東方生還記録   作:エゾ末

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4話 意気がりもやし

 

 洞窟を出てから数時間後、おれと萃香は鬼の集落とやらの入り口へと来ていた。

 

 

「まさか数時間程度の場所にあるなんてな」

 

 

 そりゃこの辺に人の里が無いわけだ。

 鬼の集落の近くなんて恐ろしくて夜も眠れない。

 食料問題の原因が思わぬところで見つかったことに若干の怒りを感じてはいるが、そこへ何も知らずに近付いていたおれにも落ち度があるので心の中に留めておくことにする。

 ていうか元はといえば吉方位が全然吉じゃないことが悪い。

 

 

「思ったより普通の村なんだな」

 

「雑魚妖怪共がここにいた人の村を襲って根城にしてたからね。そいつら絞めて私らの住処にしたんだ」

 

 

 まあ、そんなことだろうとは思ったよ。

 わざわざ自分達で一から家を作るなんてめんどくさいことしないわな。

 

 

「うわ、ほんとに鬼がいる」

 

 

 ちらほらと人の形をした姿が見えるが、その誰もが頭に人ならざる角が生えており、中には身体が真っ青な奴もいる。

 

 

「おーい、皆! とんでもない逸材連れてきたよー!!」

 

 

 その小さな身体からは想像もつかないほどの声量で帰還を叫ぶ萃香。

 その声につられ、次々と家の中から鬼が出ておれらの周りを囲い始める。

 いったい何人いるんだ……十、十一___今来ている分だけでもざっと二十はいるぞ。

 何故か皆酒瓶持ってるのは何故だか知らないが。

 

 

「んっ、この声は……萃香か! おかえりー!」

 

「おお、活きの良い兄ちゃん連れてきたじゃねーか」

 

 

 一度にこんな量の鬼を見たことは勿論のことないおれは軽い立ち眩みに見舞われる。

 こんなに鬼いたら世界征服できてしまうんじゃないだろうか。

 

 

「それじゃ人間、お前らの家へ連れていくから大人しくついてこいよ。下手な抵抗はしない方がいいぜ」

 

 

 一本角の青鬼が奥の方を親指で指しながらおれに指示する。

 

 

「人数も揃ったことだし、早速今日の夜にでもやるか!」

 

「今夜は楽しくなりそうだ」

 

 

 鬼達がニヤニヤしながら話すのを聞き耳をたててみるが、やはり本当に萃香の言った通り腕試しという名のいじめがあることは確かなようだ。

 

 

「それじゃ生斗、また後でね。今日にでもあるみたいだから覚悟しといてよ。あんたなら絶対上手くいく筈だから」

 

「あ、ああ。とりあえず死なないことを目標に頑張ってみるわ」

 

 

 そんな軽く話した後、萃香はおれの肩から降りて何人かの鬼達と一緒に何処かへ行ってしまう。

 

 

「ほら、いくぞ」

 

「わかったわかった、そんな焦るなって。逃げようたって無駄なのはわかってんだから、大人しくついてくよ」

 

 

 知り合いがいなくなったことにより少し心細い気持ちに苛まれる。

 でもまあ、萃香とも一日二日の付き合いだ。

 寂しさもすぐに冷めるだろう。

 

 

『寂しくても十年来の付き合いのある私がいますからね。寂しいとは無縁でしょう、熊口さん。感謝のあまり泣き崩れても良いんですよ』

 

 

 たぶん、翠はいなくなってもそんなに寂しくないと思うの。

 反って清々するかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 おれは青鬼に連れられ、集落の奥にある一軒家に連れられていた。

 

 

「人間達はここで寝泊まりをする。今日の腕試しまでゆっくり休んでおくんだ」

 

「寝てもいい?」

 

「眠れるならな。それじゃ、俺は行くからな。くれぐれも喧嘩はすんなよ」

 

 

 青鬼の案内を終え、おれは家の戸を開ける。

 

 

「お邪魔しまーす」

 

 

 部屋の中は昼だというのに少し暗く、なんだか湿っぽい。

 その中には何人かの気配がするが、誰もおれの声にに反応する者は誰一人としていない。ちょっと悲しくなるな。

 

 と、とりあえず咳払いをしつつ、このじめじめした空気を換気しないとな。

 そう考えたおれは、開けた戸をそのまま木の枝で固定し、暗い部屋をおれの霊弾で照らしてみる。

 

 

「おい、お前らなんてしけた面してんだ。だからこの家も湿っぽくなるんだぞ」

 

 

 鬼達に捕まったことにより、絶望した人間達が散見されていた。

 人数は十名ほど、そのうちの大半が絶望した表情でぶつぶつと何か呟いている。

 中には前に出されていたであろう食事が喉を通らず、目の前でただじっと眺めているものまでいた。

 

