。

 

 だが、それだけで終わらないのが、勇儀の『三歩必殺』の怖いところでもある。

 

 

「うぉ、うおあああ!!?」

 

 

 やはり、起きてしまったか。

 勇儀の放たれた『三歩必殺』の衝撃は甚大だ。

 その放たれた経路以外の周りですら、木々はなぎ倒され、建造物は吹き飛ぶ。

 生斗は唯一衝撃のこない勇儀の懐に潜り込んでいたのだが、突如としてくる上昇気流により垂直に吹き飛んでいった。

 

 何故そのような事態が起きてしまったのか。

 答えはすぐにわかった。

 私の能力では衝撃を散らす処理が間に合わず、土俵内で留められてしまった衝撃が上に向かっていったのだ。

 

 衝撃を散らす際に私の大部分を霧状にして衝撃が来ても決して場外に被害がでないようにしたが故の悲劇。

 

 予想外から来た衝撃に生斗は成す術なく天高く舞い上がっていった。

 

 

「えっ……」

 

 

 攻撃をした本人も何が何だかわかっていない様子。

 て言うか勇儀、生斗は天高く羽上がったのになんであんたは何事も無かったかのようにそこに立ってるんだい。

 

 

「勇儀、あんたの衝撃が強すぎて逆流したんだよ。ていうかそんな狭い空間で三歩必殺の衝撃を瞬時に分散させるのは無理があるよ。いくら私でもそこに留めるのが限界だった」

 

「そ、それは無理な事言ってしまったね。それにしても、まさかこんなことになるとは」

 

「そうだね、生斗の奴、未だに降りて…………あっ、もしかしてあの米粒みたいなのが生斗かな」

 

「派手に吹き飛んだね」

 

 

 さて、あの様子じゃ生斗はまず意識が飛んでいることだろう。

 仕方ないから私が拾いに行って助けてあげようかね。

 

 んー、この場合生斗は負けになるのかどうか怪しいところだろうけど……まあ、勇儀は利き手も使ってなければ土俵を出ているわけでもないし、生斗の負けでいっか。

 ていうかそうでないと生斗と離れ離れになってしまう。

 

 うん、生斗の負け。誰がなんというと生斗の負けだ。

 

 

「よし、それじゃあ私は生斗拾いに行くから。勇儀達はこの辺の整地お願いね」

 

「ああ、整地を終えてまたこの続きがしたいからね」

 

「流石にこれ以上やったら生斗が死ぬでしょ」

 

 

 もしかしたら今ので死んでるかもしれないから、内心ひやひやしているというのに。

 

 

 

 とりあえずまあ、生斗にはお疲れの意味を込めて上等なお酒でも振る舞ってあげようかね。

 

生還記録の中で一番立っているキャラ

  • 熊口生斗
  • ツクヨミ
  • 副総監
  • 天魔

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