 

「皆目が死んでるな」

 

 

『それもそうでしょう。皆人拐いの被害に会った人達なんですから』

 

 

 でも道中で萃香が言ってただろ。各地で腕自慢の人間達を捕まえてきたって。

 だからこんな状況でもなんとか切り抜けてやるって気負いでいるものだと思ったが、案外皆メンタルの方はそうでもなかったようだ。

 

 

『皆熊口さんみたいな精神異常者じゃないんですから、これが普通の反応です』

 

 

「誰が目が死んでるって」

 

 

 そんな中、柱に寄りかかって胡座をかいて俯いていた一人の男が、おれの呟きに対して反応する。

 

 お、ほら、やっぱりおれが言ったような奴いたじゃないか。

 

 

「……確かにそうかもな。俺も村では一番の力自慢だった。その辺の妖怪ぐらいなら素手で殴り殺せる程のな。だがその誇りも一匹の鬼に打ち砕かれてしまった負け犬だ」

 

 

 頭をあげた男の顔はやつれ、目に隈ができていた。

 

 

「私には家族がいた。我が妻や娘達にもう会えないとなると悔やむに悔やみきれん……」

 

「俺には最愛の彼女だ。逢い引き中に襲われてしまった。森の中に一人で置いてきてしまったのが心配でならない」

 

 

 最初に発言した男につられるように、次々と後悔を口にする者が現れる。

 皆さん、自分以外に護るものがあるからこそ、絶望に打ち拉がれていたのか。

 

 おれには今自分以外に護るものはとくにない。

 

 

『だからそんなに楽観的なんですね。いるでしょうに、私というか弱い少女が』

 

 

 翠お前は護る必要ないだろ。地の力だけはおれより遥かに強いんだから。

 

 

「そうか。ならそれこそ勝たないとな」

 

「勝つ? あの鬼にか?」

 

「それこそ無謀だ……あの絶対的な力には誰も敵わない」

 

「萎縮しきっちゃ勝てるもんも勝てなくなるだろうが」

 

「若造が、威勢だけはいいようだが、現実を見ろ」

 

 

 そう言って柱に寄りかかっていた男がおれの前に立つ。

 身長は優に七尺を越えるその巨体は前に出るだけでおれの影を飲み込んでしまう。

 でかいな、村一番の力自慢は伊達では無いようだ。

 

 

「お前も鬼と戦った身だろ。なら分かるだろ、あいつらには勝つことは不可能だと」

 

「臆してるのか、村一番の力自慢が。それじゃお前の村の人達が報われないな」

 

「言わせておけば貴様!」

 

「おいやめろ、ここで体力消耗してどうする。そこの小僧も煽って何がしたいんだ」

 

 

 ……煽るか。

 別におれは喧嘩を吹っ掛けるために今のような発言をしたわけではない。

 ここにいる負け犬達の目を覚ましてやろうとしただけだ。

 

 

「お前らには護るべきものがあるんだろ。ならなんでここでじっとうじうじしてるんだ」

 

 

このままではこいつらは犬死にだ。

それではおれも目覚めが悪くなってしまう。

 

 

「確かに鬼達は強大だ。

だけどだからといってそんな下を向いたまま絶望したままじゃ勝てるもんも勝てないだろ。少しでも可能性があるのなら勝つ戦略でも練ろよ。

仮にもお前らは力自慢達なんだろう」

 

「!!!」

 

 

 とりあえず思ったことをそのまま負け犬達に向かって糾弾する。

 

 

「……そんなの頭ではとっくに分かってんだよ。でも、でも……」

 

「どうしても、あいつらの恐怖に負けてしまうんだよ。勝たなきゃ道はないというのに」

 

 

 それでもまだ立ち直れない。

 ……分かったぞ。こいつらが頭で分かっててもどうしようもないと宣う理由が。

 

 鬼に勝つというイメージが全く沸かないのだ。

 

 そういうことなら話は早い。

 

 

「分かったよ、そういうことならな」

 

 

 これ、言ってもし有言実行できなかったらとてつもなくダサい奴になるだろうな。

 だが、こいつらを再起させるには、これが一番だろう。

 

 

「必見! 熊口さんの鬼退治実践解説! を今日の力試しの時に見せてやる」

 

 

 自分で言ってて恥ずかしくなるが、こいつらを再起させなければ、また鬼に成す術なくやられるに違いない。

 その可能性を少しでも減らせるのなら、これぐらいのことやってのけてやる。

 

 あれ、熊口さんってとんでもなく優しい? 

 

 

『いや、イキリもやしです』

 

 

 オーケー翠、ウォーミングアップするから大人しく出てきなさい。

生還記録の中で一番立っているキャラ

  • 熊口生斗
  • ツクヨミ
  • 副総監
  • 天魔

